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日本霊異記 現代語版  作者: はまゆう


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第三:悪逆な息子が妻を愛するあまり母を殺そうと企み、現世で罰を受けて残酷な死を遂げた話

吉志火麻呂きしのひまろは、武蔵国多麻郡鴨里(※現在の東京都多摩地域)の人である。火麻呂の母の名は、日下部真刀自くさかべのマトジといった。

聖武天皇の御代、火麻呂は防人さきもりとして選ばれた。筑紫(九州)の前守(国司)によって指名され、三年の任期を務めることとなった。母は息子に伴って九州へ下り、節約しながら息子を養い支えた。一方、火麻呂の妻は郷里に留まって家を守っていた。

この時、火麻呂は妻のもとを離れて暮らすうちに、妻への愛情を抑えきれなくなり、恐ろしい悪逆の企みを抱いた。

「私の母を殺せば、その喪に服すという理由で任期を免除されて都へ帰り、妻と共に暮らすことができる」と考えたのである。

母は生まれつき善行を重んじる心優しい人物であった。

火麻呂は母に嘘をついて言った。

「東の山中で、七日間にわたって法華経を説く素晴らしい法会(説法)があります。おふくろを連れて行って聴かせたいのです」

母は息子の言葉を信じ、「お経を聴いて心を清めよう」と思い、湯を浴びて身を清め、息子と共に山へと向かった。

山深くに入ると、息子は恐ろしい目つきで母を睨みつけ、言い放った。

「お前はそこにひざまずけ!」

母は息子の顔を見つめ、尋ねた。

「なぜそのようなことを言うのだ。お前は悪鬼にでも憑りつかれてしまったのか?」

息子は横刀(太刀)を抜き払い、まさに母を斬り殺そうとした。

母はすぐさま息子の前にひざまずき、涙ながらに訴えた。

「木を植えるのは、その実を食べ、その木陰に身を寄せるためです。親が子を育てるのは、子の力を頼りとし、老後に養ってもらうためです。あたかも木陰で雨をしのぐように。それなのに我が子よ、なぜ恩義に背き、そのような恐ろしい心を抱くようになったのですか」

しかし、悪逆な息子は耳を貸さなかった。

母は悲しみに暮れ、身につけていた衣を脱ぎ、三つに分けて息子の前に置き、遺言を残して言った。

「私のために、これを包んで持ってお行きなさい。一枚の衣は長男あなたが得るが良い。一枚の衣は次男への贈り物としなさい。もう一枚の衣は三男への贈り物としなさい」

悪逆な息子が歩み寄り、まさに母の首を斬り落とそうとしたその瞬間、突如として大地が裂け、息子は地中へと沈み始めた。

母はすぐさま立ち上がって駆け寄り、落ちていく息子の髪の毛を強く抱きかかえ、天を仰いで泣き叫び、祈った。

「我が子は何者かに憑りつかれてこのようなことをしたのであり、本心から私を殺そうとしたのではありません! どうか罪をお許しください!」

母は髪の毛を掴んで必死に引き止めようとしたが、息子の体はついに地底へと沈み切ってしまった。

慈悲深い母は、手元に残された息子の髪の毛を抱えて家に帰り、息子のために追善の法要を営んだ。その髪の毛を筥(箱)におさめ、仏像の前に安置して、念入りに経文を唱えて祈りを捧げたのである。

母の慈愛は実に深い。あまりに深いがゆえに、自分を殺そうとした悪逆な息子にさえ憐みの心を垂れ、その魂のために善行を修めたのである。

これによって知るべきである。親不孝の罪の報いは極めて早く現れる。悪逆の罪には、必ずや恐ろしい報いが下るのである。



解説

この中巻・第三縁は、親殺し(弑逆)という仏教における最悪の罪(五逆罪)を犯そうとした息子の惨烈な最期と、それを許し救おうとする母親の圧倒的な「無償の愛」を描いた、強い感情を揺さぶる傑作です。

1. 防人さきもり制度の悲劇と欲望の狂気

物語の背景には、古代日本の民衆を苦しめた「防人(九州沿岸の警備兵)」の制度があります。

故郷から遠く離れた筑紫での過酷な任期(三年)と、愛する妻への執着が、息子の正気を奪い「母を殺して帰郷する」という狂気へと駆り立てました。当時の民衆が抱いていた防人への恐怖と、人倫を踏み外す人間の恐ろしさがリアルに描かれています。

2. 死の間際に示される「母の慈愛」の三段階

本説話の最大の読み処は、息子の狂刃を前にした母親の行動の美しさです。

* 第一の言葉: 木と雨の例えを用いて、親が子を育てる恩義を諭す。

* 第二の行動: 死を悟った瞬間、脱いだ衣を三人の息子たちへ形見として分け与える遺言を残す(自分を殺そうとする長男にまで衣を遺す)。

* 第三の奇蹟: 地獄へ落ちていく息子の髪を掴み、「この子は悪鬼に憑かれただけです」と天に許しを請う。

殺されようとしながらも、最後まで「母」であり続けようとするその姿は、大乗仏教が説く「仏の無条件の慈悲」そのものを体現しています。

3. 「髪の毛」という切ない形見と現報

地裂けて生きたまま地獄に落ちる(生身陥地獄)という描写は、仏教説話における最も重い罰の表現です。

息子の全身が沈み切った後、母の手元には「掴んでいた髪の毛」だけが残されました。母はその髪を箱に納め、仏前で追善供養を続けます。恐ろしい天罰の結末でありながら、残された母の祈りの情景によって、物語は静かな哀悼と崇高な余韻をもって締めくくられます。


※同じ話が『今昔物語集 巻20第33話 吉志火麿擬殺母得現報語 第卅三』にも収録されています。

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