三十二:三宝(仏・法・僧)を信じて尊び、多くの僧侶に読経を依頼して、現世で(危機を脱する)報いを得た話
神亀四年(西暦727年)丁卯の九月中旬のことである。聖武天皇は多くの臣下たちを引き連れて、添上郡山村(※現在の奈良市山村町付近)の山へ狩猟にお出かけになった。
その際、一頭の鹿が(猟犬などに追われて)納見の里の、ある百姓の家へと逃げ込んできた。そこの住人たちは、それが天皇の狩りの獲物であるとは気づかずに、その鹿を殺して食べてしまった。
後になってこのことをお聞きになった天皇は、使者を派遣して、その行為に関わった者たちを逮捕させた。
この時、捕らえられた男女十数人は、みな一様に恐ろしい災難に直面することとなった。身寄りはなく、心は恐怖に震え、誰も頼りにできる者はいなかった。
彼らはただ、「仏・法・僧の三宝の神聖な力でなければ、一体誰がこの重大な危機から救ってくれようか」と言い合うばかりであった。
そこで、巷で「大安寺の丈六(じょうろく:一丈六尺の大きな仏像)の釈迦如来像は、人々の願いを何でも叶えてくださる」と噂に聞こえていたため、彼らはすぐさま人をやって大安寺に赴かせ、お経を読んでもらうよう依頼した。
また、彼らはこう懇願した。
「私たちが役人に連行されて(お寺の前の)道を通りかかる際、どうか大安寺の南門を開けて、私たちが仏様を直接拝めるようにしてください。さらに、私たちが宮中(裁判所)に到着するまでの間、どうか鐘の音を鳴らし続けてください」
大安寺の僧侶たちは、彼らの願い通りに鐘を鳴らし続け、お経を転読し、門を開けて彼らが仏様を拝めるようにしてやった。
やがて、逮捕された人々は使者に連れられて宮中へと向かい、授刀寮(じゅとうりょう:宮中の警備・裁判を行う役所)に監禁された。
まさにその時である。ちょうど皇太子(基王)が誕生されたという知らせが入り、朝廷は大お祝いに沸き返った。そして天下に大赦(恩赦)が下され、罪人たちの刑罰はすべて免除されたばかりか、かえって彼ら全員に官位や褒美の品(官録)までもが賜られたのである。
彼らの喜びは比べるものがないほどであった。
これによって、大安寺の丈六仏の偉大な光り輝く御力と、お経を読誦した功徳の大きさが、確かに証明されたのである。
解説
このお話は、当時の最高権力である「天皇の法(律令)」の恐怖と、それを超える「仏法の救済」のダイナミズムを描いた名作です。
1. 現代でいう「密猟・不敬罪」のスリリングな発覚
当時の天皇の狩猟(薬猟や御猟)は、国家的な神聖行事であり、そこで追われている獲物は天皇のものです。それを「気づかなかった」とはいえ、殺して食べてしまったのは、当時の法律からすれば立派な重罪(密猟および天皇への不敬)でした。
「男女十数人が一網打尽に捕まる」という描写から、一族郎党が連行される絶望的な恐怖と臨場感が伝わってきます。
2. 「南門の開放」と「鳴り響く鐘」という見事な舞台演出
絶体絶命の彼らが頼ったのが、平城京の四大寺の一つである大安寺の「丈六仏」でした。
彼らが求めた「連行される時に南門を開けて仏様を見せてほしい」「宮中に着くまで鐘の音を鳴らし続けてほしい」というリクエストが極めて映画的です。
囚人護送の列が静まり返る京の街を進む中、大安寺からゴーン、ゴーンとお経と共に鐘の音が鳴り響き、開け放たれた門の奥に巨大な黄金の仏像が見える。その仏様に向かって、縛られた人々が涙ながらに祈る――このビジュアルと音響の演出は、景戒の語り部としての卓越したセンスを感じさせます。
3. 歴史的事件「基王の誕生」によるウルトラCの大逆転
彼らを救ったのは、歴史的にも有名な「聖武天皇と光明皇后の間に生まれた初めての皇子(基王)の誕生」というハッピーニュースでした。
授刀寮(のちの近衛府の原型となる武官の役所)に閉じ込められ、「これからどんな拷問や処刑が待っているのか」とガタガタ震えていた瞬間に、外から「皇子誕生!大赦だ!」という声が聞こえてくる。
罪が許されるだけでなく、お祝いのご祝儀(官録)まで貰って帰るという、これ以上ないカタルシスが用意されています。
歴史的なビッグニュース(皇子誕生)を、地方の無名な百姓たちのサスペンスと結びつけ、「これこそが仏様の功徳のタイミングなのだ」と納得させるプロットは実に見事ですね。鐘の音が鳴り響く平城京の情景が目に浮かぶような、美しい一編です。




