02 精霊王
俺は今、西の果てにある精霊の森に来ている。
汪秦からは勿論かなり離れている場所なのだが、風の力を使っての移動手段がある俺にはどれだけ離れていてもあまり問題はない。
ただ、移動速度があまりにも早いと移動中俺が寒いだけだ。特に夜。
何でそんな精霊の森なんて所に来ているかってーと、原因はフィラだ。
俺はいつものように家の手伝いで商品の運びこみをしていた。
そこに唐突に「サク、新しい子が生まれたから行くよ!」と頭の中に怒鳴り込まれ、かろうじて兄貴に外の出る事を伝えて引っ張られるようにしてここに来たわけだ。
「ほらほら、サク。この子達が今回生まれた子達だよ~」
ふふっと笑いながら手のひらにわらわらと緑色の小人のような存在を3人ほどのっけているフィラ。
ものすごく嬉しそうなのがその表情を見れば分かる。
「新しい命の誕生は喜ばしいことだが、時と場合を選べないか?」
「無理無理。新しい精霊の誕生は、私でも操作なんてできないもん」
「だよな…」
精霊ってのは生まれる場所は決まっているが、生まれる時は決まっていない。
生まれる場所は属性によって違い、風の精霊は西にある森、炎の精霊は南にある火山、水の精霊は東にある湖、大地の精霊は北にある洞窟、光の精霊は空のどこかにある浮島、闇の精霊は海の最深部。
俺がいるこの森は風の精霊の生まれる場所だ。
フィラは新しい精霊が生まれると、問答無用で俺をここに連れてくる。
生まれたばかりの精霊ってのは結構可愛い。
小動物が可愛いって思う気持ちと多分一緒じゃないかと思う。
― にんげんだ
― ほんとだにんげんだ
― めずらしい
― めずらしいね
― どうやってきたんだろ
― にんげんはここにはいれないはずだよ
ちまい精霊達が俺を見てぽつぽつ呟く。
呟くと言っても、声にだしているわけではなく、頭に響くようなものだろうか。
「サクはね、私の契約者だよ」
ゆっくりとフィラが精霊達に分かるように話す。
― けいやくしゃ?
― おうさまの?
― おうさまのけいやくしゃ?
― おうさまけいやくしたの?
― めずらしいね
― おもしろいから?
― けいやくしゃのひと、おもしろいひと?
彼らの言葉で分かると思うが、フィラは風の精霊に王と呼ばれる存在。精霊王だ。
正直最初にそれを聞いた時、俺は全く信じられなかった。
いや、だって、あの性格だぞ?
王って言えば厳格な雰囲気があるもんだと思っていただけに、何の冗談かと思った。
だが、他の風の契約者を遠くからちらっと見た事があったが、俺が使える力とその契約者が使える力には圧倒的に差があった。
今でもちょっと疑う部分がないわけじゃないが、フィラが精霊王である事は理解しているつもりだ。
「うん、サクと一緒にいると楽しいよ」
― たのしいの?
― おうさまたのしいんだね
― おうさまがたのしいとボクたちもたのしい
精霊王ってのは自分の属性の精霊が新しく誕生したら、祝福に来るのが普通らしい。
俺と契約している精霊王という非常識なフィラでも、それだけは忘れない。
突然連れてかれるのは困るんだが、新しい精霊は可愛いし、新しい命の誕生は優しい気持ちになれるからな。
「にしても、同じ精霊なのにフィラとこの子達は色々違うよな」
俺はそう思いながらしみじみと呟く。
― だって、おうさまはおうさま
― おうさまとボクたちはちがう
― おうさまはおうさまだから
理由になってるのかなってないのか良く分からない答えを精霊達からもらってしまう。
この子らにはフィラと自分達が違うのは当たり前なんだろうな。
精霊ってのは高位になればなる程人に近い姿をとれるようになる。
フィラも一見すれば普通の少女だ。とびきり可愛いという表現もつくだろうが…。
人と同じ大きさ、人と同じように話ができる、人と同じように物に触れる事ができる。
高位の存在になればなるほど、人とは見わけがつかなくなってくるらしい。
生まれたばっかりのこの子らは一番下位になるそうだ。
大きさは手のひらに乗るくらい、瞳の色も髪の色も薄い緑、白い布のようなものを身体に巻きつけてふわふわ浮いている。
言葉は口に出す音ではなく頭に響くような声。その声は同じ精霊か、契約者である人間か、契約者になる能力を持つ人間か、幼い子供くらいにしか聞こえない。
一般的な契約者の契約相手ってのは、大抵この子らとそう変わらない大きさの精霊との契約が多いらしい。
らしいってのは、他の契約者を見た事はあるがほんの数人程度だ。
契約者ってのは本当に世界で珍しい存在ってわけだ。
― 王さま~、新しい子生まれたって…
― あ、生まれてる~!
― 新しい子だ!
― 新しい子!
― あ、サクもいる~
― サクだ、サク~!
― あそんで~、あそんで~
― あそぼ~、あそぼ~
どこからともなく、生まれたばっかりの精霊とそう大きさが変わらない精霊達がわらわらと出てくる。
新しい命を祝福するのは精霊王だけじゃないって事だ。
大抵は他の同じ属性の精霊達も祝福に集まってくる。
けど、いくら集まってこられても俺はお前らとは遊ばないぞ!!
「ほら、ごあいさつ」
― はじめまして~
― はじめまして~
― はじめまして~
ニコニコしながら挨拶する新しい子ら。
何度も見てるけど微笑ましいよな~。
精霊っていのは大抵生まれる場所に属性の力が濃く集まると誕生するらしい。
一般的には今回のような大きさの子らが生まれるのが普通。
まれに世界の力の流れが何かの拍子で崩れたりすると、大きな子が生まれる事もあるらしい。
高位の精霊ってのは大抵がそうやって生まれるらしいんだが、小さい子が年月を経て力を蓄えて高位になる事もあるみたいだ。
全部フィラから聞いた話で、俺はその過程を見た事があるわけじゃないけどな。
― サク、あそぼ~
― あそぼ~よ~
― かまって、かまって~
― サク~
― いっしょに、あそんで~
挨拶が終わればわらわらと何故か俺の上に降りかかる精霊達。
1人1人はそう重くはないんだが、遠慮というものを知らないのか次々に頭の上や肩の上に乗っかってくる。
「お前ら、重いっつーのっ!」
― 重くないよ~
― サク、力が落ちた?
― 体力ないのはダメ男だよ?
― そうだよ
― 体力つけないとモテないよ?
― モテないよ?
「余計なお世話だってーの!」
言葉と同時に俺は風で精霊達を吹き飛ばす。
ざわっと風が草を揺らしながら、俺の身体から精霊達が吹き飛ぶ。
重さから解放され小さく息を吐くが、再びぽふっと頭に軽い何かが乗っかる。
― もう、一回~
― サク、もう一回やって~
― たのしい~
― もう一度~
吹き飛ばされたことなど気にもせず、再びわらわらと集まってくる精霊達。
いつもの事だ、そう、いつもの事だ。
手加減せずに吹き飛ばせばいいんだろうが、こんなちまい生き物相手に攻撃的な力なんぞ使えるわけがない!
「保父さんみたいだね~、サク」
「笑ってないで、フィラも相手してくれっ!」
「や~、私相手だと皆緊張しちゃうからさ~」
― そうそう、王さまだとキンチョーするの
― からだがカチカチになるの
― オソレオオイの~
― サクじゃないとダメなの
完全棒読みの精霊達の声。
嘘だってのが丸わかりだろうがっ!
― サク、あそんでくれない?
― だめなの?
― サクはボク達がきらい?
― あそべない?
一斉に寂しそうな目で見られる。
う、そういう目をするな…!
俺が悪いみたいじゃないか!
「嫌いじゃないし、遊ぶのは嫌じゃない…ぞ?」
と言うしかないだろ!
小さな子をいじめてるみたいになるから、非常にいたたまれなくなる。
― じゃあ、あそんで~
― わ~い、サクだいすき!
― つづきつづき~
― またやって、やって~
― もう一回~
表情が一瞬でぱっと明るいものに変わる精霊達。
流石フィラと同属性だ。
変わり身が早すぎるぞ。
「頑張れ、保父さん!」
「完全に他人事かよっ!」
「うん」
俺1人に相手を全部任せる気満々のようである。
新しく生まれた子らも、楽しそうなのがわかったのかひょこひょこと近づいてくる。
あ~…、力加減気をつけないとな。
「日が暮れるまでなら相手してやる!ほら、来い!」
― わ~い、サクがいいって
― ぞんぶんにあそべる~
― みんなとびかかれ~
― とびかかれ~
― サクをうめちゃえ~
― うめちゃえ~
「お?わ?へ…だわぁぁぁぁ!ちょっと待てお前らぁぁぁ!!」
隠れていた精霊達も一斉に飛び出してきて、本気で俺が精霊に埋もれそうになる。
数が洒落にならんぞ!
この森の精霊全員集まってるんじゃないだろうな?!
と、と、と……まじで洒落にならんぞ!
お前ら、加減くらいしろぉぉぉぉ!!