第十五話 儚き願い
小石を蹴り、浅い川を渡り、黄原達のいる対岸へと向かう。黄原達もこちらに気付いたのか、呆けた顔で振り返る。
「え、黒井さん? 何でここに? て言うかその子誰? え?」
突然現れた私達の意図を、黄原達は掴みかねているようだ。その間にも足の速いまどかが、より手前にいる無事なクラスメイトの元へと辿り着く。
「え、え?」
「先にいくよ。せーのっ!」
まだ現状を把握し切れてないクラスメイトに、まどかが鉈を振り上げる。そしてその肩口に、思い切り振り下ろした。
ぐしゃり。
その光景に擬音を付けるなら、こんな感じだろうか。鉈は骨を砕き、肉を裂き、そのクラスメイトの胸元まで一気に食い込んだ。
「……あ?」
突然の出来事に脳がついていけてないのか、斬られた本人がそんな間の抜けた声を上げる。彼女は視線を自分の肩に落とすと、顔を歪ませ口を限界まで開いた。
「いっ……嫌っ、嫌あああああああああっ!!」
「ふふっ、いい悲鳴」
上がった悲鳴に、心から楽しそうにまどかが微笑む。同時に悲鳴を聞いて我に返ったのか、黄原がバールを手にまどかに襲いかかった。
「あんた、よくも!」
「きゃっ!」
バレー部エースの黄原の素早い行動に、流石のまどかも鉈を引き抜く暇はなかった。体に食い込んだままの手から即座に手を離したまどかは、大きく体を捻って黄原の一撃をかわす。
「皆の仇、あたしが取ってやる!」
「あわわ、この子強いよっ」
頭に血が昇った黄原は、既にまどかの事しか見えなくなっているらしい。脇目も振らず、まどかにがむしゃらに攻撃を仕掛けている。
まどかの事は気になるけど、運動が然程得意じゃない私が割り込んだところできっと状況は好転しない。本当にまどかを助けるなら――やるべき事は別にある。
「黒井さん……助けて……助けて……」
私は鉈が刺さったままのクラスメイトの元に駆け寄った。口元は溢れ出した血で汚れ、息も絶え絶えといった様子だ。
無言で微笑み、鉈の柄に手を掛ける。そして力無く横たわるクラスメイトの腹を、全力で踏みつけた。
「げほっ!」
クラスメイトが血混じりの胃液を吐き散らかすのにも構わず、踏みつけた足に重心を置いて鉈を持つ両手に力を込める。最初はびくともしなかった鉈だけど、何度も試行を繰り返すうち少しずつ上に持ち上がってきた。
そして。
「……っああああっ!!」
私の気合の声と共に、遂に鉈が抜けた。クラスメイトは鉈を持ったままの私に笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする。
「あり……がと……ありがと……ぐろいざああああん」
「……黙れ。あんたはさっさと死んで」
「げぼっ!」
そんなクラスメイトを、私は全力で蹴り転がす。そして未だ攻防を続ける、まどかと黄原に視線を移した。
「死ね! 死ね!!」
「わっ、ひゃっ」
運動部の俊敏さを生かした黄原の猛攻に、まどかは防戦一方だ。幾ら多少の事では死なないと言っても、痛いのはやっぱり嫌なんだろう。
でもそれは、あくまで今のまどかが丸腰だから。私は一旦鉈を持つ手を緩めて固まった指を解すと、鉈を水平に持ちハンマー投げの要領で遠心力を付けた。
「まどか!」
「!!」
私の手から離れた鉈が、回転しながらまどかと黄原の方へ飛んでいく。自分目掛けて飛んでくる鉈を見て、黄原は慌てて攻撃を止め、まどかから距離を取った。
「うわっ!」
「ありがとう、陽子ちゃん!」
黄原が離れ自由に動けるようになったまどかが、回転する鉈を華麗にキャッチする。そしてそのまま、鉈を横に構える。
「……っ、武器が増えたって!」
その様子に一瞬怯んだ黄原だけど、勇気を奮い立たせるように叫ぶと再び果敢にまどかに向かっていく。そんな黄原を見て――まどかが、深い笑みを見せた。
「あなたは強いから……一撃で決めるね」
「っ!?」
間合いに踏み込んだ黄原に、まどかが鉈を横凪ぎに振るう。そのスピードはとても速く、目で追うのがやっとだった。
幾ら人より運動神経がいいと言っても、黄原も所詮は普通の人間。そのスピードに、対応出来る筈もなく。
気付けば、黄原の体は腹から上下真っ二つに両断されていた。
「……あ゛……」
べしゃり、音を立てて黄原の上半身と下半身が落ちる。断面からは、千切れた腸の端がだらしなくはみ出していた。
「ふう……今日は全力使う事多いなあ」
そんな黄原を見下ろして、まどかが顔の返り血を手で拭う。それはスポーツで流れた汗を拭うような、実に爽やかな仕草だった。
「……にげて……」
不意に、しわがれたような声が響く。見れば、まだ息のある黄原が倒れたままのクラスメイト達に向けて懸命に手を伸ばしていた。
「おねがい……みんなだけでも……たちあがって……にげて……!」
「逃がさないよ。誰一人」
そんな黄原に、私は近付く。口元が自然とにたつくのが、自分でも解った。
「くろいさん……なんで……」
「ねえ、そんなに友達が大事? 私へのいじめで繋がった友達が」
信じられないものを見るような目で私を見る黄原を、見下ろしながら問い掛ける。黄原は何を言っているのか解らないと言いたげな顔で、ただ呆然と私を見つめる。
身を屈め、そんな黄原の髪を鷲掴みにして持ち上げる。そして、至近距離でこう言ってやった。
「――なら、あんたが死ぬ前にあいつら全員殺してやるよ」
「……!」
「手分けしてやるよ、まどか。加工は悪いけど死んでからね」
「はーい、陽子ちゃん」
「ま、まって……まって……!」
黄原はまだ何か言ってたけど、こっちはもう黄原には用はなかった。私は黄原の髪から手を離すと、川岸に転がった動けないでいる残りのクラスメイト達の始末に取り掛かったのだった。