第十三話 サバイバルゲーム
私の涙が落ち着いてくると、まどかは私の頭を一撫でしてからまだ息のあったクラスメイト達に順番にトドメを刺していった。私はその様子を、無感動にただ見つめていた。
――物足りない。もっとじわじわといたぶり殺すのでなければ、この心は満足しない。
自覚してしまった衝動は、もう隠れる必要はないとばかりに意識の表に顔を出す。もっともっと血と悲鳴が欲しいと、頭の中でグルグルと暴れ出す。
私は、果たして、この島から出た後まともな人生を送れるのだろうか――。
「終わったよ、陽子ちゃん」
そう声をかけられて、ハッと我に返る。見ればまどかが、にこやかに私を見つめていた。
「あ、ああ、お疲れ様」
「殴られて痛くてついカッとなったから一人で全部やっちゃった。ごめんね、陽子ちゃんの分残してあげられなくて」
「……ありがとう、私は大丈夫」
心底申し訳なさそうに八の字眉になるまどかに、小さく笑い返す。本当にこの子は、凶悪なのか優しいのか解らない。
けれど、そんなまどかを前より好意的に見ている自分がいる。少なくとも私の事は、それなりに大事にしてくれてるんだって解る。
誰かに酷い事をする一方で、別の誰かは大切に扱う。それは私をいじめていたクラスメイト達と何ら変わりない筈なのに。
――私は今、まどかの事を本気で友達だと思い始めている。
「……ねえ、本当に殴られたり蹴られたりしたところ、大丈夫?」
気付けば、そんな言葉を口に出していた。それを聞いたまどかが、キョトンとした顔になる。
「……陽子ちゃん、心配してくれてるの?」
「……一応」
問いに頷き返すと、まどかの顔がみるみる満面の笑みを形作った。そして、私に駆け寄り勢い良く抱き付いてくる。
「ち、ちょっと!」
「ありがとう、陽子ちゃん! 私、すっごく嬉しいよ!」
「待って! 頬擦りしないで!」
まるで犬みたいに頬を擦り寄せてくるまどかに、思わず慌ててしまう。ち、近い! 距離が近い!
「私ね、学校の友達に怪我の心配とかされた事ないの。皆頑丈だから。でも、陽子ちゃんは心配してくれるんだね」
そう言って、まどかが私の肩口に顔を埋める。少し崩れたツインテールが、私の口元をくすぐった。
「こんなに優しい陽子ちゃんと友達になれて、私、幸せだよ」
――優しい?
違う。私は優しくなんかない。私は――。
あんたを、利用しているだけなのに。
そう思うと、胸が苦しくなった。頭の中が罪悪感で一杯になった。
私は、まどかが思うような人間じゃない――。
「ね、陽子ちゃん。あと半分、二人で頑張って殺そうね。こんな風に誰かと一緒に人を殺すの、一人で殺すより何倍も楽しいって陽子ちゃんが教えてくれたから」
「……うん」
口に出せない本心を、空気と一緒に飲み込んだまま。私はただ、小さくこくりと頷いた。
島の東に向かった班と、西に向かった班。どちらを追うか考えて、私は、西の班を選んだ。
東の班には赤澤がいる。緑川が死んだ今、残るメンバーで厄介なのは赤澤ただ一人だ。
普通に考えれば、厄介な人間を先に始末してしまった方がいい。けど私はそうしなかった。
自分の異常性を自覚した今、クラスメイト達に前ほど恨みはない。彼女達に牙を向けるのは、単に自分の中で開花した破壊衝動を満たす為だけに過ぎない。
――けど、赤澤だけは別だ。
赤澤が私達のクラスに転校してきたせいで、総ては狂ったのだ。あいつさえいなければ、私は自分の異常性に一生気付かずに済んだだろう。
何よりも、あいつの言動。自分のやる事は総て正しいと、疑いもしないかのようなあの態度。
あいつだけは、絶対に許さない。とことんまで追い詰めて、自分のした事を後悔させて、それから殺してやる――!
「西の班のリーダーは……確か黄原か」
少し前の、班分けの様子を思い出す。誰をリーダーにするかの話し合いで、クラスメイト達がそう言ってた気がする。
黄原雅美。うちの中学のバレー部のエース。
いわゆるムードメーカーという奴で、イベントの際は赤澤と一緒によく皆を盛り上げていた。反面成績はあまり良くなく、スポーツ推薦で早々に高校が決まらなければ進学も危うかっただろう。
性格は単純だけど運動部、加えて中学生にして百七十センチを超える身長の持ち主の為力は強い。如何にまどかが規格外でも苦戦するかもしれない。
「まどか、背の高いショートカットの女には気を付けて。幾らまどかでも簡単には殺せないと思う」
一応そう忠告すると、隣を歩いていたまどかがこちらを振り向く。そして、満面の笑みで頷いた。
「うん! ありがとう、陽子ちゃん!」
「……っ」
その笑顔が眩しくて、何となく正視出来ない。私は無意識に、まどかから目を逸らしていた。
「それにしても陽子ちゃん、他の人達が今どの辺りにいるかなんて解るの?」
「生き物って言うのは大勢で移動すればするほど、必ず何かの痕跡が残るの。落ちた小枝が踏まれて折れてたりね。今私達は、その痕跡を辿ってるの」
勿論これは以前読んだ本から得た、ただの聞きかじりの知識だ。それでもまどかはキラキラとした尊敬の眼差しで私を見つめてくる。
「陽子ちゃん凄い! やっぱり陽子ちゃんは頭いいね!」
「……別に」
ただの聞きかじりにこの反応は大袈裟な気がするけど、褒められて悪い気はしない。けど私は自分で言うのも何だけど素直じゃないので、つい素っ気ない態度を取ってしまう。
地面に視線を落とす。露出した土の上に微かに浮かぶのは、砕けた小枝と複数人の足跡。これを絶対見失わないようにしなきゃいけない。
――今度は二人がかりで残酷に殺してあげるから、覚悟してよ?
血塗れになって泣き叫ぶクラスメイト達の姿を想像しながら、いつしか私の顔には、昏い笑みが張り付いていた。




