VTuber事務所の社長は退院する
やっとこの日が来た。
皆がお見舞いに来てくれるのは嬉しいけど、やっぱり申し訳なかった。自分だけ仕事ができないということが。
これでやっと仕事ができる。
退院する今日は秘書に来てもらうことになっている。いくら何でも荷物などを含めて、一人で帰るのはさすがに無理だ。出来るなら一人で帰りたかったけど。
ノックして入って来たのは秘書の彼女。
「社長、お久し振りですね」
「確かに面と向かって会うのは久し振りかもしれないね」
倉掛千奈都。僕の秘書で女性だ。倉掛も会社立ち上げに近い時期から一緒に働いているので、もうそれなりの年月を一緒に過ごしたことになる。
年齢は確か僕とそんなに変わらないはずだから、20代後半ぐらいかな。
秘書の彼女には僕がいなくなった後のことを任せていた。本当であれば会食などを含めて、色々と顔出す予定があった。それを全てキャンセルするわけにもいかないので、秘書と副社長には代理として出てもらったりしていたので本当に大変だったと思う。
「いつも苦労を掛けてごめんね」
「いいですよ。今に始まったことではないし、今回のことに関してはあなたの所為ではありません。生きていればそれ以上のことは望みません」
「本当に悪いね、そしていつもありがとう」
「感謝してくださるんであれば、もっと形でしてもらえるとありがたいんですが」
そう言いながら、彼女は手でお金のポーズをする。
「わかったよ。月収を上げようか、今回は本当にかなりの負担を掛けてしまったし」
彼女はお金が好きなのだ。誰でも好きだろうが、彼女は特に好きだ。ことあるごとに給料を上げて欲しいと言って来る。今までは「はい、はい」と聞き流していたが、今回はそうもいかない。
秘書がいなければ、僕も安心して入院することができなかった。もう二度とこんなことになるのは嫌だけど、入院したお陰で改めて秘書の大切さを知れた。
「…まぁ、でも私としてはあなたが無事であれば言うことはないので。月収は今のままでいいですよ」
「いいの?上げてもいいんだよ」
「それはまた別の機会で。いくらお金があっても、命に代えられませんから」
それから倉掛に手伝ってもらい、退院の準備を進めていく。その仮定でスタッフも退院に駆けつけてくれた。それぞれ仕事があるだろうに、僕のことに時間を取らせてしまっていることに申し訳ない気持ちがある。
どうやら言葉に出さなくても表情だけで倉掛には思っていることが伝わってしまったようだ。
「あなたはあなた自身が思っているよりも、多くの人から好かれているんです。今回来てくれた方々も自らの意思で来てくれた人たちです。だから素直に頼ればいいんですよ」
「…そうは言ってもやっぱり僕自身が会社に迷惑を掛けているんじゃないかと思うんだ」
「そんなことありません。あなたがいるからこそ、この会社は成り立っているんです。それに気付いて下さい」
倉掛も秘書としての仕事を果たすために、しっかりと社長のメンタルをケアしてくれる。やっぱり彼女は秘書として優秀なんだと感じる。
なんか、ここ最近は彼女の優秀さに気付くことが多い気がする。
退院をする前に医者の方や看護師の方にも挨拶を済ませる。そうなると後はうちの社員たちが僕の荷物を運び出してくれたので、後は自分の身を倉掛にも支えてもらいながら出るだけ。
「倉掛、一つ聞いても良いかな?」
「なんですか」
「僕が刺されたってニュースはどの程度報道されてた?」
「そうですね……全国区のテレビ番組でも報道はされていましたよ。でも、犯人がすぐに捕まったこともあって、日本国民全員が興味を持つような感じにはなっていません」
「…そっか。その感じだとライバーに迷惑掛かってるな」
コメント欄とかに僕に関することがあったりしたら、申し訳ない。元々僕は表に出たりしない。あくまでライバーが表に出て、公式の企画で声とかが出るにしてもスタッフまでだ。さすがに社長が出ることはしない。
前にあるスタッフから「社長、企画に出てくれませんか?」と聞かれたことは会った。だけど、さすがに社長が出る必要はないんじゃないかと断った。
それにライバーの人たちも社長が近くにいたら変に緊張をさせてしまうんじゃないかと思うみたいな感じを、スタッフに言った気がする。そしたらなぜかスタッフが「むしろ社長が出てくだされば色々な意味で良い気がするんですけど」と言われた。
「あとでライバーの人たちにもしっかりと謝罪をしておく必要があるな」
「であれば…後でライバーのアポを確認しておきます」
「ああ、ありがとう」
そしてやっと僕は退院することが出来たのであった。




