3.ジュードお兄様
お待たせしました
私は今、猛烈に緊張している。
理由は至って簡単なこと、兄と話すからである。
どういう訳か、フィリアはほとんど兄と話したことが無い。
まぁ、相手の立場からしてみれば、こんなクズ悪役令嬢と関わりたくないのは当然だろうが。
むしろ、これまでそれを咎め、糾弾することもなく放置に留めてくれたのは、優しい方なのだろう。
カチャカチャとティーカップを震えさせながら、鎮静作用のあるお茶を一口。
こんなに緊張したのは、面接以来だ。
巷の話では、兄はとても冷酷で、血の通わない鉄のような男だと言われているらしい。
私はそのように感じたことは無いが、火のない所に煙は立たない。
万が一でも逆鱗に触れさせてしまえば、私の命はないだろう。
これは、命懸けの茶会だ。
ジュリアに一通りの身だしなみを整えてもらうと、私は戦場______兄の書斎へと向かった。
***
「何というか……その、最近はどうなんだ」
冷酷な兄から出された問いに、当惑する。
どう、と聞かれましても、昨日婚約者に振られた所なのですが。
気まずい、気まずすぎる。
久しぶりに実家へ帰省した時、どうにかして言葉を交わそうとしてくるお父さんか。
王太子とお兄様は仲が良いみたいだし、一つでも選択肢を間違ったら、目の前にあるのは、確実に死!!
どうする?
思い出せ、前世なら、相手が上司ならどうする!?
「まぁ……ぼちぼちです……」
あぁ……終わった……。
振り絞った言葉は、とにかく無難に話題から逃れようとするそれそのものだった。
ティーカップから手を離すと、断罪の覚悟を決める。
殴られるか、怒鳴られるか、はたまた切り捨てられるか。
想像とは裏腹に、兄から返ってきたのは、笑みを含んだ声だった。
「ふ、昨日の今日でぼちぼちか。フィリアは面白いな」
「え?」
「レナードから聞いたぞ。昨日は話しかけているのにずっと睨んでいたそうだな。何か呪いでもかけられていそうだ、と怖がっていたぞ」
王太子を呼び捨てにできる者なんて、この国では片手で数えられる程だろう。
兄の話す様子は、表情こそ変わらないが、少し明るく見える。
本当に仲が良いようだ。
「睨んでなんていませんでしたわ。勘違いでしょう」
「そうか、俺にも相当鋭い目つきをしていたがな」
「あ、あれは……」
緊張して話せなかっただけで。
この冷たい性の悪そうな顔の真顔なんて、睨んでいるように見えるのは当然だろう。
あの時はまだ記憶が追いついていなかったから、そんなことも忘れていた。
私がそのまま黙ってしまうと、お兄様は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「フィリア、お前、少し変わったか?」
核心を突くような言葉に、肝が冷える。
バレてしまった?いつの間に?
たった二言言葉を交わしただけなのに?
「……そうですか?そんなこともないと思いますけど」
気まずい沈黙が流れる。
実際は3秒くらいだったのだろうが、体感は10分と言ったところだ。
「いや、そうだな。もうあの頃とは違うのだな。……あの時お前は7つくらいだったか」
そりゃそうだ。
約10年も経てば人は変わるだろ。特に思春期は。
なんだ。私は今まで7歳として話しかけられていたのか。
緊張は解れ、断罪の心配も無さそうだが、どうにも複雑な気持ちだ……。
「そういえば、体調の方はどうなんだ?」
「おかげさまで。すっかり元気になりました」
あなたがイケメンすぎて倒れただけだし……。絶対に言えないけど。
そういえば、フィリアの記憶が戻ってから、イケメンと話せない、というのは無くなったみたいだ。今なら触った程度じゃ倒れないだろう。
「俺は何もしていないがな」
「昨日は一晩中私の横にいて下さったとジュリアから聞きました。ありがとうございます。……私を助けてくれたことも」
「余計なことを……。我が家から罪人を出す訳にはいかない。弱き者を守るのは、強き者の努めだろう。貴族の義務だ」
すっかり弱者認定されてしまっているようだ。
「それと、これから3日間は学園を休み、淑女としての何たるかを叩き込んでもらう」
「うっ……分かりましたわ」
「その後は学園に戻ってもらおう。お前に会いたがっている男もいるしな」
「……え?」
***
今でもたまに夢に見る、
断片的な、記憶がある。
その頃の私はまだ幼くて、広い公爵家の庭なんかは、無限に続くと思っていた。
川の流れが聞こえてきて、真っ直ぐと音のなる方向へと走っていく。
するとそこには質素なワンピースを着た女の子がいて、ひとりぼっちで泣いている。
庶民の子が迷い込んだのだろうと思って、屋敷の方を指差して教えてあげる。
「あっちにわたしのおうちがあるよ」
女の子は首を振る。
「わたしのおうちはここにはないの」
歳の近い子だったから、泣き止むうちにはすっかり仲良くなって、2人で遊んだ。
不思議な子だったけど、知らないことを沢山教えてくれて、気が付いたら日が落ちて、空には大きな満月が描かれていた。
流れ星を見つけて、指を差すのと同時に、どこからともなく声が聞こえてくる。
「在るべき所に帰りなさい。ここに来るのはもう少し先よ」
気が付くと、
びしょ濡れの私は兄の腕の中に抱えられていた。
「フィリア、大丈夫か?」
後から聞いた話だと、私が川で溺れていたところを、兄が助けてくれたらしい。
うん、と答えた気がする。
頭を撫でた兄は悲しそうに微笑んで、どこか遠くへ行ってしまった。
それから9年間、兄と言葉を交わす事はなかった。
どこからが夢でどこからが現実なのか、今となってはもう分からない。
後半とても楽しかったです♪




