1.婚約破棄
初めてですので、お手柔らかにお願いします
「フィリア・セレネリオン!君との婚約を破棄する!」
これは、一体何だろう。
王太子レナード・コンステリアはそう吐き捨てた。
肝が冷える。指先が震える。感じたことの無い恐怖に、身体が、思考が、目の前の男によって作り上げられた空気にのまれ、支配される。
意味が分からない。
もう少しマシな表現を探そうにも、言葉通り意味が分からない。これより他にこの言葉に適したシチュエーションを、私は知らない。
昨日は残業時間が足りず、上司に早めに帰らされた。そのままベッドに飛び込み、後輩に勧められた漫画を読もうとしたが、眠気に負けてそのまま寝落ちた。
それだけだ。
それだけの筈なのに、なぜ私は今、こんな豪勢な広間の真ん中で婚約破棄を申し付けられているのだろうか。
王太子と名乗る謎の男はこちらを指差し色々言っているようだが、申し訳無いが何も頭に入って来ないので黙って欲しい。
あぁ、卒業旅行で友人と行った宮殿に似てるな……。
なんてどこか冷静な頭の片隅では、人生がまだ順調であった頃を思い出す。
いつからこんなにつまらなくなってしまったのだろうか。
「え」
すると突然、2人の男が私の腕を掴み上げ、抵抗する間もなく連行される。衛兵のようだ。
でも、一体どこへ?
気が付くと私は、地下牢にいた。
***
地下牢の中はシンプルで、2畳程度の狭い部屋に、鉄格子が付いているだけだ。
あくまで貴族だからの配慮なのか、小さな机と、木製の質素な椅子が置かれている。
こんな所では、ドレスが汚れてしまう。もったいないな。
椅子に座って少しした頃、1人目の訪問者が訪れた。
「やぁ、フィリア。こんな所にいても君は美しいんだね。気分はどうだい?」
金髪碧眼、白を基調としたドレスコードに身を包んでいるこの男は、王太子レナードである。
先程の態度とは打って変わって、飄々として何の悪びれもなく私に話しかけてくる。
しかし私は、またしても何も言うことができなかった。
なぜなら……
なぜなら……
顔が良すぎる……!!!
美形すぎる、どうしてこうも美形なんだ!
無理だろう。話せる訳が無いだろう。
こちとらイケメンだけでなく異性とも話したことがないんだぞ?
ああ、終わった……
こちらの葛藤など知らないレナードは話を続ける。
「シカトかい?君なら言い返してくると思ったんだが……。ふむ、検討違いだな。あーほら、睨まないでおくれ?また来るよ」
無駄に長い襟足を触って、手を振りながらレナードは去って行く。
「ああ、そう。そろそろ迎えが来るはずだから、覚悟しておくんだな」
「え」
遠くから、重く冷たい足音が聞こえてくる。
迎え?覚悟?私は今、牢獄にいる。つまりそういうことだろう。
衛兵に鉄格子の鍵を開け、外へ出される。
でも、処刑台へ連れて行かれる訳では無くて、目の前に現れたのは、白髪で、黄金色の瞳をした______
兄だった。
「処刑されると聞いて、どんなに酷い顔をしているものかと思っていたが、杞憂だったな。」
レナードとは対照的に、黒を基調とした礼服が、髪の白を際立たせている。
「帰るぞ。」
……え?処刑されるんじゃ?
呆然と立ち尽くす私の心を読み取ったように、表情ひとつ変えず説明する。
「……我がセレネリオン家から、罪人を出させる訳にはいかない。公爵家としての義務だ」
こちらが返事をせず、一方的に話しかけている状況を不快に思ったのか、顔を顰めた。
兄の声は低くて冷たい。
まるで氷の壁が彼を囲んでいるようだ。
けれど、王太子に婚約破棄を申し付けられた時の様な恐怖は感じない。
その壁の内側から、ほのかに暖かみを感じるのは、気のせいだろうか?
「何か言ったらどうだ。可愛げが無いな」
返事が出来るものならとうにしている。
出来ない、出来るはずがない。
鏡を見て欲しい。
月の精霊か何かですか?何で目がそんなに光ってるんですか?
あ、後ろに百合が咲いてますよ
「行くぞ」
痺れを切らして腕を掴まれた私は接触によって致死量に達したようで、そのまま意識を手放した。
兄の手は暖かかった。
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