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第9話 滑る札

若い補給兵の前に、まだ呼び出し札があった。


粗い板机の端。


紐の先で揺れもせず、胸元に張りついたまま残っている。


その少し奥には、ひとつだけ高い机があった。


縁に印章皿が置かれている。


まだ誰もそこへ手を伸ばしていない。


横の仮机には、書きかけの紙面と止まった筆。


控え束も、置き場を失ったまま積まれていた。


終わっていない。


それだけが、場の全員に見えていた。


湿った土と木箱の匂いが、半屋外の留め置き場に重く溜まっている。


返納棚の脇。壊れた荷箱の陰。足を止めた兵たちの視線は、若い補給兵の前の札へ集まっていた。


まだ、そこに残している。


若い補給兵の喉が鳴った。


小さな音だった。


だがリオンは、それを聞いて札を見た。


その前で、ラザールが口を開く。


「流れが乱れた件だ。ここで預かる形だけ整える」


末端処理とは言わない。


ひとりへ落とすとも言わない。


だが札だけは、そのまま若い補給兵の前に残していた。


整える。


その曖昧な言葉で、受け先だけは下に置いたままにするつもりだ。


リオンは短く言った。


「順を作った手が、その順の続きを受けろ」


場が静まる。


帳付役の目が動いた。


ラザールは一拍置いて、声の調子を変える。


「……全体混乱の件だ。預かり先を整えるだけの話だ」


一段、退いた。


だが札は動かない。


若い補給兵の前にあるままだ。


リオンはそこだけを切った。


「その札を、そこから外せ」


今度は、はっきりと空気が止まった。


視線が札へ集まる。


胸元に残したままなら、誰が次を受けるのかは形になる。


仮置きでは済まない。


誰もすぐには動けない。


その沈黙の中で、いくつもの目がリゼットへ向いた。


彼女は票台の外に立っていた。


紙面も札も、高い机も見える位置だ。


逃げようと思えば外せる場所だった。


だが外さない。


「見た順でなら、残せます」


声は低く、揺れなかった。


新しい証言は足さない。


見た事実から、自分の名を引かない。


それだけで十分だった。


ラザールの口元が固まる。


そこで動いたのは、コルネルだった。


検分場書記は、止まった筆には触れない。


紙面も伏せない。


ただ若い補給兵の胸元へ手を伸ばし、呼び出し札を紐ごと外した。


若い補給兵の肩が、そこでわずかに落ちる。


コルネルは札を机に置いた。


次の瞬間、指先で押し出す。


乾いた音が走った。


札が木目の上を滑る。


仮机の前を離れ、視線を引き裂きながら、少し高い机へ向かう。


印章皿のある机だ。


札はその手前で、短く止まった。


その一瞬、場にいた全員が同じものを見た。


滑って、止まった札。


リオンが言う。


「次は、そっちの机へ置け」


コルネルは無言で控え束を持ち上げた。


宙づりになっていた束が、止まった札の横へ置き直される。


書きかけの紙面だけが、表のまま仮机に残った。


止まった筆も、その横にある。


若い補給兵の前から札が消えた。


ラザールは何も言わない。


全体混乱へ退いた口で、もう札を戻せない。


帳付役も筆を持ったまま動かない。


あの紙面は、きれいには閉じない。


若い補給兵は息を吐いた。


脇の年長兵が、何も言わずにその背を支える。


リオンは、高い机を見た。


札は止まり、控え束がその横に置かれた。


紙面だけが表のまま残った。


次は、その机が受ける。

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