97話 とある国のその後
◇◇◇
――天戸うずめと杜居伊織が修業している世界とは別の世界の話をする。
この世界では、且つて雨が降り続けていた。
一月以上も振り続けたその雨は、世界の多くを水没させて世界の終わりを感じさせた。
神に選ばれた民だけはアルランド王国にて救われるとの神託が下ったとの風説も流れたが、10年前に訪れた異界の勇者によって脅威は払われ、雨は止んだ。
「そして、またこの世界に脅威が訪れた……ってわけですか?」
異界の勇者として召喚された少年は頭を掻いて欠伸をしながら一同に問い、謁見の間の最上段に位置する身分の高そうな壮年の男性は頷いた。
彼が恐らく王であり、座る玉座の後ろには神の像がある。
神の後ろ盾を以て王である、と言うことだろうか?
「その通り。またも災いはかの国アルランドによってもたらされたのだ。かの国の王は人智を超えた膨大な魔力で世界に覇を唱えようとしているのだ。……10年前も奴らのせいで沢山の街や人が……」
「はは、そう。10年前も喚んだんです?あなた達が?」
王の側近はコクリと頷く。
「真夜中、東の平原に妖しげな音と光が響いた日でした」
褐色の肌に濡れたような黒髪とやや碧がかった瞳の少年は人懐っこそうに笑う。
「へぇ。魔法ですかね?どんな人でした?名前とかは?」
「その者等は壁外にて支度を整え、早急に発っていったのでな。第一騎士団以外は目にして居らんのだ。だが、名前は伝わっている。……アマトウズメ、と」
少年は嬉しそうににっこりと笑う。
「天戸さんか」
キョロキョロと部屋を見渡して、目当てのものが無いことを確認すると、またニコニコと問う。
「転移術使った人は?」
「……ここには居りません」
王の側近が言いづらそうに頭を下げるが、それが少年の癇に障る。
「連れてきてよ」
ニコニコしながらも緊張感のある声に部屋の空気が尖ったような錯覚を覚える。
「申し訳ありませんが」
次の瞬間、少年以外に部屋の中で直立している者はいなかった。屈強な兵は膝を突き、文官達は床を這った。
「死んだんだろ?」
少年の生み出す圧力が部屋を包む。
「い……でで、ですぐぁ……」
側近は弁明しようとするが言葉にならない。
「あなた達は少なくとも二度目以上だろ?」
少年はゆっくりと横たわる王の前に近づく。
「なら知ってたんだよね?術使ったら死ぬかもって」
しゃがんで王の顔を覗き込む。
「どんな子?何で女の子なんだよ」
その顔には既に笑顔は無く、少年は王の襟元を掴んで顔を上げる。
「あ、ごめんなさい。話せないですよね?で、誰が決めました?やっぱり一番偉いっぽいあなた?」
圧を消して王に問うが、王は激しく否定する。
認めたらどうなるかはもう本能でわかっている。
「いや、ちち違う!言い伝えを元に合議でだ!皆で決めたのだ!そうだな!?」
「はは、そうですか。皆で、少女の命を懸けることを決めた、と。では、あなた達に死ぬ覚悟は?」
沈黙してしまった王を庇うように、声を上げる側近。
「あった!勿論だ!わっ……我ら全員死ぬ覚悟は……」
トフ、と音を立てて側近の頭が絨毯の上に落ちる。
王の間の絨毯は流石に上等で、毛足が長く滑らかだ。
「なら自分達の命を懸けろよ」
少年はスタスタと首に近付くと、目を見開き、口を開けたままの首をヒョイと掴み、拳を握り力説しているままの状態の首のない身体へと乗せる。
ポウッと光ったかと思うと、首は繋がり、側近は意識を取り戻す。
トントンと彼が肩を叩くと我に返ったように左右を見る。
「ん、蘇生術」
何か別の世界の催し物でも見せられているかのように、現実感の無い光景に一同声も出なかった。
少年は開いている玉座を指差す。
「あはは、座っていいですか?疲れちゃいまして」
王は無言で何度か頷く。
ニコリと微笑み、頷くと少年は玉座に座る。
「それじゃ、失礼して……っと」
そして、両手を広げて室内の一同に問う。
「今見てもらった通り、僕は容易に死者を生き返らせる事ができます。そしてあなた達は命を懸ける覚悟がある、と。それじゃ、喚んでみましょうか?あはは、誰からやります?」
「お……お前は何を言っている!?」
恐らくこの部屋の中で一番戦闘力の高そうな兵士が声を上げる。
「ん?えっと、そんな変な事言いました?召還術を使う手伝いしますよ、って話なんですけど」
少年は困った顔で首を傾げる。
「だって、その子には死ぬかも知れないのに使わせたんですよね?そもそも術者が女じゃなきゃいけない決まりは本当はないんですよ。はは、男も出来るとなると自分達も選ばれちゃいますもんね」
当然誰も術者に立候補しない。
その状況に呆れて溜め息を吐く。
「じゃあ僕が選びますね?勿論……一番偉いあなたから!」
ピッと王様を指差す。
「なっ!?ばばばば馬鹿を申すな!何故私がそんな事で死ななければならぬのだ!そなたは異界の勇者なのであろう!?それなら早く世界を……」
――そんな事。
その一言が少年の逆鱗に触れた。
「……そんな事?」
玉座から手を伸ばすと、見えない大きな手が王の頭を掴む。
「……そんな事の為にルカは死んだのかよ!」
声をあげる間もなく王の頭は潰れたトマトの様に飛び散る。
ハッと我に返ると、恥ずかしそうに照れ笑いをして蘇生術をかける。
「ごめんなさい、汚しちゃいましたね。さ、気を取り直していきましょうか。良い勇者様が来てくれると良いですね」
王は絶望に震え、手を組み玉座の向こうの神の像へ祈る。
「……神よ」
「あはは、いるといいですねぇ。あなた達の神様は。……僕にはそんなもの居なかったので」
一度振り返り神様の像を見た後で、思い出したように皆へと笑いかける。
「あっ、自己紹介まだじゃありません?僕はジラーク。……異界の勇者でも魔王でも、何でも好きに呼んで下さい」
あはは、とジラークの無邪気な笑い声だけが部屋に響いた――。




