後編
目の前には、婚約者様と冷え切った紅茶。少し離れてオーウェン様。
婚約者様もさすがに親友といえるオーウェン様のアドバイスは受け入れざるを得なかったようで、この場にはいてくださるけど。
私は私で、優しく、穏やかに、細心の注意を払って、婚約者様に話しかけているのだけど。
「私を愛することはできないというお気持ちは、お聞きしました。
これについて、私は良いとも悪いとも言うつもりはありません。
私がお聞きしたいことは、それで、どのような結婚生活をご希望なのかということだからです。
これ以上私とは関わりたくない、というご希望でしょうか。
それとも、多少の関わりは仕方がないというお考えでしょうか。
私たちの関係がこのような状態で結婚生活など無理、そのお考えでも私は不思議には思いません。その先にあるのが婚約解消でも。
そうではなく婚約の継続をご希望ならば、どのような結婚生活であれば多少なりとも幸せだと思われますか?」
頑張って、頑張って、婚約者様に話しかけているのだけど。
婚約者様はだんまりだ。
婚約者様には婚約者様のお考えがある。それが黙っているということならば仕方のないこと。
だけれども。
何か、腹が立ってきた。
なんだろう、何に腹を立てているのか自分でもよく分からないけれど、怒りたくなってきた。
ごめんなさい。勝手ながら、怒りたいと思います。
席から立ち上がる。たんとテーブルに手をつく。
婚約者様がいまいましいとでも言いたげに眉をひそめて私を見る。少し手が震える。
でも、私は怒っている。
「婚約者様、あなたには、私を毒殺してでも、恋人であった彼女との未来を選ぼうという気概はないのですか!?」
実際に毒殺されるのはイヤだけど!!
婚約者様が、小さく口を開けたままポカンとしていらっしゃる。しかし、さすがイケメン、それでもサマになっているとは。
視界の端で、なぜかオーウェン様が笑いを嚙み殺しているのが見えたけど、今それは置いておこう。
「毒殺がお好みでなければ、撲殺、絞殺、溺死を装う、いろいろ選択肢はありますよ。」
挑むように続ければ、婚約者様が慌てて反論してきた。
「お前を殺害しようなどと、正気か!?というか、それは犯罪だ!」
それもそうだ。そもそもそれを狙うならば、最初から氷対応をするのは良くない。簡単に容疑者として挙げられてしまうからね。つまり、愛想よくして相手が油断したところで一気にカタを付ける、そのほうが成功率が高いはずだ。
「毒殺はしないということならば、私を罠にはめて監獄送りにし、彼女との未来を勝ち取る、その作戦ですね!?」
実際に罠にはめられるのはイヤだけど!!
「いや、それも犯罪だ!そもそも罠にはめるとか、やっては駄目だろう。そんなことをしたら彼女に顔向けできない。それで彼女と幸せになることはできない!」
婚約者様が今度はしっかりと反論する。
なるほど。まっとうな倫理観をお持ちなのは素晴らしいことです。では。
「正攻法で、彼女との幸せな未来を選び取る、ということですね?」
不意に婚約者様が私を睨みつけて怒鳴った。
「お前に何が分かる!?」
その通り、私に婚約者様のことはわからない。
同様に、婚約者様もまた私のことはわからない。
婚約者様には婚約者様の言い分がある。
そして、私には私の言い分がある。
婚約者様からしてみれば、意味の分からないことかもしれない。でも、私は怒っているのだ。
「結婚相手を愛さない、生涯彼女への愛を貫くと言っておきながら、あなたが今している行動は何ですか。私との話し合いを拒否する、この程度の行動しかできないとは、情けない。
私という人間をないがしろにしたいのであれば、それに見合うだけの行動を取っていただきたいですね。」
オーウェン様の方からなぜか拍手の音が聞こえてきたけれど。
それよりも、しまった。婚約者様と真正面から向き合わねばと、本音を言い過ぎた。
情けない、じゃなくて、ヘタレ、でもなくて、不器用、くらいにしておべきだった……。
彼女との未来が叶うかどうかはわからない。
でも、不幸そうにただ我慢しているよりは、何でも行動してみた方がいい。
一人で解決することが難しいのならば、誰かの助けを借りてほしい。
婚約者様、どうか幸せになることを放棄しないで。私は勝手ながらそう思う。
婚約者様が席を立つ。アイスブルーの眼差しが私を睥睨する。
「いいだろう、お前との婚約は解消する。解消させてみせる。」
婚約者様が身を翻し、音を立ててドアが閉まった。
室内に静寂が訪れる。
ゆっくりと、オーウェン様が隣の椅子に座る。
あたたかな眼差しに、体の力が抜けた。ぺたんと椅子に座り直す。
隣からオーウェン様の穏やかな声がした。
「よくやったね。」
……あれは、よくやったのだろうか?
まあ、何か、婚約者様が行動しようという気になってくださったのなら良かった。
私があれこれジタバタした甲斐があったというものである。
ただ。
とうとう最後まで、婚約者様と話し合いにはならなかった。
とうとう最後まで、婚約者様は事情も、お考えも、お気持ちも、私に話そうとはされなかった。
とうとう最後まで、私のやり方では、婚約者様のお心には近づけなかった。
“お前に何が分かる”そう言わねばならないほど、婚約者様には婚約者様の苦しい事情があるのだと思う。婚約者様にとって、私は信頼できる人間にはならなかったのだと思う。だから、仕方のないことなのだろうけれど。
同時に、婚約者様は私に興味のないことがよく分かった。いっそ清々しいほどに!
将来誰かは分からないけれど、婚約者様に一途に愛される方はきっと幸せだろう。
そんな方に婚約者様が出会えると良い。興味のない妻に氷対応し続けるよりは、きっとマシな人生だろうから。
「しかし、あいつは本当にあなたには関心がないというか、何というか。」
オーウェン様が言葉をにごされる。
つまり、傍から見てもそうだということで、もう私はお手上げでいいんじゃないだろうか。
オーウェン様が続ける。
「僕は、少しばかり思ったんだ。あいつにはあなたのような女性が合うのかもしれないと。」
……それは無理だと思うな。最後まで氷対応だったし。
「で、僕にはまだ分からないことがあるんだけど、できれば教えてくれるかな?」
私は首をかしげる。何だろう?
オーウェン様が優しい眼差しで私を見ている。
「あなたは、あいつのことが好きだ。だから、こんなにもあいつのために頑張っている。
違うかな?」
それは、違う。
私は少し考え、答える。
「人となりが誠実と聞いていましたので、何とか話し合いにならないものかと。」
だから話し合いにこだわった。
家の当主の意向に真っ向勝負を仕掛けるのは難しい時代だけれど、お互い協力し合えたらと。
オーウェン様が眉を寄せる。
「あれが誠実なのか?」
私は肯く。
「誠実だと思います、誠実さが裏目に出てしまったというか。
恋人であった女性にも私にも誠実であろうとして、私に“愛することはできない”と言わざるを得なかったのではないかと。
今日お会いして、やはり真面目で不器用な方なのだと思いました。
私と話し合いができなかったのも、もしかしたら、婚約者を愛することができない、婚約者と向き合うことができないという罪悪感、そのせいかもしれません。」
「だからと言って、愛することはできないなど、仮にも婚約者となった令嬢に言っていい台詞ではないだろう。」
オーウェン様がやはり眉を寄せておっしゃるけれど。
「そうかもしれません、でも。
うちの男爵家が、強引に持ち掛けた婚約というのも確かですから。」
でも。
でも。
私はあの時、“愛することはできない”と言われた時、少し悲しかった。悲しいと思った。
でも、悲しいと言ってはいけないとも思った。
私には罪悪感がある。
婚約が決まったとき、私は喜んでしまった。
次期子爵で有能、見目も良いと聞いて、噂で誠実な方だと聞いて、喜んでしまった。
婚約者様の事情も知らず。まあ、知らなければどうしようもないのだけど。
私には更にもう一つ罪悪感がある。
オーウェン様のような方が婚約者であったならと、思ってしまったこと。何度も、思ってしまったこと。
婚約者様が私に関心を持てなかったように、私は婚約者様の良いところを見つけることができなかった。私もまた、婚約者様と誠実に向き合うことができなかったのだ。
でも贖罪はこれくらいにしよう。
例えがっかりされても、婚約者様のハートをゲットすべく頑張る、そんな道もあったかもしれないけれど。
婚約者様と私は、お互いの相性がいまいちだった、もうこれでいいと思う。
「私は、婚約者様のことを良い方だと思いました。でも、罪悪感のほうが大きかった、それだけです。
“愛することができない”そう言われて、むしろ良かったのかもしれません。
だから私は行動することができました。
私は私のために頑張ったのです。
円満な婚約解消がお互いのためにより良い選択肢だと思いましたが、そのためには、婚約者様にもその気になっていただく必要がありましたので。」
何よりも今日、婚約者様にお会いしてみて分かったことがある。
叶うならば、私はオーウェン様のような方と結婚がしたい。
婚約者様には愛する女性がいた。対する私は、あまり考えていなかった、恋とか結婚とかについて。婚約者になった方と少しずつ歩み寄れれば、というくらいで。
今回のことで私は考えた。
家の当主が決める婚約とはままならないものではあるけれど、それでもどんな人と結婚をしたいのか、どんな結婚生活を望むのかと。
そして、オーウェン様のような方と結婚できたなら、きっと幸せではないかと。
そんなことを考えていたら、急にオーウェン様のことを意識してしまった。この部屋には侍女もいない、二人だけなのに。
更にはオーウェン様が私を見つめてくる。
…………、…………、あの?
「それなら、決めたよ。」
何を?
「僕はあなたに結婚を申し込む。」
………………………………………………はい?
「そんなに意外?」
これは意外しかないと思う。
「なら、イヤかな?」
思い切り首を振った。……あ、これじゃあ好意があるって言っているようなもの。
でも。
「良かった。
本来ならば先に家を通すべきだけど、あなたの気持ちを聞いておきたかった。」
と、オーウェン様が嬉しそうに笑うので。
いやいや、ちょっと待って?
「私の、何が、お気に召したのでしょうか?」
ふと、オーウェン様の眼差しが熱を帯びたように感じられて、驚いた。
オーウェン様がゆっくりと口を開く。
「そうだね、なーんか気になっちゃってね、全部。」
……全部。そうか、全部か、全部。
……何か、照れる。
そして私は、婚約者様のことなどどうでもよくなってしまった、大変薄情なことに。
さて私は、こちらからも婚約解消を働きかけるべく、お祖母様に話を持って行った。子爵家の出であるお祖母様からお父様に、この婚約はうちの男爵家のためにならない、という方向で話してもらう作戦である。お父様は私の話は軽くあしらうけれど、お祖母様にはそうはいかないのだ。
そして、オーウェン様の子爵家の方からは数日後、お父様が欲しがりそうな条件を携えて内密に婚約の話が来た。
婚約者様の方はといえば、これはオーウェン様から聞いた話だけれど。
何と婚約者様が、オーウェン様に力を貸してほしいと頭を下げたらしい。もちろん快く了承したよと、オーウェン様の方が大変嬉しそうであった。
私などは、力を貸してほしいと頼めるのなら最初からそうなさいな、と思ったけれど。
ただそうすると、私はオーウェン様と出会うことができなくなってしまうわけで。
よって、今回の婚約騒動は私にとってあって良かったのかもしれない。
いや、あって良かったのだ。
そして一か月後、あっさり婚約者様との婚約は円満に解消になった。
そして更に一か月後、私の婚約者はオーウェン様になった。
ちなみに、オーウェン様の子爵家が婚約に横やりを入れた形になったので、元婚約者様の子爵家にお詫び代わりの援助金を支払うことになり。そしてそのお金の出どころはうちの男爵家、ということでだいたい丸く収まった。
そして、元婚約者様と恋仲だった女性がどうなったかというと……、世の中とはままならないもので。
彼女は老舗の商家の息子と婚約中であった。
それもそうか、街で評判になるほどの素晴らしい女性ならば、当然周りが放っておかない。
そして、会いに行った元婚約者様が事情を説明する前に、こう言ったそうだ。
「私は今幸せだから、どうか私のことは気にしないで、婚約者になった方を大切にしてほしい」と。
ある意味模範解答ではあるが、元婚約者様は落胆という言葉では言い表せないほど意気消沈されているらしい。
そこでオーウェン様から私にお願いがあった、彼女と会って話をしてくれないかと。
話をするのはいい、けれど何と言えばいいのか。
婚約者だった私は婚約解消になって今幸せだから、どうか私のことは気にしないで、元恋人について考えてほしい、とか?
オーウェン様と共に彼女に会いに行くと、彼女は大変恐縮してあっさり話してくれた、本当の理由を。
「彼はいつも、私のことを素晴らしい女性だと言ってくださいました。嬉しいと思いました。けれど……。
いつも素晴らしい女性でいるのは疲れるということを、今の婚約者に出会って知りました。
だから、本当に私は今幸せなのです。彼の幸せを願えるほどに。
彼には彼にふさわしい方がいらっしゃると思いますから。」
ある意味納得する理由ではあるが。街で評判になるほど素晴らしい女性でも、元婚約者様の理想を満たすのは難しかったということで……。
元婚約者様の氷対応にもめげない鋼のメンタルと、氷対応を溶かしてしまう女神のような包容力を兼ね備え、かつ元婚約者様のお気に召すような令嬢とはいったいどんな女性なのかと、思いをはせずにはいられない。
とりあえず私には無理だ。鋼のメンタルも、女神のような包容力も持ち合わせてはいないので。
ではそんな私はダメかというとそうでもなく、現婚約者のオーウェン様には気に入られている。
オーウェン様の私のことが気になるという言葉は、けっこう本気だったみたいで。手紙に贈り物、デートやお茶会の誘い、夜会のエスコートと、実に婚約者らしいことをしてもらっている。
ちなみに私は、オーウェン様の子爵家から歓迎されていて、次期子爵を結婚する気にさせた令嬢ということで丁重な扱いを受けている。ついでにオーウェン様の妹様からは、お義姉さま、一緒におしゃべりしましょう、とこの前もお茶会に招待された。
私にとっては大変有難い状況で、前の婚約の時とは雲泥の差だ。こんなこともあるのだなあと、推理小説を読みながら思いをはせずにはいられない。
今日はオーウェン様の子爵家で、二人だけのお茶会だ。
お茶の後は二人で庭園を散歩。四阿まで来れば、侍女も従僕の姿も見えない。
隣り合って腰かけて会話を続ける。
あまりにも和やかで穏やかなので、ふと、本当に少しだけ元婚約者様のことを思い出してしまったら。
「さて、あなたは今何を考えていたのかな?」
にっこりと笑みを作ったオーウェン様が、私の頬に手を伸ばす。
「あの、オーウェン様、私はこういうことには初心者なのでどうかお手柔らかに。」
「それは見ればわかるけれどね。で、“誰”のことを考えていたのかな?」
……。目をそらしたいけれど、頑張って答えますよ。後々何らかの事件に発展させないためには、ここで包み隠さず答えることこそが肝要、というのが数々のミステリー(恋愛有り)を読んできた私の推理!
「少しだけ、元婚約者様とのことを思い出してしまっただけです。」
「へえ、そう?」
オーウェン様の両手が私の頬を包む。
「ハリエット、あなたにそんな気はないと分かっていても、ちょっと妬けるね。」
それならば。
「私もオーウェン様のこれまでの婚約者全員に、とっても嫉妬しなくてはならなくなりますけど?」
オーウェン様が覗き込むように、私を見下ろす。
「あれ、僕の噂を知らない?
僕は婚約したことはないよ、だから婚約者がいたこともない。
正式に婚約になる前に、片端からつぶしたからね。父が呆れるまで。
僕はたぶん、令嬢の好みにうるさいのだと思うよ。」
そんなオーウェン様が選んだのが私、と?
その台詞も、頬に触れる手も、顔の近さも、とってもドキドキしますけど?
オーウェン様が顔を上げ、その手が頬から離れる。
私はほっと息をつく。かなりドキドキした、口づけされるのではないかと。
こんな感じで、私の日常はしばしばオーウェン様に翻弄されている。
オーウェン様がくすりと笑う。
「で、あなたは今どんな小説を読んでいるのかな?」
私は相変わらず推理小説を愛読しているけれど、もちろん他の小説も読んでいるので。
「駆け落ち小説です。」
オーウェン様がいぶかしそうな顔をする。
「駆け落ち?」
私は大きく肯く。
「ええ、駆け落ちです。だいたい失敗していますね。
失敗の理由、原因を分析し、失敗しない駆け落ちの方法はないものかと模索を。
そして仮説を立てました。とりあえず財力が必須!」
「……財力があれば問題ないだろうけど、駆け落ちをする必要もなくなるんじゃないかな?」
と、オーウェン様。
私は大真面目に肯く。
「そうなのです。
ですから、財力のない状態から出発して駆け落ちをなしとげるには、どこにいっても稼げるようなスキルをできれば双方持っていることで、成功率が高まるのではないかと。
例えばどんなスキルかといいますと、魔法系は欲しいですね。あと代筆やマナー、計算ができるなんかもいけるんじゃないかと。あと商人的素質があった方が何かと稼ぎやすい気も。
なので、私が駆け落ちをするとすれば、まずマナーを教えるのはできそうです。家庭教師や代筆も何とか。あと水系の魔法が多少使えますので、それを必要とするような場所に駆け落ちするとか。そうなると、相手側に求めるのは商人的な能力か、それとも戦士的な能力か、あるいは……」
「ストップ!」
と、オーウェン様の少し慌てた声。
「あなたはそれを検証しようというのではないだろうね?」
「検証、それは楽しそうです!」
「駄目だよ、それを実践するのは。あなたは僕と結婚するのだから。」
……それもそうだ。
オーウェン様がにっこりと笑う。
「ハティ、子爵家の領地にね、あなたの好きそうな場所があるんだ。子爵家の別邸が由緒ある館で、男爵家にあるものより歴史は長いと思うよ。」
うわー、そんな何か事件の起こりそうな雰囲気のある館に是非泊まってみたい!
もちろん事件が起こって欲しいなどとは微塵も思っていない。なぜなら犠牲者にならない自信はないからだ。ただ、そういう雰囲気を楽しみたい!
身を乗り出してオーウェン様にお願いする。
「機会があれば、是非是非、連れて行って欲しいです!」
不意に、視界がくるりと変わった。オーウェン様に見下ろされて、その向こうには四阿の天井が。
四阿のベンチに押し倒されてって、私、ホントに押し倒されている。
私の身に、まるでこの前読んだ恋愛小説のようなことが起こっているとはこれ如何に!?
頬をオーウェン様の大きな手で包まれて、優しくて少し強引な口づけを受ける。
ぼうっとする私を、オーウェン様がご機嫌で見下ろしている。
「これはいいね。あなたの頭の中が僕でいっぱいだというのがよく分かる。
あなたの頭はたいてい僕以外のことでいっぱいだから。」
そしてまた、何か答えようとして開いた私の口は、オーウェン様の優しくて少し意地悪な唇にふさがれてしまった。
それから一年後。
私とオーウェン様の結婚式に出席してくださった元婚約者様が、ぼそっと一言おっしゃるには。
「今更だが感謝する。」
更に五年後。
見事財政難を脱し、ますます有能さとストイックさに磨きのかかった元婚約者様が、小悪魔な令嬢にふりまわされているのを、オーウェン様と二人微笑ましく見守ることになるのは、また別の話。