第11話 高岡呉羽/バグリサーチ
「誰だこのカワイコちゃん」
「シャオシャオだよぉ」
「シャオシャオ……。DD興業の残党か」
翌日、メッセの事務所にてミーティングが行われた。出席者はフジ、イツキ、メッセ、メロン、狐燐、シャオシャオ。頑馬は家庭が忙しく、ユキはますます付き合いが悪くなった。元から愛想は悪かったが、頑馬裁判で裁かれてから……孤高ではなく完全に孤独になってしまったような気がする。怖くて声がかけられないのではなく、壊れてしまいそうで声をかけられなかった。
シャオシャオは灰色のカンフー服に人民帽を被り、もう事務所で自分の部屋のように寛いで冷蔵庫まで勝手に開け、グラスも最高級のものを無断使用していた。
「ワタシはバイオレット・カンパニーのバカ野郎を一人やっつけたよォ」
何かをねだるあざとい上目遣い。これ以上は危険だ。フジには刺激が強すぎる。
「こいつは裏切らないのか?」
「こいつは万札で作ったペーパークラフトのモンスターボールに入れたポケモンよ」
「結局バースはダメだったのか?」
「ダメだったわ。でも少し感心したわね。ここで出るバースではもう曲がっている気がする。三顧の礼でも出ない程の頑固さと忠誠心……。頑馬のキャリアにおいて最大の幸福は最初の仲間があいつだったことね。まぁいいわ。地球規模の戦いになり、あの監獄が襲われることもあればそれをした敵はバースの正当防衛で倒されるだけよ」
チッチッチッとシャオシャオが人差し指を振り、話の主導権を奪った。
「センチメントの時間は終わり。いない人間はいない。いる人間はいる。そうやって考えるしかないヨ。何より今までのしみったれた人間関係の青春ごっこやドロドロ愛憎劇を聞かされても新入りはつまらないヨォ。上級生が内輪ネタしかしなくなった時、弱小サークルから新入生は抜けるんだヨォ。レイは家庭で忙しい。ジェイドも自分探しで忙しい。ここにいるのが戦力。さっさと作戦立てるよぉ」
「随分まともじゃない。何を考えてるの?」
「ワタシはこの仕事で一億もらう。でもベンチでぬくぬく、二軍でのびのびしてもらう一億は価値がない。一億もらうなら一軍全試合スタメンフルイニング出場してタイトルは総なめで十億の働きをする。そしたら次の契約は十億だよぉ」
「お前……」
ポケモンのくせにいい働きをするじゃあないか。
「今までの戦いはほぼすべてメロンが記録しているけど、少なくともあの侍と覆面プロレスラーは異常者、狂人。その精神力が戦闘力に直結している。悪いわね、シャオシャオ。やっぱり参照するけどあれはバースと同じで精神力が強さに反映されているタイプ。シャオシャオにもわかりやすく言うならディエゴも同じ類だわ」
「ディエゴはすべての象徴であったリーゼントを切られて終わったよねェー。ワタシは後で映像で見たけど、あの瞬間にディエゴは負けてた。そういったアイデンティティの拠り所をブッ壊すことでその手合いは脆いよォ」
「確かにクラウンもXYZが負けた途端に崩壊してたわね。その点、シャオシャオは金という形のないものに全価値観を置いている分物理的に壊される拠り所がないのが強み。あとは物理的に叩き殺すか、精神力で凌駕するしかない。でも精神的にそれが出来るのは現状シャオシャオのみ」
フジはため息をついて考えた。新入りだから過剰に影響を受けるのではなく、こいつはある意味でバース以上に貴重な戦力だった。
「俺たちは仲が良くなり過ぎちまった。兄弟、旧縁、探偵仲間って括りはあるが、俺とメッセをくくる言葉はない。もしそれがファミリーだとか、地球防衛チームだってんならお門違いだ。確かにメッセと飯は食うし、メロンとゲームもする。だが戦いにおいては目的や敵の一致した個人。そこに過剰な情が入ると決意の純度と硬度の上限が低くなる。守るべき仲間ではあるが、俺たちは自分で自分を守れる。個々の美学、決意。そういった自分を定義する精神の拠り所を見つけ、対抗していくしかねぇんじゃねぇかな」
「……そうね。連携はとるけど、それは仲良しこよしだからじゃない。ちょっと曇ってたわね」
「ただし、俺と犬養はタッグチームとしての完成度は高めていく。見たところ、XYZもクラウンのポケモンだ。やつらは基本二人で動くだろう」
フジはイツキと行動してきて、イツキに欠けている必殺技や立ち回りを自分にフィードバックさせていた。イツキを対等なタッグパートナーとし、技術は伝授ではなく交換。それが成り立たなくなってきている。イツキにもう少し厳しいトレーニングを課さねばならないかもしれない。イツキも気づき始めている。成長はしているが、他のメンバーに追いつくにはこの程度の成長スピードでは足りない。何か劇薬が必要だ。その劇薬を得るためならフジとのタッグ解消もテーブルに乗せるべきだ。
「あの……」
メロンが遠慮がちに手を挙げた。
「どうしたの?」
「今回の侍、仮面、クラウン、XYZ、バンカラ、スパイはみんな本気ではなかったと思うわ」
「確かに諦めが早かったというか、撤退するにはまだ早い時点でそのラインを引いていたわね」
「で、映像のここを見てほしいの」
狐燐が戦った救急外来、シャオシャオが戦った歯医者をはじめ、バイオレット・カンパニーが現れたすべての場所に、小さな蚕蛾の姿があった。自分たちのそば、バイオレット・カンパニー構成員の耳元、そして戦場のどこか。必ず三匹以上の蚕が飛んでいた。
そしてその蚕は少し透けている上、飛べないはずの成虫の蚕は飛び、糸を生成不可能なはずが鳴り子じみて糸を張っていた。
「もしこの蚕がわたしの分身能力と同じような機能を持っているとしたら、この蚕はわたしの上位互換よ。飛べるし、糸で結界を張って相手に絡ませ、その動きをモーションキャプチャーのように記録しているのだとしたら……。情報収集能力はわたしよりも遥かに上」
〇
高岡呉羽(女性の年齢は秘密)。富山県出身。白に限りなく近いプラチナブロンドに染めたロングヘアー、黒目を大きく強調するカラーコンタクトは少女漫画チックな印象を与え、衣服はすべて純白でもこもことしている。だがパンツは非常に短く、真っ白なタイツで脚線美をアピールしていた。そんな彼女がモニターが複数接続されたパソコンの前に座り、投影されるフジやシャオシャオ、メッセの動きをクリック一つで操作していた。
「……」
呉羽は元々、富山県内のOLだった。美人だったが冴えず、感度が低く忙しい職場の人間は呉羽にあまり興味を持たなかったが、お客さんにお茶を出す時は上司が「ウチの美人さん」などと紹介した。
呉羽はSNSでこの格好をはじめた。普段はOLであるからプラチナブロンドの髪はウィッグであったが、とにかく白でもこもことした彼女はSNSでファンを得た。
この時、高岡呉羽とSNS上の人格は分離されてしまったのである。
日常生活の地味な自分は幼虫。夜や休日の真っ白な時だけ成虫。幼虫はひたすら、SNSにアップするための化粧品や衣装を買うために金を貯える。
分離は進み、呉羽は幼虫時は成虫時の、成虫時は幼虫時の全く違う姿の自分を“彼女”と呼ぶようになった。幼虫時は成虫時への憧れ。成虫時は幼虫時への軽蔑だった。
回顧すれば、人格分離末期は幼虫時の方が楽だったのだろう。成虫になればとにかくバズのために可愛く綺麗でなければならず、映り込みによる個人情報の特定も避けねばならない。よりバズるために露出も増やし、キモいフォロワーも増えた。月曜日が来ればダサくて地味な幼虫に戻らねばならない。
だが幼虫でいるうちは他人の目も評価ももう気にならない。すべては成虫時にあればいい。週末が来れば羽化出来る。
だが彼女は死んだ。ブロックしたキモいフォロワーに殺された……。そのように総帥は言っていた。
そして今、超能力を手に入れ、常に成虫でいても許される死後の環境を得た呉羽は……バグりはじめていた。そんな彼女に総帥は“バグリサーチ”の名を与えた。
「進捗はどう? 呉羽」
昨日の敗戦の後の総帥の暴れっぷりはひどかった。大好きなカエルちゃんのぬいぐるみをブン殴り、エレキギターとオーバードライブとアンプとをいじくりまわしてめちゃくちゃにかき鳴らし、アンプがブッ壊れてオーバードライブを踏み壊して弦をブッちぎった。
一晩明けてすっきりしたのか、バイオレット・カンパニー総帥松田みゆきは幹部全員を拠点である下北沢の廃ライブハウスに集めた。
「みんなお疲れ様。負傷を負ったものもいるけど、わたしの治癒がある。呉羽が情報を集めてくれた。それの解析は、わたし、ティア、治虫の解析班で行い、後に資料として配布する。今回の第一波では率直に個々のレベルの問題を感じたよ。でも基礎的なスペックでは負けていない。あと一歩の意識改革、技術の補強でどうにかなる」
みゆきは非常に落ち着いた口調でホワイトボードにペンを走らせた。
「スパーリングをする。まずは心太とティア。心太、引き分けではあったけど戦いの内容、剣捌き、メス捌き、丸腰での立ち回りは実に見事だった。文句のつけようはほぼないけど、もう少しクールになった方がいいかもしれない。今後も虎威狐燐を仮想敵とするならトリッキーな相手に慣れ、初見でも早い段階から圧倒してほしい。だからティアが相手。ティア。水手裏剣、水クナイ、水居合いはいい技だけど、意表を突くだけで水居合以外は威力が足りていない。もっと真っ向から撃ち合えるようにするため、心太から学ぶところがあると思う」
侍は英国ニンジャに一礼し、ティアも挨拶を返した。
「ケンは治虫と。センスでごり押しのストライカーのケン、テクニシャンでグラップラーの治虫。お互いのいいところを吸収し、さらにそう言った相手に対する対策も見出すこと。ケンは治虫の挑発を、治虫はケンの寡黙さをどう自分に取り込むか、或いは全く不要か答えを出すこと」
バンカラは覆面プロレスラーと握手。そして総帥松田みゆきは手を叩いた。
「ハイハイ、まずはクールダウン。スパーリングは十五時からはじめる。十五分ごとにスパーと感想戦を交互に、これを十七時までやる。十九時までは自由時間。この二時間はどう使ってもいい。帰ってもいいし、ぶっ続けで戦っても丸ごと感想戦でもいい。まずは昼ご飯を食べよう。ウーバーイーツでいい?」
注文を終えたみゆきはキャスター付きの椅子をころころと転がして呉羽のデスクに向かい、声をかけた。
「コーヒー飲む?」
「いいえ、大丈夫です」
「何か気になったことはある?」
「将門さんに伸びしろはあるのでしょうか? アッシュに勝てないようだとこの後にレイやジェイドが出てくるとマズいのでは?」
「アブソリュート・リアクション・チューナーは今ある分……。合計五つのタイプチェンジが限界だね。スティングは怪獣クリスタルを十五個しか作っていなかった。わたしの方で新規作成を試みてみたけど、怪獣墓地にスティングも鬼ラメ鬼もいない以上もう無理」
「あの……残念です、スティングさん」
「ありがとう。スティングも喜ぶよ。ああ、そうだ、伸びしろの話ね。パパが怪獣の追想をすれば理論上は二五〇万の怪獣の能力を手に入れられるよ。永続的にね。でもそれをするにはパパ自身が危機感を覚え、怪獣墓地を検索し、フリーズしながらインストールするしかない」
「アブソリュート・リアクション・チューナー登録怪獣十五を直接将門さんに読み取らせて追想することは?」
「無理。XYZは鬼ラメ鬼を怪獣として認めていないから」
「じゃあ伸びしろというのは追想で基礎スペックを永続的に上げてから一時強化のフュージョンゲインで方向性を定めるってことですね」
「そういうことになるね。大丈夫……。フジの攻撃でパパの追想がはじまっている。もうマウンテン・エンカに関節技は効かないよ」
ウーバーイーツデース!!
「はーい、今行きまぁーす!」
呉羽はここの居心地がよかった……。みゆきとイズは呉羽の美しさを認めてくれる。狼藉は不快にならないような下ネタジョークを言う。初心な破天荒侍とケンカラスは呉羽を直視出来ない。ただ気にくわないのは、みゆきとイズの方がフォロワーが多くバズるということくらいだった。
だが、まぁいい。今はここが居心地がいい……。




