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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第8章 燈火の星
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第9話 炸裂! 英国忍法奥義!

「仕事、か……」


 頬に手を当て耽美な表情。イズは自分が美しいという自覚はあるがナルシストではない。そうだったとしても総帥松田みゆきに比べれば、かなりマシだ。辞書で同じページに載っていたら辞書が誤っている。

 パシャパシャパシャ。

 スポットライトじみて水も滴るいい女を包むスマホのフラッシュ。逃げ出すヤンキーが賢い個体であれば、ここにあえて向かってくる女子は各種SNSのドラムロールを上げる嗅覚に長けた賢い個体だ。

 インテリジェンス・S。バイオレット・カンパニーの構成員の中では、現実世界で最も知名度のある人物が彼女だった。本名のティアーズ・ターコイズトニックとして。

 彼女は本業をどうにか立て直すためにSNSを使い、「美しすぎる広報」としてインフルエンサーになった。だが、SNSの数値は本業を立て直すには至らず……。


「ティア……。さっきそう呼ばれていたな。ティアーズ・ターコイズトニックか?」


「何故知っている?」


「同業みたいなものだろ」


「暴力屋でもSNSの住人でもなく同業として見てくれるのなら有難いの一言に尽きる」


「食い物に貴賎はねぇ。それに俺はいい女が好きなんだ。ここ最近はいい女ばかり相手だった。宇宙一の女メッセンジャー、あと三年を大事に使えばメッセに追いつけるアブソリュート・パトラ。お前はどうかな?」


 ぐぃぃぃっと愛嬌たっぷりにサムズアップするハンマー。イズをいい女と認めた上でその顔面をブチ壊すことに矛盾は感じない。


「じゃあ再開しようぜ。ドルマァッ!」


「ミズァ!」


 四股を踏んでフロア全体を振動させようとも、イズは水の通路を作り出してそこを泳ぐ。空中を縦横無尽に走り回り、突然……。


「ミズァッ!」


 影を残して水で作ったクナイ手裏剣で斬りかかる! だがハンマーは自慢の太鼓腹をドーンと突き出し、イズが理想とした着弾タイミングに先んじて接触地点をズラし、弾き飛ばした!


「フフゥーン。ビールだったら全部飲めたのになぁ」


「ただの水だ」


 弾かれたイズは再び水の通路を敷いて巣の中を移動するクモじみて立体起動し、部屋の天井の隅に張り付いてポジションをとった。まるでニンジャ……いや、イギリス人だからスパイか。ハンマーはご機嫌にヒゲをさすり、ジョークにもならないくだらない考えを楽しんだ。


「ッ!」


 速い! 不可視の斬撃! イズがハンマーの後方に着地し、構えを取り直す頃にようやくハンマーの血と天井に残った水が床を打った。血と水はマーブルに混じり、拡散し、ハンマーの歩行で津波となった。

 超痩身女性vs肥満マッチョ巨漢! 再び向かい合うセットプレーはコメディめいた対峙だった。


「一撃一撃が軽いな。さてはお前……。俺の大好きな長期戦ファイターか? 水のトリックで翻弄するだけで決定力ねぇんじゃないのか?」


「どうかな」


 意味は分からないが無駄にスタイリッシュで華麗なポージング。足下から水が優雅に巻き上がり、水の王冠は塔となってクイーンを隠した。その静かに揺れる立体の水面の向こうで、いい女が大きく開脚しながら宙返りをするのが幽かに見えた。


「ミズァッ!」


 鋭い! 刃渡り一メートルを超える三日月状の刃が床を切り裂き、階下に零れていきながらハンマーに迫った。それでもタフガイはまだ笑っていた。


「ドルマァッ!」


 殴り壊す。空気を殴り壊す破裂音、肉が波打つ抜けた音、そしてエネルギーの発露を宣言する稲光! ハンマーの剛腕にバチバチと雷撃が纏わりつき、メガネの弦が通電してスパークしていた。


「お前が何の怪獣かはぁ知らねぇが、俺は雷剛怪獣エクトーブ。電撃を使うぜ。だがあくまでも俺は怪力、剛腕、タフネス。電気は力んだら出ちまうだけだ」


「好きなだけ使ったらいい。ミズッ!」


 水も滴るいい女は気障に口の前に掌を置き、投げキッスめいて息を吹いた。だがイズに罪はない。必要なことが! 生まれ持ったものが! 動作や容姿が、偶然耽美でエレガントだっただけだ! 吐息に応じて小さな水手裏剣がタンポポ綿毛めいて無数に飛び立ち、弾幕を張った。


「ドルムン!」


 胸板ドン! だがイズは地面に零れた水の中を潜航し、ニンジャの影縫いめいた移動の後に足下目掛けてクナイ斬撃! だがハンマーは鈍重なだけではない。狙われた右足を振り上げて回避しつつ、左足低空ケンケンで後退!


「ドルマァッ!」


 水の英国ニンジャを踏みつぶそうと足を踏めば、床はひび割れる! 水がしみ込む! 地を這うトカゲめいた美女が跳ねる!


「こうやって床をブッ壊しちまえばご自慢の水はどんどんなくなっていく訳だ」


「ならばもっと下に行けばいい」


 ローキック! 細身の体、貧弱な水攻撃からは想像も出来ない練度と強度の蹴りだった。この女もまた肉体への信頼を捨てていない。むしろ明らかに! 水を用いたトリックよりも強い!


「ファック……」


 だがハンマーも肉体の強度任せで技術を捨てていない。しっかりと脛でキックをカットし、少し笑みが消えた。その背中に……ひんやりと冷たい心地よさがへばりついた。ローキックのカットで重視が後ろに向いたタイミング……足を戻す機会を失った。


「どうした? 冷たいのは汗? それともわたしの水?」


 イズとハンマーの体重差は一〇〇キロ近い。それでもイズのティーポットが使用者の胴回り以上の夥しい水を噴射し、そのままジェット水流でハンマーの頭は天井に叩きつけられ、突破した。そして全フロアを貫通し、夜空にアーチをかけた。


「何をする気だ……。何をする気だァ!!」


「英国忍法奥義……アーセナル飯綱落とし!」


 さらに回転をかけ、水のスパイラルが付き従う。そのまま屋根を破壊して今来た穴とは別の穴を作り、一回のディスカウントフロアまで一直線に突破して人体で地面を抉り抜いた。インパクトの瞬間、ハンマーの世界がネガポジ反転し、逃げ遅れたヤンキーたちは「耽美な女性がデカいカウボーイを抱えたまま天井から降ってきて脳天を叩きつけた」という光景を目撃してから数拍置き、耳を聾する轟音を認識した。極限の状況下で、一般人ですらも感覚が鋭敏になり脳の機能が音速の壁を突破したのだ。


「It's now! 手は緩めない」


 ハンマーの脳天を杭打ちにしたまま英国ニンジャは宙返り、水の尻尾が背中に大きく一文字を刻み、ペタリと爬行じみたニンジャポーズをとると追従した水の飛沫が弾丸となってカウボーイの背中をハチの巣にした。


「グッフ……。フッフッフッ! スゲェじゃあねぇかぁッ!」


 頭が半分埋まったまま、タフガイカウボーイは手を叩いた。既に頭が割れ、イズが展開している水と同等かそれ以上の血が流れている。それでもタフなカウボーイにとって自らの血はウイスキー以上の極上の美味で酔える酒だ。ネックスプリングで一五〇キロ近い巨体を跳ね上げ、前傾姿勢で全身の筋肉を隆起させて雄叫びを上げた。


「ドルマァアアアアアッッッ!!!!!」


 肌がたちまち青みを帯び、犬歯は到底糸切り歯と呼べる代物ではなく牙へ。短かった頭髪は天井を突き抜ける程の怒髪天! さらに雷撃が迸り、雷様の化身は完全に血をドープされてキまった目でイズを眺めた。


「さっきも言ったが俺は雷剛怪獣エクトーブ。だが強い個体はこうやって、別枠の雷傑怪獣セラトーブになっちまうって訳さ!」


「ほほぉう、すごいな。雷様か。ヘソを取られるな」


「日本の文化に詳しいな」


「ええ、詳しいよ。ものすごく詳しい」


「ニンジャだからか? スパイだからか?」


「日本が大好きになって仕事も祖国も捨てるくらいだから」


「そいつぁいい! 俺も出身はテキサス! だが今は日本で就職して暮らしてる。住めば都。ホワイトハウスよりも社員寮だぜ! それでよぉ……。俺はやっぱり負けたくねぇんだ」


「そうか。ならばどうする?」


「そのためのセラトーブ化だ」


 ハンマーはヘッドバンキング! 天井をぶっこ抜いた怒髪天はビッグベン倒壊じみてイズのそばを穿ち、そしてハンマーは怒髪天で英国ニンジャのポジションを薙ぎ払った! バチバチと電気が走り、近くの陳列棚にアーク放電が走った。それでも水も滴るいい女は動じない。いや、少し動じていた。楽し気で罪な笑みを浮かばせて疾走し、注意深く安全地帯を確かめながら回避と移動を続けた。

 そして気が付いた。


「ない……?」


「そうだ。水は全部拭っちまったぜ!」


 ハンマーの怒髪天は硬さ数メートルにも及び、しかも稲妻めいてグキグキと曲がっているため実際の長さと毛量は目測では測れない。その髪で! イズの水を拭い、付着力と表面張力を活用した毛細管現象で水を吸い! 髪に電気のエネルギーを流し込んで電熱を発生させることで蒸発!

 ハンマーは小細工を弄さないタイプではない。ハンマーヘッド! ヒジリ製菓威力部門部長代理!


「戦いってのはここを使うんだよ」


 ハンマーはとんとんと頭を叩き、イズのすべての起点である水をすべて奪い尽くした。それでもイズは長い金のまつ毛を瞬きで物憂げに揺らすだけだった。


「ふむ……。まだ手はある。ここからチェックメイトに追い込むことは不可能ではない。だがこの戦いはもう終わらせよう。この一撃で仕留められなかったらもうわたしは逃げることにする」


 ぴしゃりと水しぶきが床を打った。イズは半身の構えで前傾姿勢。水で作った鞘、刃、柄。その姿はまるで……。


「Oh! 時代劇! 本当に日本が好きみてぇだな、ニンジャガール」


「……」


 深い深い精神集中。今、イズはテムズ川の底のような集中力の水底にいる。周りには何も見えない。自分の周囲を自分にとって最も居心地の良い水の中とイメージで再定義し、その中でひときわ強い水を練る。手元にあるほんの少しの水を……。

 その水の世界に飛び込んでくる雷様。その瞬間にイズの水は爆発した。


「英国忍法奥義! 居合い抜刀チェルシー霞斬り!」


 SLAAASH!!!

 鞘の中で水の高速噴射、そして操作能力による微振動で蒸発させ、体積比一七〇〇倍の超高速抜刀! 水の刃は脆く切れ味も鈍いが、一七〇〇倍の加速により奥義と化す!


「Curse me……」


 ……。


「クォラァッ!」


「スカラァッ!」


 もうお互いに守りも逃げもしない。真っ向からブン殴り合う二人のケンカ小僧。だが威力、タフネスともに勝るケンカラスが有利になるのは必定かつ、時間制限を迎えたスカーは立っていられる方がおかしかった。


「じゃあそろそろ俺は斃れるがよ、わかったか? ケンカが何を教えてくれるか」


「まだまだ探る。ケンカが強くてもなんにもならね。格闘家じゃああるまいし」


「ケンカが強くてもなんにもならねぇだって? なるんだよ、小僧。俺を見な」


 ズタボロのヒジリ製菓威力部門ヒラ社員は折れた親指で自分の顔を指さした。


「ケンカが強けりゃあ、中卒でも時価総額四〇〇〇億円の企業に就職出来るんだぜ? お前はきっと悪いやつじゃあねぇよ。だから悪いやつのいうことなんて聞くことないぞ」


「もうやめてくれ。言い返せなくなる。さいなら」


「……Arrivederciさよならだ


 この時、このケンカを見ていた不良少年タケウチ・ユタカ(17)は語る。


「笑ってたんですわ……」


 スカーは口角を上げ、目を愉快に見開き、髪はなびいていたという。


「そんでベロンです」


 拳着弾の衝撃でまずは顔面で最も薄い瞼と眼球の間に隙間が出来、頬の肉がぐりぐりと拳の先に“堆積”していったという。


「貫通したのか!? って思いましたよ、ハハハ……」


 拳の先から熱血が噴き出し、反対側の頬が波を打つ。ガギグググ、と衝撃に抗った顔面は一気に物理の世界に解き放たれ、スカーは斜め軸に終わらないスピンをはじめ、つま先はドリルとなって数センチ程掘り、摩擦熱で発火していたという。


「俺もうケンカやめます。純なケンカじゃないけど、格闘技やりますよ。だって……あんなやつらを倒すぐらいなら、ボクシングのヘビーウェイトチャンピオンの方が簡単だ……。だって、ナインカウントまでは斃れてていい。三回倒れたらもう負けでいいんですもん。ありえないっすよ」


 そのスピンを止めたのは兄貴分ハンマーだった。可愛い弟分をがっしりと逞しい肉で受け止め、肩を叩いて労った。


「兄貴……勝ったんすか?」


「どうだろうかな」


 その腹部には深い深い一文字。尋常ならざる流血と活断層じみてズレた肉の層が痛々しかった。


「俺はまだやれます」


「やる? 何を?」


「ケンカっすよ」


「ケンカ? おっかしいなぁ!? 僕たちはケンカなんかしてないよなぁ!? ねぇ~? ケンカラスくん!」


 ハンマーは営業サラリーマンめいて不愉快なハイテンション。社会をまだ知らないケンカラスは、先程までの気高いケンカファイターがサラリーマンに変わってしまったことに大きな動揺を覚えた。


「兄貴」


「ちょっとおかしいぞ、今日のスカー……いや、穴吹くん! さぁ、帰ろう。まだ会社の保険証を使わずに済むぞ! ケンカ? する訳ないだろ。企業怪獣が私闘なんてする訳ないだろ? だってケンカってのは勝敗を決めるものじゃあないか。決まったか? ケンカラスくんと穴吹くん。僕とイズさんだって勝敗なんて決まってないのさぁ~! ……だからこれはケンカでも私闘でもねぇ。ちょっとしたスキンシップとコミュニケーションだよね?」


 賢明な男だ、ハンマー。イズはその可変式プライドに敬意を抱いた。


「悪い怪獣が悪いことをする。そんなの、裁くのはアブソリュートマンの仕事だもんネ! 僕たちの会社ヒジリ製菓は、アブソリュート・アッシュのメインスポンサー。アッシュがどうにかしてくれるサ! だから帰るぞ。よくやった」


 ボロボロの壮年カウボーイはズタボロのイタリアンマフィアに肩を貸しフロアを降りて行った。

 ハンマー兄貴とイズとかいう女が戦っていた一回。ハンマー兄貴のものと思しき物凄い流血の痕跡の向こうの壁が、消えていた。何かすごい威力の技が解き放たれたのだ。


「アッシュが……」


「ああ。アッシュが必ず……」


 “VSバイオレット・カンパニー 総力対抗戦”

 1stステージ 第3試合

 △ヒジリ製菓威力部門タッグ(引き分け)インテリジェンス・S & ケンカラス△

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