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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第80話 フジ・カケルvs芦屋薪悟 ①

 一月十日(月)。先勝。成人の日。葛西臨海公園。


「まさかだよ。まさかあんな展開、勝敗になるなんて」


「俺は勝つと思っていた」


 二人の男がタバコを吸っていた。一人はメガネの青年。もう一人は長身でマッシブな体をスリムなシルエットに収めた偉丈夫だった。


「両方とも前シーズン最下位だぜ?」


「そういうものだ。何かのきっかけで突然強くなる」


「よかったなぁ、和泉。何年ぶりだ?」


「スワローズの日本一は二十年ぶりだ。お前、その時いくつだった?」


「二歳とかじゃねぇかな」


 メガネの男は今日の主役フジ・カケル。そして偉丈夫は和泉岳。フジの地球での最初の友人だった。フジの味方であろうと努め、共闘、戦力になろうとしたが、このまま戦い続ければ和泉は死ぬと判断したフジは和泉を叩きのめし、戦力外とした。この葛西臨海公園で。友情が壊れることも覚悟したが、それでもこの駄犬は友達をやめなかった。今は観測者としていつもどこかで戦いを見届け続けている。

 だが今日は違う。今日はフジ・カケルが正義とは何か、アブソリュートマンとは何かを証明しなければならない日だ。それを見せなければならない一人を選ぶのであれば、それぞれのビジョンを描いている兄姉ではなく、戦いの世界にいない鼎でもなく、アブソリュートマンとは異なる地球人の正義を掲げる和泉でなければならなかった。

 二人は平静を務めようとしているのか、共闘関係がなくなったが故の純粋な友情か、どうでもいい話をしながら待ち合わせの場所へ向かった。


「おぉう、もう来てたのかクソ真面目野郎」


「社会人の基本は十分前行動。俺はさらに五分早く行動し、十五分前行動を心掛ける」


 もう一人の主役、芦屋薪悟は緩くストレッチし、ゆっくりと息を吐いた。余計な気負い、緊張はない。何も考えていない、受動、謙譲を美徳とするデクノボーでもない。静かではあるが、一人の戦士として心身ともにコンディションが仕上がっていた。そしてその左の小指は先端が切除されている。淀川みちかとの戦いで切られたのだ。……傷という形で淀川みちかの存在が証明されていた。


「それにお前は遅刻だ」


「うるせぇ。喫煙所が遠かったんだよ」


「そちらのお連れさんは?」


「腐れ縁だよ。立会人だ。鼎を連れてきたら嫌味になっちまうだろう? お前さんはパトラちゃんに無様にフラれたもんなぁ。新しい女の子連れてきやがって」


「連れて来たんじゃない。教えたら来ただけだ」


「それを呼ぶというんだよ」


 薪悟からかなり距離をとり、眺めていたのはあの鯉住音々だった。どこまでもアブソリュートマンと縁のある女性、音々。一番のアブソリュートマンファンにふさわしい運命の持ち主だ。


「じゃあはじめるか。出して来たな? 答え」


「ああ」


 若干気まずいが、フジは人々がどういうヒーローを求めているか音々から教わった。そして別の機会に薪悟も同じことを音々から教わった。

 音々と和泉。誰よりも勇敢で、誰よりもヒーローを求め、答え、正義を持ち、ヒーローに「死なせたくない」と切に願わせる地球人。最高のオーディエンスだった。フジでも考えるだろう。ヒーローの正義、在り方を決めるなら、音々にジャッジしてもらいたいと。

 そして、この戦いの前にフジと薪悟は何がアブソリュートマンをヒーローたらしめるのか答えを出さねばならなかった。


「さぁ、答えろブレイズ」


「アブソリュートマンとは、模範でなければならない」


「……」


 その答えを間違いにしてしまったアブソリュートマンを知っている。最愛の姉ジェイドだ。フジは眉を怪訝に動かした。ぴりり、と緊張の糸が張っていく音が聞こえた。


「そして求めさせねばならない。このアブソリュートマンなら任せられる、このアブソリュートマンなら託せる。アブソリュートマンとは個人の姿ではなく、抽象的でも象徴でなければならない。そしていくつかの評価項目がある。強さ、態度、実績。もっとあるだろう。それらを基準以上に満たし……。すまない、変な言い方だった。だが俺は建設作業員だから基準を満たすという表現になるが、何か一つが尖ればいい訳ではなく、今までに先達が見せてきた強さ、態度、実績に劣らぬものを見せ、その中で自分が何者であるかを強く主張する。アブソリュートマンではあるが、過去のどのアブソリュートマンとも違うと証明する。俺たちはアブソリュートマンだ。だがお前はアッシュで俺はブレイズ。同じアブソリュートマンはいない」


「で?」


「そして、プライドだ。プライドこそアイデンティティだ。思うにプライドとは一人で作るものではない。誰かと共有し、少しずつ浸透させ合い、自分の色を作って自分のものとする。Z飯店、マイオス工務店、ディエゴ・ドラドデルフィン。そういったものが今の俺を作った。あの頃……小学生の頃、そっくり同じ人間になりたいと願う程憧れたアブソリュート・アッシュを前に、俺は今、アブソリュート・ブレイズとして戦って勝ちたいと思っている。アブソリュートマンを求めさせるのではない。アブソリュートマンという象徴の中にブレイズという個を求めさせる」


 薪悟はDD興業チャンピオンベルトを高く掲げた。血、泥、汗、涙、食べ物の脂。汚れ切ったチャンピオンベルトだ。ディエゴ・ドラドデルフィンの腰で常時輝き続け、手入れが追い付かないくらい汚れたディエゴのプライド、そしてアイデンティティ。それを引き継ぐ決意があるということだ。


「甘い。甘すぎる。そして浅すぎる」


 フジは腕組みし、錆びた口調で言った。


「だが俺もそうだった」


「……」


「地球に来た頃の俺はもっとヒドい状況だったかもな。そしてこの駄犬に救われた。兄貴と姉貴、メロン、メッセ、狐燐さん、犬養。それから俺をライバルと認めてくれたバース、紅錦さん、碧、顕真、二葉亭。何より鼎。お前さんの言う通り、プライドってのは他人からちょっとずつ色を分けてもらうものなのかもな」


 そして構えをとった。


「お前さんを挑戦者として認める」


 それを認め、薪悟はDD興業チャンピオンベルトを音々に託し、二、三回深呼吸して生涯で一番の清々しい気持ちで笑みを浮かべた。


 “地球最強の戦士”“アブソリュートマン:ナンバーナイン”

 フジ・カケル/アブソリュート・アッシュ 一七四センチメートル 六六キログラム

 VS

 “Z飯店リーダー”“DD興業第二代チャンピオン”“マイオス工務店従業員”

 芦屋薪悟/アブソリュート・ブレイズ 一八〇センチメートル 八〇キログラム


 ばりばりと雷雲が唸る。黒い影が空を覆い、不穏な電光が徐々に、徐々に外へと噴き出しながら青の戦士の頭上で輝き、青い稲妻がその全身を貫いた。そうだ。雷は尖って高いものへと落ちる。


「“オーバー・D”!」


 泰然と輝く太陽。その光はすべてを明るく照らし、熱を与える。生命が息吹く。人も動物も植物もその恵みに感謝する。炎の青年はその光を受け、太陽の後ろに影を作るような激しいサンライトイエローの光を両手で輝かせた。


「“ストーンコールド”!」


 薪悟は即座にプロキシウムチャクラムを投擲! だが強化形態に入ったフジとの距離は想定の半分しかなかった。それ程の速度で突撃したフジは難なくプロキシウムチャクラムを躱し、まずは先制打が撃ち込まれた。


「セエアッ!」


「バルエッ!?」


 ボディフックが肋骨をクラック! そして両手で突き押して距離を取り、低空横薙ぎ旋風脚で太ももを刈り取って敵の頭の高度を下げた。薪悟の顔にあからさまな動揺が浮かんでいる。それでいい。ピンチも、今のまま自分に勝てると思うような思い上がりも、すべてデクノボーの美学の上に受け入れるようならもう憐れすぎて言葉が出ない。


「セエアッ!」


 足刀ゥ~~~ッ! 針の穴を通すような蹴りが喉を的確に撃ち抜き、薪悟は目を見開いて瞳孔を大小させながら後退して湿った咳を繰り返した。それでもチャクラムを這わせた右手を突き出し、牽制した。もうフジは追ってこなかった。自慢気に腰に手を当て、口角を上げて目を輝かせていた。自分が一人のライバルとして認められている……そう楽観的に考えることにした。


「先に言っておくぜ。お前さんは怖くねぇ」


「今に怖く感じさせてやる」


「おぉう、言うじゃねぇか。ちょっとはマシだぜ。ディエゴの真似事か?」


「ベルトを泣かせる訳にはいかないんだよ」


「それでいい」


 手招きして挑発するフジとの距離は約三メートル。既に強化形態も解除している。薪悟は再び両手にチャクラムを纏わせ、油断のないすり足のフットワークを刻んで接近した。足に食らった低空旋風脚のダメージは小さくない。フジの上半身を突き出す脅かすようなフェイントに引っかかり、進撃も止まる。だがフジは何もしてこない。再び進む。感じた。距離が来る。


「バルダッ!」


「よっと」


 チャクラムは空気だけを裂いた。フジのダッキングは惚れ惚れするような美しい動きだった。そうだ。元よりフジは守備を最も得意とする戦士。ダメージを受けずに逃げ続け、守り続けて制限時間が来れば判定でフジが勝つというルールなら彼はレイやジェイドにさえ勝つ。

 薪悟はカウンターを予感し、全身の筋肉に力を込めた。……。だが来ない。


「バルダッ!」


「セッ」


「バババルダッ!」


 ダメだ。両のラッシュが全く通らない。拳打、チョップ、抜き手。すべての攻撃が躱され、腕をメインとした全身運動よりもより激しい動きで回避しているはずのフジの息は全く上がっていない。まるで炎や水、電気のような見えないものに殴りかかっている感覚だった。こんな程度の攻撃はなんともないのだ。聞いたことがある。アブソリュートミリオンを父に持つこの三兄弟は、父譲りの埒外のスタミナを持つという。実際はアブソリュートミリオンはかなりの鈍足だったが、どれだけ走っても速度が落ちることはなかったという。その情報、そして幼少期から見続けたアッシュの俊足と敏捷性。その二つが加われば恐ろしい脅威となる。


「よっこらせっと」


 膝の屈伸で水平チョップを躱したフジは挑発も兼ねて超高高度の宙返りを見せ、そのままバックステップで長く間合いを取った。それでも慎重さや警戒は微塵も感じられない。そしてまた挑発的に手招きした。フジ・カケルの勝ちパターンの典型例だ。防御の技術とスタミナを盾に挑発、防御、回避。相手の平常心を奪って消耗を加速させ、好機に畳みかける。今までの敵はそれで倒せてきたのだろう。自分は違う。


「俺は! アブソリュート・ブレイズだ!」


 右手を叩く掲げて炎を掴む。指の間から滲みだす山吹色の光が薪悟の上腕に迸り、十字を組んだ。


「プロキシウム光線ッ!」


 サンライトイエローの破壊光線! モチベーションに連動して今までにない轟音と光の量で荒々しく放たれ、フジはその勢いに目を丸く見開き、そしてまた自慢げに笑った。


「そう来ると思ったぜ」


 まるで確変中のパチンコ台のレバーを回すようにご機嫌に腕を突き出すと、出現するのはスカイブルーのバリアー。……当たり前だが、これがフジ・カケルをアブソリュート・アッシュとして確立させた最大のアピールポイントだ。そのスカイブルーの表面で山吹色の光線が滝壺の如く火花を激しく散らし、穿っていった。


「バルダァアアアアア!!!」


 気炎万丈! 薪悟ってそういうキャラだっけ? 薪悟らしくないよ。ムキになるなよ。陰キャが。クラスの二軍が。ああうるさいな、俺には……。いや、俺は! ここで新しい芦屋薪悟になるためにフジ・カケルと戦っているんだ! 持ち越した過去は当然ある。だが邪魔するものなど何もない! フジがさらにバリアーを二枚張り、重ね掛けするのが辛うじて見えた。


「アアアアアア!!!」


 いや、ダメだ。ここでフジのバリアーをブチ抜きたい気持ちは当然ある。むしろ破ってこそだ。だがプロキシウム光線を撃ち続けることは、フジよりも容量の少ないタンクの蛇口を全開のままにすることに等しい。一方フジはバリアーをたった三枚張っただけ、それ以上の消耗はないのだ。


「フゥー……」


 あの日。あの日見た淀川みちかの目。バキバキに血走ったド根性みちか。普段の誰もが振り向く器量からは想像も出来ない闘志の発露。でもあの顔も美しかった。そのドブネズミの美しさを少しは演じられているのだろうか。


「フゥー……」


 一方のフジは余裕の一言だった。プロキシウム光線を長時間まともに受け、熱々になったバリアー。まだ赤く変色し、熱が残っている。フジはタバコを咥えたままその先で熱々のバリアーに先端を押し付け、その熱で火をつけたのだ。


「もうちょっと頑張れよ」

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