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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第71話 海部愛波vs飛燕頑馬

「スパーリングはどこでやる?」


「ここではどうだ?」


「そんなに早く去りたいか」


「……」


 否定も肯定もしない笑み。ディエゴ・ドラドデルフィンは負け慣れていない。一方のフジは敗戦だらけだ。部下が負けたことによるDD興業倒産、ブレイズからの敗北。たったそれだけでは引退するには値しない。自分を信じすぎだ。負けたら剃髪の呪いなんてかけてしまったせいだ。


「ちょっと待った」


 トレンチコートを羽織り、メッセが冬の精霊のように冷たく厳しく艶やかにやってきた。その顔はいつも通り、ディエゴすら認める宇宙一の美女でポーカーフェイスだ。


「わたしなりにディエゴ・ドラドデルフィンが去るなら想うものはある」


「じゃあベッドで語るか?」


「フッ……。まだ勃つの? 負け犬のくせに。ギャラリーを用意してやるわ。ラーナにアクセスを許可する。そして、お前に礼を言いたい子がいるの。彩凛」


 メッセの声を聞こえたのかブーツのストラップのポータルが開き、緋色のボブカットのラーナが現れた。そして階段から、メッセやラーナに負けず劣らず、だが若さと幼さ、彼女の身上である明るさが陰っている分やや譲る美女が現れた。


「パトラちゃんか」


「フジくん」


 その先の言葉は読めない。だが言いたいことはわかる。ブレイズを止めてほしい、ブレイズを殺さないでほしい、ブレイズをXYZにしないでほしい、ブレイズに勝ってほしい、ブレイズに負けてほしい。一言で言い表せる関係ではないのだ、パトラとブレイズは。


「……」


「体調はどうだ?」


「メッセさんのおかげで少し」


 Z飯店解散後、パトラはしばし心を病んだ。現状維持以上にならない強度の身体的修行、新技に関してはフォームと理屈の確認として、ひたすら河川敷で石を投げる修行をしていた。そしてZ飯店視点で言えば、あの赤羽での解散以降彩凛は本当に一度もメンバーの前に姿を現していない。メッセが完全に彩凛を守り抜き、Z飯店に情けをかけることも自分を許してもらおうとすることもすべて本人のためにならない、辛くなるだけだと接触を断絶させたのだ。そうでもしなければ彩凛は上野決戦にも、東京大学のクラウン覚醒にも参戦してしまっただろう。

 もうZ飯店の面倒は見ない。非情ではなく、自分を大事にするためにそうしろ。メッセの言いつけを守り、彼女は断腸の想いで耐え抜きてきた。そして彼女はシカリやエコーのように形にはこだわらず、ひっそりとアブソリュートマンを事実上引退している。体を鍛えるのは、父が道場を開いているから体に染みついたルーティーンだ。


「ずっと事務所にいたのか?」


「気配を消すの、上手いでしょ? 耕平くんも愛波ちゃんも気付かなかった」


「それでいいんじゃねぇのか? 今はわがままや自己中って言われてもいいから、自分のために過ごすべきだろ」


 同級生同士の集団なのに彩凛がZ飯店の面倒を見過ぎたことが彩凛の心を壊した。誰よりも愛情深く、将来を憂いた故に……。それでもZ飯店腐敗の象徴であるエコー、ブレイズに対する恨みはないだろう。いや、ブレイズには少しあるかもしれない。だが恋人同士だった二人はいつも許し合ってきた。その許し合いがいけないとメッセは判断したのだ。

 そして淀川みちかの消滅。これとまともに向き合えば彩凛は本当に壊れ廃人になる。誰かに託させるしかないのだ。そしてその誰かとはフジしかいない。


「ディエゴさん、以前はステーキご馳走様でした」


「安いもんよ、カワイコちゃんに礼を言ってもらえるくらいならよ。ああ、それ以上は感謝も謝罪もいらねぇ。さぁ……呼べよ、フジ。テメェの恋人も」


 ディエゴは腰に手を当ててため息をついた。


「呼んでほしいのか?」


「カワイコちゃんは多いに限る」


「メロン、鼎に連絡を。OKが出たら姉貴のポータルで連れてきてやれ」


 即座にふわり、とオーロラが舞い寿ユキ……アブソリュート・ジェイドが鼎を連れてやってきた。同時に事務所の階段を上り、メッセと互いに「あっちが宇宙一」と譲り合う傾国の美女メロン、そして犬養樹。メロン本人が動くことは極めて稀だ。そして全員が冷たいベンチに腰掛け、言葉を発さなかった。屋上の中央に立つフジとディエゴの男の世界、見届ける女の世界の境界が不可視に引かれていた。


「最高じゃねぇか。ラーナ、彩凛、鼎、ジェイド、メッセ、メロン、犬養樹。美女祭りだ。何本あっても足りねぇところだったぜ」


 ディエゴは莞爾として笑い、安らかに周囲を見渡した。


「でももう勃たねぇんだろう?」


「まぁ軽口はこの程度にしておいてだな。俺なりに考えた。シリアスな話だ」


「いや、お前さんはいつだってシリアスだった。だがバカすぎてシリアスな話が冗談に聞こえていただけだ」


「テメェが負けたらクラウンはどうするんだろうな? クラウンの目的は、テメェがブレイズを倒すことで弱ったブレイズにXYZを憑依させること。じゃあテメェが負けたら?」


「俺はここでも補欠だ。兄貴や姉貴の補欠であるように、XYZの器としてブレイズの補欠」


「そうだ。クラウンはたいして賢くねぇ。いや、それはまだわからねぇが、美学が邪魔をして賢明じゃねぇんだ。だから計画にこだわる。クラウン自身がブレイズをしばくことも出来るはずだが、やつはあくまでも最初に描いた計画にこだわる。だからテメェが補欠だ」


「じゃあ負けるわけにはいかないな」


「そうだ。テメェに求められるものは二連勝。ブレイズを倒し、ブレイズに憑依したXYZを倒す。その時にブレイズは……」


「昨年の夏のXYZ復活を考えると死ぬしかないな」


 ぎちちと彩凛の爪が割れ、鼎の指が軋む音が聞こえた。二人の恋人はフジとブレイズが背負った運命に……。何が出来る?


「すべての覚悟を固めろ。テメェを兄貴と姉貴の補欠じゃないようにしてやる」




 〇




「こんなところで戦っていいのか? 神聖な場所だぞ」


「この戦いは神聖じゃないのか?」


 新宿から出発した二人の一〇〇キロ超えファイターはそれぞれモンスターじみた愛用のバイクに跨り、東へと向かった。死にそうに流れる細い神田川、雄大に流れる隅田川。神田川と隅田川では街に対する作用力が全く違う。隅田川を超え、レイはとある寺の前にバイクを停めた。


「ここは嫌いだ」


 エコーは顔をしかめた。ロケーションは回向院(えこういん)。大相撲発祥の地にして、自分の名前のエコーにも近い。

 かつてエコーは女子の身でありながら新弟子検査に紛れ込み、着衣のまま検査を受けてトップの成績でクリアし、最終面接で「女はいくら好成績を出しても大相撲に入れない」という見せしめで門前払いにされなかったことを告げられた。そして相撲を憎んだエコーはステラ社長に拾われ、プロレスに転向した。そして二十三で既に女子プロレスのGOATと名高い。そのステラ社長に拾われたのもこの回向院だった。


「供養しろ。強さへの憧れも、未練も。相撲とアブソリュートマンの夢をここで弔え。俺も供養したいものがある」


「ダメだ。さすがに寺では戦えない」


「じゃあストリートファイトしようぜ」


 その時、頑馬、と呼ぶハスキーボイスの女性の声がした。少しお腹の大きくなった長身で細く引き締まった筋肉質の女性だった。とてもかっこいい女性だった。


「嫁だ。サラ。サラもカラテの達人、格闘技マニアだ。胎教にいいと思ってな」


「嫁を見せびらかしたいだけじゃないのか?」


「こんなに綺麗な嫁だぞ。自慢の一つもさせろ。お前のキャリアを看取ってやるんだ。罰は当たらねぇ」


 サラは武道家らしく礼儀正しく頭を下げ、エコーと握手した。拳ダコ、バネのような筋繊維。握手だけでも伝わる格だ。


「じゃあ戦うか。憎しみもすべて燃やしてやる」




 〇




 海部愛波ことアブソリュート・エコーは男兄弟の中で生まれた。なので当然食事は多く、横にも縦にも規格外。小学生六年生の頃には男子の追随すら許さない怪物じみた体躯だった。彼女は兄たちから教わった様々なアニメやゲーム、マンガといった文化をクラスに持ち込み、さらにちびっこ相撲の横綱ということで典型的ジョックスだった。そんな愛波だ。男子はみんな、好きなのはとびっきりの美女の彩凛、話しやすいのは男らしい愛波と分けて考えていた。

 そして! 男子なら誰もが憧れる宇宙最強! 愛波は兄弟たちとそれに憧れた。『バキ』『ドラゴンボール』『北斗の拳』『キン肉マン』『あしたのジョー』。何を得るかは違っても、強さは何かを与えてくれる。その強さの追求……。

 そして愛波が子供の頃には既にアブソリュート・ジェイドが宇宙最強だった。だから愛波が宇宙最強を目指すことを諦める言い訳はもうない。ジェイドは女、種族も同じアブソリュート人。クラス最強でジェイドの弟であるアッシュと、ずっとやってみたかった……。

 そして赤羽では全く歯が立たずボッコボコ。あれが現実……。

 それなのに相手はレイだ。これ以上の誉れがどこにある! ジェイドやみちかのような器用万能型、アッシュやパトラのようなバランス型とも違う肉弾特化型アブソリュートマンの頂点がこのレイだ。そして自分も同系統の自負がある。

 最高だ。ここで終われるなんて。




 〇




「ジャラッ!」


「ヨツァ!」


 回向院前でロックアップ! レフェリー代わりかサラが手を振り上げて合図した。


 アブソリュート・エコー引退マッチ “ガチマッチ”

 “宇宙一の怪力男”“アブソリュートの国宝”

 飛燕頑馬/アブソリュート・レイ 一九一センチメートル 一一六キログラム

  VS

 “巨女”“女子プロレスGOAT”

 海部愛波/アブソリュート・エコー 一八八センチメートル 一五〇キログラム


「ジャギッ」


「ヨグ……」


 強い……。明らかにレイのパワーが強い! だが拮抗し合えている。単純な馬力ならそう遅れはとらないのだ。レイは太陽! エコーは荒波! 消し合い、蒸発させ合いだ。だが!


「ジャァラッ!」


 レイは恐るべき敏捷性と体重コントロールでエコーの重心さえも手玉に取り、巴投げで後方へとぶん投げてしまった。一五〇キロの肉塊はきれいな弧を描いて十数メートルも飛ばされたのだ! アスファルトのおろし金で赤い筋肉と白い脂肪が削り取られ、強打した頭でくらくらしながら立ち上がり、今の一撃を振り返った。このパワー! そしてテクニック! やはりレイが殴り合い宇宙一であるとエコーは理解した。今のをリングや土俵でやられていたら一瞬で勝負が決まってしまうだろう。いや、相撲なら先にレイの背中に土がついてエコーの勝ちか。


「“ガンマバーストレイ”!」


 頑馬が炎上した。頑馬は複数の強化形態を持つアブソリュートマンだが、最強にして最新がガンマバーストレイである。出し惜しみなし! 炎のオーラを限界まで噴き出し、その偉大さと神々しさに荒波は呑まれた。そして滾った。格闘家として? いや、一人のアブソリュートマンとして、この境地に達する人間がいることを他人事ながら喜ばしく思ってしまったのだ。

 その姿はまさに太陽! だが、至近距離の太陽は熱すぎ、そして毒にもなる。


「ジャラァッ!」


「ヨデエエエエエ!?」


 その握力は、常軌を逸す! 熱を握りしめて塊にし、掌サイズの太陽をサイドスローで投げつけた! エコーは爆発炎上し、冬の夕闇の中で激しく燃えながら倒れた。あの夏の最強決定戦。あそこでもこの技はあのジェイドですら最後まで避けきれなかった。

 まだ戦おうか? それとも儀式としてすっぱりやめるか? そんな風に逡巡していたエコーだが、この一撃でKOされた。


「……」


 そしてエコーはレイとサラが歩いてくる音で目を覚ました。偉大なる二人の戦士の足音はまるで天変地異だった。


「残念だ。……残念だッ!」


 吐き捨てるようにレイは言った。決して失望などではなかった。


「俺の師匠のブロンコは俺よりデケェ。ジジイになった今でも俺以上にデケェしアブソリュートきってのボディビルダーだ。ブロンコは小技の使えない不器用な腕力バカと言われたが、その明るさで戦いそのものがエンターテイメントだった。俺はブロンコよりは器用だがその系譜だ。デカい、明るい、筋肉バカ。それでも俺もブロンコも強い。ブロンコが拓き、俺が敷いたその道……系譜。お前がいれば! 途切れなかったかもしれなかったのによぉ! お前もそうだろ!? 小技は使えねぇ、デケェ、でも明るくて観てるだけでイライラが吹っ飛ぶパワーファイター。……引退を止めるつもりはねぇ。だが俺は悔やむ」


「そうか」


 だがエコーは晴れ晴れとしていた。もう荒波ではなく、太陽に温められたぬるま湯につかったような心地よい身の軽さと温度。何も重さを感じない。なんだかんだで背負っていたのだ。


「手抜きしないでくれてありがとう。そしてわたしにはプロレスがある。そっちでGOATでい続けるよ」


「観てるからな」


 アブソリュート・エコー引退マッチ “ガチマッチ”

 〇飛燕頑馬/アブソリュート・レイ(太陽の投擲) 海部愛波/アブソリュート・エコー●

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