表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
341/376

第41話 ひめたるちから

 ……。

 鼎の精神は限界に近かった。まだ始まって数時間……冬なので暮れるのが早いとはいえ、日が暮れるまで初めて行った知人の家で初対面の人物も含めて三人でゲームのやりこみをするのは人見知りの鼎には堪えた。しかもゲームの操作はエンカウントのためにフィールドを徘徊するだけであり、戦闘が始まれば先制全体攻撃のワンターンキルで勝負がつく。淡々とし過ぎていることが余計に時間を長く感じさせた。これを一三〇時間……気が狂ってしまう。それに就職活動も大事な時期だ。プレイステーション2でプレイする『ファイナルファンタジー7』は、自分がプレイした時に比べて速度も遅く、もっさりしていた。


「……アレ?」


「鼎ちゃん、どうかしたの?」


「淀川さん。一つ気付いたんですけど、わたしが昨年『FF7』をプレイした時はPS2じゃなくてSWITCHだったんです。で、SWITCHでは四倍速モードでプレイが出来るんですよ。一部イベントシーンは通常に戻りますけど、この撃破数稼ぎに必要なフィールド徘徊、戦闘はすべて四倍速になります」


「ということは、一三〇時間を四分の一……三十二時間くらいで終わるということだね。稼ぎだけならね」


 みちかの目は既に血走り始めていた。一つの目的を達成せんとする際、目標が大きければ大きい程燃えてしまう狂気と闘志……。穏やかで能天気に見えたみちかはとても強い闘志の持ち主に見えた。一三〇時間で六五五三五体の敵の撃破……。完遂するまでやめないだろう。イツキから見て、千葉で出会った時のみちかはどこか劣等感に苛まれるモラトリアム女子大生だった。そして、この場にはいないが旧Z飯店のメンバーはみちかを呑気で能天気でセンスで何もかもやれてしまう天才肌と認識していた。つまり、旧Z飯店、イツキ、鼎はみちかに対して異なる印象を持っていたのだ。


「じゃあ、稼ぎは三十二時間と仮定し、倒すべき裏ボスの解放と必要な装備回収が九十八時間以内ならSWITCHで最初から四倍速でやり直した方が早いということだね」


「そういうことになります。そして、あの時は『FF7』ガチ勢の友人がアドバイスしてくれたとはいえ、約二十時間でラスボスを倒すことが出来ました」


「じゃあ五十二時間! これは希望が見えたよ鼎ちゃん!」


 みちかはコントローラーを持つ鼎の手を握り、関節が軋むくらいの勢いでぶんぶんと振って喜んでみせた。眩しすぎる……。今日が初対面で、単調なゲームだけやっていて楽しい記憶の共有は一つもない。それでもこれだけ明るく、フレンドリーに接する。そして垣間見えた狂気的な闘志。自分にないものをすべて持っているような気がした。そして、その差は学力ではないとより深く理解したのだった。


「あ、いえ……。途中で全滅した分はプレイ時間にカウントされないので当然数時間分のロスはあるんですけど」


「誤差だよ!」


 眩い……。……。社会に出れば、こんな風に自分の暗さを照らすのではなく、燃やしてしまうようなキラキラ女子と渡り合っていかねばならないのだろうか? みちかの通っている大学は十分に名門と呼べる大学であり、みちかの通う大学の学生は滑り止めでも鼎の通う大学を受験することはないだろう。それだけの差があるのだがその差を意識しているのは鼎だけだった。劣っているという感情が、見下されているという被害妄想に繋がり、エリートは自分たちとは違うという開き直った攻撃的思想に置き換わってしまっている。

 ……甘えていいのだろうか? この『FF7』やりこみにおいては、対等だったり明るさや優秀さに飲まれてしまってもいいのだろうか?


「犬養さんもSWITCHは持っていますよね?」


「うん、持っています」


「じゃあ犬養さんのSWITCHに『FF7』を入れて、それで四倍速でやりなおしましょう。……攻略サイトも見つつ!」


 危なかった。さらりとした美貌のイツキとみちかはその奥に凄まじい火力で燃える闘志を持つ。このままでは攻略サイトも見ずに自力でやり遂げるなんてド根性プレイにも挑戦するところだっただろう。

 しばし、『FF7』のダウンロードの時間があった。言い出せなかったが、既に日が暮れているというのにイツキとみちかは解散せずに今日この後から『FF7』をスタートするつもりなのか!? やはりアブソリュートマンを目指す地球人のイツキ、仮免とはいえアブソリュートマンであるみちかは根性と闘志が違う。彼女たちは挑戦や戦いという概念がよりシビアで多く求められる世界に身を置いているのだ。鼎のようにこれくらいでいい、ここまでやった、で妥協するような世界にはいないのだ。鼎はそれでいいだろう。それなりの大学、それなりの職場。戦う魂を持っていなかったり、弱い人間もいる。鼎はそれを劣等感にしか思えないが、誰もが誰も戦う魂を持つ勇敢な人間ならばアブソリュートマンは守る人間を見出せなくなる。弱さは罪ではない。……罪ではないと、鼎は知らない。


「『FF7』ってどんなゲームなの?」


 みちかはサイダーの蓋を開け、ロゼピンクのメッシュをかき上げながら口に含んだ。部屋の明かりに照らされ、五つも装着されたピアスが様々な色彩で輝いていた。赤、黄色、緑、青、ピンク。イツキはそれを眺め、Z飯店のメンバーに対応している色だと感じた。


「そうか、淀川さんと犬養さんは今のところ、先制全体攻撃のワンターンキルしかしていなかったからこのゲームのことを何にも知らないんですね」


「名作だってのは知ってるんだ」


「『FF7』は、ネタバレにならない限りで話すと、地球を守る話です」


 現在、地球を守っているのはアブソリュートマン。地球担当のアッシュ、そしてその兄姉のレイとジェイドも加わっていた時期もある。鼎はその三人を誰よりも間近に見てきた。

 アブソリュートマンは神ではない。レイとジェイドは神に限りなく近づいてしまったが、出会った頃のフジは負けそうになったら土下座して許しを請うたり、逆に土下座で油断させて不意打ちしたり、負けて泣いていたこともあった。負けたまま終わった相手もいる。

 アブソリュート・アッシュの戦いは決して無敵のヒーローの英雄譚ではない。特別ではない人間がギリギリまで戦い抜いた等身大の努力の結果だった。

 鼎は少し勇気が湧いた。自分が隣にいるだけでフジの価値が上がるような女になろうと決めたのだ。


「『FF7』の世界では無秩序な環境破壊によって星が病み、星を守るために立ち上がる人たちがいる。やがて、強い憎しみによって星そのものを壊してしまおうとするものが現れた」


「あ、それがセフィロス?」


「よくご存知ですね」


「『スマブラ』に参戦していたからね」


 きっとみちかは仲間たちと楽しくやっていたんだろうなぁ。人見知りでプライドの高い鼎はゲーム好きでもオンラインに繋いでプレイすることは出来ない。オタサーの姫だった頃は相手が本気を出さない接待プレイ、それで調子に乗ってオンラインに行った時は煽りプレイを受けて本気で落ち込む羽目になった。


「その環境破壊や、セフィロスから星を守ろうとする物語です。環境テロリストも、ニンジャの少女も、パイロットも喋る猛獣も、みんなで星を守るために戦う。あとはゲームシステムが奥深くてやり込みのしがいがあると言われていますね」


 『FF7』のメインヴィランであるセフィロスは確かに星を壊そうとした。だが、結局彼が何をどうしたかったというのは鼎にはわからない。憎しみも憧れも、愛情もあった。だがそのすべてが歪んでおり、不気味なカリスマ性があった。それはどこか、マインに似ていた。マインも憎しみ、憧れ、愛情によって狂ってしまい、破壊衝動に突き動かされて何がしたいのかわからないように見えた。

 そして、セフィロスの出生はイツキに似ている。胎児の時に人工的に別の遺伝子を組み込まれ、超常的な力を持って生まれたデザイナーズベイビー。そしてそのイツキを誰よりも愛し、育てたのはマインだった。もうマインからは独立したはずのイツキが、『FF7』のシナリオをなぞることでかつての恩師を思い出して狂ってしまわないか心配だった。そしてすぐに杞憂と思った。彼女は既にマインの弟子である以上にアブソリュートミリオンの弟子で、フジのタッグパートナーだ。


「あの……すみません。わたしは帰ってもよろしいでしょうか?」


「なんで? ここから鼎ちゃんの力が必要になるんだよ」


「わたしは明日、キャリアセンターでES添削の予約を入れていて……。準備のためにも帰宅させていただけると幸いです」


「別にいいけどさ、そんなに畏まらなくていいんだよ。わたしは帰るね、って感じでさ」


「……参考までに聞かせてもらいたいんですけど、淀川さんは」


「みちかでいいってばぁ」


「進路は決まってるんですか?」


「……まぁね。不本意だけどね」


 不穏な間があった。ここまでは明るかったみちかに唯一生じた陰りだった。


「わたしはね、ずっと東大に行きたかったんだ。だから今の大学で仮面浪人して、東大は三回受験した。でも東大には行っていない。つまりそういうことだよ。今の大学に在籍したまま東大を受験し続けるために休学して留学までした。でも東大には合格出来なかったよ。だから不本意な進路を選んだ。つまり、東京大学に行くことを諦めたんだ」


 まくしたてるようにみちかは言った。弱さの吐露ではあったが、どうしようもない挫折体験ではあるが、本当は気にしていないと強がってアピールするように説明したのだ。そこにも彼女の強い闘志と負けず嫌いを感じた。負けるくらいなら戦わない、という自分の負けず嫌いとは違う。だが、彼女も完璧ではないのだ。


「それでもすごいですけどね。だって、東大縛りをしつつも別の進路を選べるくらいに今の大学で勉強もしていたんでしょう?」


「そうだけど、変なことに執着してしまうのがわたしのよくないところ。振り返ってみれば今の大学だって全然よかった。なのに、東大受験の日が近づくと、東大に行けないなら自分の価値も人生もすべて消えてなくなるような気さえしてしまう」


「それだけ焦れるくらいに執着するものがあるのはいいことですよ。つまり根性ですし」


「根性かぁ。わたしは一番根性がなかったよ」


 Z飯店の中では、確かにそうだっただろう。みちか以外のメンバーは既に働き、休んだりこだわったりすれば生活に直結するシビアな社会で生きている。その中でみちかは漫然と力を身に着け、悠長に東大受験を続けている。もう見込みがないのに続けているのは根性ではない。意地と暴走とモラトリアムだ。


「また明日、来ますからね」


 イツキが縋るような目で鼎を見送った。彼女もまた、鼎と同じく暗い人見知り女子だ。


「進められるところまで進めておくよ」


 みちかはぐっと親指を立てた。まさか……寝ないつもりか!?




 〇




「……」


 オスカーは爆心地にいた。

 オスカーがモップの柄を地面に突き立てた場所を中心に、放射状に煤と熱による損傷が床に広がり、凄まじい破壊の残滓として壁には赤熱する金具すらあった。常軌を逸する黒煙、炎、灰が、廊下を流れて解き放たれた宝物殿の扉へと抜けていった。陽炎によってぼやけていたもじゃもじゃ頭のジョバーの輪郭も徐々に定まり、一瞬前のラウドな爆音をピークにオスカーの鼓動のBPMも下がった。そして目の前で倒れて衣服の繊維をチリチリと収縮させる用心棒(老)の首筋に触れた。


「殺したのか?」


 偉大なる社長はバースデーケーキのろうそくを吹き消すように、吐息だけでジョバーの能力解放による破壊を相殺していた。


「脈はあります。おそらく被弾の瞬間にバリアーで急所を守ったんでしょう」


「まぁ別にいい。このジジイがDD興業のジョバーに負けたと証言すれば、俺たちの価値はさらに上がる。こだわりを続け、それが評価されればブランドになる」


 オスカーは丁寧かつ神経質に汚れた床を清掃したが、彼が拭った煤や灰、土砂や瓦礫の容量は既にモップの容量を超えていた。それどころか、拳大の瓦礫すらもモップで拭われれば消えたのだ。ディエゴはあくびをしながら宝物殿を眺めた。銃を構えるセキュリティすらいない。

 そうだ。上野地下宝物殿は、宝物殿でありながら、現墨田区で発見されたメガネラプトルの全身化石のような千古に説きがたきオーパーツを隔離し、研究者をはじめ関係者の正気を保つ場所であり、研究することが発狂とイコールで結ばれるため極力人員は割かれていない。むしろここは壊すことすら危険が生じる可能性がある超遺物の廃棄場なのだ。そのため、専門家ではないセキュリティですら正気を蝕まれ、口外されれば国が極めて乱暴な手段で口封じをするしかない。

 だがディエゴには関係ない。不思議である原因を解くことに意味も価値も見出さないディエゴは、それをただのお宝としか認識せず、奪って眺めてたまに弄び愛でるだろう。有難みがわからない猫に小判、馬の耳に念仏だからこそ、ディエゴはここに眠る超遺物を危険物ではなく愉快なお宝だと思うのだ。


「オスカー、偵察しろ」


「ガッチャ」


 清掃員にしてジョバーがモップをトワリングすると、薄暗い地下宝物殿に照明弾じみたオレンジ色の光が燈り、宝物殿の天井付近を自走して宝物殿内を照らした。天井の高さは東京ドームと同じくらいあるだろうか。だが東京ドームと異なり天井が湾曲していないため、広さは正確に測ることは出来ない。両手では抱えきれない程のお宝がここに眠っているのだ! DD興業の暴君はまずはメガネラプトルの全身化石に触れ、にやりと笑った。シャオシャオが潜入した時、彼女ですらにわかに正気を失ってしまったメガネラプトル……。信じられないが、オークリーのスポーツグラスをかけたヴェロキラプトルの全身化石がそこにあり、墨田区出土と書いてあった。そしてシャオシャオ曰く、ラプトルがメガネをかけて東京で死んだというべらぼうな謎を解明しようとした研究者はみんな気が触れたという。だがディエゴは歯を剥き出して笑い、拍手して両手を広げた。


「あれもこれも全部俺様のものだ! ハァーハッハッハ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ