第34話 君と夏の終わり、将来の夢、大きな希望
アブソリュートマンは“力の巨人”。巨大化し、巨大怪獣を討つ。今のフジは三十九メートルのアブソリュート・アッシュではなく、一七四センチメートルのフジ・カケルのままだ。だが、彼を後ろから照らす太陽は、巨人の影となってブレイズを覆い尽くす。
シカリは……。Z飯店にリーダーは不要だと思っていた。シカリにとってZ飯店は、学生時代の放課後に乙飯店に集まっていたメンバーが社会人になって地球に拠点を移し、関係を継続していたものに過ぎない。幼少期、少年期と実力を発揮出来る環境ではなかったブレイズが世代ナンバーワンアブソリュートマンを目指すのはいいことだ。だがフジを倒すという明確な目的が出来てしまったことで変わってしまった。
あの頃のように食事や遊びが目的でなくなってしまったのなら、自分がZ飯店にいる意味はもうない。
わかっているのか、ブレイズ。世代ナンバーワンアブソリュートマンを目指すというのは、言うだけならば自由だ。だが、アブソリュート・アッシュに挑戦するという言葉は、重いぞ。
「バグッ……」
「セアッ!」
短く踏み込み、ブレイズの上半身にサッカーボールキック! ごろごろと地面を転がったブレイズは、背中に青く透き通った畳針大のバリアーを複数突き刺され、回転受け身を止めた。転がれば転がる程深く突き刺さってしまう。
「まずい!」
ようやくブレイズに動揺が見られた。この技は知っている。咄嗟に炎のオーラを放出して相殺を試みるが……。
「セアッ!」
「バレェッ!?」
バリアーの針は避雷針! 深く深く突き刺さり、炎を貫いた電撃で炸裂! 彩凛が選んでくれたスタジアムジャンパーは黒い焦げで損傷し、よく鍛えられた鋼の背筋が露わになった。……。フジは自分の背中を見ることはない。写真を撮って見ることもないが、この二か月は……強さを追求するというよりも弱さを克服するため、鼎に料理を作ってもらって七キロの増量という無茶な肉体改造を施した。それでもフジはまだ戦士としては痩せすぎで軽く、筋肉量は少ない。ブレイズ……。お前はデカい。筋肉も十分な量だ。
「……」
フジはこの戦いの間でブレイズに何一つ言葉をかけないことに決めていた。鈍感すぎるこの元同級生は何を言ってもわからない。わかるようになっているのなら、どん底にいるこいつにとってはどんな言葉も糧になる。だから何も与えない。
だが、肉体的に非凡な才能はあったのだろう。大きな体、一瞬発露した炎の強さもそうだ。こいつが本当に、自分と同級生だった頃に自分に肉薄していたかは今となってはどうでもいいことだ。大事なのはドラフト指名順位ではなく、プロでの活躍だ。自分はドラフト一位で順当に活躍しているだけだ。……それでも、兄姉のレイとジェイド、父のミリオンに劣るとしか言われないドラフト一位。
「これが……」
アブソリュート・アッシュ。
確かに、ブレイズには実戦らしい実戦はない。だとしても目の前で肩を回すフジには一切の隙がない。獲物を相手にシビアなハンティングを繰り返してきたシカリをしても弱点が見当たらない。ようやく目を覚ましたエコーから見ても、プロレスの試合ではつまらないくらいに遊びがない。
「ヨツァッ!」
エコーの全身が急激な勢いで再起動した。血を流し過ぎたはずなのに残った血で滾るアドレナリンが、いきなり彼女をトップギアにした。音を立てて腕の筋繊維が緊張し、仕掛けるという意思表示として雄叫びを上げた。
「勝負に乗れ、アッシュ!」
「セエアッ!」
カウンターのサイドキックは無造作で無駄がない。……プロレスでは映えない動きだ。エコーの服の乾いた血は熱と新しい血で再び粘り気を取り戻し、ふしゅるるる、とケダモノのように唸った。
「ブレイズと戦え、アッシュ」
「こいつにしてやれることがもうねぇ。だが、お前さんならしばらく相手になってやる。……それも、お前さんが誰のために戦ってるか見極めるまでだ」
「ブレイズ……」
片膝をつき、そして立ち上がり、ブレイズは唸った。少し火照りが増している。
「わたしが相手なら?」
まただ。またブレイズは一拍遅れ、別のものに発言権を奪われてしまった。抜刀する、アブソリュート・ロゼ。既にブレイズより前に出て、モッズコートの背中とセクシーなふくらはぎしか見えない。
「マジでお前さんのことは覚えてねぇ」
だが、その目のぎらつきは先程のパトラに劣らない。アブソリュート・ロゼ……。彼女も既にZ飯店への依存を断ち切っている。ブレイズより強くなってはならない。その約束を破り、ブレイズを子供扱いしたアッシュを倒して世代ナンバーワンアブソリュートマンを狙っている。
「わたしはだいぶ変わった」
「下がれ、みちか。俺がやる」
ブレイズの闘志がようやくキックされた。……。Z飯店最強の自負ですら、与えられていたものであったと気付いた。パトラやロゼが本気を出せば自分はもう……。ならば、見せるしかない。超えるしかない! ここでパトラもロゼもすぐに超え、自分こそが……。
「そうだ、ブレイズ。お前は誰よりも努力してきたから」
「少し黙っててくれないか、愛波」
ブレイズの地獄、ブレイズの苦境。皆が知っている。だが誰にも言えないだけで、ブレイズはパトラの方がより辛い生き地獄に落ちていたことを知っている。あれを他のメンバーに共有する気はないし、彼女の名誉のためにも今後することもない。
自分の努力だって? それを、パトラ以外の誰が見ていた?
ブレイズが修行を始めたのは十九歳からと非常に遅い。その頃、パトラ、シカリ、エコーは既に親離れして地球で定職を持ち、ロゼも仕送りをもらいながら地球の大学で勉強をしていた。たまにパトラがポータルで会いに来るだけで、エコーが御大層に語る「ブレイズの努力」の修行なんて誰も見ていないじゃないか。
ようやくブレイズの頭にこの言葉が浮かんだ。お前たちに何がわかる。エコーが何度もZ飯店の何がわかる、と啖呵を切ったように、パトラ以外のお前たちが俺の何を知っている?
「……」
フジはまた黙り込んだ。フジのベクトルは再びブレイズに向き、無言に徹するというスローガンを再び実行しているのだ。まだブレイズは与えるにも施すにも及ばない。だがさっきよりは少しマシだ。
「バルダッ!」
拳の一撃。その攻撃には根拠がなかった。無形故に最速、セオリーがないが故にセオリーで対抗出来ない。だが答えがないわけではなかった。フジはすぐに頭を切り替え、バックステップで紙一重で回避した。そしてすぐに腕をとって回り込み、自らの背中とブレイズの胸を密着させて後方……至近距離のブレイズの顔面に肘鉄を撃ち込んだ。じわりと血の感触がする。……フジは自分の血を呪ったことが何度もあった。あの父親、あの兄姉がいなければ、自分は天才未満の優等生でも許されたし、そもそも優等生でもいいからなっておく必要もなかっただろう。ブレイズたちZ飯店が優れた血統ではないから気楽でいいとか、それだけで才能が劣っているとか、下等だとかは思わない。だが、フジに流れる血が……。彼を強くしたのは明らかだ。
「セアラッ!」
そのままブレイズの頭を抱え、前方にダイビング! ジャンピングダイヤモンドカッターで肩口に顎と首を叩きつけ、挑戦者を再びアスファルトに転がした。さっきよりはマシになっているが、それでも今の自分の敵ではない。
「死ねぇ! アブソリュート・アッシュ! 死ね!」
「お前さんは何がしてぇんだよ」
いった、いった、エコーが行ったーッ! もうブレイズに勝機がなく、Z飯店が崩壊したことを察したのか何も考えずに一五〇キロの肉塊が突進してきた。それでもアッシュに焦りはない。背後の壁を使ってトライアングルリープを決めて上空に躱し、背中に飛びついて肩車状態になり、脳天に肘!
「ヨツェェェ!?」
「お前さんはもう黙っとけ、エコー。邪魔だ!」
一瞬にして体の向きを入れ替え、エコーの頭部を両腿で挟んだまま上半身をスイング! その勢いを利用したヘッドシザースホイップで巨鯨を飲食店のガラスに叩きつけ、人間態のまま怪獣スケールの破壊を起こしてエコーは動かなくなった。
「愛波!」
ブレイズが叫び、また少しボルテージが上がった。なんなのだろうか。フジは……。ブレイズに火がつくのを待っているのだろうか? いや、待っていた。本気になったブレイズを叩きのめし、このZ飯店相手の騒動にはケリをつける。姉貴も兄貴もそうやって、無謀に挑んでくるやつを遍く倒したり、或いは全く相手にしないというスタンスを貫いた。自分がどうするかを決めるタイミングだ。
「フジ! 電話よ」
「誰からだ、メッセ」
「ヒジリ製菓の富良野フェラーリ。今すぐそのケンカを止めなさいって」
「何でだ? アブソリュートマンらしくないからか?」
「いいえ。スポンサーとして、野良試合はマーケティング的にイメージが悪いからだそうよ。来週にはクイズ番組の収録もある。今は騒ぎを起こしてほしくないそうよ」
「騒ぎ? アブソリュートマンの仕事を試合だとでも思ってるのか? こいつらが暴れた。だから俺は来た。必要な執行だ」
「わたしはそうは思わないけどね。あんたがそうしたいだけでしょ?」
「じゃあとどめ刺して終わる」
ちっちっちっ、と不敵にロゼが指を振った。大胆不敵な仕草だが、その顔は強張り、こめかみには汗が伝っていた。こいつの方がよっぽどブレイズより覚悟が決まっている。何より戦闘の才能も胆力も、ポテンシャルが桁違いだ。イツキがおどおどと言ったように、上質な鍛錬と高密度の戦闘経験を積めばジェイドとレイに匹敵する……。今はそれを確かめねばならない。ジェイド、レイに次ぐ三番手は譲れない。
「……アッシュアイスラッシャー」
右手を左目にかざし、異次元からメガネ剣を抜刀。ロゼの剣とも撃ち合える。フジにとってはロゼだけが違った。フジはロゼと戦ってみたかったのだ。ロゼは明らかに、教育の段階からジェイドをモデルにデザインされている。神のように信仰する姉、ジェイド。その量産のための試作機が目の前にいるのならば是非倒しておきたい。いつか姉に勝つために。
「クラリティウム光線ッ!」
「セエエ!?」
初手でいきなり光線! 薄紅色の光が薄いガラスのように朝焼けの街を走り、フジは避けられないと咄嗟にバリアーで防御した。目の前でバリアーに防がれてクラリティウム光線がバラのように咲き乱れる。やがてその繚乱が止まり、逆に光は引いていった。
「まずい」
「リラァッ!」
ロゼの持つ特筆すべき能力……即ち、クラリティウム光線を物体に変質させ、好きなように形成して別のものに作り替える! フジのバリアーと酷似した性能……もしかしたら最新型のアブソリュートマンとして、自分のバリアー形成がロゼに反映されているのかもしれない。だが、その性能は既にロゼが上を行っている。
「クソッタレェ!」
クラリティウムを弩に変換し、超物質の矢が絶えることなく連射される! 咄嗟にテーブルを蹴り倒して陰に隠れると、天板にはもとの木目が見えない程びっしりと矢が突き刺さった。エコーが割ったガラスに映るのは、ロゼピンクの光を今度は爆弾に形成しなおすアブソリュート・ロゼ……。バランスボール大の光のボールをゆっくりとキック、ぼよんと波打ちながらフジの隠れるテーブルに迫っていた。
「これでどうだ!」
バリアーの直方体でクラリティウム爆弾を包囲! シアンの防壁の中はグラデーションもないロゼピンクで満たされ、その威力が焼き、割ったバリアーのフィードバックでフジはのけ反り、前を見ると鼻血が一筋垂れた。目の前には既にアブソリュート・ロゼ……。その手に輝くのは、紫の細剣レギーナレイピアロゼ! 器量よしの顔は猛獣じみ、自制心すら置き去りにした猪突猛進に入っていた。
「セアッ!」
後方にハリウッドダイブ! 飛散していたガラス片やジョッキが胸を抉り、フジは呻いた。その頭上を通過した刺突は当たっていれば死んでいた可能性すらある決断的な一手だった。こいつには……覚悟がある。
「セエアッ!」
バリアーの防壁! 透明度はゼロ、硬さもゼロ。壊されてもフィードバックはないが、それを隔てた向こうのフジの動きはロゼからは見えない。だがここは一日の長だ。ロゼはまだ、ここは我武者羅に壁を壊すことしか出来ないだろう。フジの狙い的中! 瞬く間に木っ端みじんに斬り刻まれたバリアー! そしてロゼは剣を再び刺突に構え、後退したフジに狙いを定める。
「お前さんはブレイズよりは“値打ち”があったぞ」
ピッ。
「リレレエエエエエエ!?」
フジが逃走ルートに選んだのは、店の奥のレジカウンター! そこのバーコードスキャナーを操作し、赤いレーザーでZ飯店最強戦士の目を焼いた! 予想外の攻撃にロゼは目を抑えてもだえ苦しみ、網膜に焼き付く光をむしろうと叫んだ。
「セアッ!」
回し蹴り! Z飯店最強戦士の首の筋繊維がめき、と音を立てて損傷し、床に蹴り倒されて嗚咽を漏らした。フジは念入りに細剣を蹴り飛ばし、左手を突き出して不可視の弓を引いた。
「Δスパークアロー」
……。ここまでする必要があるのか? このまま矢を放てば勝てる。ロゼは再起不能の傷を負い、しばらくはフジに挑もうともしないだろう。こいつがしばらく戦闘経験を積めば、バーコードスキャナーを使った攻撃を卑怯とも思わず、そういうものもあると認めてくれるはずだ。
……俺は。こいつがちょっと強かったから、こいつに理解を求めているのか?
もう十分なのに念入りにとどめを刺そうとするのは、恐れている証拠なのか?
こいつがいずれ味方になってくれるなら射るべきではない。だが今後もずっと敵ならば射るべきだ。
「フジ、電話よ」
「うるせぇな。今度は誰からだよ、メッセ」
「鼎から。もうやめなさいって。鼎はブレイズに恩があるそうよ」
「それじゃあ仕方ねぇな」
介錯はされないと悟ったロゼは、軽侮された悔しさに泣いた。
フジはウインドブレイカーを再び纏い、空に消えていった。
「俺たちは何をしようとしたんだ?」
彩凛は戻ってくるのか? 耕平はもうZ飯店を抜ける。愛波が何をしたいのかもうわからない。みちかは自分より格段に強かった。
アブソリュート・ブレイズ/芦屋薪悟を定義していたZ飯店は今日、すべてが壊れてなくなった。
何も出来ずに座り込むブレイズ。やがて耕平が去り、みちかが去った。愛波は救急車で搬送され、薪悟はその付き添いとして救急車に乗って赤羽を去った。
もう二度と、赤羽にZ飯店が集うことはない。




