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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第33話 Z飯店崩壊

「どう思った?」


「ワタシの客観でいいの? こんな信用ならないフリークショーの女で?」


「わたしの中で確固たる主観があれば、他人が何と言おうと何であろうと糧でしかない」


 客が避難した無人の居酒屋で酒を飲み、好きに食べていたメッセはグラスについた口紅を指で拭った。眼下の戦いがひと段落着いたが……。本音を言えば今日はシャオシャオと戦いたくはない。理由はある。そして自分の中できちんと理由を説明可能だから、何と言われようと逃げでも言い訳でもない。このエゴイズム……。それがきちんとパトラに伝わっているだろうか?


「パトラちゃんは強いねェー。うん。少なくともブレイズよりは強いよ。あとエコーよりも。ロゼと同じくらいかなぁ。パトラちゃんは努力してあれ、でもロゼはろくに鍛えずセンスだけであれ。才能に差はあるけど、現状同じくらいだねぇ」


「じゃあまだまだ鍛えがいがあるってことね」


「ソウダネー。宇都宮でのパトラの戦いを見たけど、メッセが教えたのはあの必殺パンチだけじゃなくて光線もだね。そこが完成度の違いだよ。パトラは必殺技、基礎の技術、光線、戦い方の筋書きと、完成形への雛形が出来上がっている。後はこれを相似で大きくしていけばいい。それならパトラが自力で出来るね。時間が限られている中ではベターな修行だよ。でもロゼはまだそれすら模索の段階でパトラより強い。さて……。帰るとするよ」


「わたしと戦わなくていいの? どさくさに紛れてパトラ、ロゼ、エコー、シカリを攫うことも出来るかもよ?」


「割に合わないんだ、今日は。ワタシが大事にしているのは金だけじゃない。ただ、一つだけメッセに免じて、ということがある」


「言ってごらんなさい」


「ウチの副社長のラーナ。ディエゴ社長の愛人だけど、あの女は少し特殊な性的嗜好の持ち主でねェー。ワタシに欲情していて、セクハラするんだ。食べたい、食べちゃいたいと何度も言われたし、肌を舐められたこともある。好みじゃないんだ、そういうの」


「でもラーナがお金を払えば応じるんでしょう?」


「ワタシを抱きたいやつに提示する額は一律。身内だろうと、明日病気で死ぬ童貞大学生だろうと、元不動産王合衆国大統領だろうと同じ値段。ワタシはリスクも金額で管理する。今日のリスクはタスク達成で得られるマネーより危険な損失だねぇ。バイバイ、メッセ。あいつによろしく」


 カンフースターが窓ガラスに飛び込むと砕けてなくなり、ガラスの霧が晴れるともうシャオシャオは消えていた。おそらく仲間がポータルを開いたのだろう。

 メッセが町を見下ろすと、遠くからばち、ばち、と燈りが明滅した。その明滅は遠くからどんどん近くにやってくる。街燈のスパークを花道に、そしてその背後から日が昇って現時点で地球唯一のアブソリュートマンが姿を現した。


「フジ」


 メッセとフジとの付き合いはまだ一年半程だが、今までで一番貫禄があるように見えた。

 約十五年前、メッセはレイとバースの二人組に出会い、二人の強さと迫力に惚れこんで仲間になったが、今のフジはあの頃のレイに匹敵する。……超えているかもしれない。

 あの頃、ただのチンピラだったレイよりも、今のフジは背負った使命で強く輝いている。背負ったものが重いから、その足取りが力強い。

 逆光のメガネには何も映らない。それでも威風堂々と赤羽を闊歩し、スタンピードの現場にやってきた。仲間であるはずなのに、縮み上がってしまいそうな迫力だった。


「フジ、待ってくれ。これには理由がある」


 シカリは弾かれるように椅子から立ち上がり、手で青の戦士を制止してみせた。ブレイズやロゼは、シカリのこんな姿を見るの初めてだろう。人とうまく話すことが出来ず、でも仕事はきちんとする寡黙な職人。彼らはこの惨劇の後始末をシカリがどうにかしようとするなんて想像もしていなかった。いつもどおり、誰かの注文に従って仕事をする。あまりにも無自覚な軽視である。本人たちに自覚がないだけで、Z飯店はシカリを金魚のフン、パシリだと思っていたのだ。


「シカリ。お前さんがいてなんでこうなった」


 それは、まったく熱のこもらぬセリフの棒読みだった。

 実際、フジはシカリがここまで場が荒れないようにどうにか出来るとは一切思っていなかった。フジはシカリがZ飯店でどう扱われているか知っている。悲しいが、たった五人のZ飯店は幼少期から続いてきた組織であるため、継続してスクールカーストに従った上下関係が存在する。大人になってからシカリと本格的に接触したフジは、一人の大人としてシカリがちゃんと考えていることを知り、親しみを抱いていた。友情と言う呪縛、幼馴染という時間の束縛により、シカリにはどうにも出来るはずがない……。だが、フジがここで……仮初でも期待や失望のセリフを言わなければシカリは救われなかったし、Z飯店メンバーに彼のパーソナリティを伝えることは出来なかった。


「お前さんらがブッ倒しちまったこのハンマーとスカー。この二人は、俺のメインスポンサーのヒジリ製菓の社員だ。だがそれは今は何も関係がねぇ。その上で、何か言うことはあるか、ブレイズ」


 ふしゅるるる、と風船から空気を抜くような音でパトラが凶暴な呼吸を繰り返し、フジを見た。彼に対する敵意はないが、壮絶なる戦いの余韻でまだ彼女は悪鬼羅刹の目をしていた。


「Z飯店のリーダーは俺だ。だから、俺に全責任がある」


「どういう責任だ? ケンカのか?」


「そうだ」


「言い訳はあるか?」


「ない。俺が全責任を持つ。Z飯店メンバーは誰も悪くない」


 パトラの目から涙が溢れ、血で汚れた頬に一筋伝った。

 やっぱり何もわかってないじゃない……。わたしがやったことも、耕平くんがやろうとしたこともやっぱり何もわかっていないじゃない!!!!

 全責任ではないのだ! 全責任という言葉は集団の不始末に発生する。今日、パトラはZ飯店という集団の枠組みを破壊するために戦った。その責任はパトラにある。

 「俺が全責任を持つ」。一見仲間をかばうような言葉だが、そうではない。パトラは確かに、仲間のために仲間を壊そうと戦ったが、その過程で生じた破壊や敵への危害の責任の所在はパトラにある。パトラ本人もそれをわかっている。

 薪悟にあるのは、優しい言葉に見せかけた思考の放棄、リーダーと言う立場に担ぎ上げられたからケジメをつけるという歪んだ責任。それだけだ。


「メッセェッ! いるんだろ!?」


「ええ」


 シャオシャオが砕いた窓からメッセがダイブし、しなやかに着地した。お互いに敬語は使わず、年齢もメッセがだいぶ上。だが、そういったものや種族の差に関係なく、シカリにはメッセがフジの右腕に見えた。Z飯店が二十年近くかけて作ったものよりも強固な関係がそこにあった。


「パトラちゃんを頼んだ」


「……ええ。さぁ、彩凛。よく頑張ったわね」


 泣きじゃくる彩凛の肩を抱き、メッセはフジの背後へと歩いて行った。少ししてポータルが開く音。


「……おいデクノボー」


 薪悟はそれを追うそぶりも見せない。彩凛には当然、愛着も愛情もある。このまま連れていかれてしまうと困るが、今の自分にはそれを止める権利がないとわかっている。受け入れているのだ。いつもだ。いつもだ! いつもこいつは! 受け入れるだけだ!


「てめぇに施すことはもうねぇ。いや、正確にはもうそうすることが出来ねぇんだ。てめぇには……何かを欲する権利も、理想を抱く資格も、志を果たす未来もねぇ。憐れすぎて言葉が出ねぇ」


 ばさりとフジはマント代わりのシアンのウインドブレイカーを脱ぎ捨て、ゆっくりと構えをとった。一段と空気が張り詰め、ぴりぴりと空気が鳴いた。


「構えろ、相手してやる」


 ブレイズに対して言いたいことが多すぎる。だがこいつには響かない。

 パトラちゃんを泣かせた。何もわかっていない。

 謙虚が暴走した自己の軽視。だから自己主張すらしない。

 仲間への過剰な信頼。こいつはアブソリュート・ブレイズ/芦屋薪悟という個を捨てた。こいつの中には工務店の従業員だとか、Z飯店のリーダーだとか、誰かが決めた役割しかない。

 貧困……。詳しくは知らないが、同情する部分はある。だがこいつは何も得られない環境故に欲しがるのをやめた。


「クソッタレ……。クソッタレ!」


 フジは吼えた。

 俺は!

 今は鼎ともどこかうまくいっていない!

 血筋による過度な期待の重圧に負け、人間性を切除して素行不良を演じて身代わりの“アブソリュート・トラッシュ”を作ってそこに……実力ではなく素行に批判を集め、自信がついた今は可能な限り品行方正にして偉大なる家族に続かなければならないと実力で語ろうとしている。

 仲間を信頼している。メッセ、メロン、イツキ……。狐燐さんや兄姉を人間としても深く尊敬している。地球に来てからも和泉、音々、ナカムラ、龍之介といった地球人の友人も増えた。だが、幼馴染のジャッジとファルコンからは勝手に距離をとられた。幼い頃のフジを知る友人はもういない。

 裕福……。家は裕福だった。金銭的には。親父のミリオンはアブソリュート史上最大の偉人とまで呼ばれるようになった。だが……。その家庭がお金と偉大な父だけで幸せだったなどと思うな。

 苦しみを打開しようとフジは良くも悪くも行動してきた。

 ブレイズは違う。すべて享受するだけだ。なんでもかんでも教えてくれるのは、学校までだ。

 だからこの戦いはアブソリュートマンとしての執行でもあるし、人間的に許せない相手への私刑でもある。

 ……と言ったことを言葉にしても、この男にはわからない。


「ブレイズ」


「シカリ」


「覚悟を決めるしかないぞ。夢を叶えるんだろう? フジを倒して世代ナンバーワンアブソリュートマンになるんだろう」


「そうだな」


「パトラもエコーも覚悟を見せた。戦うしかないんだ。それで……。この戦いが終わったら、お前が勝とうと負けようと俺はもうZ飯店をやめる」


「そうか」


「来るもの拒まず、去るもの追わずとかきれいごと言うなよ。無難なだけなんだよ、全部。……フジ」


 シカリはふにゃ、と泣くように笑った。あぁーあ……。全部終わった……。これでもう俺に友達はいなくなった。


「ブレイズのこと、頼む」


「シカリ。今度お前のラボに『MASTERキートン』借りに行くからな。まだまだ直してもらいてぇ家電が山程あるんだ」


 ……。


「頼む、頼むよブレイズ。構えてくれ。フジと戦ってくれよ! なぁ、おい!」


「わかった。戦う」


 ようやく構えるデクノボー。それは、時代が研鑽を重ねてきた初代アブソリュートマンの模倣。


 フジ・カケル/アブソリュート・アッシュ 一七四センチメートル 六七キログラム

 VS

 芦屋薪悟/アブソリュート・ブレイズ 一八〇センチメートル 八〇キログラム


「バルダッ!」


 最初のアプローチは空手チョップ! ブレイズの憧れ初代アブソリュートマンのルーティンじみた初手だ。


「セエアッ!」


 不可視の速度でカウンターの足刀! クリティカルなキックがデクノボーの胸板を弾いてのけ反らせ、青の戦士は即座にローリングソバットでブレイズを蹴り飛ばした。彩凛に選んでもらったジャンパーの繊維がアスファルトでほつれ、炎の戦士は少し滑った。


「……」


 シカリはもう……。フジの勝利を願っていた。今の流れるような二連撃はまさにルーティンだった。先程の戦いでハンマーヘッドがパトラに語ったように、一度しか使っていないアンチマテリアルライフルよりも一億回使ったピストル。ルーティンを作れば着想、検討、実行のスピードは上がり、試行回数を重ねればさらに速くなる。そしてフジはそれを正しいルーティンであると実戦で学び、正解だという結論に辿り着いた。ブレイズの空手チョップは、初代がそうしてきたからという初代アブソリュートマンを参照した正解だ。

 勝ってくれ、フジ。君は恵まれていたから強いんじゃない。負けてくれ、ブレイズ。今の君に勝つ権利はない。勝てる要因もない。負けて、少し反省してくれ。


「迷うな! 立てブレイズ! ここで立ち向かわないでいつ戦うんだ!」


 なのに俺はまだ、ブレイズを応援している。


「ィ」


 歯を食いしばり、ブレイズは立ち上がった。教育としての修行は積んできている。普段から建設業で体を使ってきている。何より生まれつきに頑強な体だ。この程度では倒されない。


「バルダッ!」


 構える。空手チョップは振りが大きく、フジのように素早い相手には不利だ。細かく刻んでいくしかない。鈍感な戦士の中にようやく小さな燈がともった。少し、熱くなってきた。そして最短距離でのジャブは。


「セアッ」


 一流のシューティングガードのスリーポイントシュートのようなしなやかな手首の動きがブレイズのジャブをいなす。これは! フジがかつて強敵マートンから鹵獲したゴア族カンフー守りの奥義! 習得したものが守りに徹すれば、接近戦では九十九パーセントの防御成功率を誇る!


「セエアッ!」


「バレェ!?」


 まるで絹が一瞬にして鋼に変わるかの如く、ディフェンスに使ったフジの右手首は硬化し、隙だらけのブレイズのボディにフックを入れて肋骨をクラックした。ブレイズは目を見開いて口を歪に開け、痛むあばらを抑えて半歩後退した。そして、彼が模倣する初代アブソリュートマンにその動きはない。


「ガアアアアア!!!」


 青の戦士は犬歯を剥き出してヤクザキックを撃ち込み、ノックバックされた敵の上半身に縦回転の旋風脚で全身を浴びせて冷たい冬の赤羽に寝かしつけた。

 するりとブレイズの厚い胸板の上から移動したフジは構えをとらずに直立し、睥睨した。


「こういうセリフは悪役じみててプロアブソリュートマンが言うべきじゃあねぇが、立て、ブレイズ。てめぇみたいな道場破り気分の勘違い野郎にいちいち構ってる暇はねぇと教えるためにも、てめぇには見せしめになってもらう」

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