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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第7章 アブソリュートマン:ニュージェネレーションスターズ
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第32話 このままじゃ約束まで消えてしまう

 回る回る回るルーレット。たまに薪悟が……。儲けたい、ではなく、遊びの範疇でやりに行くスロットのように、彩凛の中でコンディション、テンション、モチベーションのリールが回る。そしてピタリと絵柄が揃ったその瞬間。


「アトアァッ!」


 ニフル・コリジョンの力を体内で循環させ、拳に込めた最強の正拳突き……絶対会心が放たれる! 空気が爆薬のごとく爆ぜ、攻撃が音速を超えた証拠として右腕の周囲に衝撃波と真空の刃が発生し、かすってもいないハンマーの腹の肉の断面から血が溢れだして脂肪の層が波を打つ。風を切る音ではなく、物理を無視して……空間ごと破壊する威力の鉄拳は、パトラがその技を持っていることだけで相手にとって圧になり、制限をかけて行動を縛る。敵の中のリールが、777とは言わずとも何らかの絵柄が揃いそうな時は迂闊に近寄れないということだ。


「……」


 まただ。前傾姿勢で右腕を引き、天秤のように揺らすこのルーティン。ルーティン自体に物理的威力はないが、これを経由するということはまだあの凄まじいパンチが飛んでくるということだ。


「ふぅむ」


 にいいっ、と口角を上げ、ハンマーはまた顎ヒゲをさすった。目の前のカワイコちゃんはもはや日本シリーズのセーブシチュエーションで登板したクローザー、最後のPKに臨むゴールキーパー、或いは上の句が読み上げられるのを待つ百人一首のクイーンか。

 だからこそ対策はある。バッターボックスに立たなければクローザーは必殺のスプリットも投げないし、ボールを蹴らなければアクロバットのスーパーセーブもないし、上の句を読まなければ耳を澄ますこともない。つまり放置安定だ。


「だが、それじゃあ意味はねぇしなぁ。それに……な?」


 いくら仮免の若造アブソリュートマンとはいえ、最強クラスの必殺技を入手してもそれの一点張りはないだろう。何かある。きっとそれの洗練はされていないだろうが、あのいいのをもらえば自分程のタフガイでもKOは免れないとわかっている。


「歌が好きでねぇ。俗にいう歌姫? 好きだ。カンツォーネ、J-POP、ボカロ……。個人名ではもう言えねぇ。でけぇ主語でいいんだ。歌が好きなんだ。だが、カラオケに行く時は子供向け番組の主題歌が一番ブチあがる。一発目と締めはアニメか特撮に限るぜ」


「……わたしは普段、ラウンジの専属シンガーをやっています」


「ハァッハァ! そいつぁいい! 十八番は?」


「バングルスの『Walk Like an Egyptian』」


「いつか聴きに行けたらいいな。そうだな……。どうするかな」


 パトラの集中力はこのまま続かない。リールの回転を続けることは出来ず、もう一度あの天秤じみたルーティンから技をリロードする必要がある。そこを狙い打つまで放置かおしゃべりでもいい。ちらりと足元を見れば割れたジョッキ。これを絶対会心の間合いの外から投げつけてもいい。

 どうする? ハンマーヘッド。そういったパトラの弱点を突いて倒すか? それとも真正面から技も気持ちもすべて叩き潰すか? 前提として、どちらであろうともこの歌姫はすぐに精神も肉体も再起する。そして勝とうが負けようが何かを学ぶ。そういった真面目さ、勤勉さは、今は産休中の年下の上司サラに似ている。


「……ッ」


 一瞬、ハンマーは気圧された。ルーティンではない。パトラの顔つきにだ。どれほどの覚悟を背負っているのか……。ハンマーはもう五十歳近いおじさんだ。だが、ここまで覚悟の決まった顔になったことは、自分はないだろう。


「OK、わかったぜ。ここで試されているのは、お前じゃあねぇんだな、パトラ。そして俺でもねぇ」


 正確には、パトラの試しの時間は終わったというべきか。ハンマーはスカジャンの男を一瞥した。あいつがブレイズか。あいつが、このZ飯店とかいう組織のリーダーで、最強とされる人物。だがハンマーに言わせれば凡人だ。この場の重要性がまだわかっていない。ポーカーフェイスじゃないのだ。愚鈍で鈍感なのだ。恋人がどれだけの想いを背負っているかわからない。

 ハンマーの覚悟が試される時間も終わった。仲のいい若者どものチームをブッ壊す。それをパトラも望んでいる。


「人が輝くとき、そこに奇跡が生まれる」


「……輝き。それは、未来を変える戦士の証」


「おいおい。なんで下の句を知ってるんだ?」


「職業柄、歌には詳しいのです。子供向け番組の主題歌にも」


「わかった。お前が気に入ったから、メチャ気に入ったから、もうこだわらねぇぜ」


 ハンマーは左肩を回して右掌で左肘をさすり、豪快に腹太鼓! 怒髪天!!! トレードマークのカウボーイハットは、急激に伸びた頭髪に吹き飛ばされ、追うことも出来ない場所へと流れていった。髪は地から天へ伸びる稲妻! ぐぎぐぎぐぎと何度も折れながらハンマーの身長を超える長さに伸び、全身の筋肉がさらに隆起! 太く短い類人猿状の犬歯を剥き出し、目は血走り、肌が青みを帯びる。ハンマーの姿はまるっきりに怪獣だった。


「俺は雷剛怪獣エクトーブという種族だが……。その中でも特に強いやつは雷傑怪獣セラトーブと、別種の怪獣として扱われる。俺はそれだ。言っちゃ悪いが、ツルギショウやブッコローガよりも強い種族だ。ナメてるとへそをとっちまうぜ」


「それはすごいですね」


 聞き流す様子でも、真に受けて恐れるでもない。ラウンジ嬢の技術で客を転がすでもなく、鬱陶しがるでもなく、ただ情報を受け取って返した質素な返事。それでも聞いているのはわかる。


「それでも、メッセには手も足も出ずに負けたけどな!」


 ばちん、と左肘にビンタを食らわせる。そして回して回して威力をチャージし……。


「ドルマァッ!」


「アトエエエッ!?」


 前傾姿勢で振り抜かれる剛腕! その過剰積載の肉からは想像も出来ない速度でハンマーは間合いを詰め、洗練に洗練を重ねた美しい全身運動で左腕に溜めたパワーを威力の中に解き放ち、パトラの顔面が……。ぐしゃりとひしゃげた。美貌を作用点に物干し竿に絡みつく洗濯物じみて全身がなびき、背中、後頭部からアスファルトに叩き付けられてさらなるダメージを負った。インパクトの瞬間に弾け飛んだ雷撃のパワーは放電現象ではなく、空間を割る亀裂のような凄まじいパワフルだった。


「おい彩……」


「Yooooooooooooooooooooooooooooooooooth!!!」


 ついに薪悟に動揺が見られた。そして、今更ではもう遅いと否定するようにハンマーは雄叫びを上げ、自慢のラリアットを完璧にブチかましてくれた左腕を高く掲げた。

 だが、施しはしてやらない。パトラが大事な恋人ならはじめから戦うのを止めろ。大事な恋人がやられたなら、今すぐ俺に掴みかかれ。大事な恋人が倒れたなら……今すぐ抱き起しに行け!!! 待ってんじゃあねぇぞ、何もかもを!


「うっ……」


 目は血走り、顔を抑える指の隙間からは血が赤い蔦のように伝っている。彩凛が顔面に攻撃を受けたことは初めてではない。道場でアブソリュート拳法を習っていたのだから当たったことはあるし、うっかり入ってしまったこともある。だが、一目でわかるケガを顔に負ったのは初めてだった。アブソリュート・パトラこと砂金彩凛。悪鬼羅刹の表情。きれいな顔……よくそう言われる顔に傷がついたからではない。もし気合や気迫の不足が勝敗を分けてしまうというのならば、それすらもすべて注ぎ込む。


「アトァ……」


 右腕を引く天秤のルー……


「ドルマァ!」


 クリーンヒット! 先程とはやや角度や放つタイミングに差はあるが、やはりハンマーのラリアットがパトラを……殴るという形容では済まない。轢殺した。仰向けに倒れた彩凛はがっはと出来の悪い噴水のように血を吐き出し、目が焦点を失った。そしてすぐに全身に神経の支配が戻り、幽鬼のようにどろりと立ち上がって悪鬼羅刹の目でハンマーを睨んだ。その目は……。怒りも使命も何もない。ただの意地だけがあった。ハンマーを倒さねばならない。ここで倒せなければ自分はただの大馬鹿野郎(オオバカヤロウ)、せっかくの必殺技も当てる前に倒されてしまえば、使いどころを見誤ったラストエリクサー並みの無用の長物だ。


「俺にはラリアットがあればいい」


「……」


「俺はこのラリアットで戦ってきた。俺ァ……。お前らみたいに生まれつき最強のアブソリュートマンじゃねぇし、ヒゲも白髪だ。しかもハゲてるジジイだ。ラリアットの威力のために体をデカくしたのに、血糖値や血圧がもっとやばい敵になっちまった老いぼれだ。だがお前は俺には勝てねぇ」


 こいつ……。マジのバカか? 相変わらず右腕を引いて天秤の動き、絶対会心のルーティンを始める。ハンマーに少し迷いと恐怖が生まれた。いくら若くて世間知らずとはいえ、ここまでバカのはずがないのだ。その技は高威力故に命中精度に難、ついでに発動モーションにも難だ。一回外してしまえば敵にはその危険度は十分に伝わり、十二分に警戒される。それでもこのカワイコちゃんは……。鼻も歯も折れ、顔中に血を塗りたくり、人間や怪獣よりももっと悍ましい悪鬼羅刹の目で立ち続けている。

 ハンマーは懸念をイマジナリーラリアットで殴り飛ばした。俺にはこれがある。


「お前の絶対会心は戦車にも穴をあけるアンチマテリアルライフルかもしれねぇ。俺のラリアットは防弾チョッキを着た警官を一瞬気絶させる程度のピストルかもな。だが、一回も撃ったことがねぇアンチマテリアルライフルよりも、一億回使ったピストルが実戦では勝つ」


「……」


 敵はもう何も言わない。


「おい彩……」


「おいボォォォォォイ!!! 口を出すんじゃあねぇぞぉッ! なぁ、ボーイ……。今、自分が会話に割って入れると思ったから入ったろ。だとしたらお前はもう黙っとけ。そしてサイリ・ガール。お前はよくやった。だが、ティファ・ロックハート気取りはやめろ。幼馴染のティファがちゃんと言ってやらねぇから、クラウド・ストライフはあそこまでこじらせた。そしてエアリスが死ななきゃクラウドはエアリスとゴールインだったぜ、多分よォ……。健気も優しさも美徳だ。恋人も喜ぶだろうよ。だが、サビだけの歌に意味はねぇ。ちゃんと厳しくしてやれ」


 何故だ……。何故俺はこんなに饒舌になっている? 俺は恐れているのか? このセリフはまるで……遺言じゃないか。


「じゃあな! ドルマァッ!」


 ラリアット轢殺! 三度!? 三度の致命打! ハンマーのラリアットはパワフルだが、実に精密にコントロールされている。絶対会心の砲台となる右肩にインパクトを集中させ、関節を脱臼させた手応え! 肉と肉の小惑星じみた衝突のさなか、麗しいシンガーが痛みで断末魔じみた声をあげたのを聞いた。




 〇




「……」


 彩凛は走馬灯の中にいた。この地獄は薪悟以外は誰も知らない。

 あの日の秋の川の中にいた。河原に生える毒草を摘み、それを生で食べ、高校の制服のまま腹まで冷たい川に浸かって、毒草の与える苦痛に抗っていた。周囲の水には血が溶けていた。それは、彩凛の家の貧しさ、そして美しさが招いてしまった悲しい出来事の後始末だった。

 ざぶざぶと不器用に水をかき分けてくる音を聞こえた。薪悟は何も言わず、彩凛の震えた肩に上着を被せ、彼女を責めることもなく一緒にお腹をさすってくれた。

 彼と将来を築ければきっと、この忌まわしい出来事に上書き出来るはずだったから。


「いつか俺が君を幸せにするから」




 〇




「う……うっく」


 倒れた彩凛はアスファルトに肩を叩きつけ、強引に関節を入れた。その過程で肌が擦れ、ざりざりとさざ波じみた擦り傷が出来た。

 全員が恐怖を抱き始めていた。こいつはマジでバカなのか? もう体力は限界だというのに、また右手で天秤を作ったのだ。


「それをやめろ」


「……」


「それをやめろ! お前の価値が下がる」


「……」


「……なら、もう知らねぇよ。お前がすごかったのは、技でも意思でもなくタフネスだった。俺のラリアットに耐え抜くタフガールだったが」


 ……ッ!

 凄まじい悪寒がハンマーを襲った。サイリ・ガール。ハンマーはサイリ・ガールに稽古をつけてやるつもりでやった。だが、これ以上続けることに意味はなかった。何も学べない小娘だったのなら仕方ない。……そんなはずはないのだが、残念ながらハンマーでは彩凛の真意を見抜けなかった。


「ッじゃあ俺はもうその技が届かねぇ場所で何もしねぇだけだぜッ!」


 強がりを言った途端、ハンマーの時間がどろどろに溶けた。

 死に体の彩凛は一瞬にして気高きアブソリュート・パトラへと変身……見た目は変わっていないが、アブソリュートマンとなった。天秤の動きを完全に無視してまっすぐに右腕を突き出した。親指、人差し指、中指を立て、その頂点は正三角形を描いている。Z飯店の誰も知らない構えだった。

 いざというときに備えて鏡面仕上げのメガネとスカーフで顔を隠して臨戦態勢だったシカリは、火照った息がスカーフに阻まれてメガネが曇った。

 まだあるのか!? 絶対会心以外の新レパートリーが!


「エルメシウム光線ッ!」


 避け……られない。ハンマーの知覚時間と実際の時間に乖離が生じている。

 そして指先から連射された十二色の小さな球状の光弾は、星じみて輝き、天体の動きじみてゆっくりとハンマーの全身に付着し、十二の散弾に撃たれたように体の十二か所が輝き、角度によってさまざまな色彩を抱いていた。


「なん」


「そして! クイーンズ・クロスボウ!」


 素早い動きでパトラが拳を握れば! 十二の星は連鎖爆発し、光爆の線が星座の様に引かれた。激しい十二連打にハンマーは芯を抜かれたようにガクガクと震えた。

 そうか……。


「ずっとこれを狙っていたのか」


 絶対会心と気迫を囮に、油断か恐怖を誘うために。絶対会心は威嚇と布石。エルメシウム光線と連動するクイーンズ・クロスボウは絶対会心に威力で劣るが、これが本命だったのだ。

 クソ度胸、クソタフガール、とことんビューティフル。ああ、間違いねぇ。こいつは確かに、メッセと同じ血筋だ。


「お見事だ、ビューティフル・タフガール」


 全身からあがる黒煙、煌めく宝石のパーティクル。その気になればまだ戦えそうな気はしたが、俺は満足だ。


「アアアアアアトァッッッ!」


 だがケジメはつける! 彩凛にも覚悟があった!

 絶対会心。現時点でZ飯店メンバーが持つ最高威力の技を、全身全霊で叩きつけた。無慈悲! だが覚悟の証にして、礼だった。


「ドルメエエエ!?」


 肋骨全損壊! 内臓複数損傷!

 初代アブソリュートマンが体現する“断罪”でも、アブソリュート・ジェイドが実行する“赦免”でもなく、彩凛にはハンマーにトドメをさす理由があった。


「お前らは……これからだぜ」


 タフガイカウボーイはついにKOされた。笑ったまま。


「あああああああああああああああ!!!!!」


 自分の戦い方、プランが成功だったとは思えない。誰もが絶対に間違っているというだろう。メッセも怒る。だが、こういうシチュエーションに打ち克つ必要があったとパトラは考えていた。苦しさこそ! バネ! 苦境でこそ輝くパトラアイデンティティ!

 本業がシンガーでありながら、激戦で崩れた美貌に鞭を打って声の限りに勝鬨を上げた。


「彩凛」


「薪悟……。わたし、もうあなたより強いの……」


 空が白む。夜が明ける。

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