第91話 リブート、レイヴン
「スワッ!」
「シッ!」
顕真は逆手に握った刃を踏み込みと同時に突き出し、防いだフジの足を目掛けて目ざとく軽いローキック。だがフジのディフェンス技術は健在、教科書通りスネでカットし、突きを放つ。フジは上手く自分の基本の動きに剣技をダウンロードし、組み込んでいる。肝心の剣を使った攻撃はイマイチ。剣を用いた戦闘での総合力はミリオンやジェイドどころかイツキにすら及ばない。一方の顕真も満身創痍で武器を存分に使える状態ではなく、二人は技量よりも殺意頼みの刃で火花を散らす。
「甘い」
フジはこれまでの戦いで掌による防御を続けたせいで掌が腫れ、武器を握る握力に大きな不安がある。得物のリーチは顕真が上。そして序盤のキーとなったように足の長さもだ。ヤクザキックで腹部を蹴るとフジは破裂するように血と空気を吐き出して顕真の顔を染めて目の焦点がブレ、腹筋と背骨と臓腑に深刻なダメージを受けてよろめいた。
「スワーッ!」
無意識のうちに発動する顕真の戦闘回路は好機でやはり後ろ回し蹴りを選ぶ! もうフジに避ける余力はない。声も出せずに回転して倒れ、震えながら肘をついて再起を図る。もう気力しかない。筋繊維は痛むどころではなく今すぐにでも治療と休養が必要な状態なまでの損傷。今のヤクザキックで受けた内蔵のダメージは今のフジにとっては驚く程のことでもない。同じような傷、いや、重傷がまた増えただけだ。
「……ィ」
「カケル……」
図々しい男、大黒顕真。寿ユキなんて上玉と付き合えたおかげで自分には魅力があるなんて思い始め、実際彼女との交際は顕真をより魅力ある人物に変えた。その一端が図々しさである。フジは自分を慕ってくれている、自分は冷徹じゃなくそこそこ優しい男、そして顕真自身もフジを友人だと思っている。避けられぬ戦いではあったが、これ以上フジに攻撃を加えることには抵抗がある。しかし、フジが望むのなら完全決着をつけることが最大の礼儀。冷徹にとどめを刺すことが誠意だ。
「都築の野郎は……。ブッ殺してやったぜ。都築以上だ、駿河カイ。碧沈花は……。やつは天国行きだ。地獄にはいねぇからもう二度と戦えねぇ。俺がここでくたばっても本物の地獄に行くだけだ。都築カイも碧沈花ももう死んだ。……実際に生き抜いたのは俺たち……。俺と顕真。俺は……。今の俺はお前さんにさえ勝てればいい」
「俺は少なからずお前に恐怖した。敗戦が頭をよぎったのも一度や二度じゃない。実にタフだ、アブソリュート・アッシュ。……これは不本意だろうが、お前は確かに、あのジェイドの弟だ」
「今日日高校球児でも髪はフサフサだ。俺も若者らしく心臓の毛で遊んでやるよ」
遥か高みから見下ろす大黒顕真。一度は見えた顔はまた一瞬、逆光の中へ。
「ん?」
薄くなった自分の影。それがほんの一瞬、また色濃くフジに落ちる。危険と知りながら顕真はフジから視線を外し、空を見上げた。ばりばりと食い散らかすように唸る雷鳴、細かく光り続ける稲光は徐々に大きく、カメラのフラッシュのような光へと変わっていく。
「まさかこん……」
「当たれェ!」
痛烈! 一閃! バリアーの雷雲から放たれた即席の雷は長身の顕真と彼の持つ刀に呼び寄せられ、フジの注文通りに宿敵を貫いた。激しい光でフジの目がホワイトアウトする寸前、キツネの骨が透けて見えた。
「かっは……」
それでもまだ顕真は立っていた。偶然膝が折れなかっただけ、そして身動き一つとれない程の大ダメージだが、それでも顕真はまだ立っていた! 全身に焼けるような痛みが走り、自分でも何故立っていられるのかわからなかった! だがそれはフジも同じことだ。何故この一撃を受けて立っていられる!? フジの焦燥がさらに加速する。そして心底辟易した。心の底から大黒顕真の強さ、タフさを……もうリスペクトなんて超えて、いつまで経っても決着をつけさせてくれないことに憎悪すら抱いた。
「いい目だ。若さゆえの純粋でネイキッドな憎悪の目。お前に敬意を払う」
「……ッ。おいおい、今のでもダメかよ……。分の悪い賭けじゃないはずだったんだがな……。親父からの仕送り溶かして打つ博打とは違うんだよ……」
立て……ない。戦いの序盤では優しく温かかった奈良公園の地面はまた冷たく苦い、いつもと同じ温度と味だ。絶望、徒労、困惑の感触だ。
「お前の……。お前の見事な戦いざま。親の金を溶かしたどうかは知らないが……。ミリオン、ジェイド、レイ。そしてお前の師匠は確かホープ……。共に戦うメロン、メッセ、虎威狐燐、犬養樹……。バース、都築カイ、因幡飛兎身、碧沈花、紅錦鳳落といったライバル……。そいつらのメッキは少しずつ剥がれ、取り込まれ、鋳られてお前を輝かせている! もう立つな、カケル。これ以上はお前の将来に影響する。気力や体力だけではもう立てん」
「じゃあ残りは運次第ってことかよ。運かよ。今までさんざんパチ屋で外してきた分……」
パチ屋で……。パチ屋で? パチ屋で失ったものとパチ屋で得たもの。振り返れば数十万円かそれ以上を失ってきたが、大黒顕真と同じくバーコードスキャナーでは測れない値段の望月鼎と出会った。数十万なんてあまりにも失礼だ。パチ屋で使った分の運の揺り戻しは、ない。あるとしたら不運の方だ。
「幸運に頼るのは未熟者、か」
「そうだ。だがお前が望むのなら、またいつか受けて立つ。だからもう立つな」
喋る度に肺から嫌な音がする。虫の息で顕真を呪うしかなかったフジの血は顕真の言葉で沸騰するような温度になって逆流し、痛みが激情で上書きされる。そして肩から蒸気となった怒りを放出するフジの全身はたった一つの殺意にまとまり、塊になって吼えた。
「シエアアア!」
ビリビリと鳴く顕真の鼓膜。全身が凍り付く死の予感と敗北の足音。
「やっぱ最終的には運になったな。お前さんの技術、知識、判断力にちゅーる三十本を賭ける」
天気予報にない三発目の青い雷は実際の物理法則を無視した色と速度で地に臥せるフジに落ちる。出し惜しみなし! 正真正銘最後のセットプレーだ。強化形態オーバー・D! コンディションがバッチリの状態では最大一八〇秒! 安定して計算出来るのはわずか九〇秒! このボロボロの状態ではさらに短い可能性もある。
「セアッ!」
寿命を前借りした最後の強化形態の力を、フジは立ち上がることだけに費やした。顕真の前に立っているのはもうアブソリュート人ではない。執念の亡霊だ。執念の亡霊は不吉なカラスへと変身し、天高く飛び上がって太陽の中に隠れた。
「もう塩試合で構わない。負けに比べれば全然マシだ」
顕真は最後の手段を取った。わざと仰向けに倒れることである。フジの二の矢を見た時点で、理論上はこれが最善の策だった。
一九七九年六月二十六日! ボクシング界のゴッド“モハメド・アリ”! 相対するはプロレス界の燃える闘魂“アントニオ猪木”! 世界初の異色の異種格闘技対決は、世界中の注目を集めながら“世紀の凡戦”を筆頭とする罵声の数々を浴びせられた!
その理由こそ、アントニオ猪木によるモハメド・アリへのパンチ対策、俗にいう“猪木・アリ状態”である! アリのパンチの届かない間合いを保つためあえて寝ころび、細かくスライディングしながら、決定打にならないローキックの連打、アリは猪木を「ペリカン野郎」と揶揄しながら罵倒するしかなく、ドローで決着がついた。だが、実際猪木のとった策は有効であった。
そして顕真は寝ころんだ。こうしてしまえばフジは上からしか攻められない。つまりフジの全手札に対し、猪木・アリ状態は最善の策である。塩試合になることを除けば。
「……」
顕真の見上げた空はグラデーションも透明度も雲もないスカイブルーに占拠された。現在のフジの最大出力のバリアーだ。同時に猪木・アリ状態に持ち込んだ顕真に対する最高のアンサーである。敵が防御力と引き換えに身動きを制限されることを逆手に取った。
「……」
そのバリアーより数メートル上。人間の姿に戻ったフジは下方に向かって爛れた左手を突き出し、指の間に三本の光の矢が番えられた。そして戦士としての本能か、若さゆえのプリミティブなセンスか、経験則からの判断か、顔をすぐ右に向けて弓のエイムを横へと定め直す。
「スワーッ!」
ぺろぺろぺろ! ちゅーる十五本獲得!
顕真は視界を覆われるのと同時に猪木・アリ状態を解除し、キツネの機動力でバリアーの横へ移動! バリアーごと押し潰すか貫こうとするフジを倒すために飛びあがった!
フジの予想通りだ。顕真が猪木・アリ状態を知っていること、この消耗では勝ち方に拘らず塩試合覚悟で猪木・アリ状態を選ぶこと、猪木・アリ状態をメタられたら即座に捨てて次の手を打つこと……。全て予想通りだ。技巧を極めて至高の戦士となった大黒顕真の技術、知識、判断力。大黒顕真は強い! だからこそ掴めた最後のチャンスだ!
あとはこの矢が刺されば……。ちゅーるをさらに十五本獲得!
「愛してるぜ。信じてる」
あの時。
Δスパークアローを信じ切れていないから勝てないとアドバイスをくれた偉大なる紅錦鳳落。今は信じている。愛している。愛しい必殺技にプロポーズしたフジの左手にアーク放電の弦が走る。その光はフジが賭けた最後の一撃の破壊力の恐ろしさを顕真に伝えて余りある。そして、決着に向けて速度と威力を極めた矢が解き放たれた。
「Δスパークアロー!」
「レックジウム光線・Ζ!」
〇
……。
「おい、お前アブソリュート・アッシュやろ」
「なんだオッサン」
アブソリュート・アッシュがフジ・カケルの名を授かるのよりずっと前。アッシュは幼馴染で親友のアブソリュート・ジャッジ、アブソリュート・ファルコンと共に少ないお小遣いを握りしめて遠出し、「子供だけで行ってはいけません」と言われる頽廃的なスラム同然の繁華街を冒険した。この時のアッシュはまだ本当にケツが青く、メガネの度もまだ弱くて済んだ。
その繁華街で絡んできた身なりの貧しい、髪もヒゲもボサボサで歯の何本か抜けた、安酒のカップを握ったオッサン。ビビるようなデカい声で三人の子供に声をかけた。
「ワレ、おいワレェ! ジブンの親父のおかげでなぁ、アブソリュートの星はようなったわ! お前の親父の教育改革のおかげで俺みたいな学のない、取柄も生きてる価値もないオッサンは今後おらんようになるやろ! ようやったわ! 感謝しとる。それからお前の姉ちゃんな! お前の姉ちゃんの会社で働かせてもらえることになったわ! やっすい給料からスタートやけどな! でも寮もあるしアル中治療のセラピーも受けさせてもらえるわ! どんだけ貢献すんねん、ミリオン一家! お前もようやれや! ホンマは焼き鳥奢ってやりたいとこやけど、知らんオッサンから食い物もろたらアカンって教わっとるやろ! 百円やるからオッサンと思って駄菓子買うてくれや! お友達にも買ってやるんやで!」
「おう、オッサンも頑張れよ」
「お前の姉ちゃん、随分別嬪さんになって戻ってきはったな! ごっつ羨ましいわ! 家に帰ったらジェイドおるんやもんやぁ! 暗くなる前に気ぃつけて帰りぃや!」
……R……。
〇
……。
「来たか、顕真」
大黒顕真がアブソリュート・フォックスの名を授かるのよりずっと前、少年時代の顕真は公園……いや、顕真の故郷に公園はない。政府というものがないのだから公園なんて高級なものはない。その空き地を根城にする髪とヒゲがボサボサで歯の何本か抜けたオッサンのもとに通っていた。
「今日は何を教えてくれるんだ?」
「ワシが昔、この星を旅して集めた他所の星の書籍について教えよう」
貧困仙人。しかしこの空き地の仙人は知識が豊富で、思春期前の顕真は知識豊富なことをカッコいいと思うようになった。今でもその価値観は変わらない。廃材を集めて作った即席の椅子、オッサンは話し始めた。
「一九九X年、世界は核の炎に包まれた。海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。だが、人類は死滅していなかった。世は再び、暴力が支配する時代になっていた。その時、一人の救世主が現れたという。一子相伝の秘伝の暗殺拳北斗神拳伝承者、その名はケンシロウ」
「北斗神拳?」
「経絡秘孔と呼ばれる人体のツボを外部から刺激し、相手の体に影響を及ぼす。病を治すことも、相手を一撃で殺害することすら可能だという」
「すごい……。俺にも出来るかな」
「わからぬ。だが、この本が書かれた星に行けば或いは」
「俺! いつか絶対に行くよ!」
「その意気だ。それでは今日の……」
「お納めください」
顕真は手持ちの金目の物の三割を渡した。授業料だ。
翌日。
「オッ……サン?」
いつもの空き地に元気よく到着した顕真は先客の存在を認め、物陰に隠れて仙人の居場所を窺った。
「さっさと金返せッコラァーッ! ねぇなら内蔵か眼球売れやオラーッ! もう利息二十割になってんぞコラァー!」
仙人はジャージを着た暴力団の下っ端に土下座し、その頭を踏みつけられていた。暴力団の下っ端は声や体格からしてまだ十代だろう。一方の仙人はいつもの気高い知性も感じられず、動物との差は恐怖に対する命乞いという行為があるかないかの差だけだった。
「に、二十割!? とてもじゃないが払えません! 許してください! もう何もないんです!」
「持ってるもん何でもいいから出せやコラーッ! ガキの使いじゃねぇんだぞ! 手ぶらで帰れるかボンクラがァーッ! ねぇなら今すぐ指詰めろタコがァーッ!」
「ほ、本を! ああ、はした金ですが、ほんの少しなら! 払えます! 金が、金が溜まったら必ず返します! アテはありますから! 次からクスリはそちらさんから買いますのでどうか今日のところは……」
そうして仙人は顕真が昨日払ったくすんだ黄鉄鉱と濁った石英をヤクザに差し出した。最後に下っ端は仙人の顔面にサッカーボールキックを食らわし、唾を吐きかけて去っていった。
顕真はその日から仙人のもとへ通うのをやめた。こんなことは顕真の故郷では日常茶飯事だ。
〇
……。
「今日アッシュんち行っていい?」
「あー、俺この後先生の道場だわ」
「別にお前はいなくていいんだよ。お姉ちゃんいるだろ?」
「うるせぇバカ。明後日にしろ。姉ちゃんもいねぇし俺はいる」
ジャッジ、ファルコンとバカ話をしたアッシュは家に帰って荷物を替え、ホープの道場へと向かって訓練した。姉がアブソリュート最強? この頃はまだ信じていなかった。最強は、先生であるアブソリュート・ホープ。その教えを受けられることが誇らしかった。
「今日の訓練はここまでだ。家まで送って行こう」
「一人で帰れます」
「いや、今日はプラもジェイドに会いにミリオン兄さんの家に来ているだろう? 挨拶に伺おう」
RE……。
〇
……。
「スワーッ!」
「よし、いい蹴りだ!」
学びはどこにでもある。仙人はヤク中でインチキでガキヤクザにボコられてしまうようなクズだったが、知識が大事だということ、様々な人に会ってそれぞれが持つ“強み”を少しずつ学んでいき、その集積が自分を大きくすると顕真は学んだ。
顕真は次の学びを橋の下に住む眼帯の浮浪者に見出した。かつて仙人が存在を教えてくれた北斗神拳なる最強の拳法ではなかったが、力任せや速度任せではなく、コントロールした暴力、即ち戦闘の基礎を教えてくれた。正しい力の使い方だ。
「その蹴り。長身と組み合わせて敵の頭部を狙えば必殺技になる」
「はい!」
その翌日、眼帯の浮浪者は体中ボコボコに腫れてアザだらけになって川に沈んで魚につつかれていた。
顕真は次の学びを探した。そう遠くない未来にこうなることはわかってはいたが、悲しみと涙を堪えながら。
〇
……。
「アッシュ」
「何? 姉ちゃん」
「ちょっとお姉ちゃんとお菓子食べに行こうか」
アッシュがホープに弟子入りして数年。姉のジェイドは実家に戻ってパラサイトシングルだったが、事業を始めたり講演会に呼ばれたり、どこかの道場に出稽古に行ったりと多忙な毎日を送っていた。それでもジェイドは「休む戦士」。適度に休み、家族や周囲の人々と過ごす時間やリラックス、リフレッシュを忘れない。弟と過ごす時間も例外ではなく、さらに一日の労働時間も決めて夕方以降はゆっくり過ごす。
「……行く」
この頃、アッシュのメガネはもう相当度が強く、体の成長と同時に暴落していく視力に不安を覚えて頻繁に眼科に通っていたが打つ手はなかった。失明まではしないと保証はしてくれたが……。
そして、アッシュが道場から帰るのを見計らったように家から出て来て外出に誘った姉を見て、フジは全てを悟った。家の中からは金切り声がする。また母が……。
「お母さんは何も悪くないの」
「……」
「誰も何も……」
「レイってやつのせいじゃねぇの? 知らねぇけど」
「レイのこと、お母さんの前で絶対に話しちゃダメよ」
「でもいつもこうだとお父さんが可哀そうだ。お母さん、病気だろあれ。……どうしたらいいんだろうなぁ」
……RE……T……。
〇
……。
「君がまさかあのジェイドと付き合うなんてね」
「俺にはもったいないくらいだ」
顕真の体の成長は止まった。身長一八一センチ、知識、技量に限界はないのでこれからも追求していくだろうが、既に駿河燈からアブソリュート・フォックスの名を授かるまでに成長し、長老たちに知識と戦力の両方で恐れられ、星で最強の戦士となっていた。装いもこぎれいな和装になり、空き地の仙人や橋の下の眼帯に教えを乞うている頃に比べれば見違える程の強いいい男になった。
その未来、その可能性を拡張したのは妖艶なる永遠の少女駿河燈。恋人自慢を初恋の人にする。しかもその恋人と初恋の人はどこか共通項のある容姿だ。遠い未来に戦うライバルがこの光景を見ればまたロリコンと指をさされただろう。
「強くなったね、顕真くん。いい男になった」
「残念。今の俺は夕希のものだ」
「そのダサいギャグがサムく聞こえないくらい、自信に溢れているね。……。君にアブソリュートの称号を授けてよかった」
「燈、本当にありがとう」
〇
「こっちにおいで、アッシュ」
REBOOT
〇
「さようなら、顕真」
〇
「キエエ……」
REBOOT!
〇
「お前が最強だ、顕真」
〇
「セエエ……」
フジの視界の右端に頭、左端に爪先と横切る顕真。強化形態は解け、目は虚ろで全身には一切の力が感じられず、口からは空也上人の如く魂が飛び出し、瀕死の重傷を物語る。腰に刺さった矢はフォックスゲートを撃ち抜き、力の源を破壊している。まだ生きているのが不思議なくらいだ。
「……」
その原因は、胸、腹、腰に突き刺さる三本の矢。そこから流れ出した夥しい量の血が奈良公園の土に吸われ、遠目にも激しい出血を伝える。矢の突き刺さった傷口からは、血が腹、腰、足へと流れている。……。直立する顕真の正中線に沿って。その血は既に止まりつつある。そしてフジは、自分がしばらく失神していたことに気が付いた。
「……何よりも激しく、辛く、そして楽しい勝負だった。勝敗を分けたのは……。運かもしれないな」
「……。俺がまだクソガキだったから負けた。実際に生き抜いたのも戦い抜いたのも俺たち、なんてお前さんは言ったが、お前さんが生き抜いた激戦や死線……。経験値。反省点はいくらでもある。三本の矢を出し惜しみしたこともそうだな。出し惜しみなく使ってりゃ……。惜敗だったかもしれない。だがお前さんの完勝だぁ。天晴だぜ」
「セリフはタフでも声に涙が滲んでいる。俺に本音は隠せないぞ。なにせ、俺とお前の仲だからな」
「……畜生、畜生!」
目頭と目じりから涙がこぼれ、胃が鉛になったような不快感を抱きながらフジは敗戦を呪った。もう舌しか動かせない。
「あとどれだけ負けたら努力のせいに出来る!? あとどれだけ努力したら才能のせいに出来る……!? なんで俺だけ……。なんで姉貴や兄貴に出来て俺に出来ねぇんだ……」
「俺とお前は同類だ。経験値とその結実である技量、それを旨とする技巧派の戦士。生意気になれ。あの兄姉を持ち、それでも達観せず食らいつく諦めの悪さと生意気さを持ち続けてくれ。……生まれながらの逆境。それはお前があの兄姉から貰った武器の一つだ。腹減っただろ。……もう寒いし、日も暮れる。さぁ、帰ろう」
顕真にとっても非常に大きな勝利だった。顕真は悪のアブソリュートマンからアブソリュートの称号を授かり、アブソリュート最強の戦士と恋仲になり、幾度となくアブソリュートと共闘した。だが、アブソリュートマンを倒したことはなかった。あの時、日光の天狗のアジトで頑馬と戦い続けていればおそらく顕真は負けていた。フジは頑馬より格下……今のところは。そんなことは誰しも理解している。頑馬のことが大の苦手の鼎でさえそれに異論はない。だからといってアブソリュート・アッシュからの勝利は決して軽いものではなかった。アブソリュート・アッシュの背負った悲しみは知っている。その悲しみの先に身につけた強さは、決して「頑馬より格下」なんて言葉で片付けていいものではなかった! 数多の強敵を倒してきたアブソリュート・フォックスの胸に去来する熱い思いがその証拠だ。この先、アブソリュート・アッシュはアブソリュート・レイより格下だから楽勝だなんていうやつがいたら顕真はお得意の口八丁抜きで制裁を加える。
非アブソリュートがアブソリュートを、それもレジェンドに名を連ねるアブソリュートミリオンの息子を倒す。とんでもない偉業だ。初めて倒す相手がアッシュでよかった。初めてのトロフィーがアブソリュート・アッシュで本当によかった!
「今すぐ逃げてぇ」
拍手は聞こえない。金吾は口を真一文字に結び、顔を覆って不規則な呼吸を繰り返す鼎の肩を叩いた。
「逃げるな、カケル。耳を澄ましてみろ。心で感じてみろ。もう二度と泣かすな。こんなに悲しくて優しい呼吸、YouTube探しても見つからないぞ」
「半分はお前さんのせいだろうがよぉ。……。こんなところでぼさっとしてるな。さっさと次の敵を倒しに行け。俺は……。俺は」
「追い打ちをかけるようですまんな。俺はお前の仲間にはならない」
「でも」
「お前は九番目の戦士。“太陽を盗んだ男”のナンバーだ。太陽はお前が止めてこい。……さらばだ、カケル。お姉さんによろしくな」




