第三話 対峙(下)
『そろそろ――終わりだッ!』
ここまでで一番の笑顔になって、アニタは両腕を振り上げながら大きく息を吸い込む。
「……あ……」
『ハァアアアーッ!!』
僕たちが呆然と見守る画面の中で、最後の一撃は放たれた。全身の力を込めて振り下ろされた爪は、足下の地面にまで達し、大量の砂を巻き上げる。それと同時に、ハルカの細い腕が二本揃ってちぎれ飛び、砂塵の中へと消えていくさまが見て取れた。
「……え……」
未だまともな言葉を形作れないまま、僕たちは動かなくなったハルカの背中に視線を集中させていた。何秒かの間があって、少女型のインターフェースはすべての力を一瞬で失ったようにあちこちの関節を弛緩させると、そのまま真後ろにくずおれた。
「……ハ、ルカ……?」
少女の目は見開かれたままで、けれどその瞳からはすでに光が失われ、ただの緑がかった黒い円だけが残されていた。胸元は深くえぐり取られ、例の幾何学めいた部品の配列は断片的にしか残されていないように見えた。無事であってくれ、と願う甲斐さえありそうには思えない、あまりに重大な損傷がそこにはあった。
『ヘッ……こんなもんかよ』
新しい玩具をすぐに壊してしまった子供のように、一転してつまらなそうな顔をすると、アニタは改めて車の方に足を向ける。
『さーて……迎えに行くぜ、王子様』
「……えっ?」
またしても僕たちの想像を超えた一言を口に上せて、アニタは軽やかに歩を進めていく。その姿が画面の中から遠ざかっていくのを不審に思っていると――突然、白い閃光と轟音が、見守る僕たちの目をくらまし、耳をつんざいた。
車のあったあたりを中心に、大規模の――その眼前に立つ―人一人を跡形もなく消し飛ばすには十分すぎるくらいの、化学的な爆発が発生したらしいことは、すさまじい音と光と、それらが一段落した後に画面を満たした黒煙から、だいたいのところ察することができた。けれど、それが起こったことの意味はよくわからないままだし、それによってどのような結果がもたらされるのかも、見通すことはできないままだった。
「……むっ」
視界が晴れるより早く、父さんが小さく、あまり好ましくなさそうな感情の伴う声を漏らす。
「――まいったな」
頭をかきむしるような仕草をしかけて、そこに本来の頭がないことを思い出し、変な具合に腕をぷらぷらとさせる。その動きには明らかに平常心を失った様子が見て取れたし、短い一言にも目下の状況の苦しさがにじんでいた。いずれも例のカプセルから目覚めて以来、父さんが見せたことのない種類の言動だったので、これまでになくまずいことが起こっているということはおぼろげながら理解できた。
『――ふう、なかなかの策だったなァ?』
ケタケタ、という擬音で表すのがしっくりくる、不気味な笑い声がこだまする。砂と化学物質の混じった煙の中、直立する人影が誰のものなのかは、改めて確かめるまでもないことのようだった。
『さて……車もダメになっちまったことだし、歩いて向かうとすッか』
徐々に薄まってきた煙の只中から、アニタが姿を現す。その衣服はぼろぼろになり、素肌もあちこち汚れていたものの、さしたる損傷は負っていないように見える。
「――そんな、あれ――まともに食らったはずじゃ!?」
爆発の威力を考えれば、爆心地にあったものは粉々に消し飛んでいなければ理屈が通らない――素人目に見ても、そのことは明らかに思えた。それにもかかわらず、どうして――?
「今はそれを気にしている場合じゃない。すぐに荷物をまとめろ」
僕たちの方を振り向いて、父さんは声を張り上げる。
「奴にはここの場所が割れていると見える。どういう理屈でかはわからんが、な」
今一度、画面に視線を移してみる。アニタは二本の脚で――あの超常的なジャンプを見せた脚を使って、すさまじいスピードで駆け出していた。その先には夕焼けの色を出し尽くして消えようとする太陽があり、つまり彼女は西を――僕たちのいる方角を、迷いなく目指し始めていた。
「急いで出た方が良さそうだ。あの調子じゃ、車より速いなんてこともありえん話じゃない」
中継機は懸命にアニタの後を追っているようだったけれど、どんどん引き離されているのだろう、目標の背中は瞬く間に小さくなっていった。
「さあお前ら、引っ越しだ――いや、夜逃げと言った方が正確だろうがな」
父さんの軽口さえ空回っていることが、なおのこと状況の厳しさを表しているようだった。