第八話 農耕
残った肉をあれこれと加工して、どうやら数日分の保存食を作り終えたらしいイスルギ姉妹は、続けて森から外れた湿地帯に畑を作ると宣言し、またしても僕たちの度肝を抜いた。
「この芋と、葉物野菜――サニーレタスと呼んでいるものだけど、このあたりならこの寒さの中でも育てられる公算は大きいかな」
両手に布袋を掲げてみせるリオナがあまりに当然のような口ぶりで語るので、いよいよ僕は混乱した。
「待って待って、そんな、簡単に――?」
「難しくはないと思うよ?」
その場に屈み込み、湿地帯の土壌の質を手で触れて確かめながら、リオナは臆面もなく言い放つ。まあ、このあたりはさすがに環境の違いを痛感せずにいられない展開が待っているのだろうし、頭ごなしに否定しても嫌な印象を与えそうだ。まずは気のすむまでやらせてみるのがいいだろう。
――などと思っていたところ、二人が植えた種と種芋は半月と経たずに芽を出し、土色一色だった湿地帯に緑の彩りを添えはじめた。
「……どういう……ことなの……」
呆然とその光景を眺める僕を尻目に、双子の姉妹はたびたび微笑みを交わし合いながら、新しい植物たちにボトルの水を振りまいていた。
「――野菜、って、あれだよね?とりあえず、それぞれに専用の土壌安定剤があって、水分調整機構があって――」
「ドジョーアンテーザイ?」
「聞いたこともありませんわね」
常識の揺らぎに立ち尽くす僕をよそに、二人は水やりを終えた「畑」を満足そうに眺めていた。
「いい土地で良かったね」
「そうですわね、さすがにちょっと、水気が多すぎるかとは思いましたけど」
何であれ、二人が持ち込んだ新地球の文化の中には、この星ではほとんど失われていたはずの「畑作」、それも科学の力に頼らない、人と自然の力だけで食物を育てる技術が含まれていた。
正直に言って、彼女たちの生まれ育った惑星より、自滅の道をたどってしまったこの星の人類の方が、はるかに高度な文明を持っていたのだと僕は思っていた。かたや二万数千年の長旅の後、遠く離れた星で新たな文明を一から築いた数万人。かたや、わき目も振らず技術革新に邁進してきた百億人。地球から新地球に持ち込まれた技術がそれなりにあったとしても、また地球の滅亡からリオナとフィオナが星を捨ててくるまでに万年単位の時間的アドバンテージが与えられていたとしても、垣間見えるその生活水準、文化的成熟の度合いは、僕のかつて暮らした地球と比べれば雲泥の差があるように思えた。どちらかといえば、そこにはある種の後退すらあったように見受けられる。けれどその一方で、地球人類があきらめるしかなかった一つの夢を、彼女たちは当たり前に持ち続けている。豊かさとは、いったい何だろう――自分で自分にそう問うてみたところで、もちろん簡単に答えが出るわけもなく、ぐるぐると目が回るような心地がする。
「ねね、エイジは、芋は食べたことあるの?」
何のてらいもなく話しかけてくるリオナの笑顔に、ものの見事に思考を中断させられる。
姉妹が涙ながらに身の上を語った例の一件以来、リオナはどういうわけか、二日目のあの態度が何かの間違いだったのかと思わせるくらい、普通すぎてかえって違和感を覚えるくらい普通に、僕に接してくるようになっていた。その真意は依然として測りかねるところではあったけれど、できるだけ互いを変に意識せず共同生活を送ろうとする意志は十分に汲み取れたので、僕もできるだけ、平常心を保つように心がけていた。
「芋……ねえ。合成じゃないのは、たぶん一、二度しか食べたことはないかな?小さい頃だったから、よく覚えてないけど」
「えー、合成って、あの、一昨日の?」
まさしく一昨日、僕の昼食のソーセージエッグに付け合わせとして合成されたマッシュポテトを、彼女は「一口ちょうだい」と言って(返答も待たず)ひとすくい取ってなめると、明らかに不満そうな顔をしていた。
「そんなの、絶対に人生ソンしてるってー。ねえ、畑の野菜ができたらさ、食べてみてよ」
「それは――まあ、うん、ありがとう」
願ってもない話なので内心では喜ばしく思う一方で、一度その味を知ってしまうともうプレート頼みの食生活に戻れなくなるのではないかという、一抹の不安が頭をもたげてもくる。
まあ、優劣の差ではなく、単なる好みの違いという話でしかないかもしれないし――彼女たちがその辺で採ってきて食べている木の実にしたって、明らかにすっぱすぎるし――などと自分の思考にブレーキをかけつつ、それでも高まる好奇心を抑えることはできなかった。




