第五話 告白
翌朝になってリオナとフィオナが語り始めたムラクモ1506e、現地では「新地球」と呼称されている惑星に形成されていた社会は、実のところ異文化という一言で片づけるには衝撃的すぎる要素をいくつも有していた。
成人するまで男女が完全に隔離されたまま生活する、という点については、昨夜の時点で父さんからも伝え聞いていたので、奇妙な風習とは思うものの新たな驚きを覚えるには至らなかった。問題は、住人たちが成人を迎え、共に暮らすようになってからのことだった。
「――つまり、一夫多妻制、と?」
確認する父さんの問いかけに義憤の色を見て取って、どこか申し訳なさそうに二人はうなずく。
「はい、なにぶんわたくしたちが星を出る百数十年ほど前から、男性の出生数が極端に減少していまして――種の保存のために、おおむね男女比を一対五程度とする『夫婦』を形成し、子を成していく。そうした形が、一般的なものになっていったそうです」
機械音の、それでもはっきりと不快感を表す溜め息を深くついて、父さんがひとりごちる。
「反吐が出るような話だ。純愛こそは、人類にただ一つ残された、良心の名残だったはずなのに」
あんなに多くの、いろいろな少女を模したグラフィックを取っ替え引っ替え楽しんでいたくせに――と、喉のあたりまで出かかった言葉を、かろうじて飲み込んでおく。そう、確
かに父さんは救いようのないロリコンオタクだったけれど、現実世界で愛したのはただ一人、母さんだけだったというのも事実ではある。ここは水を差すべきところではないだろう。
「わたくしたちの星には、そのような理念を持ち続けられる余裕などなかったのです。重婚か、滅亡か――そのぐらい、男子の出生率は低かったと聞きます。もちろん、それは八方手を尽くしてなお、解決しなかった問題で――人工授精も、人工子宮を用いた方法でさえも、男子を乳児まで育てられるケースが激減していった。その原因は不明ですが、母星とは異なる土壌によって遺伝子が徐々に傷つけられていたとか、あるいは元々そのような遺伝子しか『星の舟』の乗員は持ち合わせていなかったとか、いろいろな説が唱えられていたようですが」
「――つまり、そんな星での生活に嫌気がさした、あるいは滅びゆく運命に絶望した――君たちがこの地球を目指した理由は、そんなところか」
フィオナとリオナが扱いにくそうにしている話題をあえて先取りして、父さんが予想される結論を述べる。しかし、二人は相変わらず困ったような表情を保ったまま、ゆっくりとかぶりを振った。
「もちろん、新地球人類の先行きに不安があったのは確かです。それに、社会の仕組みにだって、違和感を覚えなかったわけじゃありません。ただ、それだけの理由で――人類の宝として守られ続けていたあの舟を盗んでまで――生まれ育った星を捨ててくるほど、ボクたちは浅はかじゃありません。
実際、もしあの星が滅びる運命なら、それで仕方ないとも思っていた。どういう形であれ、故郷のために生き、そして死んでいくつもりでもいた。ただ――」
「それすらも、かなわないことだと知ったのです。すべては、わたくしという存在が原因で」
歯切れの悪いリオナの語りを引き継いで、フィオナがどうやら最も触れたくないらしい核心へと迫り始める。
「新地球の民は、何十世代にもわたる混血の結果、全員が同じような外見をしています。細身で大きすぎない体格、浅黒い肌、そして金色の髪――まさしく、お姉さまがそうであるように」
なおも閉ざしていた扉を開いていくように、ふた呼吸ほどの間をおいてフィオナは続ける。
「わたくしたちは、近年の新地球では――と言っても、実際の時間では三万年は前の話ですが――当時としては珍しい、自然妊娠によって生まれた双生児でした。そして、その一人であるわたくしが、このような――このよう、な――」
白い肌を呪わしく思っているかのように自分自身の両肩を抱いて、フィオナはすすり泣きを始める。きっと何度も同じ苦しみを経験してきたのだろう、リオナもまた悲しげな顔で、しかし懸命に励ますような手つきで、妹の背中を優しくなでていた。
「――ボクたちは、異形の子として迫害を受けてきました。もちろん、人としての権利が丸ごと否定されたわけではなかったし、生きていくのに困るほどではなかったけれど――将来は誰とも結ばれることは許されず、ただ寿命が尽きるまで女子居住区を出ることはなく、疎まれながら死を待つ以外はない――そんな運命を、中央都市で暮らす両親から聞かされたのは、つい二年前――ボクたちが十四歳になった日のことでした」
いよいよその逃亡に至る経緯が明かされようというところで、フィオナがたまらず嗚咽を漏らし、それが落ち着くまでリオナも話を中断しなければならなかった。
「――十六歳の誕生日に、決行することを決めました。人里離れた巨大な洞窟の奥深く、ひっそりと安置されていた『星の舟』を奪い、地球へと逃れる。そして、母なる星で、それぞれ一人の女性として尊重される人生を送る――計画は、不自然なくらいうまくいきました。舟の置き場所はろくな警備もされていなかったし、乗り込んでパネルをちょっと触るだけで、あとは勝手に動き出して、洞窟を粉々にしながら飛び立った。何万年も前の遺物が、そもそもまともに動くのか不安だったけど、とにかく航行はうまくいった――唯一の誤算は、地球の人類が今にも滅びそうな状態に至っていたという、その点だったのですが」
言いさして、リオナもまた口元を手で押さえ、しゃくり上げ始める。
「――それでも、本当に良かった。男の人がいて、ちゃんとボクたちを人として認めてくれて。ここでなら、二人とも――きっと、幸せになれる」
その気持ちを確かめ合うように、姉妹は見つめ合い、そして抱き合うと、揃って大きな声を上げて泣き始めた。
彼女たちがその身に受けてきた苦難がいかほどのものか、断片的に語られた情報だけで推し量れることは限られている。けれども、とにかくそんな、控えめに言って命がけの旅を経てまでこの星にたどり着き、僕達と出会い、そしてそのことに安堵して涙を流している。その姿を目の当たりにすると、彼女たちを失望させるようなことがあってはならないし、新たな人類の歴史は幸せに紡がれていかなければならないという使命感はいよいよ強くなっていく。
「――僕も、君たちに会えて良かったと思う。改めて、これからよろしくね」
つっかえつっかえ発した僕の言葉に、それでも二人は、泣き笑いの顔ではっきりとうなずきを返した。




