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縛魔師と魔女達、その関係

「ひゃあっ!? ちょっアクタ、あんた何でどうして、机の下なんかにいんのよ!?」


 予期せぬタイミングで、予想だにしない所から姿を現した相手に、リンファは大きく身を引いて驚きの声を上げる。

 引きつった顔面から非難の眼差しを刺す彼女に、アクタは穏やかな笑みを湛えて、小首を傾げる。


「いやぁ、新しく入ってきた俺の嫁を、前妻な嫁がどう世話するか、陰からこっそり確かめたくてな。しかしまさか、お前がステラから他人の面倒を任せられる程に成長するなんて、主人としても育ての親としても夫としても誇らしいぞ、リン」

「だっから、あんたに育てられた覚えも、あんたの嫁になんかなった覚えも、金輪際ないッ!! てか、陰から確かめたいからって、ほんとに机の陰に隠れるようなヤツがいるかあっ!!」

「ま、ついでに健康チェックも兼ねてな。どうやら、ここの机の嫁達は足のむくみもなく、肌の艶や血色も比較的良いみたいで、俺、安心」

「朝っぱらから痴漢じみたことやってんじゃないわよ、この真性変態!!」


 仁王立ちしたまま怒声を飛ばすリンファに、アクタは肩を揺らして笑い返す。

 微塵の後ろめたさも感じられない、あどけない子どものような純朴な微笑み。

 そんな透き通った彼の笑顔を、周囲の魔女達は気だるそうに、煙たそうに流し見ていた。


 アクタの不意をつく登場に、それまで(なご)やかだった部屋の空気は、一瞬にして凍りついた。

 沸き返っていた甲高い喧騒は、波が引くように遠くへと去っていく。

 華やいでいた少女達の面持ちは、いずれも固く、ぎこちないものへと変わり、突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)へと冷たい眼差しを(そそ)いでいる。

 

 遠巻きに眺めていたグループは、それとなく横目で侵入者を睨みつつ、互いに険しい表情を突き合わせて(ささや)きを交わす。

 一方、彼のすぐ近くにいた数名は音もなく腰をずらし、可能な限り距離を置こうと試みている。

 

 今のところはリンファだけが、あからさまな罵倒や非難を相手に浴びせている。

 だが、アクタが魔女達の誰からも歓迎されていないのは、そうした雰囲気からして明らかだった。


 ありとあらゆる方向から刺される、敵意を帯びた無数の眼差し。

 その中心にあったアクタは、真横から投げられるリンファの罵詈雑言と合わせて、それらを涼しい顔で受け流し続けていた。


 周りの刺々しい空気にも(ひる)む気配は一切なく、彼は対面者の飛ばす口角泡を嬉々として浴び続ける。

 ふと、そのふやけた顔に刻まれていた糸目が、唐突に斜向(はすむ)かいのセリルへと向けられた。


「そういやセリル、昨日の夜は大丈夫だったか? もし、お化けとか怪物が怖くて一人で寝るのは心細いとかだったら、今日から俺が添い寝してやるぞ」

「そうなったら、あんたがケダモノになるっていうオチでしょ!? くっだらないわっ!!」


 代わりに提案を一蹴するリンファをよそに、アクタは薄い笑みを浮かべながら答えを待つ。

 自分を見つめる輝きに満ちた漆黒の瞳に、気圧(けお)されたセリルは思わず目を伏せる。

 一呼吸を置き、瞬時に気持ちを立て直した彼女は、アクタをまっすぐに見返し、首を横に振った。


「大丈夫。ちゃんと、眠れた。だから、あなたは何もしなくて大丈夫」

「んーそうか~、残念……。だが、いざという時のために、俺の部屋の場所と行き方を教えといて――」

「そうなったら、同じ寮の私達がちゃんと面倒を見ますから! だから、変態ご主人様は何も心配なさらず、おとなしく引っ込んどいてください!」

「ふむぅ、俺の嫁達が互いに身を寄せ合い、同じ床で一夜を過ごす……それはそれでアリだから、そうなったら是非、俺にも一声掛けておいてくれ」

「何がアリなのかは全然分かりませんけど、謹んでお断り致します」


 リンファの取り付く島のない返答に、アクタは無念の表情となって崩れ落ちる。

 腕組みをして冷たく見下げる少女の前で、失意と絶望に打ちのめされながら膝を突く青年。

 そんな、主従の関係が真逆にしか見えない二人を、セリルは横からただ呆気に取られて眺めていた。


「そんな、そんなのってないぜ……想像だけで済ませろなんて、とんだ生殺しじゃあないか――おっと、もうこんな時間か。セリル、お前に連絡だ。今日は午前、午後ともに個別の知能検査、体力測定、魔力特性判断の予定になっている。食事が終わり次第、事務棟一階の管理部へと出頭してくれ。簡単な手続きと健康診断の後、学園の施設を使った検査が行なわれるはずだ」


 四つん這いとなって嘆いていたアクタは、ふと自身の腕時計に目を留め、セリルの方を振り仰ぐ。

 直前まで悲しみに暮れていたその顔は引き締められ、真面目腐った表情へと改められている。

 急に厳格な態度を示す相手へと面食らう彼女に、リンファが代わって戸惑いの声を上げた。


「そんな!? 彼女はまだ、来たばかりよ! なのに、もうテストをするなんて――」

「俺のマスター様が、明後日から所用で時間が取れなくなるらしい。だから、早い内にこいつとの面談を行なうとすれば、明日しかない。となれば、今日の内に全部の検査を行なうしかないというのが、上としての判断だそうだ」

「だけど、普通初日はみんな学園とか授業とかの見学じゃない! セリルだってまだ疲れてるはずなのに、そんないきなりされたって実力を出せるはず――」

「悪いが、これは決定事項で、命令だ。これ以上の譲歩は、ありえない。本人も思うところはあるだろうが、こちらの決定には従ってもらう」


 固く、鋭い響きの厳命に、リンファの肩が短く震え、強張った。

 反論の余地をなくした彼女は、下唇を薄く噛み締め、面を伏せる。

 喧騒の止んだ食堂には、張り詰めた沈黙が広がっていく。

 微かな息遣いの木霊する広間には、声にならない、しかし肌を刺すような怒りと敵意が、静かに渦を巻き初めていた。


「リン、お前は基礎授業へと出る前に、彼女を事務棟へ連れていってくれ。説明は担当の奴がするはずだから、可能な限り早めにな」


 透明な棘に満ちた嵐の中心で、アクタは淡々とリンファに指示を出す。

 相手の無言を肯定と受け取った彼は、次いで傍らのセリルへと視線を移す。

 緊張から音もなく息を呑む彼女に、アクタは口早に言葉を投げ下ろした。


「セリル、お前も早く用意を済ませておけ。充分に食って力を付けるのも良いが、食い過ぎないようにしろ。たぶん、お前が思うよりもきつめの内容になるだろうからな。と、いう訳で俺がその食事制限に協力してやろう!」


 不意に砕けた声音で叫んだアクタは、素早くセリルの方に身を乗り出す。

 突然肉薄する相手に、彼女は思わず身を(すく)ませる。

 セリルが固まっている隙を突き、彼女の眼前へと顔を突き出したアクタは、その右手に持つスプーンに掬われたままとなっていたスクランブルエッグへと、勢い良く食らいついた。

 

 予想だにしない奇行に周囲が愕然とする中、アクタは姿勢を戻しながら小刻みに咀嚼(そしゃく)する。

 間を置かず、力を込めて嚥下(えんげ)した彼は、カッと両の目蓋を開いて絶叫した。


美味(うま)っ!? セリルの(つば)、めちゃ美味(うま)ッ!! 俺、最高の調味料、発見!」

「あ……あんた、ねぇっ!? 何を、デリカシーの欠片もない――」


 轟く絶叫に我へと返ったリンファが、快哉(かいさい)を叫ぶアクタへと怒りの形相で詰め寄る。

 襟首へと伸ばされる右手を、彼は上体を反らして(かわ)す。後方に移った重心を利用し、素早く相手から距離を取った彼は、そのまま広間の出入り口へと向けて駆け出した。


 脱兎のように逃げ出すアクタを、その場にいた全員が唖然として見送る。

 やがて、扉の脇へと辿(たど)り着いたアクタは、彼女達の方を振り返り、親指を立てて破顔してみせた。


「じゃあな、愛しの嫁諸君! 今日も仲良く楽しく、学業と遊戯に励めよっ!!」


 彼は朗々とした声音で別れを告げると、そのまま足早に廊下側へと滑り出て行く。

 騒々しい足音と気配が、遥か彼方(かなた)へと消え去った直後。

 食堂を満たしていた重苦しい沈黙が破れ、部屋は瞬く間の内に、轟々とした非難と悪口の群れに呑まれた。


 少女達は口々に、自身の主人の独断を(さげす)み、その人間性を(けな)していく。

 容赦のない批判の文句が行き交う中、リンファは直立不動のまま、アクタの消えた出口の方を睨んでいる。

 憎々しげに歪められたその横顔から、自らの右手へと目を落としたセリルは、握り締めていた食器をトレーの端へゆっくりと置く。

 スプーンに乗っていた卵料理は一片も残らず、全て綺麗に舐め取られていた。

 セリルの食欲は、彼女自身も驚く程に、少しも残らず無くなっていた。

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