魔女達の朝
翌朝、目蓋を照らす朝日に目を覚ましたセリルは、自分が眠っていたのだと初めて知った。
衣服に目立った乱れはなく、体にも特に違和感はない。
結局、彼女が眠りについた後も、アクタは戻っては来なかったようだった。
緩く、深いため息を漏らしたセリルは、ベッドから床へと降りる。
置時計の二つの針は、重なるように円盤の真下付近を指している。
昨夜、ステラは部屋を後にする際、明日の七時に迎えを寄こすと告げていた。
約束の時間まで、既に半刻も残されていない。
セリルは重い頭を振って眠気を払い、身支度のために洗面所へと足を向けた。
陶器製の清潔な洗面台に満たした冷水で顔を洗い、磨き抜かれた鏡を見ながら寝癖を押さえつけていく。
最低限の身嗜みを整えて部屋へと戻ったセリルは、奥の隅に鎮座していた棚を開く。
そこのラックには、昨日の夜に彼女を出迎えた少女達が着ていたのと同じ、赤と黒の色合いをした女性物の衣服が掛けられていた。
ステラから着用を言いつけられていたそれを、慣れない手つきで身に付けた直後。
突然、部屋の扉が外側から、やや乱暴な力で三回ほど打ち付けられた。
急に部屋へと響く打突音に、セリルはネクタイを結びかけた姿勢で固まる。
面食らった彼女が固まっていると、やがて大きな声が扉越しに響き始める。
「おーい、朝だよー、起きてるー? まだ寝てるなら早くしないと、朝ごはん抜きになっちゃうよ~!」
朗々としたその叫び声は、どこか聞き覚えのある、しかしステラとは違う、若い女性のものだった。
セリルが戸惑っている間も、その相手は呼びかけとノックを継続する。
最後には扉を破ってきそうなその勢いと気配に、セリルは慌てて返事をする。
急いで駆け寄り、鍵を開けたそこには、セリルより頭ひとつ背の高い、細身の少女が立っていた。
「あっ、なんだ起きてたんだ! あれ……もしかして、昨日全然、眠れなかったとか……?」
セリルの登場に驚いた彼女は、相手が既に着替えているのを見て、ふと眉を曇らせる。
心配そうにセリルを覗き込む、目鼻立ちのくっきりした端麗な顔の後ろには、長い黒髪の束が揺れている。
瞬間、セリルは目の前の人物が、昨晩アクタを蹴り飛ばしていた少女であると思い出した。
予想外の訪問者に驚きつつ、セリルは小さく首を左右に振る。
「ううん。よく、眠れた。昨日は、いつもより早く寝たから。だから、今日は少し、いつもより早く目が覚めただけだから……」
「そうなんだ、良かったぁ。いや、ここに来たばかりの人の中には、気分とか体調とか悪くなったりする子もいるから、ちょっと心配してたんだけど――えっ、と…… 」
淡々としたセリルの返答に、安堵の微笑みを返した彼女は、すぐに声を詰まらせる。
相手に、自らが捕獲され、商会の所有物となったという現実を、再び突き付けてしまったかもしれない。
不自然に引きつった彼女の顔は、そうした内心の動揺を、露骨に表へと現していた。
会話が途切れた二人の周りには、冷めた沈黙が立ち込める。
廊下の向こうからは、甲高い騒めきの残滓が流れてくる。
どうやら、魔女寮の他の住人達も目覚め、活動を始めているようだった。
周囲へと注意を向けるセリルの胸もとに、唐突に右手が差し出される。
驚きの眼差しを上げる彼女に、ポニーテールの少女は若干の緊張が残った面持ちで、口角を笑みの形へと持ち上げた。
「私はリンファ。今日は、ステラさんにあなたの世話を頼まれて、迎えにきたの。魔女寮とか学園の案内も頼まれているから、何か分からないことがあったら遠慮なく聞いて。どうぞ、よろしくね」
早くも気持ちと表情を切り替えた彼女は、挨拶がてら自己紹介をする。
朗らかで快活な笑顔を作るリンファの手を、セリルは躊躇いがちに握り返す。
「私の名前は、セリル……どうぞ、よろしく…………」
たどたどしく、囁くような声で答える彼女に、リンファは嬉しそうに黒い瞳の両目を細めた。




