演題:正義の剣(けん)と、正義の拳(けん)がぶつかり合う件について
大剣の戦士が野生のプニィを一刀両断する。重音を叩き鳴らし、大きな傷跡を地に残した。
打撃攻撃に強いプニィを一撃で倒せたのはなぜか。それは単純に力の差であり、レベルが倍以上も離れていたからである。
ここにいる3人の男たちは、みな2ケタのレベルに達していた。ゆえにたった6レベルほどのスライムなど肩慣らしにすらならない。
煌びやかな杖にローブの姿。lv10の魔法使いが口笛を鳴らした。
「ヒュゥ、さすがッスね」
「うるせえぞ! 俺らには次が無いんだ。それは、テメェも同じだろ?」
魔法使いの軽口に、先ほどプニィを倒したlv13の重厚な鎧を着た大剣の戦士は嫌そうに舌打ちをした。
この2人はあらくれの冒険者である。パーティーを組んだ冒険者から金を盗んだ罰として、ギルドから命じられて来たのだ。次が無いというのは罰として命じられたはずのモンスター討伐指令を全て行ったふりをしてサボッていたためである。よって今回は聖騎士が見張りをかねる形と併用されて戦闘に参加することになった。
「力を抜いてもいいんじゃないッスか? この程度のダンジョン、ラクショーッスよ」
幸先がいいと笑う魔法使いに、大剣を持った重鎧の戦士は無視するように黙る。
「2人とも静かにしろ。敵は近い。必ずや、倒してやるんだ……!」
銀の鎧の聖騎士が2人をいさめる。リーダーを務める彼こそは銀翼の聖騎士、ビスマス。ビスマスは静かに怒りを燃やしていた。
彼は恋人のことを想う。若くして夫を亡くした未亡人のこと。彼女はいつも泣いていて、それでいて不器用ながら娘のことを愛していた。彼女から笑顔を奪ったのは、すべてダンジョンだ。彼女の夫も不慮の事故でダンジョンに入ってしまい亡くなった。そして、彼女の娘は亡くなっただけではなく、今も生きる屍となって、ダンジョンマスターに操られているのだ。
ダンジョンは彼女から永遠に幸福を奪ったのだ。これを外道と言わずして、なんと言うだろうか。
茂る森を歩き続けると、光が差し込んでいる場所が見えた。おそらくあそこがダンジョンの中心であり、打倒すべき敵の住処だろう。
「行くぞ。――天へ剣戟を鳴らせ、正義は我らにあり!」
◇◇◇
ぬいぐるみ人形との同調が切れた。やつらは森を抜けて、小屋のすぐそばにまで来ている。
森を抜けてきた人影。銀の鎧の聖騎士を先頭に、魔法使い、大剣の戦士がいる。俺は仁王立ちして3人を出迎えた。
「貴様がダンジョンの主であるか!?」
「おう! そのとおりだ!」
「ならば我が誇りに賭けて、貴様を誅伐する!」
銀の鎧の聖騎士、大剣の戦士、魔法使いのそれぞれが身構える。その瞬間、俺の体中に力が湧き筋肉が大きく脈動した。『マッスル神の加護・剛筋の脈動』が発動する。毛皮が内側から破れ、中から出てきたのは筋骨隆々の巨漢。魔法使いと大剣の戦士が瞠目する。
「いきなりボスのクマが死んだ!?」
「違う、あれは人間ッス! クマの腹の中から、人間が食い破って出てきた!」
ちげーよ。
だが、いい反応でよかった。おかげで、全員が俺に目が釘付けだ。
「いくよっ! すぅ……、やあァァァ――ッッ!」
彼らを背後からイチイが速攻で奇襲する。魔法使いへ二連撃を与えた。
「うわッッ! いってぇっ!」
「フンぬぅ、セイヤッ!」
大剣の騎士が反撃に出る。スライムを一撃で倒した破壊の大剣がイチイへ迫る。
「とび出せ、びっくりアイテム!」
イチイの腰の袋の縫い目から紫色のドクダ・マグラが飛び出した。大剣の騎士の顔面に飛びつき、鎧のすき間から侵入していく。
「がぁぁっ! しまった、毒だ!」
「おのれ、悪のダンジョンマスターめ! 俺が出る、2人とも下がれ!」
「はいはーい。銀ピカのカッコつけ鎧さんは下がって くださいね☆」
銀の鎧の聖騎士が構えた剣先を、ホミカがアイテムボックスからカジキを飛ばして妨害する。
そして俺は走る。
「うおおぉぉ――! どォっ、せりゃァァ――ッッ!」
俺は大剣の戦士へタックルをかました。元来のステータスから打撃攻撃に特化しており、『マッスル神の加護・剛筋の脈動』により打撃のステータスが2倍に跳ね上がっている。そしてゴキブリを倒したことによる素早さの強化。加速した威力と、筋肉の力を込めた全身全霊の体当たり。それも毒で弱らせている状態での一撃だ。
「ガァハ――っっ!」
大剣の戦士は鎧ごと全身を砕かれながら吹き飛び、その勢いが強すぎて木を2本へし折り、力なく倒れた。大剣の戦士の体が徐々に光の粒になって溶け消えていく。
これでひとりを撃破する。
「俺は聖騎士と戦う! 魔法使いはお前たちに任せた!」
「りょうかいっ!」
「了解なのですよ♪」
これで俺はコイツと1対1になった。
「さあ、けしからん母親の恋人さんよォ。ちょっくらお話しようじゃないか。拳で語り合ってな!」
「おのれ……推して参る!」
◇◇◇
イチイとホミカが、敵の魔法使いと戦闘している。
「日は天より上りし永劫の瞳、神の熱き純愛に包まれ焦がれよ。 ――フレイムブレイズ!」
無数の火の粉が集まってきて、人間ひとりを覆えるほどの大きな火の玉になった。浮遊している火の玉はイチイ達との距離は離れているはずなのだが、その炎の余波は彼女達の肌を熱でピリピリと炙り舐めた。
「くはっはっはっ! 焼け死ねよ! シュート!」
大砲が爆発したかのような轟音と共に、火の大玉が疾走する。
「きゃぁっ、危ない!」
「はわわっ! マスコットフェアリーに本気すぎですよぉ!」
地響きを鳴らしながら突き進む灼熱の大玉。その跡は地面がえぐられて竜でも通ったかのような、巨大なわだちが出来上がる。無数の火の粉を散らして、周囲の空気を飲み込んでさらに燃焼して大きくなっていく。その大玉は生きているかのように旋回して戻ってくる。ターゲットはイチイであった。
「さあ、これも逃げきれるッスかねえ。――日は天より上りし永劫の瞳、神の熱き純愛に包まれ焦がれよ。フレイムブレイズ!」
2つ目の火の玉が作られた。猛火の大玉は全てを飲み干さんと、2つともイチイ目掛けて迫ってくる。片方はイチイへ着いて来るように追い、もう片方はジグザグに軌道を変えながら翻弄してくる。
「うぅ――っ! 動きが分からない」
「逃げないとまる焦げッスよ! ワンコ族ごときの分際で。おまえらはおとなしく焼け死んでいればいいんだよ。あっはっはっはァ――!」
その言葉にイチイは久しぶりに頭にきたと同時に、ダンジョンでの生活がとても心地の良い居場所だったのだと痛感した。
幼いイチイは父親に売られ、母親らしき人の記憶もあるが、すでにぼやけてしまって思い出せない。よって誰かに教えられたことはひとつもないため、自分の感じたことだけを信じて生きてきた。
そしてイチイはワンコ族である。ただ生まれがそれというだけで、汚いものを見るように刺す差別の視線にさらされて、また奴隷だからと暴力を振るう人たちとも会ってきた。ゆえに、生き物というものは他人を見下して愉悦を得て、他人の権利を捕食して生きていくものだと彼女は信じていた。
「だけど、それは間違っていたんだ……」
ゆえに彼と初めて出合ったときの衝撃は計り知れなかった。
食料や風呂の贅沢を見せびらかしているいやらしい人間ではない。悪いことをしたならば怒り、悪戯したら怒り、抱きついてみたら怒る。しかし、一緒に片付けてくれ、悪戯しても最後は笑って許す。抱きついみたらしょうがないなと撫でてくれる。彼はイチイにとって初めて対等な人間として愛情をくれた人物なのだ。
「そう。ご主人さまだけ、ちゃんと生きていた人間だったんだ……」
彼はとにかく優しくて、とてもイジワルで、素直な人間だった。
ワンコ族の耳を見ても、奴隷の首輪を見ても、だからなんだと本当に気にしていなかった。それは心が広いという意味ではなくて、おそらく本当に気にしていなかったのだろう。気にせずに奴隷の首輪を取ってしまうほど、本当の意味で自分の心に対して真っ直ぐに生きている人間だったのだ。
彼は自身の価値観で生きている。誰かからの価値観に押しつぶされない心の強さを持っている。だからこそ、平気でダンジョンを作ったりしたのだろうとイチイは思う。
ずっと一緒に生活してきて、イチイは彼の良いところをたくさん見てきた。イチイは自分の感じてきたことを重く信じているからこそ、心の底からこの人なら大丈夫だと気づけた。ゆえにイチイの安らぎは彼と共に在ることであり、ずっとその居場所にいたいと心の底から思った。
「だから……。イチイは、絶対に負けないんだからっ!」
舞い踊る火の大玉をイチイは果敢に避けていく。
このまま時間が経てば飛んでくる火の大玉の数も増えていってしまうに違いないと判断した。この勝負は速攻で決める必要がある。
イチイがホミカへ目でサインを送った。
「暑いのは大嫌いなのですよぉ。ややっと!」
ホミカがワンボックスからカジキを発射した。カジキに気が向いた一瞬の隙にイチイが魔法使いとの距離を詰める。
「当たれ、シャアアァァッ――!」
速度の乗った強烈な一撃。『剣戟音階』によって強化された烈爪が魔法使いを切り裂きにかかる。切り裂かれたローブから血が噴出する。魔法使いから血液の鼻を突くにおいがにじみ出る。
「無駄なのが分からないッスかねえ。 ――聖気の満つる至福の抱擁、この不浄なる傷をいつくしみ深き光で癒したまえ」
魔法使いが光に包まれる。それは回復魔法であり、イチイ達の連携を嘲笑うかのように傷が癒えていった。
「2人とも、出番だよ!」
ぬいぐるみ人形がカジキの剣を持って飛びかかり、そしてワンテンポ遅れてプニ太郎が奇襲する。回復する隙を狙った二段構えの攻撃。
「ああ、ソレか。余裕ッスよ」
それを嘲るように魔法使いは口元を上げた。
◇◇◇
「貴様が倒した大剣の戦士。あいつは口が悪い冒険者だったが腕前は確かだった。それを一撃で葬り去ったのなら、僕は貴様に容赦はできない」
そう言って、銀の聖騎士は呟いた。
「I will follow the mother of the madness of love, I had to follow the father of hellbent.(母の狂愛、父の暴勇に追従し、)
I am stupid, I am an early age, so I lost sight of ego.(わたしは愚かで、わたしは幼く、わたしは我を見失う。)
When the ego is the whole body was stained with blood by the mad love and hellbent, finally I met with the ego, I have met with God that existed within the ego.(狂愛と暴勇に引き擦られ滴る血に染まるとき、ようやくわたしは我に出会い、わたしは我の中にいた神と出会えた。)
O God, I want to tell this prayer to you.(おお神よ、この祈りを聞いて欲しい。)
If you are my appearance at that location is visible, please give me the courage to take off.(そこからわたしが見えるなら、どうか飛び立てる勇気をください。)
I will give it to you. Silver wings of ego it lead you to the sky――(ならば授けよう。汝を高みへ導く自我の銀翼を――)
Arousaler ――Angel embracing! (超越覚醒 ――聖光舞い降りし銀翼抱擁!)」
そして聖騎士の背中に翼が生える。それは銀色の天使の翼だった。羽毛のように優しげなやわらかさを感じさせつつ、刃のような鋭い冷たさを秘めている。
聖騎士が翼を広げると、空から羽根がちらちらと降ってきた。その美しさに目を惹かれ、空が湾曲しているかのような錯覚すら感じた。
「さあ、こちらからいくぞ!」
翼を羽ばたかせると、一瞬で距離をつめてきた。剣先が俺を目掛けて迫ってくる。
「ナメんじゃねーぞ! オラッ!」
拳が風を潰し、唸りをあげる。俺の拳の勢いから生まれた風圧が聖騎士ごと潰しにかかる。
剣が風を切り、鋭い音を奏でる。聖騎士の鋭剣が立ちふさがるもの全てを切り裂きにかかる。
「オッシャァッ! オラオラオラッッ!」
「はぁ――ッッ!」
乱打される拳の風圧により、地面は爆心地のような大穴を穿たれていく。鋭剣から繰り出される波動が地面を深く切り刻んでいく。
「うおおォォ――ッッ!」
「フッ!」
俺の拳を聖騎士が華麗に避ける。外した拳による拳圧が、地面をえぐり削っていき、その先にあった木々を粉砕した。
余波ですらこれほどの破壊力なのだ。闘気を乗せた拳には重戦車の砲撃のような破壊力が秘められている。当たったならば、文字通りに必殺の一撃である。
しかし……!
「一発も当たらねぇだと……?」
俺はレベルこそまだ低いが、神によるチート補正が入っている。その攻撃がまったく当たらないのは素直に驚いた。
「お前はアラウザルを知らないようだな。教えてやろう」
「ずいぶんと余裕なんだな」
「それが僕の正義だからだ。アラウザルは自分の心を克服した者だけが得られる奇跡の力だ。そして僕は、自分の正義に従うほどに強くなれる。それがこの翼に賭けた僕のルールだ」
正義を媒体にしたアラウザルを使ったからこそ、その力を充分に発揮すべく自分の正義を全面的に出さなくてはいけなくなった。ゆえに正直に教えてくれたようだ。誰にでも真摯に向き合って、正義を実行する心がこの翼の力の正体らしい。
「アラウザルの内容は個人ごとに違う。僕の場合は、その胸に傷と共に刻んでみろ」
「だいたい分かった。要するにチートvsチートってわけか。俺の正義とお前の正義。どっちが真っ直ぐかの勝負ってことだな!」
「貴様に正義などあるはずはない、悪党め!」
「悪党に踊らされているテメェに言われる筋合いはねぇんだよォッ!」
空から降ってくる銀の羽根を気合いを乗せた拳圧でぶち抜いた。
拳が当たらなかったのは、おそらく銀の羽根が反射しあって距離感がつかめなかったからだ。拳撃の風で一直線に聖騎士までの道が切り開かれた。
『――舞いふぶけ、聖戦を賛美せし祝福の息吹。銀の抱擁にて切り刻まれよ!』
聖騎士が手をかざすと、一斉に羽根が風を切って飛んできた。刃の豪雨に降られているかのように体を切り刻んでくる。
「小細工なんかうぜぇんだよ! ウオオォォ――ッ!」
俺は血飛沫を散らしながら突き進む。
「っしゃァ、だぁリャァ――っ!」
聖騎士の腹に拳を叩き込んだ。しかし、手ごたえは軽い。
聖騎士の翼がふわりと動いて後方へ飛翔し、打撃の勢いを受け流していた。
「おい、あの一撃をくらって生きてるのかよ」
「それはこちらのセリフだ。攻撃をいなしたはずだが、かなり効いたぞ。何者なんだ、お前は……!?」
「別っつに。俺はぐうたら大好きなダンジョンマスターだ。ついでに、あのミーヌっていうけしからん幼女を助けるって決めたんだ。お前が正義を背負っているように、俺も正義を背負っている。俺が気になった奴ら全員を、俺の望む運命に引き摺りこんで助けてやる。その強欲こそが俺の正義だ」
「助けてやるだと? その娘を傀儡にしておいて、何をほざいている」
冷ややかに睨みつけてくる聖騎士。まったく、コイツは本当に面倒くさいやつだ。
「あのさぁ。おまえ、アイツの母親に会ったことがあるんだろ。何も感じなかったのか?」
「あのお方は、お前がアイツ呼ばわりしていい人間ではないぞ。失意の中を生きていき、わずかな希望にすがりつき、それでも懸命に生きていく立派な人間だ!」
「あのクズがそんな大層な人間のはずねぇよ。なあ、ちょっとはソイツの言っていることがおかしいと思わなかったのか。おまえ、ソイツの子供に会ったことがあるのか?」
「くだらない挑発で彼女を貶めるな。彼女の全てを奪ったお前が言うなァッッ――!」
激しい罵声を言い合いながら剛拳と鋭剣がぶつかり合い、火花を激しく散らす。
俺は剣閃で全身の肉を切り裂かれながらも突っ込んでいく。
「だから! 目を覚ませっていってんだろうが! このバカ野郎がァァッ――!」
豪拳と剣閃が、そしてお互いの正義が激しくぶつかり合う。戦いはより激しさを増していった。