改題:正義(せいぎ)と、正義(ジャスティス)がぶつかり合った件について
◇◇◇
回復の隙を狙ったぬいぐるみ人形とプニ太郎の二段構えの奇襲。魔法使いは初めから気付いていたかのように鼻で笑いながら回避した。
「冒険者は外道な輩が多いッスからね。回復してる間に味方からの奇襲なんて何回避けたと思っているッスか? 殺気がプンプンしてちゃ隠れている意味が無いッスよ」
見切り抜き、勝利を確信して嘲笑う魔法使い。
「じゃあ殺気が無いならどうなのかしらね。三段構えだったとしたら?」
決死の覚悟で飛び込む影がひとり。
魔法使いがふり向く前に、オウレンが『アイテム』を使う。
「いきます! えいっ!」
オウレンが魔法使いへアイテムを投げつけた。発動したアイテムからフラッシュがたかれる。しかしそれしか変化が見られない。
「不発ッスか? のこのこと現れて、そんなに焼かれたいんスかねぇ! ――聖気の満つる至福の抱擁、この不浄なる傷をいつくしみ深き光で癒したまえ。あれっ、間違ったッス!」
反撃のチャンスを魔法使いは悠々と見逃して、誤って回復魔法を唱えてしまった。
それもそのはず。オウレンが発動させたアイテムは『テラいいね!』。相手の行動を繰り返しに固定してしまう効果がある。
「今よ、イチイちゃん!」
「ヤァァッッ!」
魔法使いをイチイが連続で切り刻む。
「ぐぁッ! でも、回復しているから死にはしないッス! ――聖気の満つる至福の抱擁、この不浄なる傷をいつくしみ深き光で癒したまえ。ああっ、また!」
「回復して倒せないのは分かってる! だからこそ、これはわたしの役目なんだ!」
イチイの速度が上昇していき、攻撃もより鋭くなっていく。
たとえ体力(HP)が回復したとしても、体力には上限があるはず。裏を返せば体力(HP)以上の一撃には耐えられないということだ。
イチイはそれを狙っている。敵を一撃で葬り去る威力にたどりつけるまで無我夢中で攻撃し続ける。剣戟音階で高まる攻撃力が、敵の体力(HP)を越えるその瞬間にたどり着けるまで、がむしゃらに攻撃し続けていく。
「グガァッ! こ、コノやろう――っ!」
「やあァァ――――ッッ!」
攻撃するほどに素早さがあがり、連続で攻撃する回数が増えていく。最初の1秒で2連攻撃。次の1秒で3連攻撃。次の1秒で4連攻撃。連撃をどんどん重ねていく。
現在のダンジョンメンバーの中では最下位のレベルであるイチイ。しかし、彼女だからこそ2桁の大台に乗ったレベルの強敵へ、ただ1人だけ下克上を狙える存在だったのだ。
「繰り返しが治った! くっ、この犬っころめッ!」
振り上げられる杖。たとえ打撃攻撃が苦手な魔法使いという職業であっても、冒険者を名乗るからには相応の杖術も使える。その威力は充分に撲殺できるほどである。
しかし、ぬいぐるみ人形が割り込んだ。カジキの細剣で魔法使いの手を刺し突いて、握力が弱まったところでプニ太郎が杖に喰らいつく。
「杖が! でも、チェーンメイルを着ているからまだ耐えれるッス!」
「そのヨユーを、潰してあげますよ☆ てややややっと!」
ホミカがカジキを発射して、ローブを地面に縫いつけた。魔法使いは移動ができなくなる。
「あなたが動けないなら、女の細腕でもあなたを捕まえられるでしょうね」
魔法使いの背中へオウレンが掴みかかり、魔法使いの行動を完全に封じる。
「なに!? このやろうっ!」
「うぅ! イチイちゃん、はやく!」
「おおぉぉォォ――ッ! やァッッ!」
無抵抗な魔法使いにイチイの渾身の攻撃。それは無防備状態の敵への全力の一撃であり、いわゆるクリティカルヒットが入った瞬間であった。会心の一撃が、ローブの下に着ていたチェーンメイルごと魔法使いの体を切り裂いた。
「そんな、こんな低レベルのやつらに……バカな……っ!」
数が多いとはいえ、圧倒的なレベル差があったはずの魔法使いが勝負に敗れる。彼は光の粒になって消えていった。
◇◇◇
大気ごと押し潰す拳撃と、鋭い剣線が舞う。
「オオぉぉ――ハァ――ッッ!!」
「フッ!」
また避けられる。これで何度目だろうか。
打撃攻撃が決定打にならない。それは俺にとってはまさに天敵であった。
聖騎士は鳥のように飛べはしないものの、その翼で人間とは思えない軌道で高速で動き回る。そして、まれに拳が入ったとしてもまるで暖簾に腕押しのような感覚だ。
最初こそ拮抗していたものの、徐々に戦況はこちらが苦しくなっていった。おそらくこれは根本的な問題。素直に技術力が違うのだ。つい最近チートを手に入れた俺と、血の滲む努力で掴み取ったチートの聖騎士。例えるならば、同じチートという名剣を手に入れたばかりの新米と、チートという名剣を使い慣れている熟練の達人。その挙動ひとつにずつ込められた完成度の差が、延長戦になって明らかになってきたのだ。
「僕が正義を背負っている限り、貴様は僕を傷つけることはできない」
「クソっ、こんにゃろう!」
これが聖騎士の恐ろしさである。『正義は必ず勝つ』という信念。これをアラウザルというチートで具現化させたものなのだ。
聖騎士が悪と見定めた敵が強いほどに聖騎士はより強くなっていく。この世に存在する悪を討つために、正義はどこまでも強くなる。単純な式であるが、敵としてはこれほど厄介な存在はいない。
「貴様、戦い慣れていないな。動きが単調すぎる。まるで時間が経つごとに弱っていくようだ」
さらに攻め手も少なく戦うほどに攻撃が読まれていく。時間が経つほどに徐々にこちらからの攻撃が当たらなくなってきた。
「クソッ! オラァァ――ッ!」
逆に言えば、それほどまでに不利な状況にも関わらず、単純な力押しでほぼ拮抗できていたというのは、筋肉チートはかなり上位のチートであるという証明なのかもしれない。
だが、いま大切なのは勝敗である。鍛えなおせば勝てるとか、潜在的にこちらの方が強いとかは全く関係ない。この大勝負、今を勝てるかどうかで全てが決まってしまうのだ。
「はぁ――っ、はっ――ぁ!」
浅いとは言えない切り傷が増えていき、次第に意識が霞んできた。血を流しすぎたらしい。吐いた息には血の香りが混じっており、全身を動かすたびに体の芯が悲鳴をあげる。もうそろそろ限界かもしれない。
それを、戦いのプロである聖騎士が弱った瞬間を見逃すはずが無い。
「意外と戦えたな。聖騎士と戦えた誇りを胸に抱き、死ぬがよい」
終わりを告げる剣が振り上げられた。脳天から叩き切ろうと、いま、剣が振り下ろされる。
それを救ったのは、屋根から放たれた『黒いウサギ』の銃声だった。聖騎士の肩から鮮血が噴きだす。
「ぐぁッッ! 当たった、馬鹿な……!?」
翼に賭けたルールは『自身の正義に従うこと』である。しかし、仮にその願いにわずかながら不純物が混じっていて、それが彼の本心にとって不本意であり、なおかつ彼にとっての正義では無かったならどうだろうか。
「わたしは、もうわたしを諦めない……!」
黒ウサギの着る毛布の姿。小屋の屋根の上に伏せて、狙いを定めるミーヌ。彼女の瞳には、消えたはずの火が再び灯っていた。
ミーヌと俺の視線が交わる。
「あなたが救ってくれたからこそ、わたしは生き残ることができた。あなたが厳しくても本当に正しい言葉を教えてくれたからこそ、わたしは生きるのを諦めずにいられた」
これが嘘つきの母親の証言どおりに、本当にゾンビ化して眷属だったならそれを倒すべき正義として聖騎士は力を得ていただろう。どんな攻撃にもびくともせず、無敵の力で全てを屠っていたはずである。
黒いウサギがガチャリと銃を構え、聖騎士へ向けた。
「わたしはここで生きます。この命に代えてでも、この場所を守り抜きたいからっ!」
今までとの決別を言い告げ、決意を込めた銃声が鳴り響く。
「届いて! わたしの英雄を助けるために!」
ミーヌの弾丸が光の尾をなびかせて、聖騎士の肩を貫いた。聖騎士はダメージを受けたという事実に再び唖然とした。
彼のアラウザルの本質は『正義は必ず勝つ』という願いを『実現すること』である。あの母親に頼まれた『無罪の子供を救いたい』という無垢の正義。その願いを翼に賭けてしまった正義こそが彼の最強の盾でありながら、彼の最大の弱点でもあった。正義を糧に願っていたからこそ、己が願っていた正義により『無罪の子供を救うため』に自身が打倒されるのだ。
「ナイスだ。行くぞ……うおおぉぉオオォォ――ッッ!」
ありったけの力をふりしぼり、聖騎士のもとへ吶喊していく。
――レベルが10に上がりました。新しいスキルを得ました――
スキル NEW!
覇道豪腕拳
魔力(MP)を全て消費する。相手が反撃を構えていたなら必ず受けてしまうが、このスキルは必ず当たる。相手の打撃防御を無視して、あなたのレベルと打撃攻撃を足した値を2倍した固定ダメージを叩き込む拳撃ができる。
レベルアップによって、体が内側から変わっていく感覚。ギアが一段上がり、猛烈なパワーが湧いてきた。
「っしゃあ! オラオラオラァ――!」
「なんだと!? くぅ、キ、キサマ! 急に強くなっただと!? ふざけるな!」
時間が経つほど有利になるのはそちらだけではない。
これは、ゆいいつ俺だけの例外事項だ。俺は目の前の敵を倒していないにも関わらずに、突然にレベルアップする可能性がある。不屈の剣によるゴキブリ討伐システムと、神の加護による取得経験値上昇によって、小さな経験値の積み重ねであるが常に大量の経験値を得ている。特に今はまだ低レベルなのだから、なおさらに上がりやすい状態だった。
ゆえにこれは安っぽい奇跡なんかではない。いつかはなるものだった積み重ねがたぐり寄せた必然の類の偶然である。そして、ミーヌがいたからこそ、ギリギリで俺の命が繋がった瞬間であった。
「さあ、いくぜ! この一撃で、全てを終わらせる!」
俺は新しく覚えたスキルを発動させる。させまいと剣を振るう聖騎士。
「くぅっ! このぉぉ――ッ!」
聖騎士の反撃の剣が俺の肩に突き刺さった。
「よし、やったか?」
肩口から、沸騰するような熱い血液が噴出する。俺は自身の血を浴びながらニタリと笑ってやった。
「ヘッ、効かねーんだよ、キザ天使野郎」
「なんで効かないんだ! あんなに弱っていたのに!?」
「効いてるさ。泣きたいほど痛いさ。でも、お前も分かるよな。正義を背負ったなら負けられない。おまえの胸にもあるだろ、熱い正義の心が。何度でも、幾度も死にかけても、背負った重さを感じるたびに、応えたいという想いが蘇る。またあっつい熱が燃え上がってくるんだよ!」
俺を動かす熱は倫理のともった正義ではない。よこしまな存在として生きている俺たちの願いがこもった正義の熱量だ。
俺は拳をギシリと音がなるほど硬く握り締める。
「しっかり受けてみろよ、この拳にかかっている想いの重さを!」
ミーヌのおかげで先ほど覚えることができたスキルを発動させた。
燃えているかのように筋肉が真っ赤に染まり上がり、皮膚の下から血管が太く浮き上がる。濁流のような血液の勢いに体中の毛細血管が千切れ飛び、血の汗となって滲み出ている。それどころか、筋肉に宿る熱量によって血液は蒸発し、真紅の煙を滾らせていた。
むさ苦しいだろ。暑苦しい筋肉だろ。だからこそ、こいつには最高温度の熱がこもっているんだ。さあ、お前の胸に焼き付けてみろ。
「――覇道豪腕拳!」
ごつい筋肉の拳が聖騎士に突き刺さる。その拳に宿る力は燃えるような熱がこもった正義の願いの重さだ。
時が一瞬だけ止まったかのように、ゆっくりと聖騎士の体が持ち上がる。
「グゥ、ごはぁ――っっ!」
神から直伝のチートは伊達ではない。アラウザルを越えた筋肉の豪腕。
俺の拳圧と拳の打撃力により、聖騎士はきりもみをしながら吹き飛ばされていった。その勢いは止まらない。拳圧の豪風に体中を旋転され、木々に体を叩き付けるがそれでも勢いは止まらず、何本も木々を貫き倒していった。
「うぅ――っ、はぁ――っ。ぐはぇ、ごほっ!」
敗北したはずのその体は光に溶けなかった。代わりに聖騎士のふところから光の玉がふわふわと浮いて、それが身代わりとなったように割れた。
「へぇ、起死の宝玉か。いいモンを持ってるじゃないか」
王子時代の勉強の名残りでレアアイテムは知っている。あれは持ち主の命の代わりに身代わりとなって砕けるアイテムで、持ち主は体力(HP)1で耐える効果だったはずだ。
「まさか、これを使うことになるとは……」
「まだ続けるのか?」
「いいや、僕たちの負けだ。確認しなければならないことができた。それまで死ぬわけには行かない。お前の命、それまで預けておこう」
聖騎士は敗北を認め、銀の翼をひと羽ばたきさせる。きらびやかな銀の光をふり散らして姿をくらませた。
◇◇◇
やっと戦いが終わった。屋根の上にいるミーヌへ目を向ける。
「倒せたな。お疲れさん」
「はいっ」
でも、その表情はどこか強張っていた。どうしたのだろうか。
「あの……意外と高いですね、ここ」
「そういえば、はしごが無いのによく登ったな」
「うぅ……」
降りられなくなったらしい。
「手伝うか?」
「でも、その……。怪我は大丈夫ですか?」
「死ぬほど痛い」
「じゃあ、このままで……」
「いいわけあるかよ。よっと」
筋力で大ジャンプしてミーヌのいる屋根に飛び乗った。屋根から見える景色はすでに夕焼けに染まっていた。
イチイがこっちに手を振っている。俺が手を振り返すと、もっと元気よくぶんぶんと振り返してきた。オウレンは疲れたようにその場に座っていて、ホミカはその小さな体でぬいぐるみ人形の上でダレていた。プニ太郎は棒状の何かをもにゅもにゅと咀嚼している。
「いい眺めだな」
「はい。ごめんなさい。わたしがいたから戦いになって……」
「ここにいるつもりなんだろ。じゃあ、家族みたいなもんだ。気にしていない」
「家族、なら……」
どこか言いにくそうで、それでいてひっそりと期待している瞳でミーヌが見上げてくる。
「おにいちゃんって呼んで良いですか」
その発言は、女嫌いの俺を凍りつかせるには充分すぎる威力があった。俺は言葉を詰まらせる。
「……いいぞ」
でも、これは仕方が無い。ミーヌにとって大切なことなのだろう。そしてもちろん俺も、誓った事には最後まで責任をもつ。この子が選んだ意志を最後まで見守って尊重しよう。
「えっと、あのね」
「なんだ?」
ミーヌは胸に手を当てて、溜めた言葉を飲み込みかける。言おうかと戸惑っているようだ。
きっとこれは新しくミーヌが始まるための重要な決意なのだろう。俺はミーヌを急かさずに、続く言葉を静かに待った。
ミーヌはちょっぴり恥ずかしそうに はにかみ、そして決心をこめて頷いた。
「お、おにいちゃん」
生まれて初めて言った、本当の家族を呼ぶ言葉。拒絶されるかもしれない怖さと、恥じらいで言葉が微妙に震えていた。
「なんだ」
子供の小さな背丈。俺は、かがんでミーヌと視線を合わせる。2人の視線がからみ合うと、ミーヌは恥ずかしそうに頬を赤く染めて微笑んだ。
「ちょっぴり甘えていい? みんなのところに行きたい。連れて行って」
「それは甘えたうちに入らないだろ。もっとマシに甘えろ」
「うぅ……。甘えるの、難しい」
「ははっ、残念だったな」
俺はミーヌをくしゃくしゃと撫でると、ミーヌは目を閉じてほにゃりとなった。そこには出合ったばかりの時と同じような、表情の乏しい人形のようなミーヌはいない。ただひとりの女の子がいた。
そのまま撫で続けていると どこかくすぐったそうに、それでいて幸せそうに笑う。いいや、幸せというよりも、しゃ~わせ~って感じに顔がとろけはじめていた。
「さて、そろそろ行くか。あの場所に、連れて行ってやる」
「ふぇ!? あっ、うん。行きますっ!」
ハッと顔がゆるんでいるのに気づいて、わたわたしているミーヌ。それがとてもおかしくて小さく笑ってしまった。
俺はミーヌを抱きかかえる。ミーヌは抵抗することなく安堵したようにそっと俺に身をあずけてきた。重なり合ったぬくもりを、俺は落とさないようにぎゅっと抱き寄せる。俺達はイチイ達が待っている草原へ降りた。




