交信:新しい変人と出会った件について
煙突がもくもくと煙を吐いているプレハブ小屋を開けると、金属を打ち鳴らす音が出迎えた。
圧倒的な存在感をもった機械の体躯。その体中から水蒸気を勢いよく吐き出している。燃え立つように明滅する双眸は、真剣に鍛冶へと向き合って鋭い光を発していた。
「ほぉ。よいよ ちんまい客も来おったか」
何を言っているのだろうかと思ったが、足下のハッハッハッという息づかいで分かった。
それは一匹の小犬型のモンスターだった。その名は《まめチワワン》。ふさふさの毛のモンスターで、蔓状の首輪に付いた緑豆は、気を許した仲間にプレゼントする習性がある。その豆は栄養満点でとてもおいしいと聞いている。
「こいつ、なんでここに来たんだ?」
「コウカ嬢ちゃんの円盤星図じゃ。ワヤになったけん、我が修理しちょったんじゃ。引き取りに来おったかァ。ええ子じゃのぅ」
「コウカのやつって犬は嫌いそうだが、どうなんだ? アイツ、たまに掃除にうるさいんだぞ」
しっかり者であるからか、お嬢様あがりであるからか。あるいはその両方が原因かもしれないが、家が汚い状態をひどく気にしていたのを知っていた。
ゴミ掃除屋のプニ太郎と仲が良いのはそこで通じ合ったからかもしれない。あいつ、たまにブツブツとプニ太郎にしゃべりかけてるし。その一方で犬や猫などの抜け毛が気になる動物は嫌いな印象があった。
「ん? この犬。コロコロを提げてるぞ」
どこに行ったのか行方不明になっていた掃除のコロコロが紐付けされていて首に提げられていた。
そして まめチワワンがコロコロを口で持って、自分の体をコロコロする。
犬がしたり顔で「どやぁ!」としてきた。
「ちょ、調教済みだと・・・・・・!?」
「アッハッハッッ。ええのぅ! ええ教育受けちょるのお! さっすがお嬢じゃわい!」
ひとしきりに笑ったところでポンコツ丸の腕から円盤星図が射出された。まめチワワンはフリスビーのように口でキャッチして、受け取れた任務を嬉しそうに噛みながら出て行った。
「で、俺を呼んだ理由は?」
「そうじゃった。今日はそこの角にあるソイツじゃ」
ポンコツ丸の視線の先には、袋詰めされた鉄のインゴット。町のギルドマスターの依頼でテトロのダンジョンである天金山から採れた鉄を精製したものだった。
最近はポンコツ丸が精製したインゴッドを運ぶのが俺の日課になっている。
「鉄でも良いんだが、たまにはこう面白い物は無いのか?」
「場所や材料じゃのぅ。アダマンタント、オリハルコンの作り方は知っちょるが、ちぃとばかし工夫が過ぎるけェどうしたもんか」
「作れるのかよ!?」
条件があるがとポンコツ丸は付け加えた。アダマンタントの材料は白金、鋼鉄、高濃度エーテルなのだが、そこにエーテル高炉という施設がなければ無理らしい。オリハルコンは高炉が無くても良いが、アストラル鉱石とサングカシンという神秘物質が必要とのこと。
「結局は金属じゃけェ条件整えて、あとは適当にブチまわしゃァ良え。魔力抵抗差の細かい計算は必要じゃがのぅ」
「ああ。だから白金はこの世界じゃ高価だったんだよな」
ほぼすべての金属に魔力は平等に通伝するが例外もある。たとえば白金、サングカシン、高濃度エーテル、アストラルによって、魔力抵抗に差を付けることができるのだ。この魔力抵抗差を作るのに一番使われているものが白金であり、だからこそ白金は高価である。伊達に金貨よりも上ランク金属として扱われているのではないというわけだ。
魔力抵抗差があれば魔力を通したときにギミックが発動できる仕組みを作ることができる。
たとえば魔力を通すと《伸びる槍》を造るとしたなら、まずは円盤状に金属を加工する。そして円盤の外側はすぐに魔力が通じて伸びる仕様にし、中央に行くほど抵抗を造って魔力を通じにくくする。すると魔力を通すと全体が伸びて最後に真ん中が伸びるから槍のように尖った形になるという訳だ。
要するにカラクリじみた物を造るには、連鎖的に動いてもらうためにわざと通伝に抵抗を付ける必要があるということである。
「そうじゃ。見本を造って余ったけェ、あんやんも持ってけばええ」
ポンコツ丸から円盤星図を投げ渡された。
これは星を見て自分の居場所を知る物。星を使った方位磁石のようなものだ。空に目的の星を合わせると、チェック印が示す方向に沿って歩いて行けばいいらしい。
「って、なんだよこのアルゴ座なんて。ケルベウス座? アンティノウス座? 分からんな」
知らない星座ばかりだ。よく考えてみれば異世界なのだから当然だろう。今の俺にとって用途が無いなら、あとでオウレンの融合に使うかもしれないと思った。
◇◇◇
鉄のインゴッドを業者にわたし終わる。一息つくために公園に向かってみることにした。
子供の無邪気な声。夏の陽光が燦々と新緑の芝生に降り注ぐ公園。はしゃぎ回る子供達と、その様子を見守る親の穏やかな笑顔で公園は満たされていた。
涼やかな木陰を見つける。俺は和やかな空気に浸りながら、途中で買ってきた氷水に口を付けた。冷たい感覚が喉を通り越す。
「ずいぶんと平和になったじゃないか」
「はぁ!? マッスル神? なんでここにいるんだよ」
そこにはたくましい筋肉を紺のスーツで包み込こみ、ピチピチに着こなしているマッスル神がいた。
あの全てを引っ張るような強引な熱気は今は感じられず、筋骨隆々の体から溢れ出てたむさ苦しい体臭すらも感じられない。
「おまえ、その格好は・・・・・・?」
「正装だが?」
「だが?じゃねぇよ!! おまえのトレードマークの変態さは!? パンツ一丁は正装じゃ無かったのか!?」
「いや、アレが正装なのはマズいだろ」
「真顔で言うなよ! そうだけどおまえが言うなよ! いったいおまえはどうしたんだ!? つーか、そもそも何でここにいるんだよ!」
「目上の者が来るから仕方ない。ここにいるのは待ち合わせがあるからだ」
忘れがちではあるがマッスル神は『神』なのだ。その神であるコイツが畏まって正装する相手とは何者なのだろうかと興味が湧いてきた。
その瞬間、空が砕けた。鏡が割れたような鋭い音と共に、爆音が空から降ってきた。
バイクがエンジンを唸らせながら着陸した。黒ベースの銀色ボディで真っ直ぐなハンドル。ノーズからタンクまでが一体となっているデザインで、まるで日本刀を連想させる鋭さをもったバイクだった。
「カッカッカ! やァバイクはいいねェ! 心が揺さぶられる!」
しわがれた老女の大声。品性の欠片もない笑い声の発生源はバイクに乗っていた老婆からであった。
皮と金属で造られた真っ赤なライダースーツ風味のジャケットとジーンズのカジュアルな姿。老婆は身に着けていたゴーグルを外して首に提げ、薄汚れた白髪の長髪を掻きあげながら、いつの間にか持っていた大きな骨付き肉にかぶりついた。
「おっ大ババさま。その手に持っている物は・・・・・・」
マッスル神は辛うじて声を絞り出せたのだろう。若干に震えた細い声で問うと、老婆はニヒルな笑みを返した。
「恐竜の肉」
「生態系に変化が出ます。あの次元での狩りは――」
「どうせ死ぬんだから。ったく、坊はうるさいねェ。細かいこと気にしてたらこの新世紀じゃ生きていけんよ」
「坊呼ばわりしないでください」
「今更かい? カッカッカッ!」
コイツはヤバイやつだと本能的に察した。今なら知らない人として押し通せると、公園から脱出しようとそっと一歩を踏み出したが、マッスル神を坊呼ばわりする謎の老婆と視線が交わってしまった。
老婆のくちゃくちゃと肉を咀嚼する口を止まる。何か不穏な圧力を感じて、背筋に寒気が走った。
「初めまして、です」
「カッカッカ! 取って喰いやしないよ。で、坊や。この餓鬼は例の?」
「ええ。彼です」
老婆の視線が鋭くなる。こちらを値踏みするかのように、怪しく、静かに瞳が光っている。
いったい何を考えているのかまったく窺い知れない。俺の不審を察したのか老婆はニヒルに嗤った。
「どうしてスキルなんて都合の良いのがあると思う? まるでゲームみたいに」
「大ババさまッッ! それは!」
「アタシゃ、この子に訊いてるんだよ」
何かを言いたげなマッスル神を老婆は手で制して黙らせた。
そして再び意味深な笑みを浮かべて話題を混ぜ返した。
「アンタ、あの第四世界の人間なら、ゲームってのは有名だろう? どうしてココがゲームの世界になってるか考えたことはあるかい?」
言われてみると不自然だった。
俺の疑問からの凝視は大ババ様とやらに鼻で嗤われ、悠然と続けられる。
「どうして言葉が通じているか考えたことは? どうしてこの世界に魔力なんてアンタの第四世界にとって都合の良い存在があるのか? 都合のよく異世界に来たら知的生命体はみんな人間だっただって? カッカッカッ! 頭を使えれば姿形は関係ないのに何を寝ぼけたことを言ってるんだい?」
失念していた。なんとなくでこのゆるい世界を受け入れていたが、今にして思えば不自然さの塊の世界だった。どうしてこんなのが当たり前だと思えていたのだろうか。
老婆が懐から透明でノート状のボトルを取り出した。内には琥珀色の液体がゆらゆらと透けていた。
「知ってるかい? これは《ブランデー》だ。で、手に持っているのは《恐竜の肉》。なんでおまえはソレを知っているんだい? 異世界に来たなら生き方の哲学。知識の常識すら全て違っても当たり前じゃないか。なんでアンタの第四世界がそこら辺に転がっているんだい?」
「・・・・・・・・・・・・」
俺の動揺をつまみにしているかのように、老婆はニヒルな笑みを浮かべながらブランデーで喉を潤した。
「おまえは何を知っているんだ?」
「そうだねェ。アンタは今の新生暦の人間じゃないんだったねェ。第四世界はコッチだ」
フリスビーのような物を投げ渡される。それは俺がよく知っている星座盤だった。琴座、ワシ座、白鳥座に、星占いで有名な獅子座やらも描いてあった。
「コイツは世にも珍しいアルフレドの一品物だ。あの子は気まぐれだからもう複製品は造らないだろうねェ。大事に使ってやんな」
「大ババ様。お戯れはそこまでにしてください」
「カッカッカッ! 仕方ないねェ。じゃあ、後ろに乗りな。どうやらここじゃ場所がマズいようだからねェ」
「承知いたしました」
嫌な胸騒ぎだけを残して、あの老婆はバイクでどこかに行ってしまった。
◇◇◇
その日の夜。俺たちは毛布をまとって窓ガラス越しに夜空を見上げた。
俺の夜更かしに付き合っているのはイチイとミーヌだ。
「わぁ! 星がいっぱい! すっごく凄いね!」
「おまえ、勝手に毛布から出るな! 冷気が入ってきて寒いだろ!」
「うぅ。お兄ちゃん。寒い・・・・・・」
「じゃあ、入るね!」
「急に入ってくるな! うわっ、もう体が冷えてる。冷たっ!」
「お兄ちゃん。ねむい。だっこ、して」
イチイが夜更かしでハイテンションモードに。ミーヌは良い子ちゃんだからか、夜は眠くて俺の体温を求めてひっつきまくってる。
「で、夜食は何にしたんだ」
「プリズムボール! 中のクリームがピカピカ光って、色が何度も変わってすっごくおいしいお菓子!」
「ああ、そうかよ」
「お兄ちゃん。ねむい」
「ああ、もう。ミーヌこっちに来い。ほら場所を空けるぞ、イチイ、そっちへどけろ」
「えへへ~。ご主人さま、あったかいねっ!」
寒さからひっつき移動を繰り返す。いつもなら女の温もりが嫌だとか何とか叫ぶ俺だが、あの老婆の言葉。不吉な胸騒ぎでそれどころではなかった。
「おいイチイ。ミーヌがこれだし、俺も今は食欲が無い。お菓子はおまえが喰っていいぞ」
「ありがとう! ここに来る前に全部食べちゃったから良かった」
満面の笑みで空箱を見せられた。
「さっき食べた?」
「来る前に。町で食べた!」
せめて森まで保っていてくれよ。俺はイチイの頭を小突くと、イチイは嬉しそうに「きゃぅっ」と黄色い声をあげた。
大ババ様と呼ばれていた老婆からもらった星座盤を見る。
「あっちにあるのは、白鳥座のデネブ。琴座があってベガがある。鷲座の真ん中に光る星はアルタイル」
なぜか俺の世界の夜に見える星座とまったく同じ配置になっている。
「いいや待てよ。こっちは?」
ポンコツ丸からもらったコウカの円盤星図の複製品を見る。こちらも夜空に照らし合わせると、まったく同じ配置になっていた。
「どうなっているんだこれは・・・・・・。同じ星なのに違う名前だと?」
あの老婆の言葉が重量をもってきた。ここは異世界のはずなのに、星の配置がまったく一緒であった。
「いいや。違う。ひとつだけ違う。さそり座が無い。異世界の空。さそり座のアンタレスが見えない・・・・・・」




