情動:俺がその想いを背負う件について (下)
新しく現れた村人兵士達の影の群れ。それと戦っている最中に参戦してきたのは雇いの冒険者の影達の群れ。次の新しい群れ。さらに増える影の増援。
俺は次々に迫り来る兵士達の攻撃を掻い潜っていく。
「うおおォォ――ッッ!」
拳を乱打して近接の敵を打ち壊す。拳圧の衝撃により7人ほど吹き飛ばされていった。続いて襲い掛かる兵士達の群れが3つ。風を切るように駆けてきたそれらを、片っ端から殴り倒していった。
「フゥ……。はぁ――っ、はっ――」
複数の影の群れを惨殺し尽くし、疲れが混じった息を吐く。感覚的にだが、おそらく全ての村人兵士や冒険者達を撃破できたようだ。
ここまでの強敵の連戦となると疲労はかなりたまってきている。拳の痺れはもはや感じられず、肘先から下の感覚も無い。限界以上に酸素が欲しいと息をするのが苦しいほど肺が空気を要求してくる。
「フッ!?」
背後からしなり飛ぶ音を俺は避ける。
「次はおまえか、オウレン……!」
それはオウレンのアイテム、『ぬるぬるした愛のムチ』であった。ムチの攻撃が当たれば『魅了状態』になり、敵へ攻撃することを封じられてしまう。大量の敵が迫るこの状況で攻撃を禁止されたなら、一斉攻撃を無防備で受ける羽目になるため危険な一撃となるだろう。
「まったく。おまえの周りは治安が悪すぎるぞ」
思わず苦笑してしまう。日常生活においてのおっぱい的な意味もあるが、もちろんアイテム的な意味もあった。
「たしか10種類ほどアイテムを作っていたはず。なかなか攻撃が多彩すぎるな」
最初に思い浮かんだのは『テラいいね』だ。これは攻撃を単調にして読みやすくしてしまうため嵌ってしまったなら負けてしまうだろう。これを警戒して動かねばならずに、オウレンがただ戦場にいるだけで攻撃の選択肢もせばめられている。また、目を放せば『ステルスマケット』で逃げられてしまう、もしくはアイテムを当てに攻勢に転じてくる場合があるだろう。なので絶対に目を放してはならない。また、ポンコツ丸によって与えられた武器により、毒攻撃で耐久戦により殺しにかかる戦術も可能。文字通りに非常に厄介な相手だ。
「そして、俺が知らないアイテムの可能性も考慮する。何をしでかすのかが分からない面倒なやつだ」
効力が不安定であったり、試験的なもので発表していないアイテムも存在することも知っている。何をするのか分からない上に、それらは全て即死に繋がる危険がある。
「ならば、その本領を発揮する前におまえを倒す……!」
俺が一歩を踏み込み、襲撃しようとした瞬間。銃声が妨害しに割って入ってきた。
「ミーヌ。そこにいたのか……!」
さらにミーヌの影が呪文を唱えた。世界が歪み軋んでいく風景。俺が知らない間に覚えていたアラウザルが発動される。
突風が吹きぬけて世界が一転する。それは夜の世界だった。味方を全て癒す優しい夜風と、それらを見守る星々の世界。
「ッッ!?」
それは弾丸に付加するミーヌの技の真髄。世界法則そのものに対して付加をする最終奥義だった。
アラウザルは危険だと判断し、ミーヌにターゲットを変更する。こちらが追いかけようとすると、一瞬でミーヌの姿が掻き消えた。すると、いつの間にか大きな兎に騎乗したミーヌが俺の真上を高く越えて、銃弾を放ってきた。
「甘い! フッ!」
身内であるため何度か攻撃を見ていたことがあり、ミーヌの弾丸をギリギリで見切ることができた。
ミーヌの固有能力の七宝染銃は異常状態を引き起こす。そして俺にとって何よりも怖いのは『貫通』の効果だ。これを付与したなら頑強な筋肉の鎧すらも優にダメージを与えてくるだろう。
「そして、なかなか早いじゃないか」
アラウザルの機能なのか、ミーヌの兎の機動力がすさまじく、追いきることが困難だ。
そして、ミーヌとオウレンに気をとられていたのか、俺は慮外な攻撃を喰らう。鋭い炎の槍が脇腹を貫いた。
「コウカ、テメェもいたのか!? ぐぁ――ッッ!」
炎がうねり、俺の傷口を内側から焦がしていく。俺は手刀で炎槍を切り落として無効化した。
コウカが新しい武装を作り上げる。今度は水の剣だ。こちらもダメージはかなりキツい。水流に巻き込まれると傷口を混ぜ切っていく効力がある。触れることすらままならない強力な武装だ。
コウカは武器によって戦闘距離を変えることが出来るので、どの距離でも逃げることが出来ない。俺が不利になったから距離を取るという選択肢をコウカというたったひとりの存在によって潰された。
「いいぜ、最初から決まっていたじゃないか。全てを押し潰していく。さあ、かかって来い!」
啖呵と共にかたまる決意。お前達のすべてを俺が背負おう。
三者三様の攻撃が仕掛けられていく。コウカの水剣による猛攻。トリッキーに奇襲を仕掛けるオウレンのアイテム。前後左右、それどころか空からも攻撃してくる縦横無尽のミーヌの弾丸。
「はァ――ッッ!」
拳圧と剣線が交わって血飛沫が舞う。ムチが風を切って踊り、空からは弾丸の雨が降り注ぐ。
コウカの近距離、オウレンの中距離、ミーヌの遠距離。それぞれの特技を見事に生かしてくる。見知った相方だからこそ、的確に俺を追い詰めにかかってくる。
「くぅっ――!」
俺は森の木々を利用して回避していく。オウレンのムチを縫うようにかわして、拳圧を殴り飛ばしてコウカの接近を牽制していった。
そして大樹の影に転がり込んで、ひと呼吸して小休止する。
「まったく。さすが俺の仲間だ。嫌なほど頼りになるじゃないか、なかなか手ごわいじゃねーか」
何よりも隙が無いのが厄介なのだ。
妨害をしかけて、なおかつ微弱ながらも回復もできるミーヌ。
アイテムによる回復、攻撃の補助、実質的に即死攻撃をしかけてくるオウレン。
近距離、中距離、遠距離の全てのリーチに適応でき、戦士としての勘が優れているコウカ。
チーム戦において自身の長所で連携を取っている場合は、軸になっている人物を確固撃破して連携を崩すべきなのだろうが、こいつら全員は満遍なく攻撃手段を持っているオールラウンダー。自立したことによる強みが存分に発揮されていた。
背を預けていた大樹が爆発する。魔弾の炸裂によって破壊されて、俺は再び戦場に押しやられる。
「だが、やるからには変わらない……! いくぞ!」
乱れ飛ぶ水の剣線。俺はコウカの剣線に飛び込んで避けて、オウレンまで接近する。
オウレンが新しくアイテムを取り出した。マシンガンを連射してくる。それをミーヌが援護してくる。
「まだおまえの番じゃねーよ。うおおォォ――ッッ!」
俺の本当の狙いはミーヌだ。こちらの意図に気付いたのか、下がりながら撃ち続けるミーヌ。
縮まらない距離。あのウサギは俺とほぼ同じ速度で移動するようだ。
しかし、距離が変わらないのは向こうも同じだ。高速移動同士では攻撃が当たらずに、ミーヌも俺を振り切りたくても振り切れない。
決心したミーヌが銃口をこちらに向けて、一呼吸置いてから狙いを定めて発射した。
「攻撃をした瞬間、俺とお前が線で結ばれる。俺の根性を舐めるな――ッ!」
縦横無尽に飛び回るミーヌだが、当てに来る瞬間は俺とミーヌは弾丸の軌道線上に線で繋がるのだ。俺は弾丸の軌道線上に突っ走る。
同じ速度なら、戦いの上手さと、成し遂げる覚悟があれば上回ることが出来る。過去に本気のビスマスと同速の戦いを経験した俺にはできるだろうと確信していた。
左肩に弾丸を受けた。すると慮外なことが起こった。途端に体が重くなりメキリと身体中の骨が悲鳴を叫んだ。
それは想いに比例して増す重力付加の効果。大切に想うがゆえに、獲物としては、おそらく世界で一番に覿面なのであった。
「ぐグガァ! ふざけんなァ――!」
重く軋む体に喝を入れ、さらに力を込めて一歩を踏み出す。ありえないほどの重量の力に抵抗した結果として血管が吹き飛び、身体中から出血する。
「この重みがおまえのアラウザルか!? 全っ然に重たくねぇ!! この程度、俺がおまえを思う想いなんかよりも全然軽いんだよ――!!」
魂ごと潰しにかかるような重力へ気合いを炸裂させる。俺は血だるまになりながらも一気にミーヌとの距離を詰める。
ミーヌがさらに俺に一発ぶち込んでくる。それがコウカに焼かれた脇腹に命中し、相乗した激痛に俺は苦悶の声を飲み込みながら突撃していく。
「グゥゥおおおおォォォォ――――!!」
俺は強引にミーヌの腕を掴んだ。
「はぁ――っ、はっ――ッッ! おまえ、俺の速さを越えると誓わなかっただろう。願いですら遠慮するな。この莫迦ヤロウめ……!」
俺は怒声を叩き付けた。どうして俺を越えることを選ばなかったのか。
「もちろん、おまえのことだから俺も理由は分かっている」
俺は掴んだミーヌの腕を強引に引き寄せて、ミーヌを抱き捕まえた。
抵抗してもがき暴れるミーヌ。弱った今の俺の体には激痛であったが、その痛みすらも愛おしく感じられた。
違う願いだったのならば結果は変わったのかもしれない。あえてその願いを選んだ愛おしさに俺は思わず苦笑していた。
「だが、ミーヌ。おまえは他人に気を使いすぎて自分をおろそかにし過ぎている。おまえはきっと不幸になる。だから、おまえが不幸にならないように、お前の不幸を俺が背負ってやろう」
立ち向かうために俺は力を手に入れた。ゆえに俺の正義は力でねじ伏せる覇道の愛にあるのだ。
両腕に力を込める。俺の腕の中でミーヌの影を抱き壊した。ミーヌとウサギの影が浄化されたかのように消えていった。
パキリと何かが割れる音がした。音の先を振り返ると、オウレンがいた。
ステルスマケットが役割を終えて、オウレンはいま、愛のムチを俺に向けて放っていた。俺の体にムチが命中する。俺はオウレン達に『魅了状態』になった。
だが――
「だからそれが何だという?」
俺はオウレンへ駆け走る。近づいた瞬間に紫色の粘液が飛び掛ってきた。『ドクダ・マグラ』により、突然に俺は毒を受けるはめになる。
「お前の奇行など、今に始まったことじゃない。そんなもの、とっくの昔に受け入れている」
そう、それで終わりである。本来ならば突然に体の調子が崩れて怯むだろうが、やるだろうと分かっているならそれは奇襲ではない。
俺は魅了になっているにも関わらずに、オウレンの影の首を掴み取って持ち上げた。オウレンの影は首を絞められ、のたうちまわっている。
「手が出せないと思っていたか? 俺は最初から魅了されていたぞ。だからこそ、俺は命を賭けてでもお前たちを守ると誓った。だからこそ、俺は命を賭けてでもお前たちを導くと誓った。これの、どこが魅了されていないと言う?」
元々から魅了されているのなら、魅了の効果は意味が無い。愛おしいゆえに、オウレンを斃すと決めていた。この舞台は殺し愛なのだから。
「俺の愛でおまえの全てを抱擁してやろう。力でねじ伏せるからこその俺の正義の愛だ」
様々なアイテムを創る固有能力は、法則性が無くて掴みどころが無いオウレンの性格が反映されているからゆえにだろう。冗談を言ってまわりを和ませて、時には道化を演じる。臨機応変ではあるが、言ってみれば確固とした自分がどこに行っても存在しないということだ。仲間や知り合いが増えるたびに広がり続けていくオウレンの存在を、その根幹にある誰とでも仲良くして生きたいという愛を、俺は愛おしく思う。
オウレンの影から力が抜けて、死体のようにぐったりとなる。そしてオウレンの影が溶けて消えていった。
「次はおまえだ、コウカ」
コウカが風の弓を連射してきた。ミーヌとオウレンの撃破のために立ち止まった一瞬の隙を突いて、俺の攻撃距離外からの遠距離攻撃。
「おまえは勘がいい。知識もあり、頭も良い。頼りになる。だからこそ、周りが見えて仕方ないんだろうな」
即座にコウカへ全力で駆けていく。即座に炎の槍に切り替えて、応戦するコウカ。
「おおォォりゃァ――ッッ!」
俺はコウカの攻撃を受けながら、殴れる距離まで強引に近づいていった。
「ひとりの攻撃では俺を倒しきれない。弱いんだよ。自分ひとりで全部やろうとするから、威力が中途半端になるんだ」
コウカが武装を変更し、水の剣を作り切りかかる。
それでも俺は果敢に踏み込み、気合いの拳を振り上げる。
「ひとりで抱え込むな。だから俺達は仲間と共に生きていくと決めたのだろうが――!」
俺はコウカを殴り飛ばした。一撃のもとで、撃破する。
コウカの影から出ていた威圧感が消えていき、影が空間に溶けていった。
「誰も頼ることをできなかったその孤独さ。俺が背負ってやろう」
またひとり。俺の背に魂の願いの重さを感じた。




