情動:俺がその想いを背負う件について (中)
空気を燃焼するジェットの音。俺は上空から巨体の影に覆われた。
「――ッ! マズイ!!」
現れたのはポンコツ丸の影。その片腕が変形して大砲となり、轟咆が火を吹く。
「舐めんじゃねーぞ、オラァ――ッッ!」
大気を押し潰して拳圧を放って相殺を狙う。しかし、火力が違いすぎる。火力に特化した科学なのだからこその兵器と呼ばれる存在なのだ。灼熱の衝撃を浴びて、全身の細胞が激痛に絶叫する。
しかし、痛みを叫ぶ暇はない。ポンコツ丸は機械的な冷酷さで、さらに空からマシンガンを連射して追い詰めてくる。
「グゥああッッ! マズいぞ……ッ!」
戦争において制空権は非常に重要な戦力である。こちらからの攻撃は当たらないが、むこうからは撃ち放題なのだ。攻撃が当たらずに一方的に攻撃され続けるというのは、ほぼ勝利が決定されている状況と言っても過言ではない。
銃弾の嵐の中を、弾速を越える神速が飛び込んできた。日本刀での一閃が俺の眼前に奔る。
「キキョウ。テメェもいたのか!? ならば……!」
ヒュンヒュンと風を切る音。アマチャの鉄糸が幾重も乱れ飛び、俺の退路を塞いでくる。
そのうちの1本が木々に引っかけ損なったのか、大樹からギターを弾いたような音がした。その大樹が斜めにズレる。幹が両断され、重たげな音を地面に叩きつけた。
この鉄糸に触れたのなら最後。胴体など容易く輪切りにしてしまうだろう。ここら一帯にアマチャは糸の結界を張り巡らせたようだ。
上空からの銃火器の雨を降らせるポンコツ丸。弾丸の雨を潜り抜けて地上を制するキキョウ。退路を狭めつつ即死を狙ってくるアマチャ。この3人によって、戦場そのものがコントロールされた。
「クソッ! 邪魔だ、どけェ――ッッ!」
豪腕でキキョウをなぎ払おうとするが回避される。
「オラオラオラァ――ッッ!」
連続パンチを見舞っていく。ひとつぐらいクリーンヒットしてもよいが、どれも『運が悪い』のか芯に当たらない。それどころか、合間に反撃を仕掛けてくる。
「違う。コイツ、運が良すぎて当たらないのか……!?」
幸運は他人の不幸の上で成り立っている場合がある。今目の前で繰り広げられている光景が、まさにそれなのだろう。
これが、スキル『陽后の加護』の真の恐ろしさ。運否天賦の法則を自分の都合で捻じ曲げる。故にキキョウは、運がよく俺の攻撃が会心にならず、運がよくポンコツ丸の銃弾を避けることができ、運がよくアマチャの展開する範囲と被らないように行動できる。
もちろん、本当に運のみで戦っているのではなく本人の実力も大いにあるだろうが、その実力と合わさっているからこそ、未来予知じみた驚異的な動きが可能となっているのだ。
キキョウは相手の運命を書き換えながら戦える。よって、今の俺がキキョウを倒すことは事実上不可能。いいや、俺だけではない。こいつは、全人類は戦ってはいけない天敵なのだろう。攻撃手段とか、相性だとか、そういったものを嘲笑うかのように押し潰す。キキョウという存在は、全人類に対して天敵である。
「うおっ!? しまった!?」
アマチャが張り巡らせていた糸に触れそうになる。糸は木々につなげられており、糸の結界の先が袋小路になっていた。俺は気付かない間に、アマチャに追い詰められていたようだ。
キキョウの強さに目を奪われがちではあるが、アマチャの存在を忘れてはならない。こいつはいつも調子にノッているがキキョウの腹心であり、ヤクショウ国の戦争を乗り越えてきた猛者である。
キキョウの鋭い一閃が翔ぶ。俺は避ける。
「フゥッ。くそッ、このままでは……!」
しかし、避けることすらもキキョウとアマチャの策略のうち。いよいよ袋小路に追い詰められてくる。個人でも強い2人がペアを組むことによって、阿吽の呼吸により相乗効果が生まれ、より手が付けられなくなっていた。
いよいよ逃げ道が無くなり、キキョウの刀に斬殺されるか、アマチャの鉄糸に切り殺されるかの二択を迫られる。
「いいや、三択目がある。答えは――空だ!」
俺は筋肉の力を使ってハイジャンプで空に跳び上がる。
まさか人間が筋力のみで空に跳び上がるなどとは思わなかったであろう驚愕したポンコツ丸と視線が絡み合う。
しかし、さすがは帝国創立当時から戦っているだけあり、戦闘には慣れていた。咄嗟の状況にも即座に迎え撃ってくるポンコツ丸。
「冷静な機械にはできないだろうな。命を懸けて無茶をするからこそ常識を覆すことができる。だからこそ俺は人間なんだ!」
そのまま強引に突き進む。俺は銃弾の雨に撃たれながらも心臓と頭だけは守りきり、飛んでいるポンコツ丸をがっちり掴む。
「面がおしゃべりなのは、内が冷酷なのを隠すためか?」
そうポンコツ丸に静かに問いかけた。相手は影だから無言であるが、俺には無言の肯定をしているように感じた。
「オオォォっっらァ――ッッ!」
上空からポンコツ丸を叩き投げる。ターゲットはキキョウ。
「運という程度では、ひっくり返せないならどうだァ――ッッ!」
キキョウは避けるが、ポンコツ丸の背負っていた大砲の爆薬が炸裂した。
破裂するような爆発音と共に灼熱の嵐が吹き荒れる。爆煙によりキキョウの姿は見失う。アマチャは、糸の結界ごと吹き飛ばされた。
爆発したポンコツ丸は戦闘不能となり、その姿が夢であったかのように空間へ溶けていった。
「糸の結界もクリアした。あとは……」
空から着地した俺に刃の銀閃が迫る。
「チィッ! しぶといやつめ!!」
爆心地にいたはずのキキョウが容赦なく攻撃を仕掛けてきた。さすがに爆風までは完全に防ぎきれなかったのかダメージを負っているが、『幸運にも』キキョウは致命傷にはならずに済んでいた。
「だが、ダメージは通っている。ならばこれで正解だ」
裏を返せば、確実にダメージを通せる方法が存在したということである。キキョウは誰も寄せ付けない絶対無敵の猛者ではなく、あくまでひとりの人間であることが証明されたということだ。
要はピンポイントで攻撃するから避けられるのだ。戦場全体ごと攻撃すれば、避けるも何も存在しないという豪快な理屈である。
勝負を急いだキキョウが大きく後ろに下がる。キキョウが何やら呪文を唱えると、轟風が吹き荒れ、空間が歪み始めた。
俺はこの特有の空気には身に覚えがあった。
「アラウザルだと!? ヤバイ!」
アレは発動したらマズいものだと本能的に察知する。唱えているだけでも身震いするほどのものなのだから、実物はとんだ災害になるのは明らかである。
「クソッ! このままでは!!」
なんとか発動させまいと攻撃したいが、ヒュンと風を切る音が妨害してくる。爆心地から少し距離を取っていたアマチャも運がよく生き残っていたのだ。キキョウの幸運に関わるのは、何も敵ばかりではない。
アマチャの妨害による隙で、キキョウのアラウザルが発動する。
巨大な骸が地獄の底から這いずり出てくる。その名は餓者髑髏。
その巨大な体を構成するのは、形容しがたい不気味さのある大量の骸骨達。それは怨念の塊のようでありながら、無骨な頑強さを誇示している骸骨の兵士達の成れの果てであった。
骸骨戦士の頭蓋の奥から発せられる、ほの暗く血液を連想させる赤い眼光は酷く病んでいた。その暗い光から生まれる悪感情の渦に目を奪われ、魂ごと吸い込まれそうになる。
「マジかよ。こんなものを隠し持っていたなんて……!」
その見上げるような高さの巨体がこちらを一瞥する。
見られただけでも精神が吹き飛ばされるような圧力。なんともおぞましい。これは禍災の塊である。見るもの全てを圧倒するあまりの威圧感に魂が発狂しそうになる。
餓者髑髏が鎖のついた刀に手をかける。そして容赦ない一閃を俺に浴びせにかかる。
「うぉオッ! あぶねぇ!」
俺がいた場所が、存在ごと抹消されていた。あれは『死』を与える鋭利な日本刀。存在そのものが死という形で消滅させる、文字通りの必殺剣であった。あれとは絶対に戦ってはならない。あれは次元が違う生き物だ。
そして追撃が飛び込んでくる。キキョウが俺の首を狙い、突き攻撃を仕掛けてきた。
刀で払い薙ぐよりも防御しにくく、当たれば確実に命を削ぐ鋭利な一撃。さらに俺の背後でピンと糸が張られる音がする。アマチャが俺を牽制しにかかってきていた。
「くぅ! それがテメェらの本気か! いいだろう。それくらい背負えなくて、ダンジョンマスターを名乗れるか!」
刃の風となったキキョウに拳圧をぶつけにかかる。キキョウは即座に攻撃を中断する。餓者髑髏の助太刀によりキキョウは無理をする必要が無くなったので、先ほどよりも苛烈な攻撃こそしてこないが完全に隙がなくなってしまった。
中断したキキョウに合わせて餓者髑髏が一閃。さらにそれに合わせてキキョウが再び滑り込む。隙の無い連続攻撃を仕掛けてくる。
餓者髑髏の攻撃だけは絶対に当たってはならない。俺は餓者髑髏の攻撃だけをあえて避けた。
キキョウが俺の心臓を狙って串刺すように突きを狙う。
「緑影。技を借りるぜ。ウゥゥハァァ――ッッ!!」
キキョウの攻撃が届く寸前に、俺は拳で地面を叩き殴る。その衝撃波で突風が巻き起こり、キキョウは突き攻撃を中断して身構える。
俺はさらに力を込めると蜘蛛の巣状に地面がひび割れた。その瞬間、岩盤ごと大地が爆ぜた。解き放たれた衝撃は、暴力的な岩盤の欠片となり大地の濁流となってキキョウ達に襲いかかる。
これで決まった。回避という行動は、右に避けるか左に避けるかを経験論で判断するもので、その適応すべき経験をキキョウは幸運で引き当てる。ゆえに攻撃が当たらなかった。しかし、俺がやったのは、初見の技だから避けることができず、副次効果で地震を起こすので前後左右のどちらにも避けることが出来ない必中の技。言ってみれば強制的に全てをハズレくじにした技である。
しかし、この状況でもキキョウは冷静に判断する。揺れる地面に足を取られながらも、大地の濁流へ魔力(MP)を込めた一閃。翔ぶ斬撃を放ち岩盤の津波を両断する。
「それくらいなら大したものでもない。うおおおォォ――ッッ!」
大地の津波の中を俺は筋力で強引に突っ切ってキキョウに肉薄した。剣線は津波の威力で相殺されており、なおかつ地震によって足の踏ん張りが利かずに、威力は大幅に軽減されていたのだ。軽減されているなら脳筋なステータスで体力が多い俺には対したダメージではない。
「さぁ、いくぜ!」
全身に力が込められて筋肉が大きく膨れ上がる。灼熱の炎を連想させる赤色に筋肉が染まり上がり、腕全体から真紅の煙がゆらめく。拳骨がメキリと音を鳴らすほどに固く拳を握りしめる。
「本気で行くぞ。――覇道豪腕拳!」
キキョウは近距離攻撃を避ける『先読みの心得』のスキルがあり、かつ『陽后の加護』による幸運補正によって攻撃が当たらない。ゆえに、絶対命中のスキルを使うならこのタイミングだ。全ての魔力(MP)を消費するため、1回の戦闘に1度きりの虎の子を出すならここが正解のはず。
「オオオオォォ――ッッ!」
キキョウの腹に命中する。俺の必殺の拳により、キキョウの影は崩れながら吹き飛ばされていった。キキョウの影が何本も森の木々を貫き倒していく。
「まったく。孤高も結構だが、アラウザルは本当にお前が背負うべきものなのか。1人で考えすぎなんだよ」
俺がそう言うと同時に、禍々しい威圧も消えていく。主を失くした餓者髑髏が掻き消えていくが、魂ごと揺さぶるほどの強烈な眼力が俺を睨みつけてきた。
負けは決して認めない。次こそは討つ。そう目の奥が重く輝いて語っていた。
「どうやら目を付けられたようだな……」
直感でそう思った。次にキキョウのアラウザルが発動したとき、俺の命が狙われるかもしれない。
「いいぜ、上等だ」
俺は餓者髑髏を睨み返してやる。宣戦布告を受け取った。
「キキョウ。帝国に追われて行く場所が無いんだったな。俺がスカウトしてやろう」
餓者髑髏のアラウザルから滲み出ている圧倒的な懺悔と憎悪。その感情が彼女の檻になっている。キキョウは文字通りに大切に育てられた檻入り娘だからこそ、ヤクショウ国の滅亡を心から嘆いていた姿がアラウザルとなったアレなのだろう。
「おまえの絶望を分かっちまったからには、俺が導いてやる。俺が導く俺が目指すもの。豪腕で示す俺の覇道が正義だ。その悲劇、俺が背負ってやろう」
こういったスカウトはイチイからの流れだが、たまには俺からというのも悪くは無いだろう。
最後に残ったアマチャは接近戦をしかけて来ずに糸で牽制してきた。だが、その距離ではまだ俺の方が有利である。距離感を見誤ったようだ。
俺は素早さを駆使して全力で駆ける。糸よりも早く動き、アマチャの眼前まで到着し、拳を振り上げる。俺の凄まじい素早さに驚愕するアマチャ。
「おまえはもっと自信を持っていろ。自分の在り方を理解していれば、俺に勝てたのかもしれないな」
もしも、アマチャもキキョウと共に近接戦闘を仕掛けていたなら、キキョウも生き残り、今のように一瞬で勝負が決まることは無かったはずだ。糸による遠距離攻撃は勿論のこと、苦無を使ったナイフ術など近接の攻撃も出来るアマチャはオールラウンダーであり、たまに近接攻撃をしかけて相手に警戒を促して翻弄するのが本来の持ち味だったはず。
俺の筋肉しかり、近接戦闘の天才のキキョウしかり、身近に達人がいるからこそ自身を過小評価してしまったのだろう。小馬鹿にされやすい性格も含めて、自信がなくなりやすい損な性分なのかもしれない。
「世界に自分の居場所が無いのは辛いよな。いいぜ、おまえも受け止めてやる。その生き苦しさ、俺が背負ってやろう」
彼女を背負う決意を込めた拳撃。アマチャの影を一撃のもとで撃破する。
俺は困難に立ち向かい、味方を守るためにこの力を手に入れた。ゆえに力で捻じ伏せる正義の豪腕なのである。




