騒動:俺がいない間に おやつタイムされていた件について
イチイとミーヌが白影黒影を撃破するとワープが発動した。ワープの異空間を抜けると再び天空のダンジョンへ戻ってきていた。
そこは悪魔に飛ばされたのと同じ場所。薄暗いホールだった。洞窟特有の無機質な冷たさを感じられるが、白影と黒影と戦ったあとでは見違えるほどに安らげる場所と思えた。
「おかえりなさい、なのです☆」
岩陰から出てきたホミカをミーヌが見つけた。
「あれ? いたんだね」
「いましたですよ☆ 本来は防衛に割当担当されていましたが、ワープの罠を見てこちらに全力全開で飛んできたのですよ。そしたら誰も居ないとか。全滅したのかと本気で焦り思いました~」
「心配かけてごめんね」
「信じていましたので大丈夫です。みなさんの気配は残っていましたので、ここで待機していたのです」
「そうなんだ。気にかけてくれてありがとう」
「どうもなのです。無事で何よりです」
「うん。無事に帰れて良かったよ」
ミーヌが答えるが、イチイが答えない。正確に述べるなら、聞こえてはいるが力なく相槌で笑っているようだった。
ひそひそとホミカがミーヌの耳を打つ。
「何かありましたか?」
「昔の嫌な思い出を刺激されちゃって。原因はやっつけたから立ち直るとは思うけど、時間はかかるかもしれない」
心が傷ついた場合、原因を除去すればすぐに立ち上がれるとはいかない。例えばナイフが身体に刺さり、傷ついた原因であるナイフを除去しても、傷口が癒えるのは数日かかるだろう。ましてや大きな古傷レベルの苦痛なら、傷口の表面が癒えたとしても じくじくと痛みを発する場合もある。今のイチイの心境はそれに似た複雑な状態だった。
「元気がないときにはどうしましょう? イチイちゃんならどうしてほしいかミーヌちゃんは分かりますか?」
「う~ん。イチイちゃんなら……おいしいものを食べるとか?」
「ハイパー俗物的すぎませんか?」
「じゃあ、ホミカちゃんはどうなの?」
「う~ん。インテリ系のホミカちゃんとして嬉しいのは……お金?」
そっちの方が俗物的じゃないか、とは空気を読んでミーヌは飲み込んだ。
「とにかく、食べ物関係でしたら任せてください! ちょうどゴマ団子の残りが3つあるので、一緒に食べまちゃいましょう☆ ほら、イチイちゃん、ハイパー美味しいゴマ団子ですよ~。一緒に食べましょうね」
「え? ……うん。食べる!」
仲間であるホミカの顔を見たのもあり、ニコニコしたイチイに戻ってきた。
3人は一緒にゴマ団子を食べてその味を楽しむ。もちもちした食感に、香ばしい匂いがたまらない。何よりも甘いものは心を幸せにするものである。
そういえばとミーヌがひっそりとホミカに問う。
「ホミカちゃん。どうして、ゴマ団子をあげようなんて思ったの?」
「本戦前なのに怪しい局面ですので、これで本調子になるなら良い選択ですよ」
「優しいね。ところで、どうやっていつもゴマ団子を持っているの?」
「いくらミーヌちゃんでも、極上秘密なのです☆」
「2人とも、何をお話しているの?」
「ゴマ団子は最高って話していたのです。イチイちゃん、おいしいですか?」
「うん。ありがとう! でも、誰か来たらどうすればいいのかな? イチイ達の分しかないのに」
「う~ん。誤魔化せないですね。鉱山系のダンジョンですので、周りには石しか無いですし。木の実を食べているなんて言えないですね」
「なら、早く食べないといけないね! ミーヌちゃん、急いで食べよう」
「うん。でも、お団子だから、早く食べるのは大変かも」
すると光が集まってきて誰かが現れた。
それはキキョウとアマチャだった。思いも寄らない珍客の登場にイチイとミーヌは慌てふためく。
「むむっ。紫影を倒したら変なところに飛ばされたぞ?」
「ここは、どこ……?」
2人が、もきゅもきゅと口を動かしているイチイ達を発見する。
「おお! 良かったぞ、無事だったか! ところで……なにをモグモグしているのだ?」
「たっ、食べてないよ。イチイは口をモグモグ動かしてただけだもんっ!」
「す、すごい言い訳だな。それで、本当は何を食べているのだ?」
「じゃあ、石を食べてたの!」
えっ!? と、真に受けるアマチャ。コイツなにを言ってるんだという目をするキキョウ。
「なんと! そ、そこまで空腹に追い込まれていたなんて……! 石だと……!?」
アマチャが哀れんだ目でイチイとミーヌ、ホミカを見てくる。
否定したいけど否定できないミーヌの心境はいかに。ちなみにホミカは面白そうなことが起こりそうだと声を忍んで笑っていた。
哀れんでいるアマチャが黒の巾着袋から何かを取り出した。
「これはわたしのとっておきだ。イチイ殿、少しばかりであるがこれを食べるがいい」
「な、なに? これ?」
魔法的な施しがされてあるのだろう。小さめの巾着から出てきたのは、すこし大きめで立体的にくるまれた藁だった。それを出した途端に発せられた臭いにイチイが後ずさって引いた。
アマチャが謎の藁をイチイに差し出す。
「これは、ナットウという食べ物だ」
「……本気でいらない」
「うぅぅ――ッ! 石を食べてる奴に否定された! おまえら、そこまでナットウが憎いのかァ――!! わたしの好物はそこまで異端なのか!? 本当はおいしいんだぞ! うわーん!!」
ちっちゃくかがみこんで、ぺしんぺしんと拳を地に打ちつけて本気で悔しがっている。
「おのれ、かくなるうえは極上ナットウご飯を賞味させるしかないようだな。ナットウご飯の上に、混ぜ溶いた生卵を昆布出汁で味付けしたのをかける! さらにかつおぶしをパラリと振りかける豪華版なんだぞ!」
一気に言い切って、自信満々に誇るアマチャ。それをジトーっとした目で流し見ているキキョウ。
「……そもそもご飯が無いから不可能」
「あぁぁ、殺生なぁ……!」
キキョウの冷酷な言葉にアマチャが地に伏した。微動だにせずにショックを受けているアマチャ。そのオーバーなリアクションを面倒くさそうに眺めるキキョウ。
「仕方ない……。ほら、パンケーキ。お食べ」
どこから取り出したのか、キキョウがパンケーキをひとちぎりアマチャの口へ持っていく。アマチャがもにゅもにゅと口を動かす。
「元気になった?」
「はい」
「ん、よし」
忠実な家臣への配慮と言うよりも、まるでペット感覚である気がしないでもない。
「ふぅ……。心が平穏になりました。いいのだ。わたしには、まだパンケーキもあるんだ……。1個くらい好きなものを否定されても平気なのだ」
「そう。パンケーキを信じていれば全てが救われる」
「救われるって……。あの、おふたりはパンケーキが好きなのですね?」
「いかにも。パンケーキは素晴らしい」
ドヤ顔して即答するキキョウ。ミーヌが気を使って声をかけたが、それは悪手であった。
オタク気質な人間と出会ったなら誰でも経験したことがあるだろう。世の中には、好きなことは語りだすと止まらない人物がいるということを――。
「ヤクショウ国で出来なかったことを今は目指している。そう、わたしの将来の夢はパンケーキと一緒に住むこと。仕事に疲れた体で、大きなパンケーキへ もふりっとうずまってみたい。だが、それはできない。なぜならば、パンケーキはすぐに食べないと腐ってしまう。それは人生に等しく、まるで諸行無常の刹那の煌きのよう、生きるものへの儚さを連想させる。そう、人生はパンケーキで満ちているのだ……!」
パンケーキへの想いをあふれさせて語り続けるキキョウ。
どう答えたらよいのか分からなくて、言葉を見失っているミーヌ。
姫さまの言ったことだからと、うんうんと神妙に頷いているアマチャ。
呆然としているイチイ。
その後ろに隠れて笑い転げているホミカ。
「わたしはその存在の全てを愛している。かぶりつくのでなくて、むしろ かぶりたいとすら思っている。パンケーキの素晴らしさは本来の用途以外に留まらない。芸術的な粋に達している至高の存在だ」
いつにも増して、しっかりとした口調で断言した。
「あの、えっと……おにいちゃんが、お裁縫できる極意があったから、頼めばパンケーキのクッションくらいなら作ってくれるかも?」
「おぉ、それは素晴らしい……!」
パンケーキのクッションを夢想し、本気で感動するキキョウ。感涙すら流しそうである。
「姫さま、夢に一歩近づいて良かったですね!」
「うむ。ならば、それなりのもてなしをしなければ。とっておきを送ろう」
じゃん!と取り出したのは巾着袋。桜の花びらが上品にあしらわれている柄だった。
「アマチャとおそろい。もらった白金貨で魔法を付与してもらった。ひとつの名前の物をたくさん収納できる」
施されているのは、ホミカが覚えているワンボックスのスキルと類似した魔法らしい。
キキョウは紙に包まれたパンケーキを5つ取り出す。その紙の中には半分に折りたたまれたパンケーキが挟まっていて、黒蜜をサンドしている手持ちサイズのものだった。
「おいしい店のやつ。みんなで食べられる。5個しか無いから、内緒で仲良く食べること」
「姫さま……! そっ、それは甘草屋の印のパンケーキ! 本気なのですね!?」
「おいしそう。素晴らしいなのです☆」
「わー! うん! みんなで食べちゃえ!」
「いいのかな……。でも、ちょっとくらいなら、いいよね?」
みんなでパンケーキをほうばっていく。
パンケーキのふわふわした食感に、黒蜜の深い甘さが絡まって、ひとくちの中に贅沢な味わいが広がっていく。パンケーキ好きが厳選しただけあって、まさに極上の一品であった。
「あらあら、何を食べていますか?」
「おう、なんか甘い匂いがするな」
固まる一同。振り向くとオウレンとガジュツが帰ってきていた。
オウレンの視線がひとまわりしてアマチャに突き刺さる。
「何を食べているのですか?」
運悪くターゲットにされたアマチャ。言葉にならない沈黙に飲み込まれかけ、何か言わなければと しどろもどろに言い返す。
「……い、石を食べてる」
えっ!? と、ミーヌ。
おまえもか!? と、キキョウ。
それしかないよねと、神妙なイチイ。
ツッコミが浮かばずに、言葉が出ないガジュツ。
腹筋が崩壊しそうなくらいまた笑い転げるホミカ。。
「あらあら、石が好物なんですか? ヤクショウ国は変わった感性なのですね」
「そんなわけないが、その……」
しどろもどろに答えるアマチャ。オウレンがその様子をにこにこと楽しんでいる。
「おい。虫嫌いな子供に虫を持ってきてイジるワルガキみたいなことするなよ」
「ふふっ。ボーイッシュ的な発想と言ってください」
「意味が分からない。俺は知らないぞ。どうでもいい」
ガジュツは感知せんとばかりに無視を決め込むことにした。
「今のわたしはお腹いっぱいですから構いません。でも、匂いで気付くでしょうから、旦那さまがかわいそうですねぇ」
オウレンの視線がミーヌに移る。ターゲットがミーヌに変更されたようだ。
「あぁうぅ……。おにいちゃん、悲しむかな?」
「おいしい、が無いと悲しいですね。大人ですから口には言いませんが、ちょっと寂しいですよ」
「代わりになるもの。何かないかな?」
「代わりに身体で支払うって言えば解決です」
「どういう意味?」
「旦那さまの好きにして良いよって意味です」
ミーヌはちょこんと小首を傾げてどういうことなのかと考える。今までどういうことをされたかなと思い出していった。
パーッと表情が晴れるミーヌ。少しだけ頬を染めてちょっぴり嬉しそうな顔つきになった。
「あの、もしかしてっ……! いっぱい撫でてくれたりするのかな?」
「してくれるんじゃないですか? まあ、他所の人に言うのは危険ですのでやめてくださいね」
「ウチの庭に血の海が出来そうですからやめるべきですわ」
コウカがいつの間にか帰ってきていた。もちろんコウカの言っている血の発生源はダンジョンマスターのストレス性の吐血が原因である。
「コウカさん、お疲れさま。あの、えーと、体で支払うって危険なの?」
無垢にたずねてくるミーヌ。突然向けられた問いに、コウカは頬を染めながらばつが悪そうに戸惑った。
「まあ……そういう言い方をしたら、何をされても文句は言えなくて危険ですわね」
「おにいちゃんはそれで幸せになれるの?」
「ミーヌちゃんが旦那さまに言ったのでしたら、魂が天に昇る気持ちになれるんじゃないですか?」
「……わたし、がんばるっ!」
「がんばらないでいいですわっ!」
コウカはミーヌの殺人未遂 (?)を阻止する。
その様子をクスクスと笑っているオウレン。
「笑わないの! まったく、あなたって人は……」
「いいじゃないですか? 緊張しすぎるのは良くないですし、少なくともイチイちゃんの調子が戻ってきたようですよ。いつもの空気が薬になるときだってありますから」
いつものオウレンならイチイをいじりにかかるのだが、今回は過敏に空気を感じてアマチャとミーヌがターゲットになったということらしい。たしかにオウレンが来てからいつの間にか小うるさい日常の空気になったのだろうと、コウカはそれ以上の追求の言葉を引っ込めた。
「まったく……。帰ってきてからも気苦労がたえないですわ。でも、いつもの混沌な具合でわたしも落ち着くのはなんでしょうねぇ」
オウレンの思惑通りの事態に、コウカは苦笑する。コウカと一緒にビスマスも帰ってきていたが、今の混沌とコウカの納得の仕方に何がなんだかさっぱり分からなかった。
「どういうことだ。よく分からないが、いつもこんな状態なのか?」
「オーナーの気苦労のことですか? だいたいこんな感じですわ」
たまに出会ったら優しくしてやろうとひっそり思うビスマスであった。
「みんなで食べているのを見ていたら、少しお腹が減ってきましたわ。ちょっと前にオーナーからもらった、未開封のゼリーセットがありますが食べますか? 魔王様セレクションです」
ぴょん!と跳ねあがって手を上げるイチイ。
「食べる! またジャンケンするんだよね?」
「今度は別の味に挑戦です☆ ミーヌちゃんは何を狙いますか?」
「前はたまご味だったから、それ以外が楽しみかな」
「むむっ……! 魔王のゼリー? 面白そう」
「ほぅほぅ。ちょこれーとぴざ と同じく、あやつの珍しいものは美味だから楽しみだ。ちなみに、オススメはなんだ?」
「わたしと旦那さまが以前に食べた味。レジェンド グランド味ですよ」
「えっ、土味? え……? あの~、姫さま。土は食べられるのか知っていますか?」
「知らない。でも、不思議で面白そう」
「面白いというか、その……えっ? えぇ……!?」
本気でビビるアマチャ。戸惑いながらもジャンケンが始まろうとしたとき、別の光が帰ってきた。そこから現れたのは、ギルドマスターだった。オウレンが声をかける。
「お疲れさまです。ご無事で何よりです」
「おう。しかし、ダンジョンマスターがいないのか? 同じグループだったが、ワープではぐれたのかもしれん」
「その説明は僭越ながらボクがさせてもらおう」
ざわついていた雰囲気が一気に静まり返る。そのひと言は皆の気を引くには充分すぎるほどに効果があった。
墨汁よりもなお黒い。邪悪な存在が彼らの前に悠々と現れた。大げさな仕草で慇懃に頭を下げる悪魔。
「キミ達の主は、ボクの主と話をしている最中である。ボクは現状説明をしにやってきた。端的に言うなら、これから始まるのは大将戦ということだ。ここでボクらが負ければキミ達の勝利であるし、キミ達のダンジョンマスターが負ければボクらの勝利である」
口を開くたびに漏れる声が耳に毒々しく突き刺さる。悪魔という嫌われる存在であるが故に、その動作の全てが嫌悪感を抱くものであった。
「ご主人さまをどうするつもりなの!?」
「物語が輝くように立てるだけに過ぎない。物語の最終章は光の英雄と闇の英雄の舞台でなければならないと相場が決まっているだろう。そのため、少しお静かにしていただけるよう、事前説明をかねての告知をしにやってきた」
悪魔はこれからの事を慈しむような微笑を向けてきた。
「そして、キミ達はこの場にいることを光栄に思うがいい。よくぞ色影たちを撃破した……! キミ達は正真正銘の英雄の素質があり、そしてこれは言わば逆指名でもされたのと同じようなものだ。ここにいれば、キミ達は存分に力を発揮でき、いいや、実力以上の力を手にすることが出来るだろう。もっとも、それがキミ達の主の首を絞めるのだが……」
すると地面が光って魔法陣が発動する。
「魔法が発動しちゃったのです!」
「命はとらないという点においては義理堅く思って欲しい。だが、『夢』は借りられるだろう。そこは仕方ないと割り切るべきだ。ちなみに、これはボクが起こした罠ではなく、元からそうなっているものだ。無意味な恨みはいくらこの身が悪魔でも非常に迷惑なので、ぜひとも止めていただきたい。もっとも、ここに罠を作るようダンジョン設計を提言したのはボクではあるが」
それは呪いの魔法であった。当然ではあるが、敵のダンジョンの本拠地に入って都合のいい仕組みなどあるはずがない。全ては思うがままに、翻弄するからこその罠なのである。
全員の体が呪いによって弱っていき、意識が朦朧としてくる。
「ご主人さま……っ!」
「旦那さま、ごめんなさい……」
「おにいちゃん。信じている、から……」
「オーナー、勝ってくだ、さい……っ!」
「くぅ……! 姫さま……申し分け、ありません……!」
「……ここまで、かっ!」
意識が暗闇の中に引きずられていく。
彼女達の願う決意ごと、全てが夢の中に堕ちていった。




