表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
傍若無人なシニカル・ウォー
40/53

活動:悪魔が神楽を企んでいる件について

◇◇◇


 天空ダンジョンの中心部にて、ほの暗い空間を水晶球がほのかに照らしている。その水晶が映しているのは先ほどの激戦であった。

 それを眺めていた悪魔が心の底から歓喜の声を上げる。


嗚呼ああ、素晴らしい! これは認めざるを得ない! 苦難を断ち切るのは、自分が信じた誇りの力! そこから湧き上がる衝動的な感情のエネルギー! 人間という存在をこれほどまでに味わうことができるなんて思いもよらなかった。今日という日をすごせたことがとても幸せに思えるだろう。幾度となく思い返して胸に留めておきたいものだ。心の底から彼らの勇士を歓迎せねば、人間を見守る存在としての矜持きょうじが許さないだろう。彼らは名実ともに英雄になったのだ!」


 天にたたえるかのように気持ちを歌い上げる悪魔、ドトキシン。自身の陣営が追い詰められているのに喜びを感じているのは、悪魔が観覧者だからであった。

 ドラマ性があって面白ければ良くて、苛烈であるほど美しい。特化した願いを持った人間が好きだし、願った者が生き残る王道も、無念に死に晒す悲劇さも平等に賛美したいとすら思っている。それも最前席から眺めているのだから感動はひとしおである。


 声を震わせて奏であげるドトキシンに、ダンジョンマスターのテトロはつまらなそうに嘆息を吐いた。


「不愉快にも程度がある。要は俺と同じではないか。自我があるから押し通したに過ぎない。信じたという行動に価値があるのであって、信じたいものに価値があったのかは証明できていない。単にわがままを叫んで、結果として運よく成功できただけに過ぎない」

「ふむ。君にとっては、彼らはつまらないものだったのかもしれない。だがもしも、キミに勝てるのなら胸を熱くするような気持ちで観覧することができたのかもしれないということか」


 ドトキシンはやれやれと言ったように肩を上げた。


「そもそも、キミは最凶チートの願いを持っているのだから比べるまでもないだろう。世の中の概念りくつに対しての反抗アンチの性質を持っているのだから、キミに勝つには極上に弱くなければならない。でも、キミと戦うには色影を討つ程度には強くなければならない。ゆえに、ボクはキミが負ける心配はしていない。そう、影達は自ら死ぬことも含めて、役に立ってくれた」


 だからこそ、ドトキシンは悪魔的に楽しんでいるのだ。まるでリアルな映画を見るような感覚で、いま目の前で起こっている生死すらも他人事なのである。


「死んだ影達の尊い犠牲に感謝しよう。さあ、愛しの天使よ。憤怒を燃やして悪意せいろんを語ろうじゃないか。僕らが正義あくで、奴らがせいぎだ。正義の反対は別の正義ではない。悪なのだよ。どんなに大それた理由があろうが単なる憎らしいキャラでやられる役なのだろう」

「フッ。俺らが悪なのなら、俺はいつか負けるとお前は思っているのか?」

「想像はつかないが、いつかはなるものだと思っている。もっとも、それがキミの生命の寿命的な要素かもしれないし、キミを越える正義ちからが現れたときなのかもしれない。繁栄した文明がついえるのと同じく、素直に歴史として風化していくだけの場合であろう。正義と悪の二元論の結果として潰れることはあってはならない。なぜなら、それが通じるのなら悪魔という存在は当の昔に絶滅しているからである。あくまで敵対しているだけで、行為の良し悪しの結果で滅びるかどうかは別問題だ」

「なるほど。では、俺をどう評価しているのか聞こう」

「キミの本領は戦闘を直接するタイプではないが、弱さや強さと言った言葉の型にめることのできない、言うならば天秤てんびんという存在であろう。キミは戦いの基盤を根底からくつがえす常勝者だ。相手が弱いなら絶望かるさを持っているだろうからキミの悪意ねがいに押し潰され、相手が強いなら希望おもさを持っているだろうからキミの善意ねがいから押し潰される。ゆえに、敗北と言う単語はキミの世界には存在しない」


 弱者であれば色影を越えられず、強者であればテトロを越えられない。ゆえに影達を倒したこの状況は、封殺が決まった瞬間であった。


嗚呼ああ、思い出すだけでも心が震えてくる。今でも余韻よいんで震えるほど感動的なシーンだった。特に深淵しんえんの森のダンジョンマスター、バルバロイン・アンスロンだ! 彼が『神名しんめい』を得たのは想定外で鳥肌が立った。しかし、単純に力が上がるだけなのなら、キミと戦うならむしろおのれの首を絞めたのかもしれないであろう。白影と黒影と戦った銃のお嬢さんのように、パワーアップをしたから倒すことができたなどという簡単な話ではない」


 ミーヌの戦いは例外的に乗り越えただけであった。お互いの奥義ねがいを見せ付け合って、その結果として白影と黒影が自壊しただけで、いわば相性差の問題だったのである。単純に出力だけ見るなら、未だに黒影白影が頭ひとつ抜けてトップである。なにせ2人で1つの願いを創り上げたあげくに、部屋という性質を利用した複合理念魔法で他人を利用しているので出力は本物を凌駕しているといっても過言ではない。複合理念魔法は願いの純度という問題を持ち合わせているが、2人は異常な出力という力技で克服して本物以上の力を得た。そういった意味では非常に完成度が高かったのだ。


「ゆえに、もしもこの状態で勝ち手を狙うとしたなら、はてさて、予測はつくが実現可能かどうかは話が別だ。実に見物な物語シナリオになりそうで、今ですら心が躍ってしまう」

「その予測とやらで、奴らの逆転が本当に起こると思っているのか?」


 テトロの眉尻が少しだけ上がる。若干の興味がわいたようだ。


「まさか。そんなものは神でも悪魔でも分からないだろう。運命の女神とやらは酔狂で、人の中身ねがいを見ていない。単純に頑張ったほうしか応援していないのだから」


 そう言い切ったドトキシンへ、テトロが哄笑こうしょうした。


「努力したほうが勝つだと? ならば、それは人間同士の戦いだ。神は存在しないと言っているようなものではないか」

「さあ? 解釈は個人の自由なのでキミに任せておこう」

「ならば俺の解釈で言わせてもらおう。この世には、神の決めた絶対の正義は存在しない」


 テトロは力強く断言した。


貧民街スラムにいた我は路端ろばたの草のような存在であった。誰も見向きもせずに、誰にも知られずに、自らの生命だけに執着する生物いのちだった。そう、人間とは矮小な存在で、動物とは変わりない。どこにでも のたれ死ぬ畜生と同じく本当にちっぽけな存在だ。ならば、畜生に神はいないのなら、平等に人間にも神はいないのだろう。存在したなら、それこそ全ての生けるものに対しての裏切りではないか。それは畜生にとってみれば、人間を庇護する悪魔なのだ。神と悪魔が共通の意味を持つなら、果たしてその存在に意義があるのだろうか」


 テトロが滔々(とうとう)と語り続ける。

 そもそも神や、悪魔などは人間が都合よく生きるために創り上げた思い込みなのだ。人類が病気を悪魔のせいにして憎んでいた時代が、今や細菌やウイルスが原因と知っている。よって現在では科学が信仰となり、神や悪魔はすがる対象として薄れていった時代になった。ならば神や悪魔は、科学にんげんの力に劣る存在なのだろうか。このような疑問にすら負けてしまう存在は、そもそも本当に存在しているのだろうか。


「神の存在が無いのなら、神が語る正義とやらの正しさも存在しない。ならば、我々が理想と思い込んでいる概念ルールに意味があるのだろうか」


 神がいないのなら、正しさの保障はどこにも存在しなくなる。正義、愛、尊厳、平等、自由、平和。美しいと思い込んでいたそれは価値があったものなのか根本的な疑問が浮かび上がる。

 そう。それらは、単に価値があるものだと思い込んでいるだけなのではないだろうか。


「すなわち、ヒトが勝手に勘違いしていただけだ。正義と決めたものはこの世に存在しない。人類の尊さを保障する神は存在しない。ゆえに全てが平等に無価値。ヒトには、生きる理由は存在しないのだ」


 生きる理由が無くなれば、死んでしまうことと生きることが等価になる。しかし、本能的には死にたくないと思っている。よって、ヒトは生きることを正当化して自慰じいに浸っているにすぎない存在だったのだとテトロは言い切った。


「人間は自慰おのれのために生きている。心の根本では他の生き物のことなど考えていないのだ。ゆえに、俺は、元 人間であるからその概念に従うのは当然の摂理である」


 息を呑み、テトロはおのれ概念ルールを吐き捨てる。


「俺は、俺の世界の主役である。よって、俺は、俺の世界の中で一番偉いのだ。ゆえに、彷徨さまよえる貴様らに愛を込めて、無価値でなくなるように存在理由をつけてやろう。俺は、おまえらを壊し、利用価値として存在を奪おう。俺の役に立つ事が、俺にとっての最上の喜びである」


 彼は貧民街スラムにいた頃から変わっていない。変わったのは立場だけだった。貧民街スラムにいた頃は奪われる側で、今は奪う側として開花した存在として成り上がった。


「生きる苦しみを味わいながら、すがりつくそれらに本当の価値が無いとしたならば、無価値であることに気付かぬ間に命を絶ってやった方が慈悲とも言えるだろう。

遅かれ早かれ、ささいな存在から生まれる死なのだ。いま死ぬのと、明日死ぬのと、矮小な人間とやらには価値の違いがあるはずない。人類が死のうが、明日はやってくる。ならば人類に価値はあるのだろうか。そもそもの存在が不明瞭なものが語る正義に価値があるはずはないだろう」


 その存在はまさに狂気であった。オレを思う故にオレが在る。

 ヒトという種族の存在の根本あくを理解したうえで、それを飲み込んで実行する豪胆さ。悪魔はそれを拍手して心の底から喝采かっさいを送る。


「素晴らしい! やはりキミの素直な邪悪さは魅力的で、心の底から応援したくなる。大丈夫だよ、もしもキミが否定ころされようなら、ボクも共に逝こうじゃないか。キミの存在を心から愛している生粋な応援団ファンだから当然だ。ボクの目には狂いは無かった! さあ、素晴らしい物語で、ボクをせておくれ!」


 ドトキシンは悪魔であるがゆえに偏執的な快楽主義でもあった。テトロを賛美することは世界の危機であるのだが、彼は世界の行く末などまったく眼中に入っていない。むしろ、嘆きの満ちた世界だからこそ、壊れてしまうのも一興の風情があるとすら感じていた。


 だからこそ、気になっていることがドトキシンにはあった。


「しかしながら、世の中は何が起こるか分からない。運命の神とやらは狂気的である。正しきが勝つのも、悲願で潰れるのも、どちらも平等に愛しておられるから結果が分からない」


 横たえた三日月のようにニッタリと口を開き、悪魔が意地悪く問いかける。


「もしも、キミの概念ねがいが打ち破られたとしたらどうでしょうか?」

「ほう。どういうつもりだ? 何を意図して聞いている?」

「そのままの意味ですよ。我が愛しの天使よ」


 純粋に親友を思いやっているがゆえに、事務的な冷酷さがある丁寧な言葉で問いてきた。


「奴らの仲間にはならんし、和解もするつもりはない。だが……そんな奴の生き様、死したのちの地獄で眺めて嘲笑あざわらってやろう」


 その答えに、ドトキシンは笑いをこらえきれないように くつくつと喉を鳴らした。


「どうした?」

「くふふっ。いいや、面白いアイディアが思い浮かんだので、どうしたものかと戸惑っているが、これはなかなか……」


 それは絶品の獲物にくを見つけたときの悪魔の顔だった。最高の物語シナリオをどう掻き混ぜてやろうかと、悪魔は不気味な笑顔を浮かべて思いをせる。


「どうした。もうすぐお前の出番だろう?」

「失礼した。さて、ボクはそろそろひと仕事させていただこう。出迎え無しでは相手も困るだろうし、話し相手にでもなってやるのが人情を酌んだ心遣いであろう。はてさて、どのように説明すれば良いのか迷ってしまうのは贅沢な悩みであるな」


 邂逅かいこうをどう演出してやろうかと悪魔は狂喜の笑みを浮かべる。

 主であるテトロへ深くこうべを下げて、一抹の闇を霧のように残して静かに消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ