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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
傍若無人なシニカル・ウォー
39/53

超動:新しい俺が始まった件について

◇◇◇


「俺はあんな……生きながら死んでいく人生なんて、こりごりだ……」


 潰れかけていた喉から掠れた声が漏れた。


「思い出したようだな。死にたいほどの濃い後悔は済んだか? 自壊じかいして荒廃こうはいしたくなったか?」


 緑影サイクロプスが過去へ行っていた俺を歓迎する笑顔で出迎えてきた。


「後悔だらけだよ。数え切れないほどの日常を手から落としてきた。抱えてきたもの、大事なものだって、全て奪われてきた。だけど俺は、もう一度……」


 植物を捨てられたとき。あのときは絶望したが今は違うのだ。俺は自分の手の内にあるものを守るために力を手にして、再び立ち上がることを決めたのだから。

 ゆえに――


「ここで、負ける訳にはいかねーんだよっ!」


 俺は緑影へ頭突きを叩き込む。


「ムゥッ!?」


 ダメージで拘束が少しだけ緩んだ。それはほんのミリ単位の隙間であるが、俺には充分すぎるほどの距離だった。


「おォォらッッ――!」

「ぐゥゥッ! なに!?」


 瞬間的に体をねじった勢いを前腕に込めて緑影の腹へ叩き込む。俺は緑影から脱出する。


 俺がやったのは寸勁すんけいなんて大層な名前のついている技である。これは密着状態などで拳を振るえないとき、拳以外の勢いを総動員して打撃を放つ技である。簡単にまとめれば、一口に打撃と言っても、体をねじる勢いと、打撃時の体重移動など、単に拳の筋力だけの攻撃ではない。なので、拘束されても体を思い切りねじり振ったりする勢いの流れを上手に利用できれば、それなりの威力がある勢いを叩きつけることが可能ということである。


「やっと頭が冷えてきた。こうすりゃ脱出できたんだな。……ったく。勝手に俺の古傷を開きやがって、このやろう」


 脱出した俺。緑影は襲ってこない。むしろ感嘆の息を静かに吐いた。


「まさか、見つけられたのか? おまえの答えを……?」

「ああ、俺は守りたくて力を得た」


 そうして俺は生まれ変わったのだ。あの時、誰にも宣言してなかったけど心の底では誓っていた。俺はもう逃げたくない。


「あとはもう1つ、忘れていたことを思い出した。ガキの考えかもしれないが、昔の俺は未練があったんだ。何年も暮らしていた場所ぜんせを去ったんだからな。ここにいる『俺』は『僕』であるのかどうか。それがずっと割り切れていなかった」


 例えば前世で使っていた名前を名乗っても、そんな名前はこの世界に存在しないと今世では否定されるだろう。それが怖くて、俺はずっと前世の名前を名乗れなかった。しかし、この世界で受け取った名前を名乗ったらどうかと言われると、過去に積み重ねてきた全てが消えてしまうのではないか。昔のことだと忘れてしまうのではないか。そんな不安にずっと俺はかられていた。

 つまり、今の名も、昔の名も、どちらかを名乗れば、どちらかに傾いてしまうのではないかという強迫観念があったのだ。


 だが、いま分かった。それは違う。クラスとしての居場所せかいが、その役割が『僕』という存在を縛り付けていた。怖がりだった『俺』自身が、地球で生きていたという前世で『僕』を縛り付けていただけだったのだ。


「これはウチの神(マッスル)が言いそうな言葉だな。人間は鍛えるから強くなれる。鍛えた先は別人に見えるかもしれないが、結局は鍛えたあとでも自分の延長なんだ」


 この意味が心の底から理解できるからこそ、筋肉の神(マッスル)と俺は波長があっていたから出会うことができた。そして、相性が良かったから今の状態になれたのもあるだろう。

 だから本当に縛っていたのは、体ではなくて心の置き所であった。今の自分がどちらにつきたいかということである。


「だから、今、この場で俺の名を言ってやろう。これから立ち向かう全ての害悪に対しての宣言もかねてだ。俺はもう『僕』には戻らない。この世界で受け取った名前を名乗ろう」


 ゆえに、この時をってして変わろう。変わるというのは、未来に向けて自分をえることなのだ。俺は誓ったはずである。もう俺は逃げない。そして、守るべき者を背負い続けると絶対を誓ったのだ。


 この世界に来てから、生まれて初めての言葉。万感の思いを込めて、その名を叫ぶ。


「俺の名前は、バルバロイン・アンスロンだ! ここに守るべき居場所があるのなら、俺はここの世界の住人だ!」


 その瞬間、俺という存在に魂が宿った。名前と言う符号によって、この次元せかいに俺と言う名の識別が生まれ、雑多なひとりではなく『俺』としての存在が世界に認識されたのだ。確固たるおのれとして、この世界にいる俺に秘められていた本当の力が爆誕する。


「覚悟しろ。俺の正義ジャスティスは、もう迷わない」


 緑影は歓迎するかのように、声を上げて哄笑こうしょうした。


「よい波動だ。だからこそ、荒廃させる価値が生まれる……!」


 爛々と目を輝かせて、一直線へ俺に向かってきた緑影。破壊の拳を振り上げられる。


「これで終わりだ。ウゥゥハァァ――ッッ!!」

「終わるのはお前のほうだ。うおおォォ――ッッ!!」


 互いの腹に突き刺さる拳。よろめきかけた敵の体を好機と思い、再び気合いの拳が交差する。

 拳圧により大気が押し潰れて軋んだ悲鳴をあげた。放たれる一撃ごとが全て必殺相当の域である。それでも立っていられるのは、コイツが怪物であるからだろう。


「さあ、教えてみよ。何を見た!? 何を学んだ!?」


 思いを乗せた拳圧と共に互いの拳が殴り語る。


「一度死んだ俺は、好き勝手に生きようと決めたんだ。だからこそ、今世では世界クラスおさめる正義せいぎではない。俺が治める俺が決めた正義ジャスティスを背負うって決めたんだ!」


 互いに一歩も引かぬまま、愚直に殴り合う。

 緑影の拳が俺の額を撫で削ぎ、脳が揺らされる。うっすらと消えかける意識を気合いで保たせて、その顔面に向けて殴り返す。

 緑影は両手を交差させてガードしてきた。


「だから! 俺は正義ジャスティスを貫いてみせる。おまえごときのガード、ぶち抜いてやる!」


 右手は正義ジャスティスの魂を手放さないよう堅く握る。左手には今の守るべき者を失わないよう堅く握る。


「うぉぉおおォォ――ッッ!」


 乱打の大嵐を叩き込み、緑影の交差した腕ごと叩き潰しにかかる。


「ぐぐぅ! ぬぅぅぅんッッ!」


 しかし、耐え切っている。なにせ、敵は怪物である。その存在はサイクロプスという名の怪力乱神の権化ごんげ。鍛えられた人間や、はたまたそこらへんを歩いているモブモンスター程度など軽く凌駕した生物なのだ。


「見事だ……。だが、我を倒しきれなかった貴様の負けだ!」


 緑影が刃のような冷たい声を漏らした。ぞっとするような世界へ転換される呪文が紡がれる。


『――失った日々こそ尊く思うべし。ゆえに荒廃せよ。全ての終焉は荒廃に逝きつき、ちてこそ真価の輝きを放つものなり』


 空気が濁りはじめたように感じた。まるで泥を飲み込んでいるような、詰まるような世界に陥る。全てのものはいずれ朽ちる運命にある。緑影は空気すらも荒廃させてきたのだ。

 それは弱き者は朽ちていく自然法則。ここにいる怪物以外の弱き生き物は、全て生き延びられずに朽ちていってしまう概念ルールを決定付けられた。


「フゥゥ、ハァ――ッッ!」


 緑影の攻撃が更に苛烈になる。

 この詠唱(心の詩)こそが、緑影が荒廃に狂う理由になってしまった理由が込められているのだろう。だからこそ荒廃させるという無茶な美化をして生きてきた。その生き様が現れているようだった。


「お前は荒廃した過去の自分を美化しているだけに過ぎん! 我の手で、貴様の輝いている今とやらを、貴様の過去の後悔ごと朽ち壊してやろう!」


 空間すらも押し潰す怒涛の拳が、互いに飛び交わる。唸る鉄拳と、剛拳の激烈な応酬。

 互いにダメージを受けた傷口を中心にポロポロと少しずつ朽ちはじめてきた。緑影が解き放ったのは全てを荒廃させる魔法である。ゆえに、攻撃にさらされた肉体すらも荒廃していく。


「さっきから うるせぇんだよ! 俺は失ったものを美化しない。傷ついた過去を忘れたなんて誤魔化さない! どんな過去だって、それ以上でもそれ以下でもない! いま俺が背負っている仲間たちの命も、つまらない後悔の過去も、全てが平等に今の俺を作っているんだ。美化してたまるかァ――ッッ!」


 なにが概念ルールだ。そんなもの、皆がそうであると思い込んでいる皆の概念(世界のルール)じゃないか。そもそも俺は正論せかいを強引に無視したからダンジョンを建てたのだ。俺は正義(せかい)を越え、自分の信じた正義ジャスティスを背負うことを誓ったのだ。


「うおォォ――ッッ!」


 俺の乾坤一擲けんこんいってきの拳が決まる。


「グヌゥゥ――ッッ!?」


 殴られて跳ね上げられる緑影の体。全てがスローモーションに流れていくように見えた。

 俺はこの瞬間を待っていた。緑影はこのタイミングで反撃はできない。


「悔い改めろだの、後悔だのごちゃごちゃうるせーんだよ! 後悔ってのは気持ちなんだ。自分の内から湧いてくるべきものなんだ。他人に濃いだの薄いだの言われる筋合いはねーんだよ!」


 一歩を踏み込み緑影へ近づく。踏み鳴らした足から、爆発するような地響きがとどろいた。


「本当に幸せを望むなら、今の自分を越えてみせろ!」


 だからこそ、俺は越えるためにこの世界に生まれてきたのだろう。自身の弱さを自覚してこそ、人は本気に自分をきたえようとするのだから。

 俺は力を溜める。目視できるほどの闘気が俺の拳に轟々(ごうごう)とまとわっていく。


おとこなら、意地を張り抜いて、後悔トラウマくらい踏破してみせろ!」


 要するに、緑影の魔法は崩れてしまった自身の正当性と、耐え切れなかった自分の過去を美化するためのものだ。

 ならば、俺の正義ジャスティスはその世界を上回ってやろう。朽ちるのならば、それを越えた頑強さで勝負してやろう。俺が胸に抱いた願いが、ここで朽ちるハズはないのだ。


 ドクリと心臓が大きく跳ね上がり、全身へ血液が濁流のように流れ、血潮が熱く沸騰して鮮血色の蒸気となってにじみ踊る。

 さあ、見るがいい。この力こそが、俺が再び人間として生きることを選んだ魂の源泉。これが俺の決意ジャスティスの重さだ。


「本気でいくぜ……。覇道豪腕拳はどうごうわんけん!」


 反撃を許せる状況だからこそ、以前の俺は『覇道豪腕拳はどうごうわんけん』が不発してしまったことがあった。そして格闘家として格上の相手ならば、そのノーガードになった隙が命取りになってしまう。だからこそ、このタイミングが欲しかったのだ。


「オォォりゃァァ――ッッ!!」


 俺は渾身の力で緑影の腹を打ち抜いた。


「グゥアあァァァ――――ッッ!!」


 緑影の巨体が荒廃した土ごと巻き込みながら、土煙をあげて吹き飛んでいく。その巨体がついに倒れた。


 大ダメージを受けた緑影の体がほろりと欠けていった。緑影は自身の願った魔法によって朽ちているのだ。


 緑影は満身創痍となって動けなくなっていた。俺は緑影に問いかける。


「……最後に言いたいことはあるか?」

「朽ちてこそ、全ては輝く。我は、このおもいを手放し、この体が荒廃することに後悔はない……!」

おもいを手放さないで生きることが俺の正義ジャスティスだ。お前とは縁が遠かったようだな」


 俺の答えに緑影は静かに苦笑する。緑影の体の欠片が光の粒となっていき、ダンジョンへ溶けていった。




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