交情:村とか町を金の力で穏便に従わせた件について
◇◇◇
世界は夕暮れに染まり、風がさざめきを奏でる。それをかき消すかのように2人の剣戟が響く。
鋭い輝きの日本刀を持つキキョウはさらりと回避する。背丈ほどの大剣のオルフィアは果敢に攻める。
「おおぉぉ――っ!」
風を轟然と切る大剣の音。オルフィアは怒涛の連続攻撃を仕掛けていく。ステータスが上昇し、もはやチートレベルとなったその攻撃は、一撃でも当たれば即死する威力をもつ。
空振りし、地に叩きつけられた剣が大きな音を立ててクレーターを作った。絨毯爆撃でもされたかのような爪痕が次々に残されていく。
単純に計算してあの打撃攻撃力は俺と同等レベルだ。当たれば岩や鉄すらも容易に砕けてしまうだろう。対峙する可憐な少女に対する攻撃にしては、あまりにも苛烈すぎる。
「はァッ! セイヤ!」
刹那の見切りでキキョウはかわし続けるが、オルフィアのその攻撃はとどまることを知らない。強さのみで隊長にまで上り詰めた究極にまで鍛錬された剣筋は、まったく隙の無い剣のさばきとなっていた。その計算され尽くした剣線は、もはや芸術の域にすら達しているだろう。
「んっ――。当たらないよ」
しかし、キキョウも負けてはいない。全ての攻撃を涼しげにキキョウはいなしていく。なにせ彼女は帝国に破れ、歴史の舞台から下ろされたヤクショウ国の姫である。
崩壊する国に、圧倒する帝国の戦力。その中を生還してきた事実。すなわち、血塗れた地獄を踏破してきた猛者であるということに他ならない。
実力者同士の2人の攻防。それは流麗な剣舞を踊っているかのような神秘的な感覚すらおぼえた。
「あの子、負けるのかしら?」
不安げにつぶやいたコウカ。
攻撃し続けるオルフィアに、ギリギリでいなし続けるキキョウ。キキョウが一歩も手が出ていないように見えなくも無い。
「コウカ。キキョウの太刀筋を見てみろ。大剣の芯に入っていない」
「そこまで見えるのはオーナーくらいですわ。わたくしには素早すぎてよく分かりませんの」
「おにいちゃんすごいね。わたしも分からないけど、オウレンさんはどう?」
「剣がぶつかり合ったときの音が違うのは分かります。なんと言えばいいでしょうか、旦那さまと黒騎士が戦っていたときよりも音の質が軽いかもしれません」
「ご主人さまとオウレンさんの言っていること、なんとなく分かる気がする。大剣をなでている感じっていうのかな?」
日本刀は切断することに優れており、打ち合いには向かずに芯から大剣の攻撃をぶつけることは出来ない。ゆえに、触れるような繊細さを以って剣線を受け流していかなければならないのだ。相当な技術が要求される刀さばきを、なんてこともないようにキキョウは振舞っている。寒々しいまでに冷えた思考で、冷静に敵の剣さばきを観察していっている。
全てのオルフィアの攻撃がまるでキキョウから逸れているとすら錯覚してしまうほどの流れに思わずうなった。
「おぉぉ、セイヤッ!」
「フッ。数字が大きくても意味は無い。全ては流れで決まるもの……」
ステータスのごり押しで一方的にオルフィアが攻めているように見えるが、実のところはキキョウが追い詰めている状態なのだ。すでに何十と振られた全ての大剣をかわし、撫でいなしているということは、完全に動きを読んでいる事実に他ならない。
「……剣技の特徴。攻撃は演出で予測できる。すべての技を出しきったとき、あなたに終末が訪れる」
攻撃を出すには一連の流れがある。ゲームで言うなら、必殺技を打ち込むために防御を崩すパターンなど、いわゆるテンプレートの流れが存在する。その一連の流れをキキョウは演出と言い切った。その演出が切れたとき、キキョウは動き出すと死の宣告をオルフィアに言い渡したのだ。
「ほう。ならば、これならどうですか?」
手首をカチャリとまわし、パンチの挙動で手甲を投げ飛ばしてきた。予想していない攻撃だったのだろう。キキョウは目を見開き、刀で切り上げた。鋼鉄製の漆黒の手甲が両断される。
その一瞬の隙。オルフィアは素手になった手を突き出した。
『汝の精神、我が溶かし喰らおう。汝の霊魂、我の隷属にしたがわん』
オルフィアの手から光の波動が現れた。キキョウはガクリと肩を落とし、刀を杖のようにして耐えているように見えた。
忌々しいとばかりに目を細めるキキョウ。
「……効いて、ないよっ!」
刀を一閃して光の波動を吹き飛ばした。オルフィアは瞠目する。
「隷属の刻印を押したと報告されていたはずだ。なぜ……?」
キキョウは、ほんの少しだけ口元をあげた。
「あの程度のもの。縛られると思っていた?」
「これは本格的に参った。ここまで戦ってもアラウザルすら使わせないときたものか」
「疲れるから。使うはずない。使わせたいなら対価。相応の切り札を見せないと」
「ここにいる全兵力をぶつけろと申しますか? お互いに無事ではすまないでしょうに。立ち寄っただけのダンジョンで全力をふるうほど愚かではない。幸運の黒猫殿、あなたはこのダンジョンに組する気なのか?」
「寄っただけ。そのうち、ふらふらする」
「あなたならばそうでしょうね。アゼル、フェデー、撤退だ!」
「ハッ、了解しました! 全軍、撤退せよ!」
「チッ、覚えていやがれ!」
◇◇◇
テーブルを囲って一息つく。集中の綱渡りの戦闘だったので、皆もくたびれたようだ。オウレンがお茶を入れてくれて一息つく。
「つーか、どうして黄昏の黒騎士、オルフィアがこんな小さいダンジョンに来るんだよ。キキョウ達は心当たりがあるか?」
ああいった戦力は、中央拠点にドンと立っているからこそ威圧感としての価値があるのだ。威厳により平和を守っている帝国だからこそ、強さのシンボルとなるオルフィアを簡単に前線に出したくないはずだ。
「分からない。でも、予想はついてる」
あなたも本当は分かっているだろうと言うように、キキョウがコウカを一瞥する。
「端的に言えば趣旨変えですわね。立っているだけでは威厳が保てなくなった。だから実際にどこかを攻め落とす必要があった」
なるほど。だからヤクショウ国が落とされたのだろう。威厳を維持するため、戦力を本格的に前へ送っているようだ。
「その通りの予測。ここに来たのは、別の重要な任務のついでの可能性があるかも。小さいダンジョンを落としても、威厳にならないから」
「さすがです! われらの姫さま!」
こういうのって副官がバシッと鋭く言うポジションだろ。さすがです、じゃねーよ。俺の中でコイツはアホの子だと不動の認定をする。
「ともかく、助けてくださってありがとうございました。礼を言いますね」
「オウレン殿、そこまで畏まることはないぞ。わたしは真の忍びになるために、常に鍛錬しているからな」
「は、はあ……。鍛錬の結果がアレですの?」
忍者と隠しながら忍術を叫んだり、コウカはあの戦闘を思い出して呆れたような口ぶりをはさんだ。
「ふふふっ。そう、あの行動こそが真の忍者になるわたしの理だ! ヤクショウ国に伝わりし、忍びの五行、その1! 慈しみを以ってして、人のつながりを支援せよ!」
「忍びの五行!? ご主人さま、なんかすごそうだよ!」
「ああ、そうだな。慈しみか……」
「その通りだ! 無償でわたしはおまえ達に助太刀してやったのだ! 感謝するんだぞ!」
「そうなんだ。ありがとう!」
素直なミーヌの感謝に、アマチャがしたり顔をして、ヘヘんっと偉そうに鼻を鳴らした。無償なのにエラそうに感謝を強要するっていうのは慈しみなのだろうか。
「まあわたしは良いだろう。しかし、客人であるわれらの姫さまのお手を煩わせたのだ。こちらはそれなりの手間賃が必要だぞ」
「おや? 慈しみを吐きながら、お小遣いを求めるなんて、ずいぶんと図太い神経の自称お客さんですね☆」
「ホミカよせ。ダンジョンバトルが控えている今は、少しでも戦力が惜しいからな」
今回の戦闘でキキョウ、アマチャの2人ともが戦力になることが証明されたのだ。ならば相応の評価はしなければならない。俺達だけでオルフィアはギリギリで勝てるかどうかの戦いだったのだから、たった2人でそれと同じくらいの戦力があるのだ。奮発してもバチはあたらないだろう。
硬貨の権利で、白金貨10枚を作って渡した。
「おお! なっ、なんなんだおまえは! 実はすごいお金持ちなのか!? 姫様、白金貨です! 初めて見ました! すっごいです!」
太陽のようにきらきらした笑顔で輝いているアマチャ。その一方でキキョウは、興味なさげにもらった硬貨の枚数を数えた。
「うん、善意に感謝。重畳だ。街でぶらついてくる」
「くぅ~っ! クールな姫様、素敵です!」
「前から思っていたけど、うるさい」
「ガーン! そんな~!」
2人が小屋から出ていった。
「ご主人さま、すごく愉快な人たちが来たね!」
「……俺達よりもうるさいなんて、逆にすごいな」
「どうしてかしら。頭が痛くなってきましたわ」
◇◇◇
俺はダンジョンバトルの準備のため、町へ向かった。
保護申請してきたサース町長と、セリ村長を呼んで話し合いをすることになった。
「この戦いで勝利したならば、敵のダンジョンの敷地を寄付することを誓おう。協力して欲しい」
俺の提案をサース町の町長もといギルドマスターと、セリ村の村長が耳を傾けている。
「新しい土地は魅力的だが、それだけでは町は動かせないぞ」
ムッツリとした顔で否定するサース町長。さすがギルドマスターだけあって威厳がある。
「そのとおりじゃ。そもそも土地をもらったところで、土地を生かすための人が足りん」
セリ村長は初めて見たが、いわゆるテンプレート的なしわくちゃ長老っぽい感じだ。
さて、この提案だけでは両者共に否定的なようである。ただし、旨み自体は否定せずに、いわゆる現実的ではないという否定の仕方だ。それならまだ話し合いの余地はある。
「そこで我らからの提案なのだが、人間が足りないならそのダンジョンを共用してみてはどうだろうか? いわゆる合併という形だ」
俺らのことを『我ら』と言って大物ぶってみる。恐れられるはずのダンジョンマスターなのだから、これくらいの迫力あったほうがいいだろう。
「なるほどのう。たしかにワシらが総出であれば足りるだろうが、土地だけでは村人が納得するはずはないじゃろうて。あいにくと生きていくだけなら困っていないからな」
「オレも同じ意見だ。新しい土地を求めるために、町人を死地に飛び込ませるのはリスクが大きすぎる。せめて分かりやすいように、財宝などなら話が変わるが」
「小さい村や町は万年金欠だからのう。人が少ないから生産力が無く、だから村全体にお金が回っていない。ゆえに、商人が寄る旨みがない。商人が来なければお金は滞ったままで、いつまでたっても貧乏なままじゃ」
来た。その言葉を待っていた。
「つまり、金になる土地ならば話は変わると言うわけだな?」
俺の言葉に、2人が息を呑んだ。
「我々が戦うダンジョンは天空のダンジョンだ。人間界では別名、天金山と呼ばれているソレだ」
「なに!? それは本当か!?」
「待つのじゃ! 金属で出来ている山など、本当に実在するものなのか?」
「ああ、本当の話だ。我も名前は知っていたが、まさか実在するとは思ってもみなかった。このダンジョンデータを見て欲しい」
マッスル神からもらったデータをスマホに読み込ませて映写モードを設定する。
スマホをテーブルの中央に置く。スマホから3D画面になった敵のダンジョンが飛び出してきた。そこにあるのは空に浮いている黒光りしている山。黒鋼で出来た山である天金山そのものであった。おそらく元は鉱山洞窟系のダンジョンで、外殻を補強し続けていった結果として100パーセント金属の山になっていったのだろう。そこにダンジョンのガチャで『飛行』を付加した結果でこうなったようだ。
「驚いたぞ、まさに天金山だ。ここを制圧できれば鉄器が作れるようになる。これだけ大量の鉱物があれば産業が生まれるはずだ」
「安価で鉄を売れば鍛冶師が来るかのう。たしかに、旨みはある話になったぞ」
そして、美味しい話になったなら、当然に裏をかいて悪さをしようとたくらむ輩がいるだろう。そこがポイントである。
「だが考えてほしい。2つの町と村で分けるとなれば、これほどの量となると問題が起こるかもしれん。少しの配分の違いで大量に量が変わる。自分たちの方が活躍した。ゆえに正当な権利があると義賊という大義名分を使って、私服を肥やす泥棒が出るかもしれん」
「なるほどのう。だからこそ、ダンジョンマスターは合併と言ったのか」
「納得したが、勝つ算段はあるのか?」
「共に協力するならば、可能性があるだろう」
俺はパチンと指を弾く。ふたりの前に宝箱がひとつずつ落ちてきた。
2人は顔を見合わせておそるおそる宝箱を開けてみる。入っていたのは白金貨150枚、すなわち1億5000万円相当ずつあった。
「な、なんじゃこれは!?」
「おまえ、この金はどうやって……!?」
「ダンジョンの宝箱の中には、金が入っていることが多いらしいな。我らのダンジョン内で力尽きた冒険者達の財産。全てをかき集めてきた」
ダンジョンの力で作ったとは言わない。足元を見られたり、いろいろとカドがたって面倒になるからな。
2つの宝箱の白金貨はポイントに換算すれば1万2000Pである。しかし、俺のダンジョンにはゴキブリ駆除システムがある。撃破と触手の販売をポイントに計算すると1日に平均して4000Pほど溜まる事が分かっていた。手痛い出費ではあるが決して払えなくはないポイントなのだ。
「これが戦うための資金となるだろう。これだけあれば村人の説得や、武器や戦力をそろえることが可能だ。これは我らにとっても、おまえたちにとっても最大のチャンスである。あらゆる力を使って、敵のダンジョンを討ち滅ぼして欲しい」
ダンジョンとしては向こうの方が格上である。ゆえにダンジョン同士の直接的な戦力で戦ってはならない。そしてダンジョンを攻略するのはいつだって人間の力である。ならばダンジョンの踏破は人間に力を貸してもらうことこそが攻略の近道なのだ。
「おぬしの旨みが分からない。たしかにワシらにとってはよい話だが、出来すぎた話じゃのう?」
「我々は人間の世界での価値観は適応されない。我が欲しいのはダンジョンコアだ。必要なのは核であり、抜け殻に関しては周知せんよ」
「つまり、山は譲ってくださると言うことか。それならオレは納得したぞ。この戦いに賭けてみよう!」
「うむ。ワシらも力を貸すことを約束しよう」
サース町のギルドマスター、セリ村の村長共に戦う気になったらしい。
「決戦は7日後だ。それまでに戦力を整えて欲しい」
「なるほどのう。それならばワシはギルドに傭兵の願いを出そう。長く老いぼれてきたから人脈はある。人材は任せて欲しいのじゃ」
「こちらは武器を集めていこう。ギルドマスターの権限を活用して、無理矢理にでも商人を呼んでこよう。極上の武器をそろえてやる」
サース町とセリ村の両者とも、住人が協力してくれることになった。
◇◇◇
「マスターさんの情報提示、自分のことを『我』だって。ぷふふっ。ハイパー似合っていたんじゃないですか☆ ええ、ハイパー誉めていますよ。いつもよりも威厳が高品質化されてまして、ええ、本当に……くぷっ、ふふふっ」
こっそり着いてきたのか、なんか後ろで笑われていた。




