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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
藪(ヤブ)から棒にスタイリッシュダンジョン生活
12/53

主題:なりたくないけど? ハーレムを決意する件について

「次はアレやりたい!」

「走るな。はぐれるなよイチイ!」

「ご主人さまの匂いで分かるから平気だよっ!」


 イチイがたたたっと人ごみを走り抜けていった。おまえが分かっても、俺たちが分からないと困るんだってば。面倒くせぇ。


「おにいちゃん。あれ、ハズレなしだって」

「くじびきだな。ったく、イチイにナイショでやってみるか」


 2人で一緒にくじを引いてみる。俺はおっちゃんに引いたくじを見せた。


「おお! それなりの当たりだな。ニイちゃんにはコイツだ」


――ムーンの髪飾りを手に入れた――

アクセサリ:ムーンの髪飾り

女性専用装備。幸運が+10上昇する。麻痺マヒを無効化。三日月の形をした綺麗な髪飾り。


 男がもらってもしょうがねーものをもらった。裏返すとウサギの刻印が彫られていた。こういったロゴのあるやつは名の知れたメーカーなのかもしれない。

 今度はミーヌがくじと景品を交換する。


「こいつは、残念だ。おじょうちゃんにはコッチだな」


――虹色の羽を手に入れた――

アイテム:虹色の羽

通常使用はできない。なんかさっき落ちていたらしい。



 忘れていた。俺たちは幸運のステータスが低かった。イチイにやらせればよかった。


「おにいちゃん。おめでとう、なのかな?」

「にぼしじゃないから当たりっぽいが。つーか、男が髪留めをもらってもしょうがねーよ。そうだ、ミーヌにやるよ」


 ミーヌに髪留めをつけてやった。普段はもの静かな印象があるからこそ、月のしとやかな美しさと合わさって非常に髪飾りが似合っていた。


「よし、似合うじゃないか! いいぞ!」

「うん。ありがとう……!」


 ほほを染めて、はにかむようにミーヌは小さく笑った。


「じゃあ、おにいちゃんにお返しをあげるね」

「綺麗な羽だが……もらったはいいが、用途が分からん」

「うぅ……やっぱり、髪留めは返すね?」

「大丈夫だ。これでオウレンがアイテムを作ってくれるかもしれないし、お土産を買う手間がなくなってよかった。だから、これも俺にとっては当たりになったから遠慮するなよ」


 ぐしぐしとミーヌのでると、ふにゃりと嬉しそうに笑った。今日はミーヌが俺の心のオアシスになっているなあ。

 まあ、ナンバーワンの座はプニ太郎だがな!


「でも、いいの? くじびき、失敗しちゃったよ」

「遠慮なんかしなくて甘えてもいいぞ。おにいちゃんだからな。それに、イチイなんか好き勝手するし、ホミカだってウルサイし、最近はオウレンもイタズラゴコロを持ってなんかしてくるし、だいたい好き勝手やってる連中だ。みんな誰かが犠牲に……いや、違った。甘えるのが前提だけど、だからこそこっちが甘えてもみんな嫌な顔をせずに付き合ってくれるんだよ」


 遠慮なんかしないで心同士のぶつかり合いをするところ。それがウチのダンジョンのメンバー達なのかもしれない。ふとミーヌが涙目になっていることに気づいた。


「おい、どうしたんだよ!?」

「ううん。幸せの予感がしたから。分からないけど、涙が出てきた……」


 俺はそっと涙をぬぐってやり、少しだけ道を外れて静かな場所へ移動した。


「もしかして、昔のことを思い出したのか? 懐かしくて、帰りたくなったか?」

「大丈夫、別のことだよ」


 ぽつりとミーヌが語りだす。


「最初から分かっていたんだ。お母さまを信じるのか、自分を信じるのかどちらが正しいのか。でも、だからこそ心がいつも揺れていたのかも。親の愛情を信じられないのは、がんばることが必死じゃなかったのかもしれないと、ずっと迷っていて……。だって元々自分のことを信じていなかったから。まだ子供なんだから、きっと親の方が正しいのかもって……。だから余計に自分が感じていたことが分からなくなっていた」

「……そうか」

「あのとき、声をかけてくれて やっとわたしは目が覚めた。ダンジョンを守るって決めて、わたしは初めて一歩を踏み出した。でも……それは本当に正しかったのか分からなくなるときがある。一人ぼっちになると急に思い出して、怖くなるときがある……」

「こっちに、俺達のところに来て楽しいと思ったか?」

「うん。いまも思っている。でも、まだ迷ってばかりな自分もいる。もしかして、こんな風に生きていたらこんな未来があったかもと思うときもあって、やっぱり自分が変わっていないんだなって思って……」

「それが思えるだけマシってことだ。人間って、思うことを気づいた瞬間から変われるもんだからな」


 ミーヌがうるんだ瞳で見上げてくる。


「やっぱりそうだ。だから幸せの予感がして嬉しかった。幸せの予感がして、幸せだと思った」


 そしてはかなげに、にこりと笑った。


「おにいちゃん。わたしをダンジョンに入れてくれて、ありがとう」


 心のそこから言っているような、静かな口調だった。


「……おう」


 あまりに真剣な言葉に、どう答えればいいか分からずにぶっきらぼうな返答になってしまった。


 人は騒がしいときほど、ふと心の静けさに気づかされるときがある。ミーヌは銃使いでいわゆるガンナー職である。戦場を見下ろしながら援護攻撃をしかける。つまり戦況を読む冷静さが求められる。

 冷静に生きているからこそ外の騒がしさと、心の内の静かさを感じやすいのかもしれない。だからこそ、このタイミングで感傷があったのだろう。


「幸せは限られていると思うんだ。だからわたしはあの家では幸せになれなかったのかもしれない。今日のお祭りだって本当は誰かがお留守番しなくちゃいけなくて、偶然に わたしは来れただけだったから」


 他人の思いを押しのけた結果として勝者と敗者が生まれるように、誰かの献身があってこその今がある。ずっと母親に敗者として扱われ続けてきたミーヌだからこそ、いまこの時の尊さを感じ取っていた。


「留守番の2人がわたしを笑顔で送り出してくれて、実は本当に驚いていたんだ。幸せの反対は悲しみだと思っていた。でも、みんな幸せそうな笑顔でいる」

「オウレンはともかく、ホミカはダダをこねていたと思うが?」

「そういう風に感情を前に出せることも含めて、きずななんだと思う。おにいちゃんのおかげで、みんなは おにいちゃんを中心にした絆が結べて幸せになったんだと思う。おにいちゃんがそばにいてくれたから、今のわたしがいるように……」


 ダンジョンを通した絆。ミーヌだからこそ、今の絆はとても幸せな結果なのだと言い切った。


「イチイちゃんからお話を聞いたよ。オウレンさんだってそう。みんなおにいちゃんに助けられてきた。助けられた恩もあるだろうけど、それは本当じゃなくて。たぶん、みんなおにいちゃんのことが大好きだからずっとダンジョンにいると思う」

「そうか」

「おにいちゃんは女の子が苦手なのは知ってるよ。だから今みたいにみんなが仲良く暮らしていると思う。でも、ふと考えちゃう。もしも誰かとおにいちゃんが一緒になったなら、みんなバラバラになっちゃうかもしれない……」


 慕われている人間が彼氏と彼女になったなら、他の人間はその人を狙うのは諦めなければならない。当たり前のことではあるが、切り捨てられる側にとっては酷く残酷な一面である。


「だからおにいちゃん。わたしは、悪い子だから……。悪いことを願っているのかもしれない……」


 ミーヌが言いづらそうに。でも、その信念が間違えではないと信じているといったように決意を込めて言葉を続ける。


「迷惑かけてばかりのわたしのお願い。もしもおにいちゃんが女の子の苦手が治ったなら、わたしを受け入れてくれたみんなが幸せでいられるように……」


 うるんだ瞳で願うように、きゅっと力を入れて指を絡められる。この幸運な絆がずっと続くようにと、ミーヌが俺の小指を絡めて約束を結ぶ。


「わたしたちがみんな大好きなおにいちゃんと結ばれる幸せな夢。誰も傷つかなくて、みんなが幸せになれる世界を約束して欲しい」

「つまり、ハーレムか……」


 そういったオチになる娯楽ごらくは、たしかに見たことがある。自分を愛してくれる大切な存在がいて、みんなが大切だからこそ誰か1人を選ぶことなんてできない。誰も悲しませたくないからこそ非常識と分かっているうえで選び取るハーレムの物語。全員を背負う覚悟をしたうえで選んだのなら不純ではないかもしれないが、いざ決断するとなれば大変なものかもしれない。


 ダンジョンメンバーの顔を思い浮かんだ。

 好かれているのは察していた。今の絆が大事なものなのは、ミーヌに言われなくても知っていた。しかし、大事なものだと一番知っているミーヌに言われたからこそ、ハーレムの選択は重たく感じられた。

 真摯に願った約束だからこそ、心の底から考え抜いた答えを返さなければならないと思った。


「いつ治るかなんて分からん。一生このままかもしれない。だけど、みんなのことが異性として好きになれたなら、約束する」


 俺は不安げに結ばれた小指同士をぎゅっと絡めあった。ミーヌが笑顔になる。


「おにいちゃん。いいの? 悪い約束だよ?」

「正義か悪かなんて関係ない。それが正義ジャスティスかどうかが一番重要だ。みんなのためを思った約束なら、それは俺にとっても正義ジャスティスだ」


 それが世間から悪として迫害されるような選択でも、俺は自分の信じた正義ジャスティスを貫き通そう。


「じゃあ、約束だよ。ゆびきりげんまん、ウソつかないっ!」

「ああ、ウソつかない」


 絡めあう小指のぬくもり。2人っきりで、小さな約束と大きな決意をここに結んだ。


「おにいちゃん。イチイちゃんを探しに行こう」

「ああ、そうだな」



「ご主人さま、こんなところにいたんだ! 面白いのを見つけたよ、はやく来て!」


 元気いっぱいにかけてきて、俺の腕を掴んでぐいぐいと引っぱるイチイ。


「元気な奴だなあ。ほら、ミーヌも行くぞ」

「うんっ!」


 ミーヌは今日一番の笑顔を咲かせた。



 ふと屋台の中に花屋を見つけた。彼氏が花屋から花をみつくろってもらって、彼女らしき人に告白しながら渡している。だが、俺はその2人よりも花に目を奪われた。

 脳裏に焼きついた記憶が呼び起こされて、心の古傷を掻きむしる。アスファルトの道路に散った白い小花がどす黒い血に染まり、生気を失って曇った瞳になった女の姿。死体であるのに生前のように全てを見下し嘲笑あざわらっているその姿に――――。


「おにいちゃん。立ち止まってどうしたの? 行かないの?」

「ん? ああ、悪い」


 俺は静かに息を整えた。どうやら、ぼーっとしていたみたいだ。


「本当にだいじょうぶ?」

「大丈夫だ」

「本当に……?」


 すごく心配されている。あの母親のもとにいたせいか、こういった感情の機微きびに反応できる優しい性格なのかもしれない。


「……ほら、アレだよ。その……お、王子だった頃の話はしてたっけな? 花を持ってきて嫌がらせなほどに求婚されまくって精神的に参ってた時期があったんだよ。だから苦手になったんだ」

「おにいちゃんも大変だったんだね。だからそうなんだ……」


 なんとか誤魔化せた。ちなみに嘘ではない。俺は嫌いなのに向こうは玉の輿こしを狙って無理矢理に接近してくるから更に嫌いが加速したのだ。



「はやくはやくっ! ご主人さま、こっちだよ!」


 イチイを待たせたままだった。

 イチイは待ちきれなかったのか、俺の手を掴んでぐいぐいっと引っぱって誘導してくる。女からのぬくもりを意識して胃がチクリと痛むが、イチイに関しては慣れはじめていた。


「あっ。待って」


 ミーヌが咄嗟とっさに俺の手を掴んで同じように引っぱられていく。

 ミーヌの手のぬくもりを感じたが、初めてイチイやオウレンと触れたときほどの大きな嫌悪感は感じられなかった。


(これは慣れなのか……? だが、寒気がするし、女嫌いで間違いないだろうが、もしかしたら慣れとは違っていて……)


 引っぱられたいた手が緩められた感覚で、目的地にたどり着いたことに気付いた。感傷に引きずられて考え事をしすぎていたらしい。

 イチイの誘導の先にあったのはオバケ屋敷だった。


「ほら、面白そうでしょ!」

「ひっ、おにいちゃん。なに、ここ!?」


 楽しげにぴょんぴょんと跳ねてそのワクワク感でちょっとだけ力が入って俺の手をぎゅっと握っているイチイ。怖がっていてちょっとだけ震えた手に力が入って俺の手をぎゅっと握っているミーヌ。真逆の反応をしている。


「こっちの世界にもあるんだな。オバケ屋敷」


 オバケ屋敷といえばこういった催し物では王道だろう。ときどき叫び声が聞こえるので、それなりのクオリティーはあるのかもしれない。


「ご主人さま、まさか怖いなんて言わないよね?」


 イチイがにやにやと意地悪く微笑む。


「べつに俺は怖くねーぞ」

「わたしは、ちょっと……」

「いーじゃん! きっと楽しいよ! ほらほら、行こーね?」

「ひぃぃっ! おにいちゃーん!」

「すみませーん! 3人、お願いしまーす! あはははっ、冒険はじゃすてぃーす!」


 イタズラめいた笑顔で強引にミーヌを連れて行ったイチイ。チラッと俺の方を見て、入るかと目で問いてきたので、俺は挑発的に笑ってやった。

 異世界のオバケ屋敷はどうなのだろうかと興味をかれて入ってみることにした。


 オバケ屋敷の広さは、地球で学校に通っていたときの教室2つ分ほどだろうか。薄暗い照明に、湿り気のある生ぬるい空気。かろうじてイチイとミーヌの姿は分かるが、暗すぎて表情がよく見えない。まるであの世へ迷い込んでしまったような雰囲気に満ちていた。


「ん? よく見たら入り口にランタンがあるじゃないか。これを使うんだな」


 俺はランタンをともす。


「きゃーーっ! 人魂ひとだまぁぁ!」


 叫び声。ちなみに、イチイの声である。


「イチイちゃん。あれは、おにいちゃんのランタンだよ」

「ああぁぁ、ううぅぅ……」

「おいおい。入るまではミーヌの方が怖がっていたのにか?」


 イチイはすっかり怖気づいていた。ミーヌの方はまだ余裕がある。


「とても怖いけど、怖すぎて心が冷静になったのかも……」


 そう言ってイチイへ視線を送るミーヌ。ここまで怖がっていると何とかしなければとミーヌは逆におちついてしまったようである。


「イチイ、もしかしてオバケ屋敷は初めてなのか?」

「奴隷だもんっ! 入ったことあるはずないもんっ!」

「わたしも初めてだから、イチイちゃんも落ち着いていこう。そうだ、おにいちゃんのランタンを持つ?」


 明かりがあった方が良いかとイチイにランタンを持たせてみる。


「おおぉおぉわああ――っ!」

「ひぅっ! イチイちゃん、どうしたの!?」

「あっち、いたよっ!」

「なにが!?」

「見えなかったけど、さっきオバケがいた!!」

「オバケ……!!」


 みるみる血の気が引いていく二人。見えなかったけどって、何に対して怖がっているのだろうか。俺は落ち着けとイチイの頭を掴んで動きをロックしようとしたが、瞬時にそれを避けて腕ごとぎゅっと抱きついてきた。

 コイツ、いつもよりも素早いぞ!?


「ひぃっ、いいっイチイちゃん! ランタン! 揺らさないで、暗くなって怖いから!」

「やだー! 怖いっ、こわいよー!」


 俺はイチイに突き出されたランタンを受け取る。明かり係を放棄しやがった。イチイは俺の腕を掴んでいても怖かったのか、俺のわき腹にぎゅっと抱きつき直してきた。俺の体と腕にはさまれている安心感が欲しいらしい。


「おまえ……。ああ、もういい。いまは何も言わん」


 俺は女嫌いだからあっち行けとぶっ飛ばしてもすぐに戻って抱きついてくるのが容易に予想が付いた。黙って早くここを抜けるのが最適解だろう。寝るときと似たようなものだと、何も言わずに受け入れることにする。

 しかし、片手にランタンで、片手にイチイ。両手が埋まってしまった。


「おにいちゃん。わたしがランタンを持つから、手を握っていい?」

「そうしてくれると助かる。コイツに、ぶんぶん振り回されてランタンを落としそうだ」


 ランタンを渡すと、ミーヌも思いっきり俺の腕に抱きついてきた。繋いだ手をたぐり寄せて指を絡めるように組みなおしてくる。本気で怖がっているらしく、絶対にはぐれないようにとしがみつくようにぎゅっとしてくる。コイツもかよ。


「ご主人さま、置いていっちゃダメだからねっ! ひとりぼっちにしないでねっ!」

「うわっ!? おまえ、足を絡めるな! 歩けないだろ!」


 体に抱きつくだけでなく、俺の片足にイチイは両足を絡めて拘束してくる。

 しょせんは2、3日限りの作り物のオバケ屋敷なのだから、たいしたクオリティーはないはずだ。チーム幼女がここまで怖がっていると、逆に感性がさめてきた。


「ああぁぁ、わぁぁ――!」

「なっ、なに!? ひぃぅっ! おにいちゃん、助けて!」

「イチイ、どうした?」

「むしっ! 虫のオバケが出たっ!」

「お、お、オバケ!? おにいちゃん、やっぱり出たの!?」

「…………普通に虫だろ。ランタンの光に寄ってきたんだな」

「そっか。うぅ……。イチイちゃん、怖がりすぎだよ。びっくりした、もう……」

「ううぅぅ……ああぁぁ……」


 半泣きになりながら、すがりついてくるイチイ。というか、疑心暗鬼状態になって目に付くもの全てに怖がっているっぽい。ミーヌも怖がってはいるがまだ理性的である。

 滅多に見られないビビッているリアクションに、俺は逆にどんどん怖さがさめていく。


「きゃぁ――! 風の音だぁぁ――!」

「ひぃぃぃ!」

「風って馬鹿かよ!? ちょっと待て! 急に動き回るな!」


 イチイが泣き崩れるように抱きついてきて、ミーヌは密着するようにさらにくっついてくる。パニックになる二人の勢いに振られたランタンは明かりが消えてしまった。


「オバケのせいだ――! 真っくらだぁぁ――っっ!」

「ひゃぁ――!? お、オバケなんていない。迷信だからいない。嘘だから大丈夫。平気なら怖くない。きっと怖くないもん……」

「おいおい……」


 あまりに心の底から恐れている二人に、俺はかける言葉を失っていた。あまりに怖がりすぎて気の毒になってきたレベルである。

 俺はランタンの火を灯し直した。


「ふたりとも。オバケが出てきたら、俺が守るから安心しろ」

「ほんとう……? 信じていいの?」

「おにいちゃん。約束だよ……?」


 涙がにじんだ上目遣いで俺にすがりつく二人。信じていいからもう少し拘束を緩めてくれ。ここから動けなくて無限ループになるから。

 イチイは、じゃあ信じると言い、ぎゅーっとすがりついてきた。おい、足を絡めるのは止めろ。そうじゃないから!


「おにいちゃん。イチイちゃんを抱っこにしたら?」


イチイよりも怖がってはいないミーヌが冷静に指摘した。


「そうだな。イチイ、ちょっと前に来い」


 それしか選択はないようだ。

 俺が少しだけかがむとイチイが俺の首元へ飛びついてきた。ほっぺた同士をくっつけて、絶対に離れたくないとばかりにむぎゅっと抱きついてくる。そして、両足で俺の腰をはさむようにガッチリと組んできた。マジで落ち着けよ。

 ささっとミーヌが俺のそばによってきて、俺の両手を掴んでミーヌ自身の両肩に置くようにセットしてきた。おまえも落ち着け。


「ご主人さま……。目をつぶってるから、早く行って!」

「うん。おにいちゃん、早く出よう……!」


 オバケよりも俺のストレスがヤバイんじゃないかと、これから先のことを本気で思い悩んだ。


◇◇◇


 駆け足でオバケ屋敷を出るはめになった。わりと本格的な特殊メイクのゾンビみたいなのも出てきて、お祭りにしてはクオリティが高いものだったのだろう。魔法がある世界だから、地球では考えられない仕掛けもあって驚いたところもあった。


「おにいちゃんは1回も叫ばなかったねっ! 頼りになってかっこ良かったよ!!」

「ご主人さまがいてよかった。すっごい! 大好き!」

「……まあな」


 オバケにびっくりしたミーヌが声を上げて、その声にイチイがビビッて叫んでと酷い連鎖反応が起こるせいで、こっちが怖がる前にどうにかせねばと、怖がる暇がなかった。


 夕暮れ色に染まっていく町並み。太陽が沈めば町の祭りは終わってしまうからか、もの静かな高揚感に町は包まれていた。それは終わってしまう名残惜しさ。楽しかった祭りの余韻。成果をあげた店の充実感。たくさんの感情が漂っている独特の寂しさがあった。



「深夜のダンジョンは冷えるから、そろそろ帰らないとな」

「ううぅぅああぁぁ……! 夜はオバケの時間だから怖くなるっっ!」


 イチイが前に張り付いてきた。オバケ屋敷と同じスタイルだ。

 ここまで来たら帰りも同じようなものだと、邪魔くさいのでイチイの体を背中にまわしておんぶにした。


「おお。おんぶになった!」


 こいつらに構っていたら完全に日が暮れるし、そもそも俺は女が嫌いなだけで、コイツらはガキだからそれ以前の話だからちょっとは大丈夫だ。俺はそう心に言い訳をした。


「守ってやるっていったからな。帰りでもいつでも守ってやるから安心しろ」


 その言葉を聞いて、俺の背中にぎゅっと顔をうずめた。


「えへへ。そうだね」


 イチイにしては珍しく、俺の言葉を静かに身体中からだじゅうで感じ入るようにそう言った。

 イチイが俺の肩に顔をのせ、俺の耳元で小さく笑った。


「ご主人さま、大好きだよ」


 そう言って、すりすりとほおずりしてきた。イチイは元気がいい反面、寂しがりやな面もある。たとえば寝る時は俺がそばにいないと落ち着かないように、命綱のようにぎゅっとくっついてくる。スキンシップが好きなのか、何かとくっついてきたがってくるときが多い。


「…………ぎゅっとしてる。いいな」


 聞こえないほどの小さな声でミーヌがつぶやいていた。


「何がいいなって?」

「ふぇぇっ!? もしかして、しゃべってた?」

「しっかり聞こえてた」


 顔を赤くして恥ずかしがるミーヌ。オバケ屋敷から出て気が抜けて、つい気持ちがもれていたらしい。


「えっと。だっこ、いいなって……」

「だったらしてやろうか?」

「大丈夫だから。平気だから、いいよ!」


 迷惑になるからいいと言いつつも、その瞳からひっそりと期待を寄せているのが感じ取れた。


「ミーヌ。遅くなるとホミカがうるさいからさっさと帰るぞ。ほらっ」

「きゃわわっ!」


 ミーヌをお姫さま抱っこすることにした。筋肉系の加護があるから、軽々とミーヌを抱っこすることができた。


「2人で歩いてたら日が暮れるからな。走るぞ、しっかり掴まってな!」

「うん……!」

「れっつごー! あはははっ、ご主人さま、はやーい!」


 俺達は夕暮れを背にダンジョンへ帰っていった。




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