5-7
新聞を握り締め、俺は叫んでいた。
コインランドリーに入ろうとしていた若い男は驚いた顔で俺を見た後、出入り口で立ちすくんでいた。
それに気がつき、俺は目をそらし、いすに座った。
利用者はおずおずと入ってきた。俺を気にしないようにしているのがわかった。俺と目を合わせないようにしているのが伝わってくるのだ。
洗濯機を動かした後、そそくさと逃げ出すようにコインランドリーから逃げていった。
無機質な振動を洗濯機が立てる。
俺はいすから動けず、また、その死亡記事も読み続けることができなくなっていた。
「保母さんになっていたのか……、そうか」
俺は吐き気を感じた。顔を伏せ、口を押さえたが、何も出てこない。
センパイ、ドウカシマシタ?
誰もいない。いるわけがない。
ホカノコトデ、スキナコトミツケレバイイジュナイデスカ。アッ、ナマイキナコトイッチャッテ、ゴメンナサイ。
またあの幻聴。
まったく……思い出したように、タイミングよく現れてくれるよな。
モットマエムキニイキマショウヨ。
誰もいない。
誰も来ないでくれ。涙があふれる。
泣きたくないのに。この子とはそれほどの接点はなかったはずだ。
俺のことなんか忘れてしまっているはずだ。
だから、悲しむ必要なんかないはずだ。
それなのに、なぜ、泣かずにはいられないんだ?
力が抜け、何も考えられなくなり、思考さえも止まりそうだ。
無意識のうちに口が動き、何らかの言葉を発する。
が、俺の耳には何も届かず、何と言ったかも覚えがない。いすに座り、新聞を握り締める。顔を上げることはできなかった。
床の薄汚れた赤。そこに涙が一粒、二粒と落ちていく。
「ウク……、うそだ、うそだ。俺が、殺してしまったのか? 俺の、銃が……」
泣くな、と自分に叱咤する。
だが、俺は悲しかった。
泣きたかった。
俺の殺したい奴はまだたくさん生き残っている。
それなのに、死んでほしくなかった人を俺が、自分の手で殺してしまうなんて……。
嗚咽の声が聞こえた。出しているのは、俺自身。
それ以外にいない。
だが、それもどこかひとごと、まるで自分が出しているものじゃないみたいだ。
彼女とは、俺が高校二年のときに出会った。
そのとき、彼女はまだ中学三年だった。
俺は中学の文化祭に行った。
ほかの奴らはどうか知らないが、卒業してから久しぶりに行ってみようという気になった。
いい思い出なんかほとんどないが、完全にゼロというわけでもない。細切れのように、ほんの些細なことが大切に思えた。
文化祭は俺がいたころと違い、演出にもこだわりが感じられず、盛り上がりに欠けた。
自慢じゃないが、俺の代は優秀な人間が多くいた。好き嫌いは別にして、学校の成績以外に部活や委員会や学校行事などに積極的に参加していた。
そのときはなぜか、一生懸命にやるという空気が出来上がっていた。もちろんやらない奴もいたが、たいていは大成功に終わっていた。
詳しく話すと長くなるので割愛するが、生徒会にはこれ以上ないほどのベストメンバーがそろっていたように思える。
もちろん、それ以外にもすごい奴らがそろっていた。
その中に俺がいなかったのは、いうまでもない。
学校はそれほど荒れていたかった。
学校行事とかには、俺も色々と参加させていただいた。このときばかりは対等に扱ってもらいましたよ。
普段、ランクをいくつか落とした待遇だったので、逆にうれしく感じていたわけだ。
まあ、色々あったが、楽しかった思い出も多いのは中学時代だったわけだ。ただ、学園漫画などにあるような場面は一度もなかった。
部活が終わった夕暮れ時、友人同士で談笑しあうなど、俺には一度も経験はなかった。ほかの奴らはそれなりに楽しんでいるようだった。
俺はその中には入っていないはずなのに、その輪の中にいるような錯覚を感じていた。
その雰囲気は既に作られていた。
俺は愛憎入れ混じったその感覚を今まで感じなかった異質のものとして、受け入れていたらしい。
そのときの感覚が、今でも懐かしく感じるのだろう。
その子と会ったのはほんとに偶然だった。
たまたま俺と同級生だった奴がその子と知り合いで、その同級生のつてで知り合った。
文化祭が終わっても、俺と彼女は話していた。どんなことを話し合ったかは覚えていない。
俺はいつになく饒舌になっている。彼女は俺の話に、いちいちうなずいていた。ほんとに、つまらない話だったと思う。
俺は彼女と二人きりでいた。どれくらいの時間を過ごしたかはわからない。
気がついたら、片付けは終わっていた。
校舎に夕日が差していた。
学生たちは次第に姿を見せなくなっていた。なんだか、俺たち二人だけ浮いていた。
静かになった。
風はないが、どことなく寒くなった。
閑散としている。誰もいなくなった昼間の学校は、景色がよく見えるだけあって、それなりに不気味で寂しいものだった。
片づけが終わったらしい。
本当は「じゃあ、また」とこの辺で帰るべきだったのだろう。
しかし、俺は帰りたくなかった。
彼女と一緒にいたかったんだろうな。本当は、彼女は帰りたかったんじゃないだろうか。でも、俺にはわからなかった。
そのままずるずると話し込んでいたのだった。一緒にいるだけで、なんとなく落ち着く。
胸の奥が暖かくなる。緊張し続けていたはずなのに、俺は安らいでいた。安心していた。
不思議な魅力を持った子だった。
そのとき、俺ははじめて今までのことを話した。
高校生だったから、中学で野球がやれず、高校でも親に嘘をつかれてできなかったことを。
このとき、いつもなら話の途中で誰かが口を挟むはずなのに、この時だけは俺の話が続けられた。
俺は話が途切れていないことをいいことに話し続けた。俺は話し下手だから、うまく構成できなかった。
でも、彼女はただうなずくだけで一言も口にしなかった。
俺はただしゃべり続けた。
俺はうれしかったんだ。
初めて話せた。
始めて何も警戒せずに自分のことを話すことができた。
自分のことを知ってもらえた。その事実だけで、今までの俺は救われた気がする。
「そう、ですか」
彼女が俺に言ったことは、それだけだった。
それからは、何を話したかは覚えていない。
それでも、彼女と一緒にいるのは楽しかった。
誰かに合わせるのは苦手で、いつも一人でいる俺だったのに。




