5-1
俺は、結構忘れっぽいのかもしれない。
ひどい目にあったことはしつこく覚えているが、昨日あたり反省したことはすっかり忘れているようだ。
俺が寝ていたとき、公園にどこかの暴走族が来たらしい。
そのとき俺は半分夢を見ているかのようになっていた。
俺は残りの弾数も忘れ、暴走族を殺してしまったらしい。
挙句の果てにバイクを爆発させ、その騒ぎに乗じて逃げてしまった。
「俺はSだ」
だなんて、言いはしなかっただろうか。
俺は寝不足を我慢し、その町から逃げた。
それほど大きな町ではなかったのだが、民家が続き途切れない。
パトカーのサイレンが聞こえるたび、俺は何かに身を隠した。
それが電柱の陰でも、ゴミ袋の中でも、時には民家の塀に隠れたりもした。
そのときは必ずといっていいほど俺の心臓は止まりそうになった。
突然冷たい水をかけられた気もする。
周りを見る余裕はなく、逃げられそうな場所が見つかると、何かを考えるより早く体が勝手に動いてしまう。そして、サイレンが途切れたときにようやく息がつける。
それまでは見つかるな、見つかるな、とだけ祈るように思っている。
そのときは生きた心地がしなかった。
常に心臓をわしづかみにされているような感じだった。
誰かの気まぐれで自分の命がなくなってしまう、そう思い込んでいた。
一時的にでも、俺は恐怖に震えていた。
別の誰かがどこからか見ていて、俺の生殺与奪を握っているのだと錯覚していた。涙が出るほど、体が震え、耐えられなかった。
幸い、ジェリコの弾はまだ残っていた。M500にも弾は残っている。ベレッタはなくなっていた。
どこかで補給しなければいけない。だが、水を公園の水道からもらうようにはいかない。
特に、マグナム弾は日本では本物を見ることは難しい。
それに、腹も減ってきた。
顔を隠してコンビニに入れば、おにぎりひとつぐらい食えるかもしれない。しかし、最近はコンビに強盗も頻発しているようだ。
フルフェイスのヘルメットをかぶって店に入ってきただけで防犯ブザーを押される時代になってしまった。
俺なんかが入れば、直ちに防犯ブザーが押され、警察が踏み込んでくるだろう。
そんな危険が冒せるか。
くそ、高速道路のサービスステーションのようにハンバーガーの自販機があればいいのに。
腹減った。
さっきはちょっとやりすぎたかな。
奴等は、俺をただのホームレスと思って殺そうとした。
『少年たち、ホームレスを殺害。しかし、ホームレスの正体はS』
こんな文句で新聞に載ったら、俺はただの間抜けだ。
俺が殺した遺族の方々だって納得はしないだろう。
俺も死にたくなかったし。
しかし、そのときは以前の俺が戻ってきたようだった。
幻聴が聞こえた。
それにしても、腹が減った。
自販機……。
今はコーヒーでも何でも、腹が満たされればいい。
何かを腹に入れて、空腹をごまかすしかない。
銃が重い。
弾はそれほど入っていないはずなのに。
いつもならそれほど障害にならなかったはずなのに。
俺は暴走族たちを始末した後、この町を去るために歩き続けた。
途中、俺の横を何回かパトカーが通り過ぎた。
その度に俺は緊張し、顔を伏せた。
パトカーは俺をまるっきり無視し、走り去っていった。
ため息が何回出たかわからなくなっていた。
パトカーが向かった方向を見ると、まだ明るい。
民家の陰になっているが、炎はまだ燃え盛っている。
「あいつらも、ついてなかったな」
ホームレス狩りなんかするからだ。
どうせ、ホームレスなんだから誰にも文句を言われないだろう、とでも思っていたんだろう。
それに加え、自分たちが未成年で少年法で保護される、とタカをくくっていたに決まっている。
「馬鹿め」
そのとき、北風が吹いた。
体が縮こまり、震えた。
やはり寒いのは苦手だ。
弾丸もないし、これからどうしよう。
今度もまたやくざの事務所に乗り込み、購入するか。
だが、それ以上に眠たくなっていた。
せっかく眠っていたのに……。