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こんなこともあった。
相手はテニス部だった。ラケットで叩かれたことがある。やめろ、といった。しかし相手はニヤニヤと笑って殴りつけてくる。
また後で述べるが、テニスが本当に好きなら、ラケットを武器に相手を叩けるか?
野球部の人、バットで殴れる?
サッカー部の人、スパイクを履いて相手を蹴ることができる?
ホッケー部とかラクロス部とか剣道部の人、自分たちが使う道具で遊び半分で相手を叩ける?
バスケット部やバレー部など球技の部活をしている人、あなたが使うボールが足蹴にされたら?
やめろといっても、そいつはやった。
いつでも顔はニヤニヤした醜い笑顔。
俺は顔を本気で殴られた。理由を聞いた。
「お前の顔がむかつくから」
そいつだけでなく、いろんな奴らから。スポーツが精神を鍛えるというのは、嘘だ。
たとえば、野球をする奴に悪い奴はいない、これも迷信だ。
他の奴らにとってはどうか知らない。
しかし、俺が何か言うたびに笑ったり、暴力で脅したり、笑顔で近づき正論をたてに馬鹿にする。いわゆる笑顔の暴力と言う奴だ。断っているのに、笑顔で俺をおだて、絶対に勝てない喧嘩をさせる。逃げ出すと満面の笑顔で追い回し、
「いーやん。いーやん、やってよー」
と、明るい声と笑顔の裏に暴力を隠し、俺を追い立てる。
俺にとっては悪人だらけ。例外的に高校の野球部はいい奴が多かった。なのに、なぜだ。
成績優秀。スポーツでもヒーロー。イケメンばかり。俺とは違い、さぞかし楽しい学校生活だったろうな。
それもこれも、俺が弱かったせいだ。
フラッシュバックが終わった。低い声でうめいている師範がいた。
アイツバカダゼー。
オウ、S。ナメテンジャネェゾ。
幻聴だ。
マテヨ、コラ。
イイカラ、ヤレヨ。
アァッ! モンクアンノカァ!
首を振る。
もう忘れろ。
俺は師範の髪をつかみ、師範の後頭部を蹴るように足を乗せ、体重をかけ、アスファルトに叩きつけた。
すぐにひっくり返す。前歯全損。鼻血が顔全体に散っていた。消えそうなうめき声を上げ、目を硬く閉じ、痛みに耐えようとしている。
「どうした、黒帯なんだろ? 俺よりも何倍も強いんだろ? どうしたんだよ? どうして俺にやられてるんだ? 何とか言え、コラァ!」
腰を浮かし、拳を師範の顔に叩き込んだ。鼻が捻じ曲がり、グチャリという音と年度を叩いたような感触があった。
そうだ。少林寺は、喧嘩の方法。少林寺の先生(この道場の責任者、道院長とも言う)はそう言っていた。喧嘩の練習をしている。
ではなぜ、俺は今まで使えなかったか。
わかったぞ。
俺が初めにやることべきだったことは、優しさを捨てることだった。
殴っちゃ相手に悪いかな、殴ったら痛いかな。そんな気持ちを捨てることだった。
暴力人間と言われようが、俺は力を誇示すべきだった。
笑う奴は、授業開始を待って、いすで殴りつけるべきだった。さすがに授業をサボる小学生はいないだろう。先生や親に怒られようが、俺を馬鹿にするとこうなるということを示すべきだった。
たとえ年上の奴でも。そのために必要なものは口のうまさではない。暴力だった。
口先三寸で言いくるめられ、惨めな思いをするよりましだ。そうすれば俺は不良となり、親に迷惑をかけていただろうが、そのほうがましだ。
そのために、変な優しさは邪魔だった。
いい子でいる必要なんかなかったんだ!
俺を『暴力人間』と呼んだ奴は俺以上に強く、俺以上に暴力的な奴には決して言わなかった。自分が徹底的にやられることを知っていたから。
そいつらが怖かった。
俺は中途半端に強く、口下手で変に優しかったために、漬け込まれた。
こんな言葉が漫画であった。
気合の入った拳が一番強い。
その通りだ。
どんなに技術があっても、相手を殴れない格闘家なんか怖くない。相手に勝とうとする意思がない限り、どんなに修練を積んでも弱いまま。
俺に必要だったのは技術じゃない。
相手を本気でつぶせる勇気と、優しさを排除することだった。こいつに殴られた上、全く使えなかった。
それは俺がそのことを知らなかったからだ。
優しさは邪魔だ。そのせいで俺がどんなに損したことか。
そう考えると、ふつふつと怒りがわいてきた。少林寺拳法は役に立たなかった。今の年齢で使えば絶対に逮捕される。俺は時間を無駄にした上に、さらにいやな生活を送った。
気がつくと俺は師範の上に馬乗りになり、殴りつけていた。何度も何度も、殴りつけた。両腕を壊され、無抵抗の師範を。
自分が犠牲になる。
それは間違いだ。
誰も感謝しない。
自分じゃなかったと胸をなでおろすだけだ。この世は競争だ。勝てなきゃ誰にも認めてもらえない。後ろ指差されて笑われるだけだ。俺のように。
俺は、見世物じゃない! なんで何も知らない観客の前で踊らなきゃいけない。道化か?
結局、暴力なんだ。力愛不二。力と愛は同じものだと言う少林寺の教えだ。だが、実際はどうだ。愛なんかない。権力、財力、そして暴力だけだ。
『正義を重んじ平和を愛する真の勇者と記す』
これもそうだ。少林寺拳法の信条の一節。嘘だ。ではなぜ、今まで誰に対しても誠実に接してきた俺が笑われ、馬鹿にされ、いじめられるんだ! 俺のせいなのか!
少林寺拳法なんか、役に立たなかった!
何が『同士相助け、相譲り、協力一致して理想郷建設に邁進す』だ! その理想郷は、俺を受け入れるのか! 俺にとってもみんなと同じ理想郷になりえるのか! 誰も俺を笑わないところなのか!
愛なんかない!
この世は俺以上の暴力人間が支配する世界だ!
嘘つきやがって! 俺がやったことはダンスの練習。見世物になるための練習だ! 何が人生の役に立つ、だ!
「ふざけんじゃねぇ!」
拳の痛みなんかなかった。
子供時代には絶対に起きなかった俺の怒りによる暴行。師範の顔は皮膚が赤黒く変色し、二倍に腫れ上がった。声は聞こえてこない。
俺は拳を止められなかった。少林寺なんかしたくなかった。確かに俺が選んだことだろう。しかし、違ったんだ。少年野球を選んでいたら……?
いつからだろう。何か違うと感じ、いつのころからか『行きたくない』と思い始めたのは。
我慢がなんだ。どうして俺ばかりが我慢しなければいけない?
格闘技を習っていない奴のほうが、喧嘩が強いのはなぜだ。所詮生まれつき備わった性格と運動神経がものを言うのか!
少林寺の技術より、声が大きく、屁理屈をこね回し、周りを味方につける奴のほうが俺よりも上位にいた。
いくら正しいことを言っても、俺の言葉なんか周囲の圧力に押しつぶされ、誰も聞かなかった。
吃音というハンデもあっただろうが、俺は話すたびに聞き返された。
俺よりもひどい暴力を振るっている奴らのほうが、かえって何も言われなかった。俺が一言でも非難すれば、更なる暴力で反逆される。
暴力人間といわれたのなら、その通りに振舞えばよかった!
どうして、気がつかなかったんだろう。そうすれば誰にもなめられず、楽しく過ごせたはずだ。
黒帯締めている師範よ! ほとんど白帯の俺に殴られてみて……。
拳がずるっと滑った。
頭が痛んだ。
そのとき、俺はわれに返った。
既に師範に息はなかった。
俺が殴るたびにアスファルトに後頭部をぶつけることになったのだ。頭から血を流し、白目を俺に向けていた。
既に頭蓋骨陥没。血に混じって脳漿もあふれていた。
息が乱れていた。
マラソンの後のような、というものではなかった。
知らぬうちに息を殺していたようだ。胸の中で何かがつかえているように、しばらく息を吐き出せなかった。もちろん吸うこともできなかった。
呼吸はできたのだが荒々しく、ぜえぜえという呼吸音がかわいく聞こえることだろう。
がはっ、がはっ、げほ、げほ、がは……。
息を整えるのにしばらく時間がかかった。
風が吹いてきた。両手や顔に飛び散った血はそれまで生暖かかったのだが、不意に冷たく感じた。
立ち上がる。
二度と動かない師範に、俺は見下ろしながら、憎しみをこめて言った。
「どうだ! 俺はいつでもまじめだった! お前は、俺がふざけていると、俺ばかり竹刀で叩き、一人だけ受身や逆立ちの練習をさせた! 他の奴らは俺が中国拳法を習っていると勘違いした。少林寺を習っているのに弱いと言い、俺を笑い、そいつらに仕返しする手段が封じられた俺に、お前は何をしろって言うんだ! お前のせいだ! 暴力人間とそしられ、笑われ、脅され、惨めな生活を送らなきゃいけなかった! 所詮運動神経か! 俺は、そんなにお前に殴られなきゃいけないことしたか! 優しいって、なんだ! いらねえよそんなの。ダンス集団が、死ね! シネ! しねぇ!」
正月にはぜんざいを振舞われた。
たまにやる乱取りも楽しかった。
ドッチボールもやった。
先生の家に行って遊んだこともある。先生の子供の双子の年上のお姉さんにあこがれたことがある。俺が小学三年のとき、お姉さんたちは小学六年生だった。
別の道場のやつらとキャンプにも行った。
表演の後、審査で落ちた俺たちは馬鹿話に興じ、うまい人たちの演武なんかまったく見なかった。
だが、塾と並行していくうちに苦しいことのほうが多くなった。
こいつ一人に責任を押し付けるのは筋違いかもしれない。
まるで八つ当たりだ。
しかし、それでは俺の気が治まらなかった。
とどめの一撃として、師範の顔を踏みつけた。
今度は骨が砕け、液体が俺の顔に散った。
生暖かかった。
人の体温が伝わる。しかし、こいつはもう生きてはいない。
その後、俺に暴力を振ってきた奴らの顔が浮かんできた。あまりに多いので、一瞬だけ現れては消えていった。俺が殴られるたびに、あいつらは楽しそうな顔をするのを思い出した。
「暴力振るうのって、楽しいかよ。俺は、全然楽しくない!」




