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少林寺拳法を習って、本当に強くなった人には失礼な話だろう。
でも、俺たちが体育館でやったことは、演武の練習ばかりなんだ。演武ってわかるだろうか。武道の型なんかを審査員の前で見せることだ。これには二種類あって、個人演武と団体演武。団体演武とは何人かで合同でやるものだ。個人演武とは、個人と言いながら二人一組で互いに技を掛け合うものだ。
練習ではこればっかり。組み手や乱捕りなどと言った実戦形式の練習はほとんどしたことがない。型の練習ばっかり。
真剣にやっている人には悪いが、これはいわゆるショーだ、まるでダンスだよ。個人演武は、言ってみれば漫才か? 試合なんかしたことない。
せっかくの日曜日をこれの発表で一日つぶしたこともあった。神社でやったり、他の学校の体育館でやったり、あるときは公民館の舞台でやった。
予選で落とされるのはわかっていた。午後は何もすることがなくて、ずっと座りっぱなし。他の奴らの演武なんて見ようとも思わなかった。うまい奴らの演武は、気合も入っていて、きちっとそろっていて、格好いいものだろう。しかし、当時の俺にはどうでも良かった。少林寺やっているというだけでネタにされて、笑われていた。全く強くなかったんだから。
舞台で大勢の観客を前にしてやったときは、緊張した。
がらがらかと思ったが、席はわりと埋まっていた。
観客に名乗った後、俺たちは演武を見せた。そうしながら強くなる、と母親は言っていた。しかし、それが嘘だと俺はわかっていた。
俺は試合なんかしたことない。人に見せるための『演武』の練習ばかりしていた。喧嘩では全く使えなかっい。
使っても、周囲から何十倍にもなって自分に跳ね返ってくる。
ペン(この場合は言葉)は剣(この場合は少林寺拳法)より強し。他の奴らは力を使わず、何十人と結託して、俺一人を非難した。原因は喧嘩に少林寺拳法を使ったから。
で、ついたあだ名が『暴力人間』
とはいえ、そうなったことは一度しかない。使っても負けていた。人に見せるためのものが、喧嘩に使えると思うか? まあ、中国拳法にも『表演武術』というのがあるがね。
練習が終わり、練習生たちが帰っていく。途中から小学生の帰宅時間が早まったんだ。三十分練習時間が短縮された。中学生以上はみっちり九時まで。多分、防犯上の措置だろう。だから、今出てきているのは、中学生以上の連中。
その中で、見覚えのある奴がいた。あの大学生だ。あいつは、師範になっていたのか。
俺はつかつかとそいつに歩み寄っていった。
「なんです?」
そいつは俺に気づき、話しかけた。俺のことがわからないらしい。当然だ。俺はもう小学生ではない。容姿もすっかり変わってしまっただろう。しかし、俺は忘れていなかった。
「あなたが師範?」
「一応そうですが」
「俺と戦え」
俺はいったい何を言い出そうとしているんだ?漫画じゃあるまいし。実際にそいつは目を丸くして俺を見ていた。
「昔世話になっていた、Sだよ」
「なに?」
「思い出せない?」
「ああ」
うなずいていた。
表情からは怒っているのがが読み取れた。
俺は何も感じなかった。こいつの拳が俺の眉間を打っても、俺は死なない。銃で撃たれたり、刀で斬られるわけではないから。やくざの事務所で少しばかり感じたプレッシャーが、今では全く感じない。
とはいえ、黒帯だ。
師範だ。
俺とは違い、少林寺拳法ではエリートコースを歩んでいる。俺とは違い、少林寺拳法で強くなった人だ。銃を持ってくればよかった、と後悔した。
もう遅い。覚悟を決めた。
全力で来てください。
そう言うと、俺はつばを吐いた。師範の顔にかかった。
師範は右手で殴ってきた。俺も右手で防御。殴られていいと思い、拳から目を離さなかった。師範の手をつかみ、勢いに任せて引く。同時に俺自身も後ろに下がった。左腕を曲げ、師範の腕の肘辺りに当てる。師範は腕を引っ張られ、体勢を崩した。
俺は左足を師範の右ひざに当て、師範の腕をさらに引っ張った。
そして、左腕に体重をかけ、師範の右腕を俺の左腕で巻き込んだ。本当なら、服や腕をつかまれたときにやる技だが、どうせ腕をつかむのだ。腕をつかまれた場合だけの練習しかしていないが、応用を利かせればよかった。まあ、演武の中だけの予定調和の練習の中だけでは身につかないよな。
俺の胸の辺りで『ごっ』という鈍い音と軽い振動を感じた。
師範はうめいた。
俺は腕を離した。師範の右腕はあらぬ方向に曲がっていた。右腕を抑える師範を横目に、俺は師範の右ひざの側面に蹴りを入れた。以前、この師範から蹴られたのと同じ箇所だ。
またも鈍い音と同時に関節が外れてしまった。
膝をついた師範の後ろにまわり、後頭部を殴る。よくされたことだ。
髪をつかみ、引っ張る。師範の左腕が自由になったときを見計らい、俺はその腕を取った。左腕を伸ばし、左肩を抑える。もちろん、師範の左腕はまっすぐに伸ばす。右手で左肩を押さえ、左手で左腕をねじり上げた。
今度は、ポキンという音がはっきりと聞こえた。
「うあああ」
師範は悲鳴を上げた。
このとき、またもフラッシュバックが襲い掛かってきた。
中学生のころ、ある奴に捕まり、じゃんけんをさせられた。負けたほうが相手を殴れるルールだった。
『出さんが負けの文句なし』
俺がどんなに抗議しようと、相手はこういい、強引にじゃんけんに持ちこむ。新手のいじめだった。俺が断っても、そういって無理矢理じゃんけんさせる。
で、どんないんちきを使っても俺を負けさせ、恥ずかしい罰ゲームをさせる。俺は断ろうと必死に抗議するが、
『出さんが負けの文句なし』
じゃんけんを断ると、出さなかったことを理由に罰ゲーム。俺一人に対し、相手は必ず五人以上。暴力をちらつかせられる。
このときもそうだった。俺は、はじめは勝った。そして、殴った。本気じゃなかった。が、相手は予想外に痛かったらしい。次は負けて、相手に本気で殴られた。
相手は笑っていた。
「半泣きになってるよ、ハハハハ」




