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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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2-4

 俺が少林寺拳法を習っていたことは述べただろうか。

 小学一年生のころから、週二回習っていた。親は俺に何か習わせようとしていたらしい。

 そのとき、少年野球とこれのどちらかだったと思う。当時、カンフー映画の影響で俺がこちらを選んだらしい。

 だが、練習してもちっとも強くならず、俺は馬鹿にされてばかり。

「少林寺を習ってるんでしょ? だったら強いじゃないの? もっと優しくできないの?」

 先生からこういわれたことがある。

 しかし、被害を受けたのはこの俺。クラス中から馬鹿にされ、笑われた。

 仲間はずれにもなったことがある。少林寺を習っても、俺の運動能力は全く伸びなかった。それなのに、少林寺を習っているというだけで俺が悪いということにされたことが多い。

 俺の味方になった奴なんか、少なくとも記憶の中にはいない。

 少林寺がハンデになっていた。笑われ、反撃すれば俺が悪者。

 その練習は体罰が当たり前だった。

 今はどうだ。教えている奴は、殴っているのか。グーで頭はもちろん、腹を殴られたことがある。手刀を本気で首に打ち込まれたことがある。

 気合と共に投げられたことがある。

 何と言おうかと考えているうちに「返事をしない」からと蹴られたことがある。

 しかも、白帯の小学生に対し、黒帯を締めた大人が、である。


 ヘーイヘーイバカS、ドウシタドウシタオイカケテコイヨ。


 そういわれなくても、誰かに素早く帽子を取られ、逃げられたとしよう。

 今はそうでもないが、当時の俺は足が遅かった。不思議なほど足が遅かった。追いつけず、帽子を溝に落とされる。そして、逃げられる。

 少林寺の技なんか使えやしない。翌日、そいつに対して使ったが、その後、先生に怒られ、俺の裁判が始まる。そして、俺が謝罪。

 俺に必要だったのは、少林寺拳法の技術ではなく、自信だった。色々な意味での勇気だったかもしれない。

 もし、そいつをとっ捕まえて蹴りまくり、多少怪我させてもいいという風に考えられたら、楽だっただろう。そして、そいつが悪いんだ、と言えることができれば……。だが、できなかった。味方のいないクラスに、殴ってはいけないとの刷り込み。

 ちょっとかわいそうかな、という考えが沸き起こってくる。それに、謝ったらすぐに許してしまう癖。

 一方、少林寺の練習は厳しかった。役に立たないと思いつつ、自分で選んだくせに、いつからか親に行かされる感じで通っていた。

 まるで使えない。習っているからと馬鹿にするクラス。

 あいつら、俺が何もできないとタカをくくっていたんだ。

 練習でも、俺は怒鳴られ、日常的に殴られた。俺は練習ではまじめにしていた。それでも、年長者たちはふざけている、と言いがかりをつけてくる。

 俺はふざけていない。

 ふざけているのは周りの奴ら。しかも、ちょっと厳しくするといいながら、みんなに挨拶させられるのは俺だけ。怒鳴られるのも俺だけ。他の奴らと同じようにしているのに。

 一人だけ列から外されて、終わりまでひとつの技を繰り返し練習させられたことも。

 俺は惰性で通っていた。行きたくなかった。しかし、親は行け、と。

 平行して塾にも行かされた。俺は忙しくなった。

 散々頼み込んで、俺はやっと辞めさせてもらった。行かないと言い出したときは、車に無理矢理乗せられ、道場まで強制連行された。

 俺を殴る黒帯は先生だが、大学生もいた。聞いているのに答えない、と怒ったのもそいつだ。

「聞いているんだから、答えろよ!」

 頭に一発。腰と膝に蹴りを一発ずつ。

 こんなこともあった。

 練習は二人一組で行う。その際ちょっとしたことで相手と喧嘩になった。

 俺は軽く当てただけだが、相手は強く当ててきて、さらに固め技なんかも使ってきた。

 その大学生は喧嘩を止めた。原因を聞き、俺が悪いことになった。

 辞めろ! と言われた。顔をこぶしで殴られた。投げ飛ばされた。俺の言い分は全く聞いてもらえない。そのまま帰ろうと思ったが、引き止められるに決まっている。俺は涙を流し、その場にとどまることにした。親にはいわなかったが、辞めたのはこの事件の後だ。

 親はこの大学生を評価して、こう言っていた。

「いい人じゃないか」


 全く使えない。人に見せるための団体と組み手の演武。練習するとすればこれだけ。

 踊りだ、こんなの! 俺は全く強くならず、ただ月謝と時間を費やしただけ。心身を鍛えるという目的なら、全く心が鍛えられないまま黒帯をつけている奴のほうが多い。

 今思い出したが、練習後にみんなで一斉に聖句、誓願、信条を斉唱する。

 聖句はこうだ。

「己こそ、己の寄る辺、己を起きて誰に寄る辺ぞ。己をおきて頼るこそ、真に得がたき寄る辺なり。

 自ら悪をなさば、自ら穢れ、自ら悪をなさざれば自らが清し、清くも清からざるも、自らをおいて、他のものに……」

 忘れた。

 だが、これが言おうとしているものは、自己を早く確立せよ、と言うものだ。技よりも、そっちのほうが優先されるべきだった。

「そうだ。あいつを殺そう」


 俺は武器を茂みに隠し、手ぶらで練習場へ向かった。俺が通っていたところは小学校の体育館。そこが道場になり、週二日、行われている。

 明かりのない校舎の横に、煌々と照明がついている体育館。あたりは家がなく静かだ。

 小学校は山の上にあるのだが、敷地は広い。多少騒音を出しても迷惑にはなりにくい。

 体育館から足音が聞こえる。俺は拳を握り、体育館へ向かう。


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