誰かの怒りで、今日の気分を決めなくていい
ニュースを読んで、コメント欄を見て、気分が落ちたことはありませんか。
自分には関係のない話なのに、誰かの怒りや罵倒が目に入っただけで、その日の空気が変わる。そういう経験が、今はあたりまえのように起きています。
叩く言葉は、その人の内側から来ている
コメント欄で誰かを激しく叩く言葉には、怒りの前に別のものがあります。
満たされない承認欲求。どこにもぶつけられない無力感。自分の存在を刻みたい衝動。
ある事件への怒り、贔屓チームの勝敗、政治家への罵倒。その言葉は対象に向いているように見えて、実際にはその人の内側から出た叫びです。あなたはそれをたまたま目にしただけです。
気分のハンドルを、知らない人に渡している
それでも傷つく。気分が落ちる。それはなぜか。
見知らぬ人の言葉が「自分への評価」として受け取られるとき、気分のハンドルが相手の手に渡っています。その人が怒れば自分も沈む。その人が攻撃的なら自分も傷つく。
会ったこともない、これからも会わない人に、今日の気分を決められている。
少し立ち止まって考えると、それはずいぶんつまらない話です。
醒める、という選択
怒り返す必要はありません。傷ついた自分を責める必要もありません。
ただ、一度醒めた目で見てみる。あの言葉は誰の内側から来たのか。その人が抱えていた何かが、たまたまあの形で出てきただけではないか。
そう問うことが、醒めるということです。
その問いを持てると、言葉の重さが変わります。
他人の感情で今日の気分を決めるのは、もったいない。あなたの気分は、あなたのものです。




