8 ビーズリー夫妻の会話
レイヴァン・クライン公爵令息がやってきた、その日の夜、シェルダンは妻のカティアと寝室で和やかに過ごしていた。紺色の髪の美しい、細身の女性だ。
寝る前の一時を共に過ごす。
2人とも40歳を超えたが、いくつになってもこの習慣は変わらない。
「セニア様を撃退したので、息子の方はもう来ないと思っていたが、思ったより性根が据わっていたよ」
シェルダンは妻のカティアにその日の出来事をとつとつと語る。
黙って耳を傾けるカティア。
「そう。セニア様たちのことを考えると複雑だけど。あの娘にとって、レイヴァン様ご本人は悪い相手ではないかもしれないということ?」
たおやかにカティアが微笑む。色白であり、首を傾げるとまだ少女のようだ。
「貴族子弟が相手では、どうかな。一度、失敗したんだ。俺はどこぞの軍人の方が相手としては良いのかもしれん、と思い始めた。フェルテアなら元部下の、バーンズがいるから。悪いことにもならないだろうし」
シェルダンは軽く酒を飲む。歳を重ねてからは飲まないことの方が多い。
なお、バーンズというのは昔、部下だった軍人であり、同世代の既婚者である。あくまで、リヴェットにとって、新天地で面倒を見てくれる上司ということだ。
「確かにバーンズさんの部下には良い人も多いでしょうけど」
カティアがゆっくりと頷く。
今日は末娘のことを考えると、飲まずにはいられないのだった。それでも飲むのはカティアと過ごす日だけである。
「つまり、軍人にして職場結婚?なかなか厳しい道のりだと思うけど。そりゃ、あの娘は兄のウェイドや姉のケイティとは違う、自由な立場だけど」
カティアが苦笑いだ。
ソファの隣にゆったりと腰掛け、シェルダンはその肩を抱き寄せる。
「私も貴方を隣で見続けてきたのよ?リヴェットに軍人なんて勤まるのかしら?」
更に身に沁みた表情で加えるのだった。
もう長女のケイティも長男のウェイドも成人してそれぞれの人生を歩み始めている。
子供たちのことについては、幾度となく話し合ってきた。
「俺と君は恋愛結婚だった。一切の後悔は無いし、ずっと君のおかげで幸せだ」
シェルダンはハッキリと言い切ることが出来た。幸せな人生だと思う。
「私もよ。私たちなりに苦労はあったけど。良い方向におさまってきたと思う」
蕩かすような笑みでカティアが頷く。
「貴方は本当に凄い人。何でも知っていて、答えに辿り着けるんじゃないかって、いつも思うの」
カティアがそっと手を重ねてくる。
幾つになってもカティアに触れられると、シェルダンはドキリとしてしまう。
「リヴェットのことは、お父様たちのせいだもの」
ここ最近では、リヴェットの婚約破棄が一番の災難だった。
聞く限り、リヴェットの方には落ち度はなく、調べてみてもアラン・トラウト側からの言いがかりばかりである。
「俺も反対はしなかった。君たちに任せきりで、父親としての責務を遂行しなかったせいさ」
シェルダンは自責の念もあって告げる。
レイヴァン・クラインに対し、最初にして最後の機会を与えたのもそのためだ。
他人を責めるのなら自分に返ってくる立場である。
(それが父親というものだ)
シェルダンはカティアを見つめる。カティアにとっての自分に、リヴェットが出会えるだろうか。照れ臭くて聴くことも憚られた。
「レイヴァン様は追いつけるかしらね?リヴェットは脚が速いんでしょう?」
カティアが微笑んで尋ねる。
レイヴァン・クラインのことを考えたことなどお見通しなのだ。
「さすがに馬が相手では勝てないよ」
苦笑いでシェルダンは応じる。
「すごい子よね。比較対象が馬だなんて。礼儀作法も私から学べるだけ学んで。貴族令嬢としてもやっていけるわ」
生粋の貴族子女だったカティアが告げる。結婚した当初、ルンカーク家は没落した子爵家だった。カティアも侍女として働いていたのだ。
「能力だけを見れば、リヴェットはビーズリーの名を使って軍人に出しても恥ずかしくはない」
シェルダンも高く評価をしてはいる。
(だが、実際に戦場に立てば、どうなるかは分からないが)
シェルダン自身、何度も過酷な戦場に身を置いてきた。特に祖国のアスロック王国時代は滅びゆく過程にある中で、心を凍りつかせながら軍務をこなしていたものだ。
「だから、改めて。何度も言うよ。後悔はある。お義父様たちに任せ過ぎたってね」
シェルダンは肩をすくめてみせる。
「でもどうするの?レイヴァン様があの娘に会えて、惹かれあったとして」
カティアが尋ねながら、しだれかかってくる。
シェルダンとしては、ただひたすらに幸せな時間だ。
「2人とも、もう、子供だとは思うべきじゃないことになっている。そういう年齢だ」
流れに任せるしかないのかもしれない。
「あの娘たちは仲が良かった。セニア様が無理に縁談を勧めてきたから、私たちは拒んだけど。リヴェットの方も会えなくなって、昔は悲しそうだったわよね」
カティアとしては当時、セニアを拒みたい自分と、レイヴァンを慕うリヴェットの間で板挟みだったのだろうか。
「本当に、どうなるかは分からない。リヴェットが上手くレイヴァン殿を撒くかもしれんし、会った上で拒絶するかもしれない」
シェルダン自身も話していて、そうはならない気もしていた。
カティアがただ微笑んで自分を見つめている。
「俺は、リヴェットが幸せになれるなら、軍人になるのでもレイヴァン殿の妻になるのでも、どっちでもいい」
本当に重視すべきはそこだった。
義父達に任せきりだったことだけが過ちではない。
「ええ。私も同じ気持ちよ」
リヴェットへの気持ちを確かめ合いたかったのかもしれない。
シェルダンはカティアの気持ちをそう斟酌していた。
「だから、あえて一人で行かせたよ。フェルテアにすら自力で辿り着けないようなら、軍人としてやっていくのは無理だ」
厳しい父親のつもりでシェルダンは告げる。
実際のところ、ドレシア帝国内及び隣国フェルテア大公国は治安がいい。女性の一人旅も不可能ではないはずだ。
「陰から護衛をつけて?お優しいこと」
しかし、カティアにはお見通しなのであった。




