7 更なる空振り
レイヴァンはビーズリー侯爵邸を訪れ、当主であるシェルダン・ビーズリー侯爵本人に会っていた。もう40歳代の半ばだが、引き締まった体格の、灰色の髪をした精悍な軍人である。
執務室の中は両脇の壁が本棚であり、びっちりと書籍が並ぶ。読書家なのかと思いきや、背表紙をよく見るとすべてゴシップ誌であった。
「本日は当家へお越し下さり、真に有り難く」
年下であり、まだ公爵位を継いでいない自分なのだが、丁重に頭を下げられた。
(まったく尊重されている気がしない)
油断のならない目をしている。父母の言っていたことがよく分かった。
「いえ、こちらのほうこそ、急な来訪を快諾くださり真にありがとうございます」
レイヴァンも頭を下げる、
「そして、先日は母が」
続く言葉でシェルダンの様子が変わる。
いきなり完全に表情が消えたのだ。なかなかに怖い。
「まったく、あの御方は変わりませんね。私の娘を、御自身にください、と。まるで御自身が私の娘と結婚するかのように」
深々とため息をついて、シェルダンが更に眉間を押さえる。若い頃には母と共に戦っていた時期もあるのだという。
(母上、なんという)
レイヴァンも母の発したという言葉に頭を抱えたくなった。
「大変に申し訳ありません」
レイヴァンは母セニアに代わって謝罪せざるを得なかった。
「ご子息のほうが遥かにまともだ。ノックはするし、面会の予約もするし、こうして謝罪もしてくれるのだから」
皮肉たっぷりにシェルダンが言う。
つまり、いずれも母セニアからはされなかったということだ。
「本当に、申し訳ありません」
重ねてレイヴァンは頭を下げる羽目になった。
「一見、あなたは、あの2人の悪いところを受け継がなかったようですが」
シェルダンが胡乱な眼差しを向けてくる。
両親に対して非礼な言い草ではある。その前に母セニアの方がはるかに非礼なことをしているので、レイヴァンは言い返せない。
「多少は文句を申し上げてもよろしいでしょう?少し調べれば、私が家名を別に名乗りながらも、あの娘の実父であることなど、すぐ分かる。妻の実家にずいぶんと無駄な手紙と来訪をして、義父上を煩わせてくれたようですな」
ものは言いようだ。
それでもレイヴァンは口答えをするのを我慢する。絶対に反論をしても事態が好転しそうにない相手だ。
「その手紙は確か幼少の折から、御姿、面影が目に焼きついており、でしたか」
しかし、シェルダンがリヴェットに送った手紙の内容を諳んじてきた。
「なっ、それは」
動揺している間にも、淡々とシェルダンが完全にそっくりそのまま手紙の文面をそらで読み上げる。
「なぜ」
レイヴァンは絶句する。
「印を押して封をし直すことなど容易い」
シェルダンがじろりと自分を睨む。迂闊さの方を咎められているようだ。それでも普通、内容を諳んじられるほどに覚え込むだろうか。
「あんな熱烈にあの娘を思っていたなら、愚かな小僧に忖度して身を引いている場合ではあるまいに」
吐き捨てられてしまった。
シェルダンの目には、自分がアラン・トラウトごときに忖度しているように見えたらしい。
それは誤解だ。
「それは、リヴェット嬢が幸せなら、受け入れているなら、と」
さすがにレイヴァンは反論する。さすがに受け入れられない誤解だった。
「あれで、幸せになれそうに見えたのなら、あなたは本当に見る目がない」
すげなくシェルダンに言い返されてしまった。
(確かに口論では勝てそうにない)
母のげっそりについて、レイヴァンは大いに納得させられた。
「つまり、ビーズリー侯爵閣下は、私にはリヴェット嬢を幸せにできそうになく、愛する資格も無い、とそう仰るのですね?」
肩を落としたくなるのをこらえて、レイヴァンは尋ねる。
また、シェルダンが胡乱な眼差しを向けてきた。考えが読めない。
「あの、セニア様のご子息で。クリフォード殿下のご子息でもある。本来ならば、それだけでも俺は縁続きになりたくない」
シェルダンが横を向く。
一見、強烈な拒絶だが、しかし、『本来ならば』という言葉をレイヴァンは聞き逃さなかった。
「だから、それだけで俺はかつて、貴方とあの娘との婚約を断った。少し妻の顔を立てて家を訪ねていただけで、あの時もリヴェットを寄越せと言ってきたのだから、まったく」
驚くべきことを知らしめられた。
(あれはこの方の判断だったのか)
レイヴァンはふつふつと怒りがこみ上げてくる。潰された理由も自分自身の落ち度ではない。父母との関係性なのだと言い切られた。
「そのせいで、リヴェット嬢はアラン・トラウトなどと婚約する羽目になったのですよ?」
もっとも腹立たしいのはそこだ。いかに愛がなかったにしても、一旦婚約して、衆人監視のもと、破談される羽目になったのだから。
リヴェットなりに傷ついたに違いない。
「当時、貴方たちとトラウト公爵家、どちらがマシかは分からなかった。あの娘も受け入れていたしな」
淡々とシェルダンが言う。
少々、怒りづらいのは、決してシェルダンから見ての義父ルンカーク伯爵のせいにしないところだ。
「リヴェット嬢は卒業式典で恥をかかされたのですよ?」
それでもレイヴァンは言わずにはいられなかった。
少なくとも自分ならば、そんなことはしなかったのだから。
「その報いはもう受けさせた。トラウト公爵家が勢力を拡大することもない。本人は事あるごとに埋めている」
ニヤリとシェルダンが笑う。凄みのある笑みにレイヴァンは圧倒された。
「だが、俺も似たようなものだ。対応は後手だったし。伯爵閣下たちに我が子のことを任せ過ぎた」
シェルダンがため息をつく。
「おまけに気骨だけはあるときている」
ボソッと更にシェルダンが付け加えた。
「あの御方たちと縁続きになるのはゴメンだというのに。ここに来たのは貴方だけではない。他の連中は俺が睨みつけて、嫌味を少し並べるだけで逃げた。まったく情けない」
どうやらシェルダンの中では今のところ、自分にはセニアらの息子であるという失点があるにも関わらず、『今のところ及第点』のところにいるらしい。
「リヴェットのことを真剣に考えているようなのも悪くない。俺がセニア様たちを気に入らんのは困ったことに、若い2人には関係無い」
更にそこからブツブツとシェルダンの独白が続く。
レイヴァンの長所を並べては両親が気に入らないと言い続けては、またレイヴァンのことに戻る。
「まぁ、ここではなくルンカーク家を訪れてしまい、時間を無駄にしたのは貴方だけだが、そこは大目に見るしかない」
シェルダンがため息をつく。
「それでは、リヴェット嬢に会わせて頂けるのですか?」
つい勢い込んでレイヴァンは尋ねてしまう。
先日まで、振られるのならば振られるのでも構わないと思っていた。せめて思いを伝えたい、と。
(だが、この難物そうな御父上に認めて頂けるのなら)
期待をつい抱いてしまう。リヴェットと父親との関係は良好だとかねてから聞いていた。
「それは出来ない。少なくとも今日は」
しかし、また素っ気なくシェルダンに返される。
「なぜですか?」
反射的にレイヴァンは尋ねる。
「ここにいないからだ。リヴェットは貴族令嬢であることにうんざりして、フェルテアで軍人になるつもりだ。あの娘はああ見えて腕も立つ。俺も家業を一人でも多く継いでくれるなら悪くないから、それを認めた」
初めてシェルダンが言い訳がましい顔をした。
「まだ貴族令息に、それもクライン家に有望株がいるとは思わんかったんだ。しょうがないだろう」




