6 結局のところ自分で
結局のところレイヴァンは自らルンカーク伯爵邸へと足を運ぶこととした。
貴族の邸宅としては、庭園を伴う、ごく一般的なものだ。手入れはよく行き届いていて、なんとなく隙が無いように感じられてならない。
「これは、クライン次期公爵様」
守衛に訪いを入れると、すぐに応接間らしき一室へと通され、少し待たされてから慌てた様子でラウテカ・ルンカーク伯爵本人があらわれる。もう70歳近い、穏やかな風貌の高齢男性だ。リヴェットの祖父にあたる人物である。
「急な予約のない来訪をしてしまい、申し訳ありません。レイヴァン・クラインと申します」
立ち上がってレイヴァンは頭を下げる。
「いえ、いずれ公爵となられる御方に頭を下げさせるなど」
ルンカーク伯爵が更に深々と頭を下げてきた。身を起こすとハンカチで額の汗を拭く。
癖者のシェルダン・ビーズリーを相手取ると思っていたレイヴァンは、無害そうな老人の登場に肩透かしを食らったような気分となる。
「実は、折入って、お願い事がございます」
単刀直入に本題を切り出すこととして、レイヴァンは言葉を探す。
「私はリヴェット・ルンカーク嬢と幼い頃に接する機会があり、それ以来、惹かれております。婚約者がおられるということで、ご迷惑になると思い、今まで身を引いておりましたが」
好機に便乗しただけだと取られかねない。レイヴァンとしては、もはやそれでも構わなかった。
ただ、ルンカーク伯爵から返されるのは困ったような表情だ。
「まずは面会して言葉を交わす機会だけでもいただけないかと、書状も送ったのですが届かず、やむを得ず、このような急な来訪に踏み切った次第です」
まずは、事の次第と自分の思いをレイヴァンはぶつける。
「そうでしたか。あの娘と。いや、まさかクライン次期公爵の目に止まっていたとは」
困り顔だったルンカーク伯爵が、なぜだか頭を抱える。
「申し出としては有り難く、私としては良縁だと思います」
表情とは裏腹に、好意的な感触の言葉を返される。
「では、会わせて頂けるのですか?」
勢い込んでレイヴァンは尋ねてしまう。
せめてリヴェット本人に会って帰りたい。最後に言葉を交わしてから、どれだけの月日がむなしく過ぎたことか。
「ただ、あの娘はこの屋敷におらんのです」
思わぬ言葉を返された。
レイヴァンはただ驚く。
「滞在していれば私の方で1席設けるところなのですが、なにぶん、本人がおらんのでどうにもできません」
ルンカーク伯爵ががっくりと肩を落とす。
「なんですって。しかし、実家に帰ったと」
レイヴァンは驚きのまま口走る。まるでルンカーク伯爵自身も行方が分からず、リヴェットの動向を探っていたかのようではないか。
一方で頭の片方で、送った手紙が『受取人不在』とあったことを思い出す。
(本当にただ不在だったから、返されていたのか)
腑に落ちる点もあるのだが、気になる点もあった。
「では、母上は一体、どこへ行っていたんだ?」
シェルダンにげっそりとなるほど絞られていたのだから、母の聖騎士セニアには、どこへ行くべきかは分かっていたということだ。
「あの娘は父親の屋敷へと行ったのです。よく懐いていましたから」
ルンカーク伯爵が疑問に答えた。
「実父のシェルダン・ビーズリー侯爵の屋敷にいると思います」
リヴェット・ルンカーク伯爵令嬢とシェルダン・ビーズリー侯爵では家名が違う。
(そうだ、そのことをすっかり忘れていた。俺はなんて間抜けなんだ)
自分の愚かさをレイヴァンは呪う。母セニアのことを何も咎められないではないか。
「このルンカーク伯爵家からトラウト公爵家へ嫁ぐはずだったので、ここで暮らしていましたが。あんなことがあったので、気晴らしに父親のところで暮らしているようです」
ルンカーク伯爵が更に説明してくれた。
「ビーズリー侯爵閣下の方針で、男児は自身のビーズリー家を、女児には私どもルンカーク家の名前を継がせてくださったのです」
ルンカーク家というのは、没落していた妻の実家を愛妻家のシェルダンが復興したものだ。
「それは、失礼しました。私が思い至るべきでした」
大いに反省してレイヴァンは頭をまた下げる。
つまり自分は最初からビーズリー家に手紙を出し、足を運ぶべきだったのだ。
(そうだ。そもそも交際を申し込むなら、自分でビーズリー侯爵と話をすべきだ)
いかにも実権のなさそうなルンカーク伯爵では、孫のことを何も決められないのだろう。
「自分の間抜けのせいで、もう誰かに先を越されたかもしれない」
思わず声に出して呟いていた。
「ビーズリー侯爵の考え方はかなり独特なので。そう簡単には決まらないでしょう。リヴェットのことも大層可愛がっておりましたから。もう、妙な男には嫁がせようともしますまい」
更にルンカーク伯爵が弱々しく笑った。
「恥ずかしながら、アラン・トラウトとの縁談を進めたのはこの私です。義父である私の顔を潰すわけにもいかず、受け入れたのでしょうね」
なぜ癖者だが有能だと父母に認められていたシェルダン・ビーズリーが、トラウト家との縁談を潰さなかったのか判明した。
「では、私はビーズリー侯爵邸を訪ねるとします」
レイヴァンはラウテカ・ルンカークの前を辞し、帰宅することとした。
すぐにまた一筆したためて、今後こそ、ビーズリー家へと郵送する。
そして翌日、シェルダン・ビーズリー侯爵からの了解を得て、ビーズリー邸へと向かうのであった。




