第6話:野球・校内選抜
校内選抜戦の当日。
体育の授業で使ったのと同じグラウンドのはずなのに、空気が全然違って感じられた。
ピンと張り詰めたような緊張感。
集まった選手たちの目も、遊びの時とは比べ物にならないくらい真剣だ。
「春海、頼んだぞ」
「はい」
俺は監督役の先生に軽く頭を下げると、マウンドへと向かった。
先発ピッチャー。
この試合に勝ったチームが、学校の代表として地域戦に出場する。
キャッチャーは、体育の授業の時と同じクラスメイトだった。
彼は俺の球を一度受けたことがあるからか、自信に満ちた顔でミットを構えている。
(よし、やるか)
俺は大きく息を吸い、振りかぶった。
初球、アウトコース低めにストレート。
ズバンッ、とミットが鳴る。
「ストライーク!」
体育の時と同じ、手応えのある一球。
でも、相手バッターの反応が違った。
驚きはするものの、すぐに気持ちを切り替えて、次の球に備えている。
(やっぱり、選抜戦だな。面白い)
俺はキャッチャーとサインを交わす。
高低差と、外角を中心に組み立てる。
体育の授業の時のように、ただ速い球を投げるだけじゃダメだ。
バッターとの駆け引きを楽しむように、俺は一球一球、丁寧に投げ込んだ。
結果、初回は三者連続三振。
最高の立ち上がりだった。
◇
試合が動いたのは三回。
先頭バッターに、初めてヒットを打たれた。
内野の間に転がる、当たり損ないのゴロ。
でも、ヒットはヒットだ。
初めてランナーを背負う。
少しだけ、マウンドの上が騒がしく感じられた。
(落ち着け、俺)
俺は一度プレートを外し、帽子のつばを深くかぶり直した。
次のバッターが、送りバントの構えを見せている。
(セオリー通りだな)
キャッチャーからのサインは、高めの釣り球。
俺は首を横に振った。
そして、自分の指でサインを出す。
(牽制、一球入れる)
キャッチャーが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
俺はセットポジションに入ると、バッターではなく一塁ランナーに意識を集中させる。
ランナーの重心が、ほんの少しだけ二塁側に傾いた。
(今だ!)
俺は体を反転させ、一塁へ鋭い牽制球を投げた。
ランナーは完全に油断していた。
慌ててベースに戻ろうとするが、間に合わない。
「アウト!」
一つのアウトを、バッターと勝負せずに取った。
これで、一気に流れがこっちに傾く。
俺は次のバッターを内野ゴロに打ち取り、この回を無失点で切り抜けた。
◇
「ナイスピッチ!」
ベンチに戻ると、チームメイトたちがハイタッチで迎えてくれる。
自分のピッチングで、チームの雰囲気が良くなっていくのが分かった。
やっぱり、こういうのは最高に気持ちがいい。
そして、中盤の攻撃。
俺の打席が回ってきた。
(さっきは助けてもらったからな。今度は俺が返す番だ)
相手ピッチャーは、明らかに俺を警戒していた。
キャッチャーも、外角に大きく外れて構えている。
(初球は、たぶんボール球で様子見……)
そう思った、その時だった。
ピッチャーが投げた初球が、甘く真ん中に入ってきた。
たぶん、緊張で指にかからなかったんだろう。
(もらった!)
俺はその一瞬の失投を見逃さなかった。
踏み込んで、フルスイング。
金属バットの芯で捉えた打球は、ライナーとなって左中間を切り裂いていった。
俺は一塁を蹴り、二塁ベース上で悠々と止まる。
ツーベースヒット。
この一打がきっかけとなり、俺たちのチームは先制点を奪うことに成功した。
◇
「春海、最後は任せる」
最終回。
マウンドに上がる直前、監督が俺の肩を叩いた。
スコアは1対0。
この回を抑えれば、俺たちの勝ちだ。
「はい」
俺は力強く頷くと、最後の守備についた。
先頭と次のバッターを打ち取り、ツーアウト。
あと一人。
キャッチャーが、サインを送ってくる。
ストレートだ。
俺は、静かに首を振った。
(最後は、俺の考えでいかせてもらう)
俺はキャッチャーに向かって、小声で叫んだ。
「外一球外して、次で決めます!」
キャッチャーが、ミットを叩いて応える。
俺は大きく振りかぶって、一球、外のボールゾーンにストレートを投げ込んだ。
バッターが、思わず腰を引く。
(よし、これで意識は外だ)
そして、運命の次の一球。
俺はさっきとは全く逆の、インコース高め。
バッターの胸元をえぐるような、一番厳しいコースに、今日一番のストレートを投げ込んだ。
ズバンッ!
バッターは、バットを振ることさえできなかった。
「ストライーク! バッターアウト!」
試合終了のサイレンが、グラウンドに鳴り響く。
俺たちは、勝ったんだ。
「うおおおっ!」
チームメイトたちが、マウンドに駆け寄ってくる。
俺はみんなにもみくちゃにされながら、空に向かって拳を突き上げた。
試合後、監督から正式に、地域戦のメンバーに選ばれたことを告げられた。
チームメイトから手渡された、勝利のボール。
俺は周りに誰もいないことを確認すると、その白いボールに軽く口づけをした。
そしてすぐに、ボールを丁寧に磨いて、監督の元へ駆け寄った。
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げて、ボールを返却する。
褒められるのも、勝つのも好きだ。
でも、感謝の気持ちを忘れたら、きっと「楽しい」は続かない。
俺は、そう思っている。
次の舞台は、地域戦。
もっと強い相手と戦える。
俺の心は、すでに次の挑戦へと向かっていた。