表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/31

第6話:野球・校内選抜

 校内選抜戦の当日。

 体育の授業で使ったのと同じグラウンドのはずなのに、空気が全然違って感じられた。

 ピンと張り詰めたような緊張感。

 集まった選手たちの目も、遊びの時とは比べ物にならないくらい真剣だ。


「春海、頼んだぞ」


「はい」


 俺は監督役の先生に軽く頭を下げると、マウンドへと向かった。

 先発ピッチャー。

 この試合に勝ったチームが、学校の代表として地域戦に出場する。


 キャッチャーは、体育の授業の時と同じクラスメイトだった。

 彼は俺の球を一度受けたことがあるからか、自信に満ちた顔でミットを構えている。


(よし、やるか)


 俺は大きく息を吸い、振りかぶった。

 初球、アウトコース低めにストレート。

 ズバンッ、とミットが鳴る。


「ストライーク!」


 体育の時と同じ、手応えのある一球。

 でも、相手バッターの反応が違った。

 驚きはするものの、すぐに気持ちを切り替えて、次の球に備えている。


(やっぱり、選抜戦だな。面白い)


 俺はキャッチャーとサインを交わす。

 高低差と、外角を中心に組み立てる。

 体育の授業の時のように、ただ速い球を投げるだけじゃダメだ。

 バッターとの駆け引きを楽しむように、俺は一球一球、丁寧に投げ込んだ。


 結果、初回は三者連続三振。

 最高の立ち上がりだった。


 ◇


 試合が動いたのは三回。

 先頭バッターに、初めてヒットを打たれた。

 内野の間に転がる、当たり損ないのゴロ。

 でも、ヒットはヒットだ。


 初めてランナーを背負う。

 少しだけ、マウンドの上が騒がしく感じられた。


(落ち着け、俺)


 俺は一度プレートを外し、帽子のつばを深くかぶり直した。

 次のバッターが、送りバントの構えを見せている。


(セオリー通りだな)


 キャッチャーからのサインは、高めの釣り球。

 俺は首を横に振った。

 そして、自分の指でサインを出す。


(牽制、一球入れる)


 キャッチャーが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

 俺はセットポジションに入ると、バッターではなく一塁ランナーに意識を集中させる。

 ランナーの重心が、ほんの少しだけ二塁側に傾いた。


(今だ!)


 俺は体を反転させ、一塁へ鋭い牽制球を投げた。

 ランナーは完全に油断していた。

 慌ててベースに戻ろうとするが、間に合わない。


「アウト!」


 一つのアウトを、バッターと勝負せずに取った。

 これで、一気に流れがこっちに傾く。

 俺は次のバッターを内野ゴロに打ち取り、この回を無失点で切り抜けた。


 ◇


「ナイスピッチ!」


 ベンチに戻ると、チームメイトたちがハイタッチで迎えてくれる。

 自分のピッチングで、チームの雰囲気が良くなっていくのが分かった。

 やっぱり、こういうのは最高に気持ちがいい。


 そして、中盤の攻撃。

 俺の打席が回ってきた。


(さっきは助けてもらったからな。今度は俺が返す番だ)


 相手ピッチャーは、明らかに俺を警戒していた。

 キャッチャーも、外角に大きく外れて構えている。


(初球は、たぶんボール球で様子見……)


 そう思った、その時だった。

 ピッチャーが投げた初球が、甘く真ん中に入ってきた。

 たぶん、緊張で指にかからなかったんだろう。


(もらった!)


 俺はその一瞬の失投を見逃さなかった。

 踏み込んで、フルスイング。

 金属バットの芯で捉えた打球は、ライナーとなって左中間を切り裂いていった。


 俺は一塁を蹴り、二塁ベース上で悠々と止まる。

 ツーベースヒット。

 この一打がきっかけとなり、俺たちのチームは先制点を奪うことに成功した。


 ◇


「春海、最後は任せる」


 最終回。

 マウンドに上がる直前、監督が俺の肩を叩いた。

 スコアは1対0。

 この回を抑えれば、俺たちの勝ちだ。


「はい」


 俺は力強く頷くと、最後の守備についた。

 先頭と次のバッターを打ち取り、ツーアウト。

 あと一人。


 キャッチャーが、サインを送ってくる。

 ストレートだ。

 俺は、静かに首を振った。


(最後は、俺の考えでいかせてもらう)


 俺はキャッチャーに向かって、小声で叫んだ。


「外一球外して、次で決めます!」


 キャッチャーが、ミットを叩いて応える。

 俺は大きく振りかぶって、一球、外のボールゾーンにストレートを投げ込んだ。

 バッターが、思わず腰を引く。


(よし、これで意識は外だ)


 そして、運命の次の一球。

 俺はさっきとは全く逆の、インコース高め。

 バッターの胸元をえぐるような、一番厳しいコースに、今日一番のストレートを投げ込んだ。


 ズバンッ!


 バッターは、バットを振ることさえできなかった。


「ストライーク! バッターアウト!」


 試合終了のサイレンが、グラウンドに鳴り響く。

 俺たちは、勝ったんだ。


「うおおおっ!」


 チームメイトたちが、マウンドに駆け寄ってくる。

 俺はみんなにもみくちゃにされながら、空に向かって拳を突き上げた。


 試合後、監督から正式に、地域戦のメンバーに選ばれたことを告げられた。

 チームメイトから手渡された、勝利のボール。

 俺は周りに誰もいないことを確認すると、その白いボールに軽く口づけをした。


 そしてすぐに、ボールを丁寧に磨いて、監督の元へ駆け寄った。


「ありがとうございました!」


 深々と頭を下げて、ボールを返却する。

 褒められるのも、勝つのも好きだ。

 でも、感謝の気持ちを忘れたら、きっと「楽しい」は続かない。

 俺は、そう思っている。


 次の舞台は、地域戦。

 もっと強い相手と戦える。

 俺の心は、すでに次の挑戦へと向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ