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Imagedia  作者: SaikoroX
10/17

【第九章:境界の裂断(Fractured Boundary)】

――《アルヴィエル》・夜明け前。


まだ船内アラームすら鳴らない時間帯。

早朝の静寂はどこか張り詰めた透明さを孕み、歩くたびに床から伝わる微かな振動が、今日の異質さを知らせていた。


その静けさを破るように、作戦管制室の扉が重く開く。


すでに何人かの隊員が集まり、モニターの青白い光が無言で彼らの顔を照らしていた。

そこにはいつもと違う空気――

まるで“これから何かが変わる”予告のような緊張が満ちていた。


やがて、壁一面のスクリーンに作戦通達が投影される。


《模擬戦演習任務通達》

《演習形式:3対3チーム戦》

《技術試験隊 × 複数戦術中隊による合同戦術演習》

《参加部隊:

・Dev-3小隊(第七大隊 第三試験中隊)

・ブレミュール03小隊

・リヴェラント01小隊

・ラズベルト02小隊(現場精鋭)》


《目的:I.E.S.S搭載機の戦術適合性評価、および部隊連携の確認》


その文字列が映し出されると、室内の空気がさらに重く沈んだ。


グラン・マルティノ大尉は一歩進み、皆を見渡す。


「今回の演習は、複合部隊での混成構成となる。

Dev-3からはシオン、ブレミュールからはユルク、リヴェラントからはジュリが選出された」


無表情の奥に、微かな不快が滲む。


「対するは……ラズベルト小隊。

――いわゆる“現場精鋭”と呼ばれる連中だ。

……皮肉にも、最も相性が悪い相手をぶつけられた形だな」


ざわ……と、説明のない圧が隊内に落ちる。

保守派寄りの強硬メンバーが多く所属するラズベルト。

その意図は誰の目にも明らかだった。


緊張を裂いたのは、カイルのいつもの軽口だった。


「ついに“合同演習”とか言われちゃうようになったな、俺たち。

そろそろ『試験だから』って言い訳できねぇな、シオン?」


からかうように肩を回しながらも、瞳には揺るぎない信頼が宿っている。


「でもまあ、安心しな。イマジディアは万全だ。

今回こそ――“振り回す側”になってこいよ」


続いてリアナが深く息を吸い、シオンを見る。


「通信も装備も全部、最高の状態にしてある。

それに……ずっと近くで、あなたの努力見てきたからわかるよ。

大丈夫。今のあなたなら――イマジディアを光らせられる」


その柔らかい言葉に、早朝の光が静かに差し込む。

柔らかな空気。しかし――その裏には確かな覚悟が漂っていた。


グランは短く頷くと、重々しい声で続けた。


「本演習は、戦術司令室にて上層部がリアルタイムで観測する。

評価次第では“再配備”も検討されるだろう」


その場に一瞬、冷たい空気が走った。


だが、大尉は視線をシオンへ向けて静かに言う。


「――だが俺は、お前たちを信じている。

たとえ合同だろうと、派閥だろうと関係ない。

現場で結果を示してこい」


一拍の後。


「――出撃準備を開始せよ」


その言葉は、嵐の始まりを告げる号砲のように響いた。



---


ハンガーの奥では、整備用アームが軋み、

各機のスラスターが空焼きの淡い光を漏らしていた。


その喧騒の外れで、ダリオ・レーンは腕を組みながら

出撃準備に追われる仲間たちを静かに見ていた。


その背に――足音ひとつ立てずに、声が落ちた。


「……よぉ」


振り返ると、灰銀の髪を短く撫でつけた男――

第二戦術中隊攻撃隊隊長、ネイド・アゼルヴァイン中尉が立っていた。


薄い笑みとも嘲りともつかない表情を浮かべたまま、彼は言う。


「Dev-3はどうだ。

“玩具の試験隊”にしては……よく保っている方か?」


ダリオは苦笑し、肩をすくめた。


「俺は気に入ってるさ。あそこは“光”を目指してる。

シオンも、カイルも、リアナも……あいつらは前に進んでる」


ネイドは、ふっと鼻で笑った。


「光、ね。

――あの黒いギアのどこに、そんなものが見える?」


イマジディアを指すでもなく、

ただ空気そのものを刺すような声音だった。


「未知の出力、不可解な反応率、不完全な安全装置。

軍事現場では“背中を預けたくない兵器”というやつだ」


「……それでも動くんだ、あいつは」


ダリオが言うと、ネイドは鋭く目を細めた。


「動けばいいというものじゃない。

今日の模擬戦――あれに成果がなければ、イマジディアは“無用の長物”と判断されるだろう。

本部も、ドラウスト圏も、そう見る」


その言葉は冷ややかで、事実だけを告げる刃だった。


だが、ダリオは一歩も退かない。


「……それでも俺は信じる。

あいつらなら、やれる。シオンなら――」


その瞬間、ネイドが口角をゆっくりと上げた。


「信じる、ね。

お前がそう言うとは思っていたよ」


そして少しだけ視線を落とす。


「……お前がドラウスト圏で馴染めなかった理由も。

“危うい光”に惹かれる、その性分も」


ダリオの表情がわずかに揺れる。


ネイドは淡々と続けた。


「お前がここに戻ってきたとき、

“Dev-3に残れないか”と上に掛け合った話……覚えているぞ?」


ダリオはわずかに目をそらし、


「……言うなよ、それ」


と息を吐いた。


ネイドは再び、無機質で冷たい“戦術主義者”の顔に戻った。


「好きにしろ。

ただ――今日の模擬戦で結果を出せ。

そうでなければ、お前の“光”とやらは、単なる妄想だ」


踵を返し、去り際に小さく付け加える。


「……ダリオ。

俺は戦場で嘘はつかない。

結果を出した者だけが、生き残る」


その背中が消えたあと、

ダリオは静まり返った通路を見つめながら、拳を固く握った。


「――だからこそ、俺は信じるんだよ。

あいつらの光を。

俺には、それが“見える”」


喧騒のハンガーへ向き直り、

ダリオはゆっくりと歩き出した。


これから始まる模擬戦――

その先にある衝突の気配を、

まだ誰も知らないまま。


――《アルヴィエル》・カタパルトベイ第02ブロック

格納庫の警告灯が、反転するように赤い光を繰り返し放つ。


巨大な射出レールが唸り、

機体固定アームが次々とロックを外していく。


空気そのものが震えている。

“これから戦う”という事実だけが、金属の匂いを帯びて迫ってきた。


「SD-DZ-03Rユルク・バレンタ――スタンバイ完了」

「SD-DZ-04Sジュリ・メイア――発進準備完了」

「ID-NV-01tCシオン・エイセル――リンク開始。I.E.S.S動力波形、安定域に入ります」


シオンの前面パネルに、

イマジディアの反応波形が滑らかに立ち上がる。


胸の奥で、鼓動が一つ重く鳴った。


【カウントダウン:20秒前】


艦内通信に、リアナ・ヴェレシア中尉の声が響く。

『こちらブリッジ、通信チェック――各機、応答願います』


「こちらユルク。問題なし」

「ジュリ、クリア。映像・音声ともに正常」

「……シオン。こちらも通信良好。イマジディア安定しています」


わずかに緩むリアナの声。

『……お気をつけて、皆さん。特にシオン少尉……』


「……大丈夫。行ってくるよ」


【3・2・1――カタパルト開放】


――射出。


圧縮空気が吹き抜けるような一瞬の加速。

3機のギアは赤い光を背に、無音の宇宙へと解き放たれる。


イマジディアは一拍遅れて滑り出し、

燃焼の気配すら見せない静かな加速で他の2機に追従した。


そのとき、模擬戦専用の通信回線へ自動切替が完了し――

敵側からのオープン通信が割り込んだ。


『こちらラズベルト02小隊――ヴァーグ・ヘルスト中尉だ』


耳に触れるような、いやらしい抑揚。


『技術試験チームにしては派手なメンツだな。

まあ、こっちからすればありがたい。“的”がでかいほど当てやすい』


「はっ、口だけは宇宙最強ね、あの人」

ジュリが鼻を鳴らした。


ヴァーグは続ける。

『それと……“特別機”も混じってるらしいな?

妄想の塊に命預けるとは、大した度胸だよ』


『せいぜい頑張れよ。こっちは撃墜しても怒られねぇからよ』


シオンは無言で、握ったスティックを少しだけ強く握った。


――戦闘宙域、座標DZ-41-12。

黒い虚無の空間を前に、3機は静かに漂う軌道へ入っていく。


その様子を、艦の各区画で仲間たちが見守っていた。


リアナは通信席で両手を固く組み、祈るように目を閉じている。

カイルは肘をついて身を乗り出し、ニヤリと笑う。


「ま、あいつならやるよ。俺の調整は完璧だしな」


壁際では、グラン・マルティノ大尉が腕を組んだまま映像を注視していた。

感情は読めないが、その瞳だけが鋭くシオンを捉えている。


さらに技術観測区では、ダリオ・レーンが紙コップ片手に息を吐いていた。

「さて……本番だ。見せてくれよ――お前の“妄想の答え”を」


その瞬間、戦術ブリッジから音声が送信される。


《演習戦闘――開始》


宇宙が、緊張で軋んだ。


――敵機、すでに視界内展開済み。


ユルクのセンサービームが宙域を走り、ジュリの照合データと重なった。


「敵機3……いや、中距離に2、前衛に1。挟撃に来てるぞ」


「布陣B-3ね。あっち、完全に“先手を取る気”よ。牽制、始まるわよ」


その瞬間、オープンチャンネルに混線が起こった。


『……随分とゆっくりなご登場だな』


ヴァーグの声だった。

軽薄な抑揚なのに、どこか底の読めない響きがある。


『ラズベルト02小隊、布陣完了済み。おっと……噂の“特別機”もいるようだな?』


シオンは無言で前方の光点を見据えた。


『――さあ。見せてくれよ。“妄想”の出力をな』


次の瞬間、敵側の一機――ベルド機が先制射撃。

模擬弾の光が虚空を横切り、宇宙に鋭い白線を残す。


「来た……ッ!」


ジュリが即座に反応し、ユルクの側面へ回り込む。

イマジディアも後追いで加速――いや、“滑る”ように動いた。


(軽い……軽すぎる……!)


シオンはスラスター制御に軽く指を添えながら、思わず息を呑んだ。


(……怖いくらいだ。けど――身体がついていく)


シートが背中を押すように、適切な角度で力を逃がし、引き戻す。

カイルの調整が、まるでシオンの思考を読んでいるかのように。


外部観測席では多くの軍関係者が映像を凝視していた。

ざわめきが走る。


「……あの同調率、本当にI.E.S.Sなのか?」

「制御されすぎている。理論値を超えてるだろ」

「どうせ仮想技術の延長だ。実戦の信頼性は――」


否定と疑念が交錯する中、ただ一人、ネイド・アゼルヴァイン中尉だけは静かに呟いた。


「……あれが本当に“妄想”なら――完成されすぎているな」


その横でダリオは、紙コップを揺らしながら笑う。


「ほら見ろ。あいつの“虚構”は、案外いい線行ってんだよ」


前線では、ついにイマジディアがヴァーグの前衛機へ接触した。


「このッ……ガキがァッ!!」


ヴァーグの斬撃がエネルギーブレードを弾く。

金属音すらない宇宙で、火花だけが炸裂する。


「そんなガラクタ乗りこなして……何が証明できるッ!?

――“実験動物”が、人類を導けるとでもッ!!」


言葉は怒号へ、執着へ、そして狂気へと変わっていく。


観測室の空気が一気に張りつめた。


「……回線、あれオープンのままだよな?」

「おい、ちょっと言いすぎ――」


――その刹那。


カチリ。


小さな切り替え音。

ヴァーグ機の左腕ユニットが展開する。


観測者の一人が青ざめた声を出した。


「……識別コードが……ない……?」


モニターから模擬弾のマーカーが、音もなく消えていた。


「……あれ、本物――?」


「――待て、あれ実弾だ!!」


叫びが弾けた瞬間、戦場の空気が“模擬戦”から“敵対”へと変貌する。


「中尉! やめてくださいよ!!

マジで戻ったら処分されますって……! 命令違反どころじゃない!!」


「黙れ……!!」


副機の叫びも、制止も、宇宙の虚空に虚しく響くだけだった。

ヴァーグは一度たりとも振り返らない。

怒気に満ちた呼気がスピーカー越しに漏れ、広域通信へと乗った。


『これ以上、技術の暴走に付き合う必要はない。

――こんな妄想を許す国が、滅ばない保証なんて、あるのか!?』


ヴァーグの声は荒れていた。

怒り――いや、恐怖に近い震えが混じっている。


「妄想機体なんざ、ここで撃ち抜いて終わらせてやる……!!

模擬戦? 知るかよ!! 本物の兵士は、こんな茶番に付き合わねぇ!!」


――バズーカの砲身が、再びイマジディアへと向けられた。


ジュリが息を飲んだような声で叫ぶ。


「来るわ、ミサイル! 正面……3発!」

「あぁもう、あいつ完全に見境ないわね!!」


ジュリ機のシールドが瞬時に展開。

簡易エネルギーフィールドがミサイルの爆光を吸収し、白い閃光と共に消し飛ばす。


「……っつーかさ、もうこれって内乱未遂じゃない?」


軽口とは裏腹に声が震えていた。


その間にユルクが前へ飛び出し、バズーカの射線を強引に逸らす。

流れるように、シオンへ通信を叩きつけた。


『シオン! もう“試験出力”じゃ足りねぇぞ!

――お前のエネルギーライフル、実戦仕様に切り替えろ!』


シオンの指先が止まった。


(……実弾じゃない。

“停止させるだけ”――でも、このままじゃ止まらない……!)


ヘルメットの内側に響く自分の呼吸。

その奥で、イマジディアの心臓のようにI.E.S.S出力が脈動する。


シオンはゆっくりとライフルの調整レバーを切り替えた。


内部の波形が跳ね上がり、

I.E.S.Sの許容ギリギリのラインを舐めるように上昇していく。


――コアが軋む音が、コクピットにまで届いた。


そのとき、割れた通信にリアナの声が割って入った。


『シオン少尉……撃墜は、ダメ。止めて……止めてください!』


「……了解。制圧だけで済ませる」


イマジディアがわずかに身をかがめ、加速姿勢へ移行した。

その滑らかな動きは、まるで“意思”を持った獣のようだった。


ヴァーグがバズーカを再び構えた瞬間――


シオンの視界が、研ぎ澄まされたように細く収束する。


イマジディアのライフルが閃光を帯び、銃身の周囲に微細な焼け色が走った。

軋む金属フレームの音。

I.E.S.Sの脈動が骨伝導で響き、心臓と同期していく。


「……標準、逸らして撃つ」


静かに、しかし確信をもってつぶやき、シオンはトリガーを引いた。


――青白い閃光が、空間を貫いた。


一直線に、鋭く、吸い込まれるように伸びる光。

その軌道は照準からほんの数度ずらされていたが、

ヴァーグ機の前面を“なでる”ように通過し、遠方の虚空で花のように散った。


爆発音はない。

ただ、光と衝撃の余韻だけが、戦場を震わせる。


強烈な閃光が収束したあと――


ヴァーグの動きが止まった。


バズーカの照準はゆっくりと下がり、

機体が重力もない空間で、わずかに後退する。


「……あれが……制御された出力……?」


ヴァーグの声は、怒りでも憎悪でもなかった。

ただ――震えていた。


模擬戦宙域が、息を飲むように静まり返った。


通信すらなく、誰もが言葉を失った数秒間。


そして――


その静寂を、壊す“何か”が起こる。


――その瞬間、空間が“裂けた”。


静寂に沈む座標領域DZ-41-13。その中央を、黒い絹を引き裂くような揺らぎが走った。

本来そこに何もないはずの虚空が、まるで拒絶するように歪む。

その裂け目の奥から、ひとつの“影”が現れた。


いや――影などではない。

存在そのものがねじれ、空間を押し曲げて出現している。


漆黒の機体。

人型に似ていて、人型ではない。

装甲とも骨格ともつかない光の線が脈動し、軍の規格にも、銀河圏の機体コードにも該当しない――。


アークラのギア。


“虚空から来た敵”が、ついに姿を見せた。


最初に異常を察知したのは観測席のネイドだった。


「……これは……“共鳴反応”……?

まさか――呼んだのか。あの機体が……」


低い声が震えていた。


直後、警報が宙域全体に鳴り響いた。


――鳴り響くはずの警報音は、宇宙では音を持たない。

だが艦内とコックピットの空気が震え、全員に“不吉なノイズ”が走った。


ジュリが絶句し、ユルクが息を飲む。


「未確認……いや、形状パターン一致。まさか……」

「アークラ……っ!」


シオンは息を忘れたようにその影を見つめた。


その直後、混線するように不自然な“笑い”が通信に割り込んだ。


「……フ、ハッ……! いいぞ……見ていろよ貴様ら……!」


ヴァーグの声だった。

狂気が混じっている。

模擬戦のストレスでも、敵意でもない――恐怖と憤りを押しつぶした“破裂音”のような笑い。


「これが本物の戦いだァ!!

模擬戦? 茶番だ! 敵が現れた時にこそ、真価は試される!」


ヴァーグ機が単独で突撃する。


その大胆とも愚かなとも言える機動を、アークラの機体が“観察するように”静かに首を傾けた。


「……あ? なっ――」


白い光が走った。


音もなく、一撃。


――爆散。


ヴァーグ機は悲鳴すら残さず、光の破片となって散った。


続けざまに、残った2機が散開するが、その行動すら予測されていたかのように

黒い閃光が連射される。


逃げる。

避ける。

間に合わせようとする。

だが、無意味だった。


閃光が宇宙を貫き、2機がほぼ同時に沈黙した。


「っ……!?」


ジュリが息を呑み、ユルクが叫ぶ。


「今の反応速度……意味わかんねぇだろ……!」


戦場全体に“重たい沈黙”が広がる。

その異様な静寂の中で、ダリオだけが即座に声を張った。


「状況が変わった!

模擬戦は中断、ここから先は実戦行動に移るぞ!!」


だがその声すら、ネイドの冷たい分析を断ち切れない。


「……違う。これは偶発じゃない」

ネイドの顔は蒼白で、その瞳だけが研ぎ澄まされていた。

「これは――“意図された接触”だ」


アークラは来るべくして来た。

引き寄せられたように。


そしてその“呼び声”がどこから発せられたのか、

この場で唯一気づいている者がいた。


ネイドは視線を、イマジディアへと向けた。


「……I.E.S.Sの出力反応。

奴らは、あれに……反応したんだ」


その頃、艦橋ではグランが吼えた。


「リアナ、本部への報告回線を最優先で確立しろ!

――コード:アークラ接触。緊急度最高ランクで送れ!」


リアナの指が震えながら高速で端末を走る。


しかし、彼女の心は別の一点に囚われていた。


(シオン――逃げて……!)


通信が開かれ、戦場でただ一つ、黒い影だけが動いていた。


その視線は――まっすぐ、イマジディアに向けられていた。


戦場では、アークラのギアが3機のうち――

ユルクにも、ジュリにも目もくれず。


ただひとつ。

イマジディアへ、ほぼ直線で迫っていた。


黒い装甲に星々の光が吸い込まれ、

その軌道は“追跡”ではなく――一点を目指す、帰巣のような動きだった。


「……狙ってる……?」


シオンが構えた瞬間だった。


――通信チャンネルに、強制侵入。


ザリ、と金属をこするようなノイズ。

規格外の信号が、三人の機体に容赦なく流れ込む。


これは言語ではない。

しかし、“意思”だけは理解できる奇妙な抑揚。


《……ニュ…ア……リリ……゛ッソ……》

《……エルク……デゥナ・タロル……?》


AIが緊急解析を開始し、複数の言語層を同時に解読する。

翻訳処理が重なり合い、最終ステージに到達した。


【翻訳一致率:83.7%】

【音声再構成……完了】


《――そのエンジンは、なんだ?》


イマジディアとアークラの機体が、火花を散らしながら密着する。

刃が噛み合う感触が、シオンの腕にまでダイレクトに響いてきた。


「……これは……エーテル……?」


絞り出した声が、回線に乗る。


次の瞬間、敵からノイズ混じりの声が割り込んだ。


『違う……これは――滅びの……』


そこで音声が途切れた。

バーニアが黒い光を噴き、アークラのギアの周囲で宇宙の“膜”がひずむ。


虚構がにじむ。

空間の縁が泡立つように震え、星の輝きすら吸い込まれた。


シオンは息を飲んだ。


「あれは……イマジディアと……同じ……?」


イマジディアの出力が自動で引き上げられ、身体が背中に押しつけられる。

制御は辛うじて追いすがるが――

機体が先に走ろうとする感覚が強まっていく。


アークラのギアが動きを止めた。

その腕部構造から、異様なエネルギーサーベルが展開される。


斬撃。


シオンも反射的に構え、再度の鍔迫り合いが始まった。


重圧がかかる中、再び通信が侵される。


『……それは、増えては――いけない……』


言葉は意味を帯びているのに、肝心な核心だけが掴めない。


「……なにを……?」


返答の代わりに、アークラのギアがイマジディアを突き飛ばした。

同時に背部ユニットを変形させ、曲射でエネルギー波を散弾のように放つ。


空間に歪曲の軌跡が走り、逃げ場を塞ぐ。


「くっ……!」


シオンは咄嗟に右へ旋回し、残像を残して回避した。


「送電完了……!」


照準が合う。

イマジディアの高出力ライフルが、焼け付く光をまとった。


渾身の一撃――。


だがアークラの背部が分離し、盾付きの小型ギアが前に飛び出す。


防御。


爆発。

光が宇宙を焼き、同時に――虚構が噴き出した。


黒い波動が宙域を満たし、星々がゆらぎに飲まれて見えなくなる。


その中心に、アークラのギアが静かに立っていた。


攻撃の気配がない。

ただ、シオンだけを――観察するように見ている。


次の瞬間、空間がひび割れた。


黒い裂け目が開き、アークラのギアはその中へと沈むように姿を消した。


残されたのは、静寂と……


――警報音だけ。


「全機、撤退――これは演習ではない。

ログをすべて回収しろ!」


グランの指示が届き、各隊が一斉に後退を開始する。


コックピットの中で、シオンはただ呟いた。


「……増えては、いけない……?」


敵が言い残した言葉が、耳の奥で小さく反響する。

意味も正体も掴めないまま、

戦場はゆっくりと闇へ沈んでいった。


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