九話 何事にも無駄はない、己が無駄と断じぬ限り
俺はまだ太陽も余り昇っていない朝の時間、いつものように俺の通う中学指定の制服に身を包み、自転車を漕ぎながら学校に向かっていた。
「全く、ヒドイ始まりだったぜ。」
その最中に、昨日の夢の中での冒険を振り返ってみると、ポツリとそんな独り言が俺の口から漏れていた。
だが、俺の中に住む同居人のことを考えれば、俺にとっては独り言である言葉も独り言で済まされるかどうかは分からない。
今回の場合も、俺の中の同居人の内の一人でも反応を返してくるようなことがあれば、それは独り言ではなく会話となるのだ。
だから、俺は他人との会話の頻度が以前よりも格段に増えていた。
ある種、家族よりも近しい場所にいる人達を他人って言っていいのかどうかは心底疑問だけども。
『ホント、ね。君一人だったらすーぐ野垂れ死んじゃうんじゃない?』
そう応えるのは鳴宮さんだ。
彼はいつもと変わらない意地悪そうな言葉遣いでヘラヘラと笑いながらちょっかいをかけてきた。
「いや、割とマジでそう。で、でも『俺』は一人じゃねーし!」
ゲームとかでよく聞くようなセリフになぞらえて、鳴宮さんからの言葉に返事を返す。
俺も半分冗談くらいのつもりで言っているのではあるのだが、本当に『自分』と言える人物が一人ではない所が不思議な感覚だ。
まあ、ボケに関しては芸術点が高いとしておこう。
『はいはい、ゲームのし過ぎもほどほどにしときなよ。』
流された。ちくせる。
Excelみたいな間違いをしてしまった。
とはいえ、鳴宮さんにも俺の冗談は伝わったようで嬉しい。
「それはそうとしてさー、今度の時とかは戦闘中とかにも切り替えながら戦えるように練習したいんだけど良いよな?」
『それは別に良いけど…そうだねぇ、一応それぞれ誰が何に特化してるのか、どんな場面で活躍できるのかを把握しておくべきだと思うよ。』
「確かに、アナタ天才?」
『君がバカなんじゃない?』
俺は流石に泣いても良いはず。
それはさておき、鳴宮さんの言う通りなのは確かだ。
俺がバカってことに言ってるんじゃないゾ。
多種多様な手段を持っていようと、それを活かせる場所と場合を把握していなければ意味がない、という話だ。
前は無計画に動いて痛い目を見たからな、今回は前もってみんなに確認しておこう。
「ハイハイ、バカですよ。それじゃ鳴宮さん、バカのために他のみんな呼んできて?」
『イエッサー、おバカさん。』
なんだろう、なんだかほんの少しだけムカつく。
俺は変じゃないよな?いや、変か。
はぁー、鳴宮さんのバカ呼びに対して、開き直って乗っかろうとしたまでは良いものの結局はちょっとムカついてしまっている。
つまり、なんだか負けた気がする。残念無念また来年、って感じだ。どういう感じだ?
鳴宮さんが他のみんなを呼びに行ってから数秒経った頃、俺は通学路の途中の信号に引っかかり、横断歩道の前で自転車を停車させていた。
「おわ、信号赤じゃん許せねー。いや、そんなでもないな。」
誰に声を掛けるでもなく呟いているまま、自然におふざけを繰り出しつつ、俺はなんの気なく周囲に目を配る。
俺のように自転車に乗っている者や歩行者が、赤色に点灯する信号を凝視したり、手元の携帯電話をいじっていたりと、各々自由に注意を向けているのを傍目に見ている俺の正面を車が往来していく。
朝方の太陽に照らされる街路樹の朝露にほんの少しの眩しさを感じながら俺は眠い目をこすった。
そのままの続け様に、思わず欠伸が漏らしてしまう自分に対して、昨日も割と早寝したはずなのにどんだけ眠りゃ朝の眠気が気にならなくなるのか、と思っていた。
そんな風にボーっと欠伸をして細めていた目を開く頃には、赤信号もすっかり青に変わる頃だった。
「さて、行くか。」
『やあやあ、お待たせ。連れてきたよ。』
「どもども、それじゃ早速聞きたいことがあるんスけど…。」
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(相談の結果、分かったことをまとめてみようか…。)
俺は中学校校舎内の俺の席に着いて頬杖をつき、耳に届く声をボーッと聞き流しながら、窓の外の景色を見つつ振り返る。
まず、俺は専ら近接戦闘型だ。
使ってる武器は剣一本。当然、今のままでは付け焼き刃でしかないテキトー剣術と、ルーサー仕込みの体捌きしか取り柄がない。
オマケに持久力にも酷く乏しい訳で、弱点だらけな上に戦力としても期待できないほどなのであるが、今回の振り返りではこれ以上の言及は控えておこう。
自分のことながら、今はその事実を直視したくない。
次に鳴宮さん。
彼は近〜中距離戦闘型らしい。短めのナイフや拳銃を用いた戦い方のようだ。
例えば、ナイフの攻撃で近距離内を牽制し、敵からある程度の距離を取ったところを、拳銃で撃ち抜く!っていうような感じらしい。
・・・銃あんの?ズルくねー…?って思ったのは俺だけじゃないはず。
次に丸山オジさん。
丸山オジさんは支援特化型。魔法を強化する杖を持って、支援系魔法や回復魔法を用いた支援をしてくれるらしい。
魔法による強化状態や、負った傷などによるダメージは俺達全員で共通らしいからこそ、丸山オジさんの回復は今後の俺たちの軸になりそうだ。
あと、一応多少は近距離の敵との戦いもできるらしい。
今度はアルサス君。
アルサス君は全体的に強い万能型。普段は片手剣と盾を使っているが、場合によってはデカめの両手剣とか、槍とか、遠距離には弓矢とかに武器を変えて戦ったり、果てには魔法までもを使いこなすらしい。
確かにバクダンとか出してたな。アレも魔法か。
こうやって見たら俺ってマジ弱くね?
頼む、誰も俺を見捨てないでくれ。
最後はエテュミアさん。
エテュミアさんに関しては…
俺がそこまで考えたその時、俺の耳にとある声が飛び込んできた。
「じゃあ、練習問題2を…9番、恵雨!答え書きに来てなー。」
少し日に焼けた肌の初老過ぎの男、なんて言い方をしたが要は、今俺が受けている数学の授業の教師だ。
「ほえい?」
ヤッベ、全然聞いてなかった。
右耳から入った音がそのまま左耳からスポーンって出て行ってた。
しかも、今はよりにもよって俺の苦手な数学の授業中。さらにさらに、俺はボーッとしてたせいで何ページのどの練習問題2なのか分からない。
ヤベェ、暑くなってきた。背中から汗が噴き出るほどの暑さを感じてる。
しかも二次方程式じゃねぇか!全然分かんねぇよどうしよう!?
「おーい、恵雨?話聞いてなかったんか?」
そうだよ!でも、そうだよ!とは言えねぇよ!
「分かりましぇん…暗号かなんかですかい?」
俺がそう答えるのを聞くと、先生は呆れたように笑いながらこう返した。
「恵雨は本当に数学苦手やなぁ。ええよええよ。じゃあ、隣の…定井!これ分かるか?」
いや、こんなん分かるやつ居んの?
と、思うが…これが義務教育のやり方か?どうなってんだ学習指導要領。
不貞腐れたようにそう思いながら今度は俺の隣の定井が当てられた。
そういえば、一応中一の途中の頃から定井こと定井智治、コヤツとの付き合いはあるんだが、どれ…少し実力を見てやろうか。
「あー、はい。分かりますー。」
「それじゃ、書きに来てくれ!」
分かるんかー、さてはオメー、賢いな?
定井は先生に呼ばれるがまま、席から立ち上がりそのまま背筋を伸ばしてツカツカと…なんてことはなく少し猫背でトコトコと黒板へ向けて歩いて行った。
そして書いた答えは…。
X=4
フッ、計算の途中過程も無く答えだけだって?
数学も舐められたもんだな、そんな適当な答えなんか当然…
「おー、合っとるな。」
合ってんのかーい。恥ずいわーい。
黒歴史を絶賛製造中じゃーい。
「でも、次からは途中過程も書いてな?暗算した訳じゃないんやろ?」
先生が眉を顰めながらそう定井に問いかけるのに対して、当の定井は。
「あ、いや、暗算っすよ。こんくらいなら途中式なくてもできると思うんですけど…。」
その何気ない一言に周囲のクラスメイトは少し驚いて目を見開いて彼を見つめている。
だが、当の本人はその視線には一切気がついていない様子だ。
うーわ、出たよ。
コヤツ絶対クラスに一人は居る天才タイプだよ。
あー、もうマジ、そういうのさー…。
スゴイと思うわ、後で教えてもらお。
前にルーサーからも、日常で知識を得られる機会を増やせれば、得た知識を活かせるチャンスも増える。とかなんとか小難しいことを言ってきた。
彼が言っていたことの詳しい内容こそ覚えていないが、要は『何を得れば将来に役立つか分からない以上、日常の中で最大限を得られるように努力した方が良い。』みたいな風に解釈をした上で、説得力のある考えだと思って、日常からそうやってちょっとした努力からやっていこうと思っている。
今回のもその一環と考えて差し支えないだろう。
っと、あんまし長々と考え事してねーでそろそろこの地獄のような雰囲気に助け舟でも出そうとしてみますかね。
「おーん?何言ってんだー?みんながみんな暗算で解けるなんて思うなよ定井クーン?」
「あっ、じゃあなんでもないでーす。」
俺が彼に聞こえるようにそう言うと、彼は周囲に目をやり、ようやく周囲の空気を感じ取ったのか、そう言い放ってからそそくさと席に戻ってきた。
全く、色々ぶっ飛んだヤツだ。
「悪い、助かった。」
「いーよ、気にすんなー。」
席に戻ってきた定井の礼に俺も手を軽く振りながら軽く言葉を返して意識を授業に戻す。
まさか、無自覚数学無双マンだったとは。とりあえず、後で前回の数学のテストの点数を教えてもらおう。
今回はほんの少し変わった出来事もあったが、こういうことが無かったら本当になんの変哲もない学校生活にしかならない。
今後の学校生活も色々楽しめるものになると良い、と思いながら俺は再びボケーっと授業を受け始めたのだった。
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「やべ、寝てた。」
俺は授業の途中、教室の窓から差し込む柔らかな夕日を浴びていると、気が付かない内に眠気に飲まれてしまっていたようだ。
「・・・で、そん時さー…。」
俺が眠る前、最後に見た黒板の内容から2倍程に文量こそ増えているが、まだ俺の書けていない内容も消されずに残っている。
その傍ら先生は、授業内容とは関係ない雑談をしているタイミングだったようで、俺が眠っていたことを咎めることも無かった。
俺は今の内に書けていない内容を、ペンを取りノートに急いで書き留める。
(ほえー、この公式使えば解けたんかー…2a分のマイナスbプラスマイナスルートb二乗マイナス4ac…?はー、キッシュ。)
キッショ、ではなく、キッシュ、と思いながら黒板に書かれた文字や数字の羅列を書き留める。
数分程先生の雑談を小耳に挟む程度の意識で、内容の多くを聞き流しつつノートに文字を綴り続け、それも殆ど終わる頃。
「やっぱり、歯を磨くなら奥歯まで磨かなあかんよな!」
先生が大きな声でそう言ったその時。
キーンコーンカーンコーン…
学校内に授業の終わりの合図となるチャイムが鳴り響いた。
え、ごめん途中の話は全然聞いてなかったんだけど、先生何の話してたの?
めちゃめちゃ気になるんですけどー…?
「あー、授業終わってしもうたわ!ほんじゃ、今日の授業はここまでな!気をつけて帰れよー?」
行ってしまった…。
ホントにめちゃくちゃ気になるんだけど…今から聞きに行くってのもめんどいからそれは良いや。
でも少し、いや、なかなかモヤモヤ。
俺は心にモヤモヤを抱えながらも、その思いを振り払うようにガラッと机の椅子を後ろに下げ、勢いよく立ち上がる。
さて、定井と話でもするか。数学を教えてもらうために交渉でもしておこう。
「なー、定井ー?」
俺は俺の荷物を背負い、教室を歩いて出て行っている定井の背を追いかけて走った。
そうして彼の隣にまで移動した後、俺はそう声をかけた。
「・・・。」
おや?聞こえなかったか?
「さ、定井ー?」
「・・・。」
返事がない、ただの定井のようだ。
「定井君?」
「・・・。」
何、俺もしかしたら虐められてるの?
さ、流石にそんなことないよね?
いやちょっと待て。一つだけ、もしやという程度の可能性が頭の中をよぎったが、あくまでも可能性に過ぎない。
最大限多くの可能性を考慮して…。
「定井さん?」
「・・・。」
うん、もうなんか分かった気がする。
はい。答え合わせ行きまーす。
「定井様!」
「ん、なんだい?」
俺が様付けで彼の名を読んだその瞬間、彼は待ってました!とばかりに、憎らしい程の綺麗な笑みを浮かべながら俺にそう返事をした。
俺的にはオモロすぎたわ。
思わず俺は笑いながら、彼の頭をポコンと叩きつつ返事をする。
「いや、なんでやねん!」
「ごめーんね。てへぺろりんちょ。」
うーん、なーんかもう一発ぐらい、「なんやその謝罪!」って言いながらシバいたった方がええような気もしてきたわ。
口調の変化も相まって、なんちゃって漫才感が増してしまった。
俺達のそんな漫才風な会話が一段落ついた時、俺達は靴箱で上履きから下履きに履き替え、自転車を止めている駐輪場へ向けて歩き出した。
「って、ンなこたぁどうだって良いんスよ。」
「え、どしたん?」
「唐突に聞くが、前のテスト、数学は何点だった?」
俺がそう聞くと、彼はキョトンとしたような表情をして、首を傾げた。
確かに、話の流れを無視して突然前のテストの点数を聞く、というのは脈絡がなかった。
ちゃんと順を追って話をしよう。
「いやさ、授業中に問題当てられてたし、そん時の感じからして数学強者なのかな、と。ワタクシ弱者なのでね。」
「あーね。」
俺が簡単に事情を説明すると、彼は少し考えるように顎を掻きながら、数秒間の間を置いた。
俺はその不自然に空いた間や、語弊が生じる可能性に焦りを感じ、その焦りを誤魔化すかのように少し早口で喋り出す。
「あ、別に嫌なら話すなよ!無理に聞き出したろーっていう訳じゃねーかんな。」
「それはそのつもりだけど。まあ、別に良いけどあんま言いふらすなよ?」
「そりゃ当然。余程じゃない限り誰にも話さんよ。」
俺がそこまで話すと、彼は顎に当てていた手を話し、頷きながら返してきた。
「じゃあいいや。」
「おう?どっちの意味での『じゃあいいや。』なんだ?」
「あー、OKの方、肯定の方の意味で。前のは94点しか無かった。」
ん、今なんて言った?
94点しか無かったって言ったか?
いやいや、中学のテストとかオレ大体60とか70とかしかねーんですけど。
言い方的にもっと高い時もあるかもってことか?
・・・ちょっと何言ってるかよく分からないですね。
「・・・国語って得意?」
「いや、国語が一番苦手だな。56点。」
「君も人間だったか。よし、んじゃーさ。今度数学教えてくんね?教えれる程かは分からんが俺は国語を教えるからさ。俺は国語76点。」
なんだか、プチ取引風に話してはいるが、心なしか俺の方がショボく見えるな。
なんでだろ。
まさか、数学よりも国語の方が点数が低いからかなー?いやいや、そんなことないよねー?
ハッハッハ!
十中八九、いや、十中九十くらい間違いなく国語の点数が数学の点数よりも低いからだろう。
エヘッ。
エヘッってなんだよー?
俺が心の中でいつものをやっている間、定井の方から口を開く。
「OK、乗った。いつにする?」
「土日は空いてたらそっちの家に行って勉強おっけー?」
「いや、土日は大体毎週キツイ。」
ナヌ、定井は土日がキツイと言うが、俺は逆に平日はキツイ。
つまり、短縮授業の日を逃すな、ということか?
いやそれは日数キッツ。
学校は遅くとも四時ごろに終わる訳だが、俺は夜間の外出は許可されていないため、それ以降は少しだけしか時間が取れないだろう。
ほんの少しだけでも、やらないよりはマシだろうが…有意義と言えるほどの効果を期待できるだろうか…?
定井からの言葉を受けて、俺は思わず眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
考え込むのもそこそこに、駐輪場へ着いた俺達は各々の自転車の鍵を外す。
慣れた動きでストッパーを軽く蹴り上げ、しっかり両手で自転車を押しながら、横に二人改めて並び直し会話を再開する。
「んおー、そんならどーする?あ、そうだ。土日には俺の家の方に来るのはどうだ?」
「あー、それなら多分行ける。」
「そんならおっけーおっけー!つまり、土日に会うのがキツいんじゃなくて、土日にオメーん家に行くのはキツいってことね?」
定井からの言葉を聞いて俺はいつもの調子を取り戻したように変な…いいや、明るい喋り方で彼に言葉をかける。
彼もそれにこの言葉に対しては特に迷うこともなく返事をした。
「そう、そういうこと。」
「んじゃ早速、今週末の昼頃から頼むわ。家分かるよな?」
「あーそれね、大丈夫。完全に理解してる。」
俺は、なんでかは知らんが分かってなさそうだな、と言いたい気持ちをぐっと堪え、答える。
「んじゃあ、そういうことで!俺も帰って母さん父さんに話通しとくわ!」
「ういうい、了解。」
俺と定井はそんな会話を最後に自転車に跨り、二人別々の方向へ帰路へついた。
俺達はお互い、ある程度付き合いが深いと言えるくらいの関係値だと思ってはいるが、それとは裏腹に家の方向はそれぞれ逆方向。
つまり、どちらかがもう一方の家に遊びに行く、なんてことがある時には、移動する人が通学以上の距離を自転車で走らなければいけないため、かなり移動に手間がかかってしまう。
だが、幸いにしてか、俺たちは現役の中学生。
心身の発達の最中にある俺達にとっては大して気にもならない距離なのだ。
定井と別れて自転車でボーッと走り始めた数分後、俺は漸く思い出した。
(あ、そうだ。エテュミアさんの分の振り返りがまだだったな。)
えーっと?鳴宮さん、丸山オジさんと来て、アルサス君も終わってる訳だから、うん。エテュミアさんで合ってるな。
答えを引っ張って期待させたみたいな感じになってしまったところに悪いんだが、残念ながらエテュミアさんのことは詳しく説明してくれなかった。
俺が通学中の時、さあエテュミアさんに話を聞こう!っていうタイミングで突然ルーサーが現れ、『悪いが、しばらくは戦闘中に彼女と交代することは控えてくれ。』と言ってエテュミアさん自身からの解答を遮ったのだ。
俺から言わせれば、エテュミアさんは会話することが得意では無いようだし、彼女自身が拒絶しないのならこういうタイミングでコミュニケーションの機会を与えてやって欲しいとも思うのだが…。
まあ、その時は特に理由も聞かずに済ませたが、いつか戦闘以外の場面でエテュミアさんに代われるタイミングを探そう。
この先の冒険の途中で街を見つけられたら、その街中の探索くらいなら戦闘も無いだろうし、エテュミアさんと代わっても問題ないだろう。
我ながら悪くない考えのはずだ。
「よーし、善は急げだ。次回も街を探すを目標に遊ぶとすっか!」
俺は独りでそう言ってから、自転車のサドルから腰を上げてペダルを漕ぐ足に全体重を任せ、立ち漕ぎの姿勢に移行したのち、全速力で漕ぎ始めたのであった。
「うおぉぉぉぉおおおお!ふぅ…。」
当然、持久力は無いため全速力まで加速してはサドルに腰を下ろしてペダルを漕ぐのを止め、惰性に任せての走行をしつつ小休憩、減速してきたらもう一度立ち漕ぎ…これを繰り返しているだけなのだが。
それを何度か繰り返した後、さらに数分の時を経て自宅に到着した。
「ンただいまーっ!」
勢いよく、だが建物にはダメージを与えないよう慎重に玄関のドアを開いた彼は、もう一枚のドアに隔てられたリビングにも聞こえるほどの大声でそう叫んだ。
「おかえりー。」
俺のテンションと対照的に随分冷静なように聞こえる母さんの返事を聞きながら、俺はリビングに入って行く。
そこにはリビングのソファにどっかりと座ってテレビを見ている母さんの姿があった。
パリポリ…
「何食べてはりますの?」
関西弁風に母さんにそう尋ねながら俺は母さんの近くに歩きながら手元を確認する。
「なんと!ポテチでござったか。分けてもらっても?」
「よかろう、先に手ぇ洗ってきなさい。」
「承った!」
俺はそう返事をした後、自室に荷物を置いてから素早く洗面所に移動して手洗いうがいを最速で済ませる。
これが俺のただいまタイムアタック。記録は測ってないので知りません。
「イタダキマース!」
手洗いうがいを済ませた後、母さんの元へ戻ってポテチを一枚掴んで食べた。
その瞬間、母さんがこっちを見たのを逃さず、俺は母さんに例の話をした。
「今週の土日、定井君を家に呼んで一緒に勉強しても良い?」
俺が母さんにそう言うと、母さんは少し顔を顰めて答えた。
「良いけど…ほんとにちゃんと勉強できるの?ゲームしたくなったり、遊びたくなったりしない?」
い、痛い所を突かれた…。
ま、まだだ!ここで引き下がってしまったら、計画が白紙に戻ってしまう!それだけは避けねば!
「うぐ…んじゃ、平日の間ちょっとは勉強する!その上で土日に定井君に来てもらう!それなら、もし仮に定井君と会ってからゲームをやっても、元々やってた分の勉強はムダにならないはず!」
「ふーん…じゃあ一旦は良いよ。でも、ちゃんとしないと禁止するからね。」
「っし!オレやります!イタダキマース。」
返事をするのに合わせて、流れるようにポテチをさらに一枚頂いた。
そのまま、母さんがテレビを見ているのに合わせて、俺もソファに腰掛けて見始めた。
「勉強は?」
「ギクッ。」
クッ、自然な流れでテレビを見る作戦が…!
バレてしまっては仕方ない、今からやるか…。
「や、やりますとも…。忘れてなどおりません!」
俺はそう言ってから、そそくさと自室にもどり、机に向き合って勉強を始めるのだった。
それから約一時間半が経った頃…。
「お、ここなんかありそー…あ、やっぱあるよねー。」
俺は30分ほど前からゲーム機を取り出し、ゲームを始めてしまっていた。
そんな俺に対して鳴宮さんは言い放った。
『ほんっと、やっぱりね、としか言えないよ。君には。』