十話 知識は人を救うものか
「っしゃあ!再開じゃあ!」
俺は、夢の中の異世界の超即席野営地点で目を覚ました直後、腰と体重を預けていた岩から飛び上がるように勢いよく立ち上がり、上半身のストレッチをしながらそう言い放った。
『よーし、今日はどうする?隆公君。』
俺にそう明るく声をかけるのは丸山オジさんだ。
「そうだなー、今日は町を見つける!道中に敵が出たら交代しつつの戦闘に慣れる!以上!」
正直、これから何日も連続で野宿を続けるのはなんか嫌だ。
テントも布団も無いし、昨日こそ大丈夫だったが今後はいつか眠っている間の隙を敵に襲われるかもしれない。
安全な寝床は可能な限り早めに確保するべきだろう。
『なるほど、分かったよ。僕たちも常に注意しておくね。』
「おー、よろしく頼んますー。さて、行くとすっかな。」
ストレッチも一段落した俺は、昨日の反省を生かして、ルーサーから渡されていたワイルを背負い、いつでも構えられる状態にしてから歩き始める。
にしても、この世界の街はどんなもんなのか。
今のところ、アスファルトや人によって踏み固められた道も、轍の一つもない。道があっても獣道、そんな森の中を歩いている今は人間の文明を感じられない。
というか、今のところは街がどこかにある前提で動いているが、もし人間の文明が無いような世界だったら目も当てられない。
一応、聞いておくか…。
「へーい、ルーサーさーん?お聞きしておきたいことがあるアルよー。」
いつものを繰り出しつつ、ルーサーさんを呼んでみる。
返事があるとは期待していなかったのだが、存外にも彼は特に時間をおかず返事を返してきた。
『そうだな、この世界の文明感を軽く説明しておこう。』
わあ、嬉しい。どうやら今回も俺の考えを聞いていてくれたようだ。
ありがとう、ルサえもん。
俺がそう思った時、ルーサーのため息が聞こえた気がした。
『この世界は魔物の蔓延る世界で、文明の発展度は元の世界で言うところの中世程度。この辺りの地域はヨーロッパに近い文明だ。加えて魔法などの元の世界にはない超常的な力が存在している。それと、多少の金銭もポーチに入れている。』
「俺は使えない、魔法とかそういうヤツね。てか、魔物居んだ。お金はサンキュー。」
魔法など、と言うということは、魔法以外にも少なからず特別な力があるということだろう。
それで言えば、『気』というヤツも俺の世界では言葉で聞いたことがあるだけで、実在しているのかどうかは知らないが、少なくとも世間一般に浸透しているようなものではない。
『なんだ、気づいていなかったのか?君が昨日戦った狼も魔物だぞ?そのさらに前にはスライムも居たというのに。』
「マジか、当たり前に受け入れすぎてたー。って、待ってくれ。中世とかの文明感なら俺たちの名前、そのまま名乗ったら目立ったりしない?」
『そうだな、君にしては鋭い。何か良い名前でも考えておくべきかもしれないな。この辺りの地域は中世ヨーロッパに近いと言った。細部まで全く同じとは限らんが、目安にはなるだろう。』
わーお、俺はそういうの慣れてねーな。
あだ名とか考えるイメージでやってみっか?
俺がそう思い、黙って考えている間、鳴宮さんが口を開いた。
『あっそ、それなら僕はトール、とでも呼んでよ。』
「あー、なるほど。透さんだから、トールさんってことね。」
鳴宮さんはそのままでもそれっぽい名前で羨ましい。
俺なんて、ケイウでもタカキミでもなんか変だぞ。
『じゃあ僕は、テルミで良いかな?丸山照実だから、テルミ。』
「あー、確かにそれっぽい。んじゃ、俺は…。』
俺は…どうしようか。
うーん、サーモン好きだから、サーモンマン。はい、論外。
『わ、私はお名前どうしたら良いですか…?』
俺が考えている間、エテュミアさんはそう呟いた。
『エテュミアさんはそのままでも不自然じゃない、と僕は思うよー。』
そんなエテュミアさんに返事をするのはアルサス君だ。
珍しくアルサス君が的確なアドバイスを!いや、珍しくもねーか。昨日俺もだいぶ助けてもらったし。
『そっ、そうですよね!う、うっかり勘違いしてました…。』
『ところで、僕はどうするべきかなー?アルサスのままで大丈夫かな?どう思う?隆公くん。』
「テメーも同類かっ!って、オメーのはわざとだろ。つーかこういう話してっと俺全然考えられねぇよ!はぁ、どうしよ。」
あーあー、どうしよーかなー?
他の奴らはこんなにサクッと考えついたのに、俺だけ時間かかるのもなんかな。
いや、他の奴らはサクッと考えついたとは言ったが、エテュミアさんとアルサス君はそのままでオッケーだった…ってこういうとこだよ!こういうのがあるから俺は長くなるんだ。
俺がそう思い悩んでいるとそれを見かねたのか、今度は意外にもルーサーが口を開いた。
『エルク、というのはどうかな?』
「ほーう?えーっと、そのネーミングはどっからか聞いてもいいですかい?イメージしにくいとなんか…反応できなさそう。」
横文字っぽい名前としては、『エルク』も悪くない。
だがしかし!そのネーミングはどこから?
私は喉から。なんてのはどうでもいいとして。
今のところは、俺の本名の恵雨隆公からどうにもイメージしづらい感じを受ける。
『「恵雨隆公」、という漢字の読みを変えれば、「えうりゅうこう」、とできる。それを流して発音して、「エルク」だ。』
「なるほど…良いね。グッドだ。採用!」
思ったよりも凝ったクオリティのものを提示されていたようだ。
少なくとも俺のセンスでは、それ以上に良い名前を考えることはできないだろう。
つまり、これを採用するべきだと俺も納得した。
「おっけー。んじゃ、こっちでは俺のことをエルクって呼んでくれよな。」
『分かったよ、隆…エルクくん。』
「おっと?一瞬怪しかったんじゃなーい?ういういー。」
早速、丸山オジさんが間違えかけた。
俺は一瞬だけ、見逃そうかとも思ったが、やはり衝動には勝てなかったので、ういういとイジることにしました。
それを見かねたのか、今度はエテュミアさんが…。
『た、隆公くん、意地悪は良くないかもです…?』
「あっ。そ、そうッスね…一応自分のことは、エルクでお願いするッス…。」
そ、そのレベルで来られちゃあもう…イジる気も起きねぇッスよぉ…っ!
俺がそう思いながらエテュミアさんに返事をし終わる頃には、エテュミアさんは自分の発言を振り返ったのか、少し頬が赤く染まっていた。
『う、うっかりのミスです…!うっかりのミスは誰だってします…!ので…。』
無理矢理張り上げたように出した声は少しずつ尻すぼみになっていった。
おそらく、自分でも苦しい言い訳だと分かっているのだろう…。
そのことをイジるのは流石にやめておこう…。
「そ、そうッスね。割と分かる。」
『うっかりミスは誰にでもある。』って言葉は、うっかりミスをした人を慰める側の人の言葉のような気がするのだが…。
果たして、さっきのエテュミアさんが使うのは正しい使い方だったのか…いいや、この話はもうやめよう。
まあ、かく言う俺もうっかりミスが多い部類なので…あのレベルのをイジったら俺にもダメージがありそうなんです。
『わ、忘れてください…?えっと、エルくん…。』
そう言ってエテュミアさんは恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまった。
エテュミアさん本人も忘れてくれって言ってるしね。
あ、あと今なんかエルくんって呼んでくれた?
なんかあだ名みたいでウレシー。
俺の名前は、俺の同級生達からすると特徴の捉えにくい名前だったのか、これまで一つたりともあだ名や愛称をつけられたことがないのだ。
そういう点では、こういうのもなんか嬉しく感じる。
「おっけーおっけー。んじゃ、トールさん、テルミさん。後はいつも通りの皆々様。じっくりまったり、されどちょっぴり急いで参りましょー、と。」
『お、おー!です!』
俺が気ままにそう言うと、エテュミアさんが恥ずかしさを紛らわすかのようにそう声を上げた。
が、そう相槌を打ったのはエテュミアさん一人で、他の四人はそれぞれキョトンとしていたり、少し驚いたような表情でエテュミアさんの方を見ていたり、ルーサーに至っては一瞥もしていないようだ。
そんな空気の中、エテュミアさんからはもうそろそろ涙目になってしまいそうな雰囲気を感じ取った。
それを察知したのか、トールさん、テルミさん、アルサス君の三人は素早くフォローする。
『『『お、おー!』』』
ありがとう、三人とも。
俺は発言元だったから雰囲気的に無理なように感じて動けなかったが、他の三人がカバーしてくれてよかった。
『さて、僕はそろそろ戻らせてもらうぞ。』
ルサえもん、君はマイペースだなぁ。実にマイペースだ。
とりあえず、自分の芯が通ってるってことにしといてやる。感謝したまえー。
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「ふぃー、まあまあ歩いたよな?」
俺はあれから、体感時間で1時間ほど森の中を歩いていた。
昨日の探索と合わせれば4、5時間ほどは森の中を歩いたはずだ。
最初の頃と比べると、ワイルも駆使し道を遮る枝葉を切り払いながらの移動も随分とハイペースで行えるようになった。
ホント、俺の貧弱な持久力だったら、ワイルが普通の剣ほどの重さがある、というだけで既に音を上げていたことだろう。
このワイルってマジで何でできてんのかなー?
考えても分かんねぇか。
俺がそう思っていると、鳴宮さんが俺に対して返事をしてきた。
『確かにねぇ。それが気になるなら、ルーサー、アイツから貰った地図みたいなのを確認したら?』
「そういやそんなのあったな。うんうん、見てみる。」
言われるまで完全に忘れていたが、確かにルーサーから近未来風な電子マップみたいなの貰ってたわ。
俺は腰に巻いたポーチの中身をゴソゴソと探す。
地図に関しては木の棒とは別のポーチに入れてたはずだから、今回は探すのに苦労しない。
今回は特に困ることもなくポーチからマップを取り出し、ルーサーに教わったやり方で電源を付ける。
確か、現在位置と移動してきた周囲の地形を記録してくれるんだったか?なかなか便利な冒険だよね。
「おー、出た。さてさて、どんぐらい歩いたかなー?」
ルーサーから教わった通りにして、マップの電源を付けると、小さく『ヴン』というような音を立てて、半透明な立体映像状の画面が黒い枠の内側に表示された。
『まあまあ歩いてるねぇ。最初の地点から大体10kmくらい?』
「ほー、こんな感じか。テンション上がるね。にしても、街ってこんなに無いもんなんスか…。」
俺の基準で言えば、自転車も車もなしで10kmを移動するのはそれなりにキツイ。
それに加えてここのあたりは草木が繁茂しているため、移動速度も下がってしまっている。
それなのに、街が影も形も見えないもんだから、正直、果てしないように感じ始めた。
『まあ、アイツが言ってたでしょ?中世くらいの文明感だって。中世って言ったら重機もない、家一つ作るのも全部人力。そんな時代だよ?今のところはまだ常識の範囲内だと思うけど。』
「なるほどー。まあ、そんならもうちょっとは頑張ってみるとしますか。」
俺と鳴宮さんでそんな会話をした後、マップをポーチにしまい、再び歩き出そうとしたその時。
ガサガサ…。
「んおっ、来たか…。」
近くの茂みの草が揺れる音がした。
俺はワイルの柄に手を置きつつ、揺れた草木の方に視線を向けた次の瞬間。
「ゲギャァ!」
「危ねっ!」
喉から程よい奇声を上げながら、小柄で緑色の肌をした人型の魔物、いわゆるゴブリンと呼ばれるヤツが現れた。
突然、草木の中から跳躍し、手に持った棍棒のようなものを俺の頭目がけて振り下ろしてきたのを余裕を持ってバックステップで回避しつつ距離をとった。
それと同時にすかさず背負ったワイルを手に取る。
「不意打ちとはなかなかやってくれるじゃんね。」
戦いには卑怯も何もあったものでは無いかもしれないが、正直ちょっとイラッときた。
俺がそう思ってゴブリンとの距離を詰めようとすると、それを制止するように鳴宮さんが言った。
『僕たちはいつでも代われる。君も代わることを意識して戦いなよ?』
「・・・そうッスね。確かに。気をつけてみるッス。」
もう一回復習だ。
鳴宮さん、トールさんは中・近距離戦闘型。俺が回避しきれないと判断した近接攻撃も鳴宮さんならやり過ごせるかもしれないし、銃を使えば距離を保って戦ってもらうこともできる。
丸山オジさん、テルミさんは支援と回復が得意らしいけど、近接は不得意。今の状況なら支援を使えたら有利そうだ。
アルサスくんは、色んな武器で戦うオールラウンダー。魔法も使えるし、自分を強化もできる。けど、正直今の俺の身体能力だとアルサス君も俺の身体能力程度にまで弱体化されるため、本調子では戦えないと思う。今回は余裕がある訳ではないから万一に備えて除外、としておこう。
それなら、今は!
「テルミさん、強化お願いします!」
俺は追加でバックステップをして、ゴブリンからさらに距離を取りつつ、丸山オジさんの名前を呼び、交代を促す。
次の瞬間、俺の目線が少し高くなり、体の感覚が希薄になると同時に丸山オジさんの声が鮮明に耳に届いた。
「分かったよ、エルクくん!『速度強化』、『攻撃強化』!」
丸山オジさんは、いつの間にか杖の形に変わっていたワイルの柄を地面に打ち鳴らしながら立て続けに二つの強化魔法を発動したようだ。
だが、その間も敵は手をこまねいていた訳では無い。
俺がバックステップをしたのと同時くらいのタイミングにゴブリンは棍棒を振り乱しながらこちらに向かって来ていたのだ。
丸山オジさんも防御の魔法は使っていなかったようだし、このままだと痛打を喰らってしまう。
だが、当の丸山オジさんはそれ以上に動こうとする気配がない。
大丈夫なのだろうか?
俺がそんなことを考えている間にもゴブリンとの距離は近づく。
そして、ゴブリンの手に持った棍棒が丸山オジさんの体を打ち据える、その瞬間。
「この瞬間が僕にとってはチャンスなんだよ。バーカ。」
いつの間にか、丸山オジさんは鳴宮さんと交代し、鳴宮さんの手に握り締められた短剣によって棍棒は器用に受け止められている。
予想外の事態に慌てた様子のゴブリンに対して、鳴宮さんは流れるような動作で棍棒を勢いよく振り払い、それによって仰け反り、隙が生じたゴブリンの鳩尾に素早く蹴りを叩き込んだ。
小柄なゴブリンは蹴りを受けて後方に飛んだが、地面に着くと素早く起き上がり、棍棒を掴み直す。が。
「残念。ちょっと距離をとったくらいじゃ外さないよ?」
ダン!
と、大きな発砲音を鳴らして、鳴宮さんの左手に握られていた拳銃から、一発の銃弾が飛び出した。
「ギャッ…?」
その銃弾は、見事にゴブリンの眉間を貫き、ゴブリンは自分の身に何が起こったのかも理解できていないのか、そのまま小さく断末魔の声を漏らしその場に倒れ込んだ。
「やっぱり久しぶりだと鈍ってるもんだねぇ。ま、強化は助かったよ。テルミオジさん?」
『『・・・。』』
俺と丸山オジさんは、あんぐりと口を開けたまま、鳴宮さんの戦いに驚いていた…。
「あっはは、面白い顔してるねぇ!」
鳴宮さんはそれに対していつものようにからかいつつ、笑うのだった。
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「いやいや、俺要る?」
先程の戦いの後、俺は元通り表に戻り、さっきの戦いを振り返りつつそう言った。
『いやいや、君も要るよ?僕だけじゃ面倒だし。それに、君は一人じゃないんでしょ?だったら僕を一人にはしないよねぇ?』
クッ、俺のこの前言った、俺は一人じゃねーっていうテキトーな言い訳を引っ張って来おって…。
『僕も、君には居てほしいかな。確かに、さっきトールさんの戦いではびっくりしたけど…。僕じゃ敵の矢面に立つっていうのは向かないって今回はっきり分かったよ。』
ワイの味方はアンタだけや…!
それにしても本当に鳴宮さんの戦いは、なんというか、滑らかだった。
まるでそういう動きを体に染み込ませて来たかのような…。
マジで、これまでは何をなさっていた方なんでしょうか。
『え、えっと、三人ともお疲れさまです!すごーく良い感じでした!』
「おー、エテュミアさんありがとー。ま、俺はなんにもしてなかったけどな。」
『そ、そんなこと!え、えっと…確かに…?』
そんなことないって言われると思ってた時代が僕にもありました。
なんかさ、最初そう言うなら後で認めないでくださいよって言うのは贅沢ですか?
あ、贅沢ですか、そうですか。
事実なので、受け入れるとします。
『それはそーと、お疲れ様ー。エルクくんは、ナイス判断って感じかな?』
「俺も多分強いよ。多分、きっと、おそらく、メイビー。」
多分、俺含め交代できる四人の中で一番強いのはアルサス君だが…。
俺とアルサス君は身体能力の開きが大きい為、アルサス君と交代すると、アルサス君の身体能力は俺と同等程度まで弱体化するらしい。
アルサス君と交代せずに戦うことはできるが、いざアルサス君の力を借りたい!っていう時にぶっつけ本番で交代する、というのも如何なものだろうか。
手頃な敵が現れたら、アルサス君とも交代して、感覚に慣れてもらおうか?
実際それには、アルサス君の戦いぶりを見てみたい、という好奇心もあるのだが…。
それか、アルサス君とはしばらくの間交代しないようにして、本当にヤバい時にだけ呼び出すようにすれば、所謂、切り札として扱えるのでは…。
多少無理をすれば、短時間だけならアルサス君のほぼ完全な身体能力を発揮できるかもしれない。
その後、無理をしたツケが回ってくる、なんてことも十分あり得る訳だが。
それを加味しても、アルサス君を切り札とするのはアリかもしれない。
「そういえばさ。俺、アルサス君と交代したらアルサス君弱体化するって話だったじゃん?」
『そうだね、大幅に。正直今君と交代しても、僕が問題なく発揮できる力は、元の力の一割もないと思う。多分5%くらいかな。』
予想はしてたが、そんなに差があんのか…。
こりゃあ、俺も頑張らないといけないっていうのはありそうだ。
だが、アルサス君の言い方を考えれば、問題ありを覚悟すれば、それ以上の力も出せる。ということかもしれない。
「・・・じゃあさ、無理しても良かったら、どれだけの力をどのくらいの間出せそう?」
『なるほどね。それなら、5割の力を30秒ほど、かな。』
「それで十分。良いこと聞けたな。そんじゃ、アルサス君、君はこれから切り札だ!変に慣れられちゃー困るから、普段はあんまり交代しねぇかもしれねぇが、切り札ってそういうもんだぜ。」
今出せる力が5%で、前に聞いた話も合わせたら5%で俺の2倍ほどなら、30秒という制限付きと言えども俺の20倍ほどの身体能力を発揮できるのは切り札としては十分だろう。
常に頼り切ることができるような手段では無いが、いざという時に備える意味では申し分ない。
いいね、ゲームっぽいし気分上がってきた。
「よーし、気ぃ取り直して、進むとすっか!」
俺はそう言ってから、意気揚々、ウッキウキとしながら再び歩き出した。
俺って、ゲームとかでもこういう風に出来ることが増えていく、開拓感?みたいなのが好きなんだよね。
成長要素が多すぎないくらいにあって、ストーリーが面白い、そんなゲームが理想的だ。
その点、現状はルーサーに用意してもらったこの世界は悪くない。気ままに冒険できるオープンワールドなテイストも良い感じだ。
問題点を指摘するなら俺達以外の、定井だとか現実世界の友達とプレイできないことだが、これは俺の夢の世界だから仕方のないことだ。
夢の世界までも、他の人と接続される話で良い話は聞かないし、それは問題点と考えるべきでもないのだろう。
「お、おっ?」
俺はしばらく森の中を進んでいたのだが、そんな俺の視界に突然、とあるものが目に入ってきた。
「これ…道か!やりぃ!」
今、俺の目の前には、馬車馬の足跡や轍、靴の跡が幾重にも折り重なってできた道があった。
跡の数も一つや二つではなく、片側に進む足跡もあれば、逆方向に進む足跡もあるため、最近も往来が頻繁にあるということがよく分かる。
おそらく、この道のどちらかに進めば街があることだろう。
「良いね良いね。んじゃ、なんとなく、右に向かうとしましょう。」
俺はそう思いながら、茂みから道へ足を踏み出し、なんとなくで決めた方向へ歩き出した時、俺は小さく呟いた。
「ふぃー、ようやく茂みを歩くのから解放され…」
そこまで俺が言ったその時。
ドシーン…
少し遠く、今の俺の右手側の方向から地響きがし、それと同時にそちらから強烈な風が吹き抜けていった。
「うおわっ!?なんだ!?」
突然の地響きと突風に俺は思わず風下の方へ足をよろめかせてしまう。
地響きの直後、バキバキと木々の折れるような音も同時に聞こえてきていたが、急に地震でも起きたというのだろうか?
「ったく、一体なんだったん…だ…。」
俺はボーッとしながら音のした方に目を向ける。
だが、俺は安易にそんなことをした自分にほんの少し後悔した。
俺はきっと、例え今の自分が、俺と全く違う人生を送っていた別人だったとしても、音のした方向を見ていたであろう、ということは想像に難くない。
ただ、それほどに今の俺の行動は、抱く感情は必然と言えるものなのだろう。
思わずそう思ってしまうほど、俺の体は恐怖に慄き、何が起こったのかを頭で理解するよりも早くに全身が総毛立ってしまっていた。
遅れて、その巨大なモノが何なのかを見る。
音がした方向の先には丘ほどはあろう巨大な体躯とそれに匹敵するほどの翼を持ち、全身を暗く深みを感じさせる赤褐色の鱗で包んだ、所謂ドラゴンと呼ばれる生物がそこに、悠然と佇んでいたのだ。
俺との距離は離れているのにも関わらず、そのドラゴンの放つ威圧感は俺の全身を突き刺し、まるで心臓を手で握られているかのように苦しく感じる。
安心し切っていた俺に対して襲ってきた突然の恐怖、それは死というものの訪れは予期できぬもの、ということを示しているのだろうか。
このままでは、本格的に体の震えが出てきてしまいそうだ。
(ヤバいヤバいヤバい…!コイツには絶対勝てねぇ…っ!)
なんでこんなとこにこんなヤベー奴が居るのかは分からない。
ただ、その巨大な存在感に俺の心臓は早鐘を鳴らし、呼吸まで思わず早まってしまうほどの、言いようもない恐怖を抱いていた。
ハハ、視線を外したらその瞬間にでも殺されるんじゃねぇのか…?
『エルク君、すぐに逃げるんだ。例え僕でも今は絶対に敵わない。』
「わ、分かってる…。」
ドラゴンから視線を外せないまま、恐る恐る後ずさるように歩いていく。
大丈夫だ…今はバレてねぇ…今はまだ…。
足跡を立てず気配も最大限隠し、歩き始めるが、その努力も虚しく…次の瞬間、身じろぎしたドラゴンの目線と、ゆっくりと後退りしながらドラゴンを見ていた俺の目線が重なった。
(ッ!見られたッ!)
俺はそれを認識した直後、ルーサーから教わった『気』による身体能力強化を全力で発動させ、道を走り出す。
それをした俺の直線の移動速度は大体元の2倍ほどになる。
(今の俺達じゃ、コイツには敵わない!逃げるんだ!逃げるんだ!!逃げるんだ!!!)
俺は持久力は無いし、『気』による身体能力強化も長持ちしない。
おそらく後でなかなかのレベルで疲労感を感じることになるだろうが、それでも死ぬようなリスクをとるよりはずっとマシだ。
そんな思いから、俺は全力で走っていた。
足には少しずつ疲労が溜まり、息は激しく切れ、吐き気すら感じてしまうほどだが、それでも俺は足を止めない。
足を止めた瞬間、死んでしまうのではないか、という恐怖が未だ拭えない。
そのまま俺は、体感で3kmほどの距離を走り終えた後、その場で膝に手をつき、肩で激しく息をしながら立ち止まった。
当然、ずっと同じ速度を維持できていた訳ではなく、最後の方は気による身体強化の効果も切れ、ヘトヘトな状態でもなんとか走り続けていた訳だ。
そうして、体力の限界を迎えてから立ち止まって膝に手をつき、二、三度呼吸を繰り返してから、後ろに視線を向け直すが、そこにはドラゴンの姿は見当たらない。
念には念をと、空にも、他の方向にも目線を向けるが、その心配は杞憂だったようだ。
追跡を振り切ることができたのか、見逃されたのかは分からないが、どうやら逃げ切れた、と思って良いだろう。
「あ゛ーーーー、キッッッッッッツ!!!」
俺はそう叫びながら道沿いの芝生の上に座り込んだ。
どうやら、無我夢中で走っている間に森を抜け、草原に入っていたようだ。
『お疲れ様、言った通りすぐに逃げてくれて良かったよ。』
アルサス君は未だ息切れの続いている俺に対してそう声をかけた。
「流石に、引き際ってのは分かってるつもりなんでね…。いくら夢だって言ってもリアルな死ってもんを経験すんのは御免ッスよ…。」
『覚悟はしてたけどさぁ、ホントにあんな化け物を目にすることになるなんてね。流石の僕も今のは肝を冷やしたよ?』
鳴宮さんもそう言いながらやれやれと、手を振る。
続け様に鳴宮さんはこう加える。
『あぁ、そうそう。ああいう敵って地図には映るの?君のやってそうなゲーム考えたらあり得るんじゃない?』
「あ、確かに。それ気になるな。」
俺は鳴宮さんの言葉を受けて、ポーチから再び地図を取り出し、地図を見直す。
「っとー、さっきのとこはこの辺だから…。あっ、映ってる。今は移動してんのかな?」
『へぇ、ダメ元だったけど、本当に映ってるんだ?本当に便利だねぇ。』
地図には、俺がさっき居た地点の近くに六芒星型の赤い点が映っており、その点はそれなりの速度で俺の進んだ方向とは別の方向に進んでいる。
「おー、良かった。この点が本当なら、追っかけては来てないんだな。ほんっと、ビビらせやがって…。」
『あはは、本当にお疲れ様…。』
そう俺がボヤいていると丸山オジさんがそう言ってくれた。
全く、ドラゴンのヤツめー!次会ったらボコボコにしてやるー!
無理そうなら全力で逃げる!いのちだいじに!
「ってか、地図に敵映るんスね。強敵っぽいやつだけとか、目で見えたやつだけとか、そういうのあんのか…?あ、通った地点の近くだけとか?あ、消えた。」
地図に映っていた六芒星型の点は、俺が通ってきたエリアから離れていったのが原因か、地図から点が消えてしまった。
「はー、超焦った。マジ恐怖。この世界ってこんなこともあんだね。気をつけよ。」
てっきり通常のフィールドだと思っていたが、理不尽なほど強い敵が現れることもあるんだ、ということはしっかりと覚えておこう…。
そういう変なとこ、現実みたいにリアルだな。まあいいや。
「さーて!道も見つかったことだし、気ぃ取り直して、行くとしますか!」
俺はそう言ってから立ち上がり、再び道に沿って歩き始めた。
気による身体能力の強化も使って走り続けたんだ、それなりに街までの距離を稼げたに違いない。
まあ、どこにあるか知らないんだけども!
「いやー、森と比べるとマジで移動が楽だ。ただの道でも有り難ぇもんだねー。」
俺はリラックスし、頭の後ろで両手を組みながら歩いて行く。
さっきまでの慌て様と比べると、今の落ち着き様は違和感を感じると自分でも思う。
確かに、ドラゴンが今どうしてるか分からなかったら今も焦ってたかもしれない。
だが、実際の俺はマップを通じてドラゴンの位置が分かり、追いかけて来てはいないと分かっている、それが大きいような気がする。
「敵が映るんだったら、敵にバレたらアラーム鳴らす、とかできっかなー?」
流石にそこまではムリかも、という予想は大きいのだが、一度気になったらしばらくは後に尾を引くことは経験上分かっているつもりなので、すぐにポーチからマップを取り出して、色々いじって見ることにした。
あ、タイマー機能あんじゃーん。じゃ一応これ使えば仮眠の時の目覚ましの代わりにできそうかもな。俺、起きるの苦手だから助かる。
あー、後はワープ機能とか、映し絵機能、携帯式遠隔起動爆弾生成機能とか…?
流石にねーわ。ねーよな?あるかな?うん、ねーな。最終結果、なし。
あー、でもファストトラベル的な機能はあった方が快適だよなー。ま、今は別に良いか。
俺はそう思いながらマップをいじりつつも、ながらスマホみたいに何かにぶつかってしまう。なんてことになるのを気にして、チラチラ前見ながら歩いていた。
あと他になんかねーかな…。あ。
「街あった。ラッキー。」




