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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
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二十六話 友より上は何と言えるか:前編

「98…ッ!」


ブォン。


 疎らに雑草の生えた荒れた地面が広がる広場、そこに立つ二つの影があった。

 その一方は他方よりも背が高く体格に恵まれており、もう一方は他方よりも手足が細くしなやかで僅かに背が低い。

 しかし、全体的に大人と言うには低い背丈を見れば、それぞれ少年と少女の影であると分かるだろう。


「99…っ!」


ブォン。


 それらの影は数字を声に出すと、各々が手に持った得物を素早く振り抜く。

 その周囲で聞こえる音と言えば、風が疎らな草木を揺らし吹き抜ける音と一定の間隔で振るわれる得物が空を切る音、そしてその回数を数える声ばかりだった。


「100ッ!!」


ブォン!


 それを破ったのは、一際大きな数え声だった。


「たはぁーっ、疲れたぁっ!」


 大きな数え声と同時に勢い良く得物を振り抜いた少年は吐き捨てるようにそう言い放ち、両の足が地に立つ力を失ったかのようにどかっと腰を下ろした。

 剣を持つ手には力は殆ど籠っておらず、地面に置かれた剣の柄に手を掛けているだけでしかない。

 そうするのは、もはや体に剣を握るだけの力が残っていないが故である、ということを示すかのように、全身に汗を滲ませ肩で息をさせていた。


「お疲れ様。でも、初心者でそれだけ剣を振れたら上出来だと思うわよ。」


 もう一方の少女は、少年ほどではないが軽く息を切らしながらそう声を掛ける。

 それを聞いた少年は視線を少女の方に向け直し、感心したように言う。


「ありがとうございます。それにしても、毎日こんなにやってるんですか?」


 地面に腰を下ろしている少年は、平然とした様子で立ち続ける少女の顔を見上げながら問うた。

 それを聞いた少女は、尚も平然とした様子で返事をする。


「ええ、そうね。一日も欠かさずという訳では無いけれど、何年も続けてきたわ。もう、習慣のようになってしまっているから。」


 少女は刀の切先を地面に突き刺し、柄の頭に両手を重ねた状態で、どこか遠くを見ながらそう言った。

 少年はその言葉を聞いて、笑みを浮かべながらこう言葉を掛ける。


「良いことじゃないですか!毎日でも続けてたら力も付きますし、ずっと続けた方が良いですよね。」


 少女は、そう言う少年の方へ視線を向け直して言葉を返す。

 快活に答える少年とは違い、少女の声音は少年ほどの熱量を持たないが、それでもどこか芯の通ったような声だった。


「そうね、私もまだまだ未熟だもの。もっと強くならないといけない。だから、ずっと、何度も…。」


 そう少女が放った言葉には、どこか自分に言い聞かせようとするような側面があるように感じた。

 少女が言葉を発し終える頃、少年も切らした息を整え、失った体力を回復したようで、勢い良くその場に立ち上がる。

 それを確認した少女は少年から視線を外して、誰に聞かせるでもない呟きを発した。


「強くならないと、・・・もの…。」


 その時、見計らったかのような強い風が吹き抜ける。

 幸か不幸か、そのお陰で少女のその言葉は傍らの少年に届くことはなかった。


____________________________________________________


 時は今から、地平線より陽が昇る直前にまで遡る。


ギィ…。


「ん…。」


 俺は、微かな物音で目を覚ます。

 おそらく部屋の外から響いてきた木の軋むような音。普段であれば気にも留めることなく、眠りが覚めることもないであろう些末な音。

 それが今回、何故か意識にまで届き眠りを覚ましたのだ。


(眠ぃ…眠ぃが…。)


 それでも、夜明け前に目が覚めることなど、グータラ人間な俺では滅多にあることではない。

 何かやるべきことがあるという訳でも無いが、今回偶然でも目を覚ましたのだから、その縁をふいにするのはどこか勿体無いような気がするのだ。


(よし、起きてみるか…。)


 俺はそう思いながら、眠気混じりに閉じてしまいそうになる目を気合いで見開き、緩慢にベッドから体を起こす。

 体を起こした際に見た窓の景色からは、空の様子が見て取れる。

 思えばこうして、夜闇の中の街並みに目を向けたことはあまり無かった。

 街の中ではまばらな明かりしか灯っていないものの、夜間の森の中のように一筋の光もない、という訳ではなかった。

 夜明けが近いのだろう、地平線の彼方は暁を待つ太陽の光に白んでいる。

 もう30分もしない内に陽が昇り、太陽を拝めることだろう。

 とはいえ…。


「ふぁ…ねむ…。」


 早起きは早起きである分、起き立ての眠気は拭い切れないものがあった。

 俺は大口を開けて欠伸と伸びをしてから、緩慢にベッドから体を下ろす。

 今の時間、まだハンナさん…もとい女将さんが朝食を用意している時間ではないはずだ。

 幸い、まだ然程空腹を感じてはいないし、とりあえず夜明け前の街中を散歩でもしてみますかね。

 俺はそう思いながら自室を後にし、食堂の前を素通りして宿の外に出る。


「夜明け前ってのは、案外涼しいもんだな。」


 玄関の扉を開くと同時に、夜闇に冷めた気温がまだ陽によって暖まる前の一際目立った涼しい空気が頬を撫でた。

 予想外の涼しい風に眠気が散って行くような感覚を感じながら、どこへでもなくなんとなく街の大通りを歩いて行く。

 すると、その影響があってか、俺の中から眠気混じりの声が響いてきた。


『ふぁ〜ぁ。珍しいねぇ、今日は随分早起きじゃないの…。』


「ちょうど、自分でもそう思ってたところッス。おはようございます、トールさん。」


 俺の中に居る鳴宮透さんは、眠たげな様子を隠すこともなくこちらに声をかけてきた。

 俺はそれに返事を返しながら、大通りを進んで行く。


『はぁい、おはよう。それで、なんだってこんな早くに出歩いてんの?そんな予定無かったはずだよねぇ?』


「はい、予定は無いッスね。なんとなく目が覚めちったんで、早起きは三文の徳って感じで何か無いかなと…。」


『テキトーな奴だねぇ…ま、今に分かったことじゃないけどさ。良いことがあったら良いねぇ、とだけ。じゃ、頑張ってね。ふぁ…ねむ…。』


 鳴宮さんはいつもと同じ毒舌でこちらに悪態を突きながら欠伸をし、俺から離れて行った。

 いつものことではあるが、鳴宮さんは素っ気ない。もう少し話をする機会が欲しいと思うこともあるが、強要できるようなことでもないのが悩みどころだ。

 俺はそう、軽く思い悩みながら街並みの中を歩いて行く。

 日が昇る前の街の中には人影も目に付かず、自分の思考ばかりに意識が向いていく。

 仄暗い薄明かりの中に照らされる種々の建物には、どんな過去があり、誰が住んでいるのだろうか。

 この街並み一つにも、誰かにとっての当たり前の日常がある。その日常は、俺の日常と何ら変わらないほど、誰かの大切なものである。

 この先にはどんな景色があるのだろうか。どんな人の、どんな日常があるのか。

 そう考えれば考えるほど、何故自分は一箇所、一所にしか存在することができないのか、と言い知れない寂しさを感じてしまうことがある。


「こういう時間も、悪くはねぇよな…。」


 人生でたった一度、ほんの一瞬だけしか視界に留まらないような景色は数えきれないほどに多くあるだろう。

 それでも、一瞬で通り過ぎる景色の一つ一つに大切さを見出せる日常があることを、俺は忘れないように通り過ぎて行きたい。

 それが、『旅』をかけがえのないものにするのだと思うから。


(ん…?今何か…。)


 俺は、何かが動く影を視界の端で捉え、そちらの方に目線を動かす。

 視線を向けた先は、何の変哲もない路地裏だった。ただでさえ薄暗い今の時間では、建物に光を遮られた空間は酷く視認性が悪い。

 先程の俺も動く影を認識したのみで、そのサイズ感も曖昧なものだった。

 おそらく、人の影だったとは思うが…。

 

(そういえば、エテュミアさんも路地裏を歩いてる時に何かの気配を感じてたことがあったよな…。)


 俺はそう、ぼんやりと数日前の出来事を思い返しながら路地裏へと足を進めて行く。

 エテュミアさんの過去の発言を思い出した俺は、単純な好奇心に従って路地裏を進んで行った影の後を見失わない程度に追いかける。

 そうして何度か右に左にと角を曲がり進んだ頃、開けた少し開けた場所に出た。

 広場に入ると目前には川が流れ、その川辺は簡素な柵に囲まれており地面にはまばらに草が生えている。少しの間この場を誰も手入れしていないことが伺えた。


(ゲームとかなら、こういうちょいと広いとこでボス戦とかあるよなー…。)


 俺は、無造作に広間へ足を踏み入れながらそう考えた。

 その直後俺は、明確な懸念を持ちながらそれを軽視したことを、ほんの一瞬だけ後悔することになる…。


「止まりなさい。両手を上げて一言も発さず、聞かれたことにだけ答えて。」


 背後から伝わるその冷たい声に、俺の心臓は驚き飛び上がるように高鳴る。

 俺はそれを声の主に悟らせないようにしながら、今この瞬間は声の主の指示に従い、両手の平を開いたまま、頭の位置まで持ち上げる。

 それを見た俺の背後の声の主は、再び言葉を続ける。


「貴方は何者?こんな時間にこんな所まで私を()けてくるなんて、どういうつもり?」


 そうして背後から聞こえてくる声の持ち主には少しばかり覚えがあるのだが、当人の言葉選びと声音から読み取れる感情から察するに、戯れや遊びの類いではないであろうことも分かっている。だから今は下手な態度を取ることは得策ではないだろうが…いつものをやりたい衝動を抑えきれそうにない。

 ここは、事実の範囲内で少し普段と言い回しを変えてみようか。

 俺は、背後の人物の正体に気付いたことへの安心半分でボケたがり星人の本領を発揮せんと、そう考えて返事をした。


「ご勘弁を。あっしはただのしがない旅の者、拠り所もなき根無し草の戯れとお許し頂けませんか?」


 俺がそうどこかわざとらしく返事をすると、背後の人物から言葉が返ってくる。

 その言葉の出だしは冷静で鋭さの保たれたものだが、末尾に向かうにつれて緊張感の欠けた、どこか気の抜けたような声へと変わっていく。


「誤魔化さずちゃんと答えなさ…って、その声…。貴方、そういうのはちょっと人が悪いわよ…?」


 語られた言葉の後半は、俺の聞き慣れた声音のものに切り替わり、ツルミさんは嘆息しながらそう言った。


「すいません、ちっと魔が差しちまいました。こういう時には冗談が言いたくなる質でして。」


「もう…こっちはこれでも本気で警戒しちゃってたんだから…。毒気を抜かれるわね…。」


 俺の冗談っぽい言葉を聞いて、ツルミさんはやれやれといった様子で首を振りながらそう答える。

 こうして話している間に先程の逼迫したような空気感は嘘のように消えてなくなり、いつもの雰囲気を取り戻した。

 嘆息しながらも、どこか穏やかそうに苦笑い混じりの微笑を溢す様から、心なしか少しずつツルミさんは俺の人間性を把握してきているのだろうと感じた。

 俺はそのままの流れでツルミさんに言葉をかける。


「あっはは、すいません。にしても、こんな朝早くからなんだってこんな所に来たんスか?」


 俺の問いにツルミさんは、少し考えるような素振りをしてから答える。


「それに関しては…まあ、ちょっとした日課のようなものがあるのよ。貴方も、一緒にやりましょう。」


「それって、何をする感じなんスかね。」


 こちらの目を見てそう問い返してくるツルミさんに、俺は再び質問を返す。

 すると、ツルミさんはニッと悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう答えた。


「剣の鍛錬よ。悪いけどさっきの仕返しとして、何が何でも付き合ってもらうから!」


「おーっと、これは戦況がひっくり返っちまったッスね。」


 先程の俺のおふざけへのお返しであるという理由を付けられたからには、断ることはできないだろう。

 こうして俺は半ば自業自得ながらも、ツルミさんとの鍛錬に付き合うのであった。


____________________________________________________


 そうして、今に至る。


「強くならないと、・・・もの…。」


 100回の素振りで体力の大半を使い果たし、地面に尻餅をついた俺の傍らで、ツルミさんはそう呟く。


「ん?すいません、今なんて言ったんスか?ちょうど風で聞こえなくて…。」


 ツルミさんの小さな呟きは、吹き抜けた風の音に包まれて消えてしまったため、俺はそう言ってツルミさんに確認する。

 すると、ばつが悪そうに表情を顰めながら、ツルミさんは語り始めた。


「ええ、貴方にはちゃんと話しておきましょうか。私は…今よりもっと強くならないと家に帰れないのよ。」


「え?それってどういう…?」


 目を伏せがちになりながらそう言うツルミさんに、俺は呆気に取られながら疑問を口に出すことしかできなくなる。

 ツルミさんはそれも予想の範囲内と言わんばかりに、一切の間を空けずに言葉を続けた。


「私は、勝手に家を出てきたの。誰からの了解も得ずにね。」


「ってことは、家出したっつー認識で正しいんスかね?」


「ええ、その通りよ。」


 ツルミさんは覚悟を決めたのか開き直ったのか、どこか堂々とした態度で答える。

 今思えば、前に俺がこの世界での旅の理由を『逃避』であると誤魔化し混じりに語ったことに、ツルミさんは何か思うところがあるかのような態度を示していた。そこから察するに今回のことは、その態度と関係のあることなのかもしれない。

 俺はそう考えながら、ツルミさんに質問を重ねる。


「予め言っときますけど、答えたくないことは答えなくても大丈夫ッスから。そんで質問ですけど、強くならないと帰れないってのはどういうことなんスか?」


「それを説明するには、私の立場…身分についても説明しなきゃだめね。」


 ツルミさんは俺の質問にどこか遠い目をしながら答え、語り始めた。


「私の家、故郷ではそれなりに知られた家なの。長きにわたって優秀な武官を排出していた歴史があるから。」


 そう言うツルミさんの声は一段トーンが下がり、見るからに気分が落ち込んでいることが見て取れる。

 そして、また落ち込んだ声で続ける。


「そんな家に生まれた私のような女は、他の家と縁談なりお見合いなりで婚姻を結ぶのが自然なはずなのよ。だから今の私のように、幾ら好きでも剣を握ることは本来許されないの…。」


 ツルミさんは、そこまで言い切ってから一度言葉を止める。

 正直、すぐに言葉が出なかった。

 この世界では当然のことなのかもしれないが、少なくとも現実世界で俺の周囲の環境ではそのように性別ごとの役割を強いる、強いられる者には馴染みが無かった。

 俺は、これまで会ってきた人々が親切な人ばかりだったからか、いつの間にか勘違いしてしまっていたようだ。俺の常識は、皆にとっても常識なのだろうと、心のどこかで気楽に断じていた。

 だから、俺の知る常識と、この世界の常識は同一でないことに、俺は少なからぬ衝撃を受けていたのだ。

 それはそうとツルミさんって、そこそこ地位のある家の出だったのか。ツルミさんの出自に関係する想像を全くしていなかったから、それは少し意外だった。

 だから、尾行してるのが俺と分からない間の警戒が厳重だったのか。

 俺が自分を落ち着けるために、気楽な思考を引っ張り出した間も、ツルミさんの表情は暗いままだった。それを見た俺ははっとして、表情を引き締め直しながらツルミさんの次の言葉を待っていた。


「だから私、家を出て武功を挙げればお父様も考えを変えると思ったの。だから、強くならないと…。」


 ツルミさんは、決意の籠ったような強い語気でそう言い切る。

 俺はそれを険しい表情で聞き取っていた。

 ツルミさん自身は剣の道を望んでいるが、彼女の父親はその道を許していない。

 薄々予想はしていたが、ツルミさんにも大きな悩みがあったらしい。

 そこに今の今まで踏み込むことが出来なかった自分も情けないが、少なくとも今はツルミさんもこのことを話して良いと思えるくらいには信頼できる相手だ、と思ってくれていることを重要に捉えるべきだろう。

 俺は心の中でタスキを締め直し、俺なりに真剣に会話を続ける。


「・・・ご両親とは仲が良くなかった、って感じッスか?」


「そうかもしれない。長い間まともに会話をした事もなかったし、特にお父様はずっと部屋に篭ってばかりだったから。少なくとも、私の方は良い印象を抱いてはいなかったわ…。」


 そう、怒りに近い感情に眉根を寄せながら、悲しげな声音で語るツルミさんからは、どこか割り切れないような複雑な思いを感じた。

 俺がツルミさんに何をしてやれるのかは分からないが、ツルミさんの方から話をしてくれた折角のチャンスだ。ツルミさんが自分の思いを見直すことの手伝いをするつもりで話を聞きながら、ツルミさんのことを知っていこう。


「そうだ。ツルミさんの方は良い印象を持ってないとは言ってましたが、ご両親の方はどんな思いだったのかとかって、聞いた事あります…?」


「いえ、使用人伝いで何か分かることが無いかと思った事もあったけれど、お父様からしっかりと口止めされていたようだから…。」


「それならお父さんとかのご両親からすれば、ツルミさんには話したくない事情があった、ってことッスかね…?」


 俺は、ツルミさんの話を聞いて湧き上がった疑問を言葉にする。

 ツルミさんがその疑問に答えてくれれば俺もツルミさんの抱える問題に理解を深められるし、ツルミさん自身は内容の整理ができるかもしれない。

 結果がどうなろうと、この行動は全くの無駄にはならないはずだ。


「・・・自分が不甲斐ないと感じたから、としか思えないわ。今の私から見れば、だけれど…。」


「気のせいだったら無視して欲しいんスけど、何か釈然としない部分があったりしませんか?」


 俺は、ツルミさんの発言からなんとなく感じた疑問をそのまま口に出す。

 父親と長い間まともに会話していないツルミさんの目線からすれば良い印象がない、と言っていたが裏を返せば、真意を問いたいと思っているのではないか、と感じたのだ。

 そうなるには、ツルミさんから父親に対しての信頼があるからこそだろうと思う。そうでなければ、家出したまま戻らなければ良いと考えるはずだと思ったから。

 そこに、何か大事なことがあるように思う。

 そう思う俺の言葉を聞いたツルミさんは、驚いたように目を丸くし、溜め息を一つ吐いてから答えた。


「鋭いわね、流石の観察眼といったところかしら。確かに、長い間お父様とは話をしていないけれど、それよりもっと前はちゃんと話をしていたわ。」


「そうでしたか、やっぱしそこからどういう心境の変化があったのかが大事そうッスよね。だけど、話をするのも簡単じゃなさそう、と…。」


 俺はそこまでの話を自分の中で反芻するが、そうする度に眉間の皺が深まっていくかのような思いだった。

 ツルミさんの場合のように、問題が明らかでもその解決のための取り掛かり方が分からない。そんな環境が長く続けば、家出するという結論に至ってしまうのも分からなくはない。

 それだけに、ツルミさんの心境を思えば心が苦しくなるような気がする。


「こんなことしか言えませんが…俺が力になれることがあったら、なんでも言ってください。力になりますから!」


「ありがとう。そう言ってくれるだけで少し、気分が楽になる気がするわ。」


 ツルミさんは微笑みながらそう返してくる。

 解決策も進展も何も無いのだが、信頼できる誰かができた、というだけで人は希望を得られるのかも知れない。

 俺は、なんとなくそう思った。


「さて、重苦しい話はこれでおしまい!私はもう少しだけ鍛錬を続けていくわ。貴方は?」


「俺は…正直疲れちまったんで、もう戻ろうかと。腹も減っちまいましたし…。」


 俺は背筋をだらしなく曲げ、腹をさすりながらツルミさんにそう言った。

 そう言い終えてすぐに姿勢を元に戻し、口調を切り替えて続けざまにこう言う。


「それと今日は、昨日強敵倒したばっかだから依頼も受けない予定なんで、ゆっくり休んでください。」


「分かったわ。短気は損気ね、武功は焦らないことにしましょう。」


「その調子ッス!英気を養ってから、また戦いに行きましょう!」


 俺は大きく笑いながら、軽口混じりにそう言い放つ。

 その言葉を聞いているツルミさんの表情は、どこか晴れやかさを纏っていた。


「ええ、頼りにしているわよ。エルク。」


 俺は、ツルミさんのその言葉を最後にその場を後にする。

 夜明け前で暗かった空は、数刻前より昇っていた太陽の光に照らされ、黄昏の如き鮮やかな橙のベールを纏っている。

 暁と黄昏は同じ色でありながらも内包する意味には大きな違いがある。だが、どちらにも共通して言えることがあるとすれば、いつもその後には何かが始まっている、ということだ。

 俺はツルミさんの振る、刀の軽やかな風切り音が遠ざかるのを聞きながら思った。

 ツルミさんのことをより深く理解できた気がした、と。

書いてる内に、とても長くなりそうだと分かったので前後編に分けることにしました。そして、遅れてすみません。

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