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バカと狂人の凡奇譚  作者: 五十音
序章 定められた運命の始発点
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十五話 『全力』の後始末

「エヘってなんだよ。お前、後でギルドの応接室に来い。」


 実技試験で体力を使い果たし、地面に尻餅をついたまま立ち上がれない俺に対してそう言うのはバトラカスさんだ。


「あ、あっはは…辞退させてもらうってのは…。」


「ダメだ。」


 ですよねー、分かります。

 俺だってそうする、誰だってそうすると思う。

 俺とバトラカスさんのこの会話を聞いて、周りの人達の小声での会話がより一層増えた気がする。

 まあ、突然俺の見た目が変わって、見たこともない武器を使い始めたのを見れば、その反応も『そりゃそうなるよね。』としか言えなくなる。

 うっかりしてた、俺の特性の切り札(ジョーカー)は俺の中に居る、別の自分と交代する能力だ。

 当然、そんな能力はまず間違いなく一般的なものでは無いだろう。

 俺はそれを、衆目の下…では無いにせよ、多くの者の前で使ってしまった訳だから、何かしらの噂が今後広がることはきっと避けられない。

 そう考えれば、鳴宮さんが実技試験の前に俺へ言いかけてたことも妥当な話だった。

 ・・・まあ、俺の大雑把な性格だったら遅かれ早かれいつかバレてたと思うから、それが今だったと思うことにしよう。


「俺は他のヤツらにも、お前の件で色々と話をしておかないといけないからな。今すぐって訳じゃねぇから先に応接室で待っとけ。」


 バトラカスさんは口を尖らせ俺に指を差してそう言う。

 正直、バトラカスさんが他の受験者達に何を話すのかはよく分かっていないから、推測することしかできない。

 バトラカスさんは、俺の件で他の受験者にも話をしておかなければならない、みたいに言ってたと思うから、もしかしたら俺のこの能力のことなどに関する噂を広めたりしないように軽く注意する、なんてこともあるのかもしれない。

 だが、これはただの推測の域を出ないものだし、仮に注意してくれたとしても、効果はあまり期待できないだろう。

 ・・・考えても多分どうにもならないからもういいや。

 それはそうと、俺が考え無しに鳴宮さんと交代したことで、バトラカスさんが迷惑を被ることになってしまった訳だから、バトラカスさんが口を尖らせるのもおかしなことではないはずだ。


「へい…了解ッス。」


 思い返してみると俺は、元の世界でも年上の人から別室に呼び出されるのはほぼ全てが説教だった。

 それ以外だったことがあったのかは覚えていないが、仮にあったにしても俺が思い出せない程少なかったのだろう。

 そんなことを思い、俺は元気なさげに返事をすることしかできなかった。


「それじゃあ俺は先に行ってくるから、応接室まではコイツについてけ。おい、頼んだぞ。」


「畏まりました。」


 バトラカスさんは、自身の側に立っていた職員を指差してそう言った。

 職員の方は冷静に、事務的な態度でバトラカスさんの方に短く返事をしながらお辞儀を返し、バトラカスさんはそれを見てから他の受験者達の方へ歩いて行った。


「よいせ、っと。」


 俺はそこまで会話を見てから、腰を地面から持ち上げ立ち上がり、左手でパンパンと服を叩き服についた砂を払った。


「それでは、こちらへ。」


 職員さんは手の先でこの中庭の中にある内の一つ扉を指す。

 あっちの扉の方だぞってことなんだろう。

 あ、でも。


「すんません、ちっと待っててください!すぐなんで!」


「畏まりました。」


 そうだそうだ忘れてた。

 俺は一旦職員から離れ、右手にワイルを持って中庭を走る。

 俺は中庭の中心から少し外れた辺りまで走ってから腰を屈め、地面に刺さった金属片を、手を切ってしまわないように左手の人差し指と親指で摘んで拾い上げる。


「よいせ、と…。はぁ、キレーに折れちまったな…。」


 俺が拾い上げたのは、さっきの戦いでへし折れたワイルの刃先だ。

 俺は刃先を摘んだまま手を動かし、様々な角度から確認する。

 その断面は完全な真っ直ぐではないものの、太陽の光を受けてツヤツヤと輝く金属光沢を失ってはいなかった。


「やっちまったかな…コレ、折れちまったけど、ルーサー(あいつ)にドヤされたりしないよな…?」


 俺は目を細めながらワイルを確認しそう呟いた、その瞬間。


「うん?」


 断面を眺めていた俺は、無意識にそう声を漏らし右手の甲で両目を軽く擦ってもう一度ワイルの断面を見直す。

 その質感は依然として金属の光沢を保ってこそいるが、その形状は半液体状にドロドロと溶け、まるでスプーンから垂れるハチミツや、混ぜられた納豆などのように、不自然に糸を引き始めている。


「うわうわうわ何何!え、こっちも!?」


 俺は左手で摘んだ刃先の方ばかりを見て気がつくのが遅れてしまったが、いつのまにか右手に持っていたワイルの刀身の断面からも糸が引いている。

 しかも、そっちに至っては重力に逆らって上に伸びていっているのだ。

 俺は慌ててワイルを振り、その液体を振り払おうとするが、液体のような見た目に反して硬さも持っているようで、全く変化がない。

 それから俺は諦めて糸が伸びていく様を見ていると、刃先から伸びた糸とワイルから伸びた糸が磁力で互いに引き合うように近づいていく。


「んー?とりあえず押し付けるか…。」


 その様を見て、俺はなんとなく左手に持った刃先と右手に持った折れたワイルとを、断面を合わせるように押し付け、左手を離す。

 そうすると、左手を離しても刃先はまるで元から折れてなどいなかったように、隙間なくワイルの先端にくっついた。


「わーお?」


 俺はそれを見て、刀身の先端を人差し指の第二関節でコンコンと叩く。

 コンコンと叩いて響く衝撃はワイルの柄を持っている右手にもしっかりと伝わってきた。

 少なくとも、それなりにしっかりとした力でくっついているらしい。

 俺はそれを確認してから、軽く素振りをする。


フォン…フォン…。


 多少素振りをしても、刀身が折れた位置に負担をかけるように、曲げてみようと力を込めてもワイルはビクともしなかった。


「わおわーお、すげーな!自動修復機能付きか!」


 いやー、良かった。

 てっきりもう壊れちまったから、ルーサーからボコボコにされるのかと思っちまったけど、少なくともこれくらいなら自動で直ってくれるらしい。

 今後も多少は無茶な戦い方をするだろうし、自動で直ってくれるのなら損耗を気にせずに戦っても良いだろう。

 いやー、安心安心。

 俺はそう思いながら、ワイルを再び背負う。

 さーて、職員さんの方に戻るとしますか。

 俺は職員さんの方へ小走りで踵を返した。


「すいません、お待たせしたッス!」


「それでは、こちらへ。」


 俺が改めて職員さんの元へ戻り、その案内に従って歩いていく。

 さっきの実技試験で全力を出し過ぎたのか、『気』を使い過ぎたのか、あるいはその両方なのかは分からないが、試験の前よりも体が重く感じる。

 試験が終わった直後に地面に座り込んで少し休んだから、歩くくらいは特に問題ないが…多分明日は筋肉痛だろうね、あー、ヤダヤダ。

 俺はそう思いながら職員さんの先導について進んでいると、


「こちらの部屋で掛けてお待ちください。」


 と言われた。

 俺はその言葉を聞いて反射的にお辞儀と返事を返す。

 悪いことだとは思わんが、この咄嗟の反応も日本人の性というものだろうか。


「あ、ありがとうございます。分かりました。」


 俺はそう返事をして、お互いに軽くお辞儀を交わしてから部屋に入った。

 バトラカスさんが応接室で待ってろって言ってたから、多分ここがそうなのだろう。

 俺はそう思いながら、部屋の中を見てみると、部屋の中央に設置された長方形のテーブルと、その長い二辺に添うように、テーブルを挟んで向かい合う形で配置された簡素なソファだ。

 なんとなくこういう配置に置いてたら応接室って言えそうな、そのテンプレ感をそのまま表したような部屋だ。

 俺はそのソファの一方に腰を掛け、バトラカスさんが戻ってくるのをボーッと待つ。


『ハァ…もう、叫ぶのも疲れたよ…。』


 俺がボーッと待ち始めた次の瞬間、俺の中の鳴宮さんからそんな声が聞こえてきた。

 多分、今ちょうど言い争いが一段落したのだろう。


『ごめん、一応ちゃんと反省してる。』


『ハァ…反省してるならもういいよ。』


 分かりにくいけど多分、アルサス君は嘘はつかないタイプだから、反省したのは本当だと俺は思う。

 それはそうとしても言い方は考えるべきだろうが…。

 それにしてもなんというか、雰囲気が悪くなってしまったように感じる。

 俺が彼らに何か口を出したら、多分余計に雰囲気を悪くしてしまうようなことしか言えない気がするので、俺は黙っておく方が賢明だろう。

 こういう時には、どういう風に声を掛ければ良いんだろうか…。


『ところで、お腹空かない?』


(確かに空いてる。)


『君を疑う訳じゃないけどさぁ、ほんとに反省してんの…?』


 鳴宮さんがそう思う気持ちも分からなくはない。

 だが、それでも俺は腹が減った。

 腹が空いたと言うが、それもそのはず、今の時間は昼過ぎ頃のはずだ。

 朝から激しめの運動をした後、漸く一段落したタイミングがちょうど昼過ぎであった、ともなれば当然腹が空くというものだろう。

 俺はそう思い、鳴りそうな腹をさすりながらソファに座り込んでバトラカスさんを待った。

 それから数分ほど経った後、応接室の扉が開く。


「待たせたな。」


「いやいや、全然!・・・いや、やっぱりちっと待ちましたね、腹減っちまったッス。」


「ハハッ、もうそろそろ良い時間だし、それもそうだな。」


 俺は半分ホント、半分ボケのつもりでこう軽口を叩いた。

 バトラカスさんはそれに対して、短く笑いながら俺にそう返事をする。

 そこまで言い終えてから、バトラカスさんは表情を切り替えて、こう切り出した。


「さて、俺がお前をこの部屋に呼んだ訳だが…。」


ゴクリ…。


 俺は生唾を呑みながらバトラカスさんの次に発するであろう言葉へ注意を払う。

 一体何を聞かれるのだろうか、俺の出自か、来歴か、俺が戦闘中に姿を変えた理由か、俺の姿が変わると同時に形を変える武器についてか?

 正直、これらを聞かれても俺は他の人がしっかり理解できるように説明できる自信がない。

 だからと言って、流石にそれらについての話をしないままでこの場を丸く収めることも難しいだろう。

 どうしたものか。

 俺はそう考えながら、バトラカスさんの顔を注視する。


「・・・そんなにこっちを見てどうした?俺の顔に何かついてるか?」


「あ、え、へ?あ、そんなに顔に出てました!?」


「慌て過ぎだ、ちょっとは落ち着け。」


 どうやら俺は、バトラカスさんの顔を注視している時に表情が変に強張ってしまっていたらしい。

 おわー、絶対変な顔してたよ俺。

 まあ気にしない気にしない。

 とりあえず、俺も変に緊張する必要は無いのだろう。


「あっはは、そうします。」


 バトラカスさんに落ち着け、と言われたのでとりあえず一、二回ほど深呼吸をして伸びをし、ソファの背もたれに上半身の体重を預けてリラックスする。


「ぼへぇ。」


 俺は力を抜いてソファに深く座り込み、気の抜けた息を漏らした。

 そう、こうやってダラけて後はハチミツをかけたパンケーキを黄色い鳥に用意してもらって…いや、それは別のリラックスしてるクマだな。

 ふー、いつもの。

 よし、落ち着いた。

 そうやって俺はリラックスしてから、背もたれから上半身を起こし、もう一度バトラカスさんの言葉を聞く姿勢に戻る。

 バトラカスさんはそんな俺を見て、緊張が程よくほぐれたのを理解したのか、改めて口を開く。


「よし、改めて聞かせてもらいたいんだが、お前、さっきの試験中に姿が変わったよな?」


「・・・はい、そうッスね。」


 うおー、来たっ!

 なんて説明しよう、病気だとかって疑われねぇよな?

 俺の中には、幾つもの人格が…!

 なんて言ったら、少なくとも元の世界ではとある病を確実に疑われるに違いない。

 それ以外の表現でどうにか上手く誤魔化す方法を…。

 あー、言葉がうまくまとまらないっ!

 勝手に戦慄している俺を尻目にバトラカスさんは俺へ質問を続ける。


「それは、だ。お前本人で間違いないのか?一応、転移魔法を使っての替え玉受験、と考えることもできるんだが…。」


 おろ?予想してた質問と違った。

 いや、内容で考えればそんなに違ってる訳でもないが、どこか歯切れが悪い。

 俺はてっきり、突然姿と武器の形と戦い方が変わったのはどういう能力なのか、という分かりやす過ぎるツッコミどころをきっぱり指摘されるものだとばかり…と、自分で言うのも変な話だ。

 俺はそう思いながら目をぱちくりと(しばたた)かせる。

 バトラカスさんはそんな俺の態度を見ながら、焦りを隠すかのように言葉を続ける。


「ああいや、分かってる。俺が変なことを聞いてるってのはな。これでも俺は、長年冒険者をやってきたんだ。お前がやったアレが、さっき俺の言ったようなチャチなもんじゃねぇってことだけは分かる。」


 バトラカスさんは苦虫を噛み潰したような表情を溢しながら、話を続けていく。

 俺はバトラカスさんのそんな様子に少し気圧され、何も言えないままその言葉を聞いていたが、次第に、こっちが無理に喋り出すことも無いだろう、と思い始めた。


「それで聞いときたいんだが、お前のあの時の変化について、聞いても良いか?当然、嫌だというなら無理に聞くつもりはないんだが…。」


 バトラカスさんはそこまで話すと、疲れたようにため息を吐きながら話を止めた。


「・・・はあ、やはり慣れないことはするもんじゃないな。」


「なんとなく、俺も無理してんじゃないかと思ってました。」


「ったく、ハッキリ言ってくれるぜ。」


 俺の歯に衣着せぬ正直な言葉に、バトラカスさんは笑いながらそう返す。

 バトラカスさんはそこまで言い終わり、一度ため息をついてから改めて話を再開する。


「悪いな、こっちからも釘は刺しておいたがお前の噂が広まるのを止められる、なんての期待できそうにねぇ。こっちも対応に悩んでるんだ、悪いように言いたい訳じゃないが自分でも分かってるだろ?自分の能力が珍しいもんだってことはよ。」


「はい、分かってるつもりッス。」


 バトラカスさんは真剣な表情でこちらを見据えながら話を続けていく。

 その話し口からさっきまでとは違い、慎重に言葉を選ぶことよりも、話の要点を率直に話すことを重視し始めたことが分かる。


「だったら、お前には今後『未知の能力を持つヤツ』っていう、厄介な評価が付いて回るってことも分かるな?」


「はい。それに関しちゃ、ずっと隠し通せるようなもんでも無かったと思ってますし、そんならソレもある程度は受け入れるしかない、とも思ってます。」


 この世界に生きる人々からすれば、俺みたいに未知の能力を持つ人は、良くも悪くも多くの人の視線を集めることになるだろう。

 バトラカスさんの言う厄介な評価というのは、未知の能力を持つ俺達を利用しようとする人や、俺達が普通じゃないって理由だとかで今後何かしらのトラブルが起こり得る、ということか。

 何かしらの面において、特別である、異質であると言えるものを持っている者は、もしかしたらそれだけの利を得られるかも知れないが、それ以上に不利を被る可能性もあるのだろう。


「一応、まだ実行に移したことは無いッスけど、定期的に他の人と交代して旅をしようと思ってるッス。」


「む、ソイツはどういうことか聞いても良いか…?」


 そうだな、この機会にバトラカスさんには話しておこう。

 人を見る目に自信がある、という訳ではないがこの人のことは信じてみてもいいだろう。

 それに、さっきはあれほど派手にやったんだし、この人にも隠し通すのは無理だという話だ。


「はい、説明するッス。俺は…。」


 それから俺は、バトラカスさんに対して『切り札(ジョーカー)』に関する説明をした。

 俺の中に複数の人格があること、他の人格と交代すると俺の姿もそれに連動して変化すること、俺の武器、ワイルは表に出ている人格に応じて形を変えることを伝えた。

 だが、別の人格があるというのは俺の心の問題なのかどうかという疑問や、この世界がルーサーが俺に用意した夢の世界で俺はこの世界の住人でないことなどは話さないことにした。

 今話すべきことは俺が他の人と交代できることに関する内容であって、直接的に関係が無い上、はっきりとしていない情報は安易に伝えるべきではないだろう。

 俺の説明を聞いたバトラカスさんは顎に手を当て、唸り声を上げた後、言葉を発した。


「・・・俄かには信じられん。『切り札(ジョーカー)』、そんな能力があるとは…。それに、交代するのに代償も必要無い、と。武器にしてもそうだ、持つ者に応じて形の変わる武器など、古代文明の遺物にもあるかどうか…。」


 バトラカスさんは話を一通り聞いて、顔を顰め、顎を指で掻きながらそう呟く。

 古代文明…ってのは初耳だ。超気になる。

 だが、古代文明だとかは今の話の主題じゃないから、一旦は無視しておくとしよう。


「多分分かってると思うんスけど、全部本当のことッス。」


「あぁ、疑ってる訳じゃないんだ。ただ、何度整理しても現実離れしてるように思えてな…。だがまあ、確かに定期的に人相が変わって旅を続けるなら、誰かがお前を特定するのも少しは遅れさせられるだろう。」


 本来、人の姿形というのは一人一つ、というのが普通だが、俺はそこが俺の分と鳴宮さん達の分を合わせて五人分はある。

 だからと言って、交代する能力であって変身する能力ではないため自由に姿を変えられる訳でもない。

 加えて、そうしたとしても飽くまで自然に広がる噂の内容を撹乱するという以上のことは期待できない。

 将来的に、俺の表に出ている一人にフォーカスを当てて情報を集められてしまえば、それ以上は隠し立てするのも難しいだろう。

 だが、誰に注目するかの選択肢を考えるのならば、判断材料としてある程度の情報が必要になる。

 そうした場合に情報源として頼りにされるのが()であろうと思う。

 そこで効果を発揮するのが俺の人相入れ替え作戦だ。

 とはいえ余り安心できるような対策では無いが、俺の情報を拡散し得るのは俺の周りに居る者の殆ど全員。

 その全員に対して何か強制力のある働きかけをするというのは現実的ではないし、その対策に必要以上の労力を掛けることも現実的ではないからこそ、後手に回らざるを得ないのが現状だ。

 俺はバトラカスさんにした話の内容を振り返りつつ、現状を整理していると、バトラカスさんは唸りながら言葉を発した。


「ふむ、なるほどな。その話を聞いて色々と合点がいった。思えば、お前が冒険者証にランクしか記載しないって書いてたのはそういうことだったのか。俺はてっきり悪ふざけかと…。」


 ギクッ!

 いや、ギクッてのも変なんだけどさ。

 俺が普段悪ふざけばっかしてるのは紛れもない事実だからちょっとドキッとしただけで。

 ホント、やましいことはなんにもねーから!


「は、ハハッ、まあそう思われるのも仕方ないッスよ。こっちの方が変に訳アリってだけなんで…。そっちも当然の反応だったと思うッスよ。」


「そう言ってくれると助かる。よし、お前の事情は大体分かった。上に書く報告書もあるが、そっちはうまくはぐらかしておく。誇れることじゃねぇが、冒険者ギルドってのは組織としてデケェ分、一枚岩じゃねぇからな。」


 バトラカスさんの発言から考えるに、冒険者ギルドの方も確実に安心できる組織だという訳ではないらしい。

 多くの人が作るものである以上は当たり前かも知れないが、やはり組織として大きいと、そういった個々人の志向の違いだとかが目立ってくるのだろう。

 俺を狙ってくるようなヤツがどれくらい居るのかは分からないが、とりあえず今は全体の内のごく一部であることを願おう。


「なんか、そっちにも手間をかけさせちまいますが…色々すんません。」


「気にすんな、俺が勝手にやってるだけだからな。まあ、他にも何かあったらいつでも言ってくれ。お前だったらまた時間を作ってやっても良い。」


「へへっ、ありがとうございます!」


 俺はそう言いながら、バトラカスさんの方へ深々と頭を下げる。

 自分で言うのもアレだが、今の時点でも俺はバトラカスさんにそれなりに迷惑をかけてしまっているはずだ。

 それに加えて、これから先の動き方もこちらのために合わせてくれるのには本当に頭が上がらない。

 だからか、俺は心の中に湧き上がった一抹の疑問について口に出す。


「そういや、ちょっとした疑問なんスけど、どうしてそんなに、俺に良くしてくれるんスか…?正直、俺の為に動く義理はそっちに無いと思うんスけど…。」


 ただの疑問としての思い以上に、何か理由があるのならその理由を知りたいという好奇心が俺の心の中の大半を占めていた。

 バトラカスさんの方も疑われるような聞き方をされて不快に思うかも知れないが、一度放った言葉は無かったことにできない。

 今更どうしようもないことだし、今はバトラカスさんの次の言葉を待つとしよう。


「・・・そうだな、確かにそうだ。お前に安心してもらうためには理由を説明する必要があるってのも分からないでもない。」


 バトラカスさんは歯切れの悪そうにそう言う。

 話すのに都合の悪い理由があるのなら、無理に聞き出す必要もないだろう。


「あ、いや、話したくないとか、話せないだとかなら無理に話さなくても大丈夫ッスよ!」


「いいや、そういう訳には行かない。お前は俺に能力のことを話してくれたんだ、俺だけ秘密を話さないなんてのは不平等だろ?」


 俺としては、一人一人違う事情を抱えているんだろうから、平等かどうかではなく結果的に公平と思えるかどうかをより重視したい。

 それに、良い関係を築けそうだと思える相手なら、多少であれば平等でも公平でもなかろうと俺は気にしない。

 だが、これは飽くまで俺の考え。

 それと同じように、バトラカスさんの考えで不平等が許容し難いと言うのなら、俺にはそれを否定することはできない。

 バトラカスさんが話してくれようとするのなら、俺はその言葉をしっかりと聞きたい。

 俺がそう考えている間に、バトラカスさんは続けて理由を話し出す。


「なんというか、似てるんだよ。昔の俺に。変に真っ直ぐなところが特にな…。お前を見てたら昔を思い出しちまう。ま、そういう慎重なとこがある分、昔の俺なんかよりよっぽどマシなんだが。」


 バトラカスさんは少し自嘲を含んだ笑いを浮かべながらそう言う。

 バトラカスさんは俺が昔のバトラカスさんと似ていると言うが、今のバトラカスさんを見てもそんなことは想像もつかない。


「まあ、お前には、俺みたいな目には遭わないようにしてやりたい。歳を取ってからは、若ぇヤツが活躍するのが楽しみになるんだ。」


 バトラカスさんは、欠けた自分の左腕を右腕で軽く撫でながらそう言った。

 その言葉の端々からは何か未練や期待が入り混じったような思いを感じる。

 俺の今居る世界は、魔物の存在を鑑みれば俺の元々居た場所よりもずっと過酷な世界だ、そこはまだ実感こそ薄いものの理解はしている。

 ただそれと同等かそれ以上に、他人からの視線に対しての警戒を捨てるべきではないと、そう言われているような気がした。

 そういう面では、俺はまだまだ人生経験の少ない未熟者で、バトラカスさんが俺を心配するのも最もなことだろう。

 正直俺は、俺の能力が周囲の人々にとってどれだけの意味を持つものなのか、俺という人間がそれほど注目されるような存在なのかはうまく実感できない。

 だが、彼がそれほどに俺に期待を持ってくれているのなら、俺は俺なりにその期待に応えようとするのも悪くない。

 俺は心の中でそう思いながら口を開いた。


「なんと言うか、すみません。疑うようなことを言っちまって。でも、ちょっと納得できました。」


 バトラカスさんの過去には何があるのかなど、分からないことは多いが、なんとなく、信じて良いと思えた。

 今の俺には、それで十分だろう。


「正直、そんなに手間をかけてもらうほど、自分に大した価値があるとは全然思えないッス。だけど、これから俺がやることの何か一つだけでも、かけてもらった手間に報いることに繋がれば良いなと思うッスよ。」


 俺がそう言うと、バトラカスさんはどこか晴れやかに笑いながら応える。


「ハハッ、そうだな。それでいい、それでこそだ。お前はお前の好きなようにやれば良い。冒険者ってのは自由でこそ。それに俺は、お前のそんな姿を見たいだけだからよ。」


 そう言い放つバトラカスさんの表情はニッと笑っており、どこか晴れやかさを感じさせる。

 その表情からは、本当に損得関係無しに俺の手助けをしてくれようとしているんだ、ということが分かる気がする。

 そう考えればバトラカスさんを疑ってしまった少し前の俺がなんだか恥ずかしくもなってくるが、それ以上に俺はこの先の冒険への期待感がさらに高まっていくような思いだった。


「へへっ、ありがとうございます!ご期待に応えられるように、これから頑張りますね!」


「ああ、その意気だ。死なねぇ程度に頑張れよ。」


 俺はバトラカスさんと少し心が通じ合ったような気がした。


______________________________________________________


 俺とバトラカスさんは変な話題で話し込んだことへそれなりに恥ずかしく感じながら、お互いに逃げるように話を切り上げたのだった。

 バトラカスさんからは話の最後に、ギルドカードは発行に少し時間を要するため、受け取るにはまた明日以降ギルドに来なければならないことを聞いてから、俺はバトラカスさんと別れ、腹ごしらえのためにギルドの応接室を後にした、のだが…。

 何故か。


「待っていたわ。マスターとの話は終わったのね?」


 待たれていた。

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